3 / 20
中和の乙女
しおりを挟む魔王城に嫁いで三日。
城の一角に自室を与えられた私は、割と自由な日々を送っていた。
自分の行きたい場所に自由に入ってもいいし、城内の図書室の本だって好きに読めばいい。
書類上の夫となった魔王は朝昼晩必ず食事を共にしてくれる。
そしてその食事がなんといっても素晴らしく美味しいのだ。
量は王侯貴族が無駄に出すような大容量では無く、一般家庭の一人分と同じ程度の量。
決して贅沢品ではなく、食材も一般的なものだ。
王侯貴族から見れば、質素、という言葉が適しているのだろう。
だけど王侯貴族の食べるものよりも遥かに美味しいのだ。
さぞ名のあるシェフでも雇っているのだろうとも思ったけれど、厨房はいつも空。
それどころか私は未だに、この城で私と魔王以外の人を見たことがない。
故に──。
「暇だわ。ふあぁぁ……」
暇すぎてあくびが出てしまった。
常に日が当たらない魔界にいると体内時計が狂うのか、妙に眠くなってくる。
ついには私はその眠気に抗うことができず、深い夢の中へと落ちていてしまった。
***
──白い……霧……?
気づけば私は、深い霧の中に佇んでいた。
ここ、どこ?
さっきまで城の部屋にいたはずなのに。
部屋、ではないわよね?
辺りを見渡してみても何も見えない。
アンティークな机も、椅子も、クローゼットも、誰が用意したのか知りたくない少女趣味な天蓋付きベッドも。
これはどうしたことか……。
また別の世界にでも飛ばされたんだろうかと不安に思っていると──。
「いらっしゃい、可愛いお嬢さん」
透き通るような美しい声が響いて、そこには真っ白いドレスを着た金髪碧眼のお人形のような女性がこちらに笑みを向けて立っていた。
「あ、あの、お邪魔してます!!」
ここに来て初めて魔王以外の人に会えたという興奮から、妙に鼻息荒くなってしまったが仕方ない。
だって本当に久しぶりなんだもの、魔王以外の人間。
「ふふ、面白い子ね。異界の乙女がこんなに可愛らしい子だとは思わなかったわ。あぁそれとも、“中和の乙女”と呼んだ方がいいのかしら?」
「中和の──乙女?」
そんな呼び名は初めて聞いた。
私が女性から飛び出した言葉を反復させると、彼女はふんわりと微笑んで頷いた。
「あなたには、相対するものを中和させる力がある。善と悪。正と負。神と魔……。なんでも中和してしまうの、その力は」
え、すごっ。
まったく実感はないけれど。
「そうねぇ……目が覚めたら、城側とは反対の門へお行きなさい。そこにある魔法石に触れるの。そうすれば、事は動き始めるわ。あぁ、くれぐれも、ゼノンディウスには秘密で、ね?」
「ゼノン……あぁ、魔王のこと、ですか。でもなんで? そんなことしたら……」
「良いのよ。事を動かすには、きっかけを作らなきゃ、何も動かないわ」
事を、動かす……。
そうすれば何かが変わるのだろうか?
そうすれば、元の世界に帰ったりできるのだろうか?
あの子達の元に。
弟達の元に、帰ることができる?
こちらの世界に来てから数ヶ月。
あの子達を思い出さなかった事はない。
私がいなくなってしまったら、もう他に身寄りのないあの子達はきっと施設に入れられるはず。
衣食住の補償は、おそらく心配ない。
心配ない、のだけれど……。
やっぱり心配してしまうのが姉というものだ。
もし事というものが動いて元の世界に帰ることができるというのならば、試してみない手はない。
「わかりました……!! 私、行ってきます!!」
強奪された日常を取り戻すために。
「えぇ。行ってらっしゃい。いつでも見守ってるわ、あなた達を──」
美女の微笑みに私も笑みを返すと、刹那、再び霧が立ち込め、美女の身体を覆って消し去ってしまった。
36
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!
蜜柑
ファンタジー
レイラは生まれた時から強力な魔力を持っていたため、キアーラ王国の大神殿で大司教に聖女として育てられ、毎日祈りを捧げてきた。大司教は国政を乗っ取ろうと王太子とレイラの婚約を決めたが、王子は身元不明のレイラとは結婚できないと婚約破棄し、彼女を国外追放してしまう。
――え、もうお肉も食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?
追放される道中、偶然出会った冒険者――剣士ステファンと狼男のライガに同行することになったレイラは、冒険者ギルドに登録し、冒険者になる。もともと神殿での不自由な生活に飽き飽きしていたレイラは美味しいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。
その一方、魔物が出るようになったキアーラでは大司教がレイラの回収を画策し、レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。
※序盤1話が短めです(1000字弱)
※複数視点多めです。
※小説家になろうにも掲載しています。
※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】愛猫ともふもふ異世界で愛玩される
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
状況不明のまま、見知らぬ草原へ放り出された私。幸いにして可愛い三匹の愛猫は無事だった。動物病院へ向かったはずなのに? そんな疑問を抱えながら、見つけた人影は二本足の熊で……。
食われる?! 固まった私に、熊は流暢な日本語で話しかけてきた。
「あなた……毛皮をどうしたの?」
「そういうあなたこそ、熊なのに立ってるじゃない」
思わず切り返した私は、彼女に気に入られたらしい。熊に保護され、狼と知り合い、豹に惚れられる。異世界転生は理解したけど、私以外が全部動物の世界だなんて……!?
もふもふしまくりの異世界で、非力な私は愛玩動物のように愛されて幸せになります。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/09/21……完結
2023/07/17……タイトル変更
2023/07/16……小説家になろう 転生/転移 ファンタジー日間 43位
2023/07/15……アルファポリス HOT女性向け 59位
2023/07/15……エブリスタ トレンド1位
2023/07/14……連載開始

召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます

婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し


【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる