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第一章

正しさの定義

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「ん……」

「ティアラさん!!」

 ほんのりとした暖色系の光が、開いた隙間から入り込み、私は思わず眉を顰める。
 それと同時に耳に飛び込んできたのは、いつも落ち着いた大人の皮を被った青年の、悲痛な声。

「アユム……さん?」
 乾いた口で途切れ途切れに彼の名を呼び返すと、目の前で泣きそうに私を覗き込む彼の顔に、僅かに安堵の色が戻った。

「ティアラさん……よかった……!!」
「アユムさん……皆さんも……。私、生きて……?」

 人喰い花の毒素はとても強く、体内に取り込むと即死に至るという危険なものだ。
 でも私、今、生きてる……のよね?
 確かめるようにゆっくりと身体を起こし、貫かれた右肩に触れる。

「──ない……?」
 傷跡が、ない。
 あんなに熱い痛みがこの身を支配していたというのに、それすらも嘘のように無くなっている。
 これは一体……?

「こんの──……脳筋聖女ッッ!!」
「!?」

 アユムさんの口から彼が普段発することのない暴言が飛び出し、私は彼を凝視するしかなかった。

「自分なんかと言いながら、いつもあなたは他人んを優先させる。それはあなたの美点です。でも、それであなたにもしもの事があったら? 残された人は……あなたを大切に思うご両親や妹さんの気持ちは──。俺の気持ちは、どうすれば良いんですか!?」

「っ……」

「……もっと、自分を大切にしてください。あなたが自分で思うよりずっと、あなたは皆に愛されてるんですから」
 少しだけ水気を含んだ漆黒の瞳がまっすぐに私へと向かう。

 そうだ。
 私には父がいる。
 母がいる。
 妹がいる。
 今世でもたくさん愛してくれる家族がいる。

 そして何より、追放されなければ出会うことのなかった、私を大切にしてくれるアユムさんがいる。
 私も、私自身を大切にしなければ。
 私を愛してくれる人たちのために。

「アユムさん……。……ごめんなさい。……ありがとう」
 私は初めて、心から力を抜いて彼に微笑みかけた。

「──と、すんごい良い雰囲気のところまたもやすまん。が、少しいいか?」
 遠慮がちに入ってきた私でもアユムさんでもない声が、私たちの間を割った。

「っ!!」
「!! ま、マモルさん!! すみません、皆さんにもご心配をおかけして」

 声がかかって初めて、アユムさんの後ろで見守るマモルさんたちの姿に気づく。
 彼らにもたくさん心配をかけてしまっただろう。
 戦っていた最中に意識を失ったのだ。
 撤退だって大変だったに違いない。

「ううん。ティアラちゃんが無事でよかったよ。……で、そんなティアラちゃんに話がある人が、ね……?」
 そう言って自身の背後から覗く影に視線を向けるマモルさん。
 私も釣られて彼の背後に視線を移すと、マモルさんの背からおずおずとレイナさんが顔を覗かせた。

「あの……ティアラさん。……その……。……ごっ、ごめんなさいっ!!」
 そう勢いよく頭を下げたレイナさんは、その状態のまま言葉を続けた。

「勝手なことして……。私のせいでティアラさんを死なせちゃうところだった……!! 本当に、本当にごめんなさいっ!!」
「レイナさん……」

 自分の勝手な行いのせいで人が死ぬかもしれない。
 その可能性は、きっと彼女の心に重くのしかかったことだろう。

 私はふと、私が前世で命と引き換えに助けた少年のことを思った。
 彼にも、同じ思いをさせてしまったかしら。
 自分のせいで他人を死なせてしまった……と。
 もしかしたら、一生消えない傷を負わせてしまったかもしれない。

 自己犠牲は時に人を傷つける
 でも、彼やレイナさんが死んだとしても、きっと傷つく人はいる。
 誰かが誰かの大切である限り、それは避ける事ができなくて、どの選択が正しいかなんて明言するのは、人間には不可能だ。

 だけどもしも、私があの時生きていたなら……少年にきっとこう言うだろう。

「無事でよかった」

 そしてもう一つ。

「心配かけて、ごめんね」

 こぼれ落ちた二つの言葉に、目の前の少女の瞳から大粒の涙が溢れた。
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