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第一章

モーニングスター無双

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「う……うあぁぁぁぁぁあ!?」
「!? 何!?」

 至近距離で大きな声がして私が目を覚ますと、目の前には真っ赤な顔をして後ずさるアユムさんの姿が……。
 何? 一体何があったの?

「アユムさん? おはようございます。あの……どうかなさったんですか?」
「あ……いえ、えっと……ひ、膝……」

 あぁ、そうか。
 膝を貸していたのよね。
 いつの間にか私も寝ていたんだわ。

「座ったまま眠られていたので、枕になってみました」
「まっ……!?」
 あ、固まっちゃった。

 まぁそうよね。
 こんな年増女の膝なんて借りたくはなかったわよね。
 どうせならメイリアみたいな若くて可愛らしい子の方が良かったでしょうし……。
 あ、言ってて悲しくなってきた。

「……すみません。重かったですよね? 足、大丈夫ですか?」
 返ってきたのは、予想外に私を心配する言葉。
「え? いいえ、大丈夫ですよ」
 鍛えてますし。
 それはもうモリモリと。
「ふふ。しっかり眠るのは大事ですし、あまり気にしないでくださいね」
「はぁ……」
 未だ釈然としない様子のアユムさん。
 若いのにとても真面目な方のようだ。

「さて、とりあえず水についてはなんとかなりましたし、あとは食料と寝床の確保、ですね」
 二層までは楽に魔物を全滅させることができたけれど、ずっとこんなにスムーズに行くとは限らない。
 “扉”のある五層まで敵を全滅させながら進むとなると、何日かかるか……。
 だからこそ、安全地帯──拠点が必要なのだ。

「ちょうど中間層である三層に拠点を置きたいので、ひとまず様子を見に降りてみましょうか」
「はい。そうですね」
 私たちは泉の水をひと飲みしてから、第三層へと降りていった。


 ──フヨフヨと浮かびながらついてくる炎の魔石のおかげで、石階段が明るく照らされる。
 時折転がっている人骨やらはこの際見なかったことにしよう。

「グルルルルウルル……!!」
「わぁ……」
「これは……」

 少し降りたところで響く重低音の唸り声。
 炎の魔石で照らし出された三層は──夥《おびただ》しい数の魔物がひしめき合っていた。

 ゴブリンに魔獣に一角兎《ホーンラビット》……。
 じゃうじゃしてても、そこまで強いわけではない相手だし……うん、いける。

 私は階下の魔物達に視線を向けたまま、アユムさんに言った。

「すぐに戻るので、いい子で待っていてくださいね」
「は? え……ちょっ……!!」
 戸惑うアユムさんを残して、私はゴツゴツとした石の階段を一気に駆け降りた。

「グルルルウゥゥウ!!」
「はぁぁぁぁぁぁああっ!!」

 モーニングスターを振りかざし突撃するドレス姿の令嬢と、飛び込んできた餌《私》に群がろうとする魔物達。
 なんて図だ、と思うだろうが、仕方がない。
 パーティ中に婚約破棄され、一度家に帰ることも家族に会うことも許されず、そのままの格好でここに送られたのだもの。

 それに、今までだってドレスは私にとって戦闘服だった。
 王太子の婚約者として注目され、その戦闘力の強さに嘲笑されるのが常である中、ドレスを纏い毅然と振る舞うことこそが、私の最大の防御だったのだ。
 今までだってそうしてきた。
 なら……問題ないわ!!

「はぁぁぁぁぁあっ!!」

 ゴォォォォォォオォン──!!
 ゴンッ!! ボゴッ!! ガンッ!!

 殴っては飛ばし、殴っては飛ばし……。

 魔物達が後ずさっても、私は歩みを止めることなく、それを繰り返す。
 緑色のベトベトとした返り血が気持ち悪いけれど、仕方がない。
 アユムさんを生かすために。
 私が生きる残るために。
 戦うしかないんだから──!!


「──ふぅ……。こんなものかしら?」

 あたりは魔物の屍の山。そして私は返り血で緑色に染まった。
 うぅ、気持ち悪い。

「アユムさーん!! 降りてきても大丈夫ですよー!!」
 私が階段で呆然とその光景を見下ろしているアユムさんに声をかけると、彼はハッとした表情で叫んだ。

「!! ティアラさん!! 危ない!!」
「へ? ──っ!!」
 気配に気づいた私が頭上を見上げると──天井に張り付いた人喰い花が、今まさに花弁という名の口を広げ、私を捕食しようとしているところだった……!!

「っ……!!」
「光の剣《ライトソード》!!」
 ザシュゥゥウゥッ────!!
「ギィィィィイイイイイ!!」
 目の前を閃光が横切ったと思うと、その瞬間に真っ二つになった人喰い花。
 え……すご……。

「大丈夫ですか!?」
 降り立った黒髪の青年を見て、私はその閃光の正体に気づく。
「光の……剣……?」
 勇者のみが具現化できる伝説の剣。
 そういえば最初にゴブリンを倒してくれた時も剣は光を放っていた。
 すごい……!!
 やっぱりこの人、勇者様なんだ。

「無茶しないでください!! あなたは女性なんですよ!? 強くてカッコ良いとは思いますが……俺にも、少しは守らせてください」
 そう真剣な表情で私を見つめるアユムさん。

「へ……あー……え、えぇ、ありがとう……ございます……?」

 私が……私が、守られる?

 慣れない響きに私の鼓動が大きく鳴ったけれど、それがなんなのか、私にはまだ理解ができない感情のようで、私は不自然に言葉を紡ぐのだった。
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