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第一章
【贄制度】
しおりを挟む「あなた……まさか、“扉”の向こうから……?」
私が尋ねると、アユムと名乗った男性は、ゆっくりと首を縦に振った。
「!!」
“扉”の向こう側の人……。
私の、前世の世界に住んでいた人。
この世界に転生して初めて出会えたあちら側の人間に、どうしようもなく胸が疼く。
名前からして、前世の私と同じ、日本人だろう。
「俺は“贄”に選ばれてここに来ました」
「にえ?」
聞いたことのない言葉に、私は首を傾げると、アユム様は目を丸くして「あぁ……こちらの人には知られていないんですよね」と納得したように呟いた。
「俺がいた世界には、一年に一度、国民の投票で選ばれた人間が一人だけこの世界に送られる制度があるんです。法律が制定されたとはいえ、あちらでは魔法を操るこちらの人間、そして魔物を禍《わざわい》として恐れています。そんな禍《わざわい》を封じる供物として、【贄制度】ができました」
「っ……供物……」
人は得体の知れないもの、自分とは違うものを畏怖するものだ。
でもこれは……。
「人柱……」
「人柱なんて言葉、よく知ってましたね」
あ。
そうか、あれはあちらの世界での言葉だものね。
「えぇ、まぁ。生贄、だから【贄制度】、なのですね……」
私は言葉を濁しながら言うと、アユム様は小さく頷き、言葉を続ける。
「はい。“贄”に偉ばれてここに送られた人で生きて帰った人はいません。ただ、俺の場合は“扉”に入る前の検査で勇者適性があることが判明して……。管理役員の付き添い付きで扉をくぐり、丁重に城まで送ってもらえたので、生きて一度はこのダンジョンを出ることができました」
管理役員。
“扉”を管理する者で、この国の魔術部の魔術師がそれだ。
ここの魔物は彼らを襲うことはない。
国宝である“魔王の眼”と呼ばれる石を陛下から賜っているから。
だからあちらの人間がこちらに行き来する際は、必ず管理役員が同行することになる。
「勇者様が隻眼の魔王を倒したというのは、私も知っていましたが……まさかそんな制度の犠牲者だっただなんて……」
この世界には魔王が存在し、度々魔物の襲撃が起こってきた。
その度に騎士団総出で戦いに赴いたが、それでもたくさんの国民が犠牲になった。
一週間前までは──。
突如彗星の如く現れた勇者様が、一週間前、たった一人で魔王城に乗り込み、勇者のみが具現化させ使うことのできる聖なる力をまとった剣で魔王を倒してくれたのだ。
三日前、私も遠くから勇者様の凱旋パレードを見たけれど、その時は頭にも防具が付いていて顔もあまり見えなかったし、名前も伏せられていたから、まさか日本人が勇者だなんて思わなかった。
「でも、そんな勇者様がなぜこんなところに?」
何かの罰ゲーム?
「魔王を倒してパレードが行われた次の日、再び城に呼ばれた俺は、王女に結婚を迫られました」
「結婚!?」
まぁでも御年十六才のシェレナ王女だ。
そろそろ、結婚されてもおかしくはない。
王女は十六歳という若さでありながらも妖艶で美しく、婚約話も絶えないが、婚約しては破棄を繰り返している。
とんでもなくワガママで飽き性なのだ、彼女は。
あの兄にしてあの妹、よね……。
「それを断ったら、ここに落とされました。ほんの二日前のことです」
「!!」
私と同じ、死刑、ということか……。
「そうですか……私と同じようなもの……なのですね」
「え……?」
そう。そうよね。
そういう人達なのよね、彼らは。
だけど、みすみす死んでたまるもんですか。
彼らの思う通りには、もう絶対にさせたくはない。
幸い私には腕力がある。
前世の知恵だってある。
生き残る可能性があるのだ。
絶対に、負けてたまるもんですか。
「アユム様お願いがあります」
「なんですか?」
首を傾げ私を見つめるアユム様に、私は言った。
「私と、ここで暮らしてください」
「────は?」
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