38 / 63
第一章
ダンジョン女子会
しおりを挟む「ティアラさん、起きてる?」
毛布にくるまってしばらく経ってから、隣で寝ていたはずのレイナさんが声をかけてきた。
ちょうど寝付けずにいた私はすぐに「はい、どうしました?」とゆっくりと起き上がる。
そして彼女の顔を見ると、暗がりの中で、どこか思い詰めたような表情で私を見ていた。
「あの……も、もう傷は大丈夫なの?」
「へ?」
傷? どこの?
思い至ることがなく惚けた顔で彼女を見る私に、レイナさんは焦ったいとでもいうかのように「右肩の傷よ!!」と声を上げた。
「右肩……あぁ!! あれですか。もうすっかり大丈夫ですよ。聖女の力で跡形もないですし」
怪我したこと自体忘れていたくらいにはなんともない。
私が笑って肩をブンブン回して見せると、安堵したようにレイナさんがほっと息をついた
口には出さないが、ずっと心配していてくれたんだろう。
「わ、わかってたけどね!! ティアラさん、脳筋だし。ただでは死にそうにないしっ」
「素直じゃないよねー、レイナも」
言い訳がましく早口になるレイナさんの言葉を遮って、私でもレイナさんでもない声が飛んできた。
「カナンちゃん!!」
私の反対隣からムクっと身体を起こして、カナンさんが笑う。
「最後だからちゃんと話したかったんでしょ? ティアラ様と」
「っ」
最後。そうだ。
レイナさんは明日、扉の向こうへ……日本へ帰るんだ。
守さんや、歩さんと。
そして私は、“扉”を封印する。
もう二度と開いてしまわないように。
「……ティアラさん」
「は、はいっ」
レイナさんはしばらく俯いた後、意を決したように顔を上げ、私をまっすぐに見て名を呼んで、私はそれに少し硬くなりながらも返事をする。
「たくさん……守ってくれて、ありがとう」
「!!」
今、ありがとうって……。
あのレイナさんから……?
今まで私を避けていたような彼女からの突然の感謝の言葉。その衝撃に、思うように返す言葉が出ない。
「私がここにきて、ずっと歩君と一緒に戦ってくれたんだよね。貴族の……しかも伯爵令嬢が、私たちのために、戦って、魔物捌いて、毎日返り血を浴びて……。なのに私は、自分のことで精一杯で、ただ守られて……。ここでも守られてばかりで……」
レイナさんの膝の上で握り込まれた両手の拳が僅かに震えている。
「……私、本当はずっとわかってたの。自分がなんで周りの人に嫌われているのか」
「え……」
自嘲した笑みを浮かべて、彼女はぽつりぽつりと語り始めた。
「そりゃそうだよね。ビクビクして、自分に好意を持ってくれる男の子の影に隠れて、向き合ったり歩み合うことからずっと逃げてきたんだから。……私ね、一人っ子で、小さい頃からずっとチヤホヤされて生きてきたの。パパもママも一人娘を溺愛して、なんでも願いを叶えてくれた。調子乗ってたんだと思う。自分の言うことはなんでも叶うんだって。だからどんどん、人から嫌われた。そうしたら人の目が怖くなった。でも、私に好意を持ってくれる男の子たちはたくさんいて、私は、そんな人たちに甘えて──そうしたらますます嫌われて、また人の目が……怖くなった。きっとね、自分から歩み寄れば修復できたんだと思おう。でも──私は逃げ続けた」
「レイナさん……」
「でもね、向こうに帰ったら、ちゃんと周りの人たちと向き合う。怖くても自分を変えなきゃ、ここで自分と向き合った意味がないって思うから。それと……。私も……ティアラさんみたいに、何かと向き合って、堂々と立てる強い人になりたいから」
そう言って笑顔を見せたレイナさんは、きっとあれからたくさん考えたのだろう。
自分の行いを。
自分のこれまでを。
自分のこれからを。
「……はい。きっとできます。あなたなら。この世界からずっと応援しています」
「私も。ここで出会えたのも何かの縁だし。応援してるよ」
カナンさんの誰とでも仲良くなれる前向きさは、きっと色々あって向き合うことから逃げてきたレイナさんにとっては居心地が良かっただろう。
だからこそ彼女の前では自分を出して、言い合ったりすることだってできたし、レイナさん自身、カナンさんを友達だと認識していたんだと思う。
だって、カナンさんと話す時のレイナさんは、アユムさんの前で見せるレイナさんでも私の前で見せるレイナさんでもなく、素のままの彼女だったんだから。
「……ありがとう。ぁ、でも、歩君は渡さないからね」
突然出てきたアユムさんの名に、どくんと音を立てて心臓が大きく跳ねる。
「歩君を好きなのは本当だし、帰ったら携帯の連絡先交換して、猛アタックして告白だってするつもりだから」
携帯──!!
懐かしい響き!!
この世界には携帯のようなメールや電話や写真機能がついたハイテクなアイテムはないから羨ましい。
「あれ? アユムさんとはまだ交換していなかったんですか?」
交換するタイミングなんていくらでもあっただろうに。
「それがアユム君、ほぼ全ての時間を剣道の稽古をして過ごしていたから、携帯はもともとそんなに使わなかったらしくて……。家に置いたままここに来たんだって」
高校生や大学生って、携帯がないと生きていけない時期じゃないの!?
そんなにも真剣に剣道に取り組んでいたのは、何か特別な理由があったのかしら?
何にしても、これからはアユムさんが彼の目標に向かって、やりたいことをやりたいようにできるように、この世界から応援しなければと思う。
「ま、別にあんたがどうしようと私は別に構わないよ。アユムのことは好きだけど、世界を越えるとか無理だし。でも……私的にはアユムはティアラさんとくっつくっていう未来を推すけどね」
「えぇ!?」
私!?
まだ言ってるの!?
「むぅー。ぁ、そうだ。帰る前に──これ」
突然何かを思い出したかのようにレイナさんがゴソゴソと枕元を探ると、出てきたのは握り拳サイズのキラキラと光る魔石。
「これ、あの時拾ったやつ」
あの時──あぁ、私が肩を怪我した時の?
しかしこれはまぁ見事な……。
「通信石じゃん!! しかもランクAAA!! でっか!!」
そう、通信石。
私がここで見つけたものの二倍、いや、三倍の大きさの。
市場に出回ればすごい価値がつきそうだけれど……うん、争いのもとね。
砕いて三つに分けるか、或いは──。
「これは魔力を流さなければただの石。というか、ちょっと魔法陣が描かれただけのクリスタルです。こちらにあっても色々と面倒ですし、レイナさんが持っていてください」
魔石は分割されても描かれた魔法陣はそれぞれ分割されたものへと刻印される。
だけどこれだけ質がいいものとなると、どこで手に入れたかとか詮索されて面倒だし、これを求めて“ヨミ”に落ちて出られなくなる人間も続出するだろう。
そう、色々面倒なのだ。
幸いあちらの世界に魔力を持つ人間は基本いない。
これが悪用されると言うことはないだろう。
「え、でも……」
「ここでの思い出にとっときなって。……忘れないでね。ここでのこと。私たちのこと」
レイナさんが持つ石の上からそっとカナンさんが自分のそれを重ね、私もその上から自身の右手を重ねた。
「繋がっています。会えなくても」
「カナンちゃん……。ティアラさん……。うん……ありがとう──……」
1
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

婚約解消は君の方から
みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。
しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。
私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、
嫌がらせをやめるよう呼び出したのに……
どうしてこうなったんだろう?
2020.2.17より、カレンの話を始めました。
小説家になろうさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる