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第一章

脳筋聖女、追放されました

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 聖マドレーナ王国。
 異世界から来た勇者によって隻眼の魔王が倒され、国中が湧いたのはつい最近のことで、ここ最近のこの国の大きな話題は二つ。

 闇の勢力を伸ばそうとした魔王を倒した若き勇者様について。
 そしてこの国の王太子と婚約者の結婚について、だ。

 聖女信仰の熱いこの国で私、ティアラ・プレスセントは伯爵家の長女として生まれた。
 生まれてすぐに神殿に所属する大司教によって聖女認定を受けた私の中には、聖なる力が宿っている──らしい。

 そんな私は五歳の時、この聖マドレーナ王国の王太子である生まれたばかりのウェルシュナ王太子殿下と婚約した。
 聖女を王族に引き入れたいという大人の事情なのだろう。
 とてつもなく厳しい王妃教育に明け暮れ、五歳下の殿下が王立学園を卒業するのを待って結婚──の、はずだった。
 
「ウェルシュナ殿下。そちらの方は……」
 私の視線の先には、婚約者であるウェルシュナ王太子殿下。そしてその腕にヘビの如く絡みつくピンク……、ゴホン、大変可愛らしい御令嬢。

「彼女は私の妃になる。私の最愛の女性──メイリアだ」
「こんばんは、ティアラ様」
 メイリアと呼ばれた少女はにっこりと笑って優越感に浸っているかのように無邪気に挨拶をする。
 
 メイリア・ボナローティ子爵令嬢。
 んなこた知っている。
 確かウェルシュナ殿下の二つ下。
 一年生の女子だ。
 私の最愛の妹であるミモラと同級生だから、あの子から話はよく聞いている。
 ウェルシュナ殿下に必要以上に親しくしている女性がいる──と。

 私が聞きたいのはそういうことじゃない。
 なぜ婚約者でもない彼女が、ウェルシュナ様の腕に絡みつき、パートナーとして卒業パーティに出席しているのかということだ。
 確か三年生以外は家族と婚約者しか出席できないことになっていたはず。
 ウェルシュナ王太子殿下の婚約者として正式に招待されている私を差し置いて、なぜ、“部外者”である彼女がここに?

 ──ん?
 待って。
 今この人、私の妃になる、って言った?

「あの、殿下。妃、とは?」
「文字通り、私の妻だ」
 さも当たり前かのようにのたまう目の前の男に、私は驚き目を見開いた。

「どういうことです!? 私は──!?」
「お前はもう私の婚約者などではない」
「っ!? 何……ですって……?」
 そんな話、初めて聞いたわ。
 お父様やお母様も、婚約者ではなくなっただなんておっしゃっていなかったもの。
 じゃぁ一体、いつから?

「聖女だというだけで生まれてすぐに五つも年上のお前なんぞと婚約させられ、これまで王太子として耐えてきたが……。いつまで経ってもお前は魔法を使うことができないではないか!!」
「!!」
 あぁ、痛いところを……。
 
 そうだ。私は聖女でありながら、魔法を使うことができない。
 使おうとしても魔力は流れることなく不発に終わってしまうのだ。
「魔法は使えんくせに剣の腕だけは上げていきおって……。この脳筋聖女が!!」
「のう……きん……」

 確かに私は強くなった。
 いざというとき、聖女の力がなくとも王太子を守れるようにと叩き込まれた剣術と体術、各種武器の扱いだって心得がある。
 腕力だって毎日鍛錬を重ねて鍛え上げたから、そんじょそこらの騎士にだって簡単に負けることのない力を持ってしまった。

 どうせ聖女の力が使えないのなら、力だけでも、と。
 ただひたすら鍛錬し続けた結果だ。
 
「でもそれは──」
「言い訳は無用だ!! 聖なる力を使えない女など、聖女として意味はない。婚約は破棄し、二十三年間、聖女であると欺き続けてきた罪として、お前を“ヨミ”送りとする!!」
「!?」

 “ヨミ”送り──!!
 ウェルシュナ殿下の宣言に、成り行きを見守っていた人々のざわめきで溢れるダンスホール。

 “ヨミ”送り。
 それは罪人に下される最大の罰。
 “ヨミ”と呼ばれる特殊なダンジョンには、とても強い魔物が多く生息し、今まで生きて帰った者はいない。
 事実上の死刑──。

 国王陛下も王妃様も、急遽同盟国である聖ミレニア国の国王の葬儀に参加することになって昨日から不在。
 おそらくそれをチャンスとして暴挙に出たのだろう。

 そう……。
 わかったわ。
 婚約して十八年。
 そう、十八年間も耐えてきたというのに、この男はそんな婚約者の死を望むというのね。

 ていうか、私は一度も自分が聖女だなんて言った覚えはないし、聖女だとも思ったことはない。むしろ私にそんな力あるわけないとも思っているのに、勝手にお告げだなんだと大騒ぎして婚約者に仕立て上げたのは国王や神官たちじゃない。
 とんだとばっちりだわ。

 私の中で、何かが弾けた。そんな気がした。

 そっちがその気なら私──“ヨミ” に行って、“生き延びて”やろうじゃない……!!

「ご命令、謹んでお受けさせていただきます」

 ざわめきが先ほどよりも大きくなって、誰もが国王夫妻も伯爵夫妻も不在の中での王太子独断による断罪に、戸惑い顔を見合わせる。

 この場にお父様がいなくてよかった。
 いたらきっと──……。
 ……まぁ、あとはお母様がなんとかしてくれるでしょう。

 そして私は、真っ直ぐに目の前の十八年間婚約者であった男を見てから、にっこりと笑った。

「それでは皆様。──ごきげんよう」
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