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花嫁は叶わぬ恋をする
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叩きつける雨の中、セイジはひとり庭園へと向かった。
異常なまでの不快感に腹の奥が満たされているようで、雨に打たれて頭を冷やしでもしない限り、怒りで気が狂いそうだった。
あの傲慢な父王の発言。
セイラムへの対応もそうだが、それ以上にマナを貶め侮辱したことが、セイジにはどうしても許せなかった。
不敗の王と謳われる父王に剣の腕で勝てる見込みなど、セイジにはない。それでも、あの穢らわしい手がマナに触れていたら、迷わず剣を振るっていた。
眉間に皺を寄せ、奥歯をぎりと噛み締めると、腰に携えた剣の柄をセイジは固く握り締めた。
「セイジ、何故あのような危険な真似をした。あの男は身内だろうと容赦ない。虫の居所が悪ければ、本当にお主を殺していたぞ」
唐突に物陰からディートリンデが顔を出し、セイジに苦言を呈した。
随分と長いあいだ城壁のそばで身を隠していたのか、漆黒の鱗に覆われた巨体も翼も雨でずぶ濡れている。その行動も、セイジの身を案じてのことなのだろう。
心配するディートリンデを見上げ、セイジは溜め息に似た声を漏らした。
「聞いていたのか」
「お主が思うよりもずっと、妾は地獄耳なのじゃ」
いつになく不機嫌な視線を向けられたにも関わらず、ディートリンデは気にする素振りもみせない。
一言戯けて返したあと、彼女は物哀しく言葉を続けた。
「……お主にとっては、これ以上ない好条件だったであろう」
「私がきみを従えている今、父にとって兄上は目障りな存在でしかない。私があの話を承諾してしまえば、兄上は用済みになる。父は堂々と兄上を殺すだろう。そういう人だ」
吐き捨てるように告げて、セイジは顔をうつむかせた。
――お前が王位を継ぎ、マナ王女を娶れ。
そんなことは、幾度となく考えてきた。
以前から、病床に臥すセイラムには、無理を押して国政を担わずとも安心して療養して欲しいと思ってきた。
セイラムの身の安全が保障されているのなら、セイジは喜んで父の命令に従い、兄の代わりにマナと結婚したことだろう。
だが、そのようなことは有り得ない。
グレゴリウス王は、王太子セイラムを忌み嫌っている。
その理由も、セイジは知っている。
「兄上が王位継承権を得たことが原因で、父は私の母を正妻に迎えることができなかった。母は神竜に仕える巫女でありながら、その任を放棄し王家に取り入った卑しい者として、皆に見下され、孤独の内に死んだ。父はそのことで……私と母のために、兄上を憎んでいる。それでも……」
遠い昔の、幼い日の記憶がセイジの胸に蘇る。
父に認められたいと願った兄と、その願いを共に叶えると心に誓った幼い自分の姿が。
「私は兄上をお護りすると、そう誓ったのだ」
その誓いが、いずれ己の首を絞めることになると、なぜ、あのとき予測できなかったのか。
自虐的な笑みを浮かべ、セイジは空を仰ぎ見た。
今、この身を叩きつける雨が、兄王子への親愛も、幼なかったあの日の誓いも、全て洗い流してくれたなら。
如何なる犠牲も顧みず、彼女を奪ってしまえたならば、どんなに楽になれただろう。
異常なまでの不快感に腹の奥が満たされているようで、雨に打たれて頭を冷やしでもしない限り、怒りで気が狂いそうだった。
あの傲慢な父王の発言。
セイラムへの対応もそうだが、それ以上にマナを貶め侮辱したことが、セイジにはどうしても許せなかった。
不敗の王と謳われる父王に剣の腕で勝てる見込みなど、セイジにはない。それでも、あの穢らわしい手がマナに触れていたら、迷わず剣を振るっていた。
眉間に皺を寄せ、奥歯をぎりと噛み締めると、腰に携えた剣の柄をセイジは固く握り締めた。
「セイジ、何故あのような危険な真似をした。あの男は身内だろうと容赦ない。虫の居所が悪ければ、本当にお主を殺していたぞ」
唐突に物陰からディートリンデが顔を出し、セイジに苦言を呈した。
随分と長いあいだ城壁のそばで身を隠していたのか、漆黒の鱗に覆われた巨体も翼も雨でずぶ濡れている。その行動も、セイジの身を案じてのことなのだろう。
心配するディートリンデを見上げ、セイジは溜め息に似た声を漏らした。
「聞いていたのか」
「お主が思うよりもずっと、妾は地獄耳なのじゃ」
いつになく不機嫌な視線を向けられたにも関わらず、ディートリンデは気にする素振りもみせない。
一言戯けて返したあと、彼女は物哀しく言葉を続けた。
「……お主にとっては、これ以上ない好条件だったであろう」
「私がきみを従えている今、父にとって兄上は目障りな存在でしかない。私があの話を承諾してしまえば、兄上は用済みになる。父は堂々と兄上を殺すだろう。そういう人だ」
吐き捨てるように告げて、セイジは顔をうつむかせた。
――お前が王位を継ぎ、マナ王女を娶れ。
そんなことは、幾度となく考えてきた。
以前から、病床に臥すセイラムには、無理を押して国政を担わずとも安心して療養して欲しいと思ってきた。
セイラムの身の安全が保障されているのなら、セイジは喜んで父の命令に従い、兄の代わりにマナと結婚したことだろう。
だが、そのようなことは有り得ない。
グレゴリウス王は、王太子セイラムを忌み嫌っている。
その理由も、セイジは知っている。
「兄上が王位継承権を得たことが原因で、父は私の母を正妻に迎えることができなかった。母は神竜に仕える巫女でありながら、その任を放棄し王家に取り入った卑しい者として、皆に見下され、孤独の内に死んだ。父はそのことで……私と母のために、兄上を憎んでいる。それでも……」
遠い昔の、幼い日の記憶がセイジの胸に蘇る。
父に認められたいと願った兄と、その願いを共に叶えると心に誓った幼い自分の姿が。
「私は兄上をお護りすると、そう誓ったのだ」
その誓いが、いずれ己の首を絞めることになると、なぜ、あのとき予測できなかったのか。
自虐的な笑みを浮かべ、セイジは空を仰ぎ見た。
今、この身を叩きつける雨が、兄王子への親愛も、幼なかったあの日の誓いも、全て洗い流してくれたなら。
如何なる犠牲も顧みず、彼女を奪ってしまえたならば、どんなに楽になれただろう。
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