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第一章

俺にしとく?

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「……はぁ……」
 皆が寝静まった頃、一人テントから出てため息を一つ。

 だめだ。
 私らしくない。
 自分の感情に囚われて、いつも通りでいられない。
 レイナさんやカナンさんは、アユムさんに好意を抱いている。
 見てすぐわかるレベルで。
 若いというのは思い立ったままに感情を出したり行動できるものなのだろう。
 羨ましい。

 じゃぁ、私にとっては?
 テントから離れた岩場に腰を下ろし、一人考える。
 私が抱くこの“好意”は、人として?
 それとも異性として?

 今までずっと、一人で耐えてきた。
 力のない無能聖女だと罵られれば、せめて別の力をつけて殿下をお守りしろと言われ、私はそれにひたすら従った。
 父母や妹には何も言わず、ただ必死に鍛錬に励んだ。
 誰にも助けを求めた事などない。

 だからなのか。
 私を守ろうとしてくれて世話を焼こうとするアユムさんに惹かれるのは。
 頼りたくなってしまうのは。
 それは恋なのか、それとも刷り込みのようなものなのかはわからない。

「優しくされたからって好きになるなんて……ありえないわ」

 まして五つも年下の男性に。
 はぁ……何なのかしら、一体。
 きっと婚約者に捨てられたところを優しくされて、少し絆されただけだわ。
 よくあることよ。
 そう思おうとしても、どうしてもアユムさんの顔がチラついて離れない。

「厄介なものね……恋心って……」
「そうかなぁ?」
「!?」

 私の呟きに対して返ってくるはずのない応えがして、私が驚いて跳ねるように振り返ると、長身の男性──マモルさんがニコニコしながらこちら見ていた。

「マモルさん……、何でここに?」
「んー、興奮状態なのかな、何か眠れなくてさ。起きてたら人が動く気配がして、ティアラちゃんだったから着いて来てみた」
「着いて来てみたって……」

 それでここまで黙ってみていたというのだろうか。
 良い性格してるわ……。

 私が何を思っているのか感じ取ったあのだろう、マモルさんは私の隣へと腰を下ろしてから、こちら覗き込むようにして見つめた。

「ごめんね? 何かすごく声かけづらい感じだったからさ」
「いえ……」

 今日会ったばかりのマモルさんは、すぐにこのパーティに馴染んだ。
 落ち着いたお兄さんのようでいて、高いコミュ力から、皆に打ち解けるのも早かった。
 多分、私なんかより、このパーティに馴染んでいる。

「ティアラちゃんさ、アユムくんのこと大好きだよね」
「はへ!? え、どっ、なっ、何ですか急に!?」
 突然の核心を得たような発言に、私は思わず声を上げた。

「まさかそんな……わ、私が……アユムさんを……って……」
「見てれば何となくわかるって。ま、あの二人の方がわかりやすいけどね」
 そう言ってチラリとテントの方へと視線を移すマモルさんに、私は「はは……」と曖昧に返す。

「良い子だもんね、彼。少し影があるけど、誰かのことをちゃんと考えて行動してるところは、本当、大人だなって思うよ」

 アユムさんはわかってるんだ。
 同じように“贄”として追放されたレイナさんの心境を。
 カナンさんだってそうだ。
 喧嘩をして家出したとはいえ、こんなところに落ちるなんて想定外だったはず。

「二人とも心細いでしょうから、アユムさんが着いていてくれるなら安心でしょうね」
 心のよりどころがあるに越したことはない。

 何てったって、彼女らは普通のか弱い女の子たちなのだから。

「……君は?」
「へ?」
「ティアラちゃんは、心細くないの? 事情はよく知らないけどさ、ここに自分から来たわけじゃないんだろう? ティアラちゃんだって、か弱い女の子なのにさ」

 か弱い女の子?
 私が?

「私はそんなじゃないですよ。戦うことしか脳がない、ただの力のない脳筋聖女です」

 自嘲を含んだように吐き捨てた言葉に、息を呑む音が聞こえる。

「それに、私とアユムさんじゃ釣り合いません。私は五つも年上の、嫁ぎ遅れですから」
「は!? いや、五つとか普通にアリじゃん!! 俺十個上の女性と付き合ったことあるけど普通にアリだったよ!?」
「こちらの世界では、適齢期は十八まで。二十三にも慣れば立派な嫁ぎ遅れとされるのです」

 あちらでは歳の差婚なんてものも当然のようにあったけれど、こちらでそれはあり得ない。

「わぁ……異文化コミュニケーション……。んじゃさ、俺にしとく?」
「はい!?」
 何でそうなった!?

「いや、俺二十五だし、ティアラちゃんとはそんなに変わらないだろ?」
 だからって俺にしとく? とはならない!!
 マモルさん、天然なのかしら……。
 たとえ本当にそう言ってくれているのだとして、それに頷くことは──できない。

「すみません。それはないです」
「考える暇なく即答したね」
「自分の思いが通らないからと代わりにしてしまうのは、マモルさんに失礼ですから」
 誰かを代わりになんてできない。
 代わりになんて慣れないんだ。

「……そっか。ティアラちゃんはとってもまっすぐなんだね。それなら仕方ない。でも、アユム君があんまり君に気づかないでいたら、俺は君を奪っていくよ?」
 そう冗談めかして笑ったマモルさんに、思わず笑みが溢れる。

「ふふ、はい。……ありがとうございます」
 この人は大人だ。
 私の気持ちを肯定するでも否定するでもなく、何かあった時のクッションを作ってくれている。

「思いはさ、こう出なきゃいけないなんてことはないんだから、あんま思い詰めないでね。ティアラちゃんはティアラちゃんの思いを大切にして」

「マモルさん……はい……!! ありがとうございます」
 私とマモルさんが微笑みあった、その時だった。

「ティアラさん──?」

 深く落ち着いた声が、背後から私の名を呼んだ。
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