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花嫁は叶わぬ恋をする
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紅から紫色に色を変える雲の海に潜り、霧の中のリンデガルム城へ。
セイジとマナを乗せたディートリンデは、庭園へ舞い降りると、大きく伸びをするように翼を広げた。
重い鎧を気にもとめず、セイジが軽々と芝の上に飛び降りる。振り返った視線の先で、ディートリンデの首の陰からひょっこりとマナが顔を覗かせた。
セイジが手を差し伸べると、マナは少しはにかむように、その手を取って庭園に降りた。しおらしく頭をさげて礼を言うその姿は、夜の闇に飲まれて消えてしまいそうなほど、儚く脆く感じられた。
「満足していただけましたか」
「ええ、とっても」
尋ねるセイジに笑顔で返し、マナは王城へと目を向ける。その視線の先に、セイラムの執務室が見えた。
窓辺に映る婚約者の姿を見つけると、マナはもう一度セイジに頭を下げ、城に向かって駆けていった。
「何故黙って帰したのじゃ。自分がそのセイジだと伝えてしまえばよかったろうに」
マナの姿が見えなくなるまで立ち尽くしていたセイジに、呆れたようにディートリンデが言った。
残念だと言いたげに目を細める大きな相棒の顔を見上げ、セイジは小さく息を吐く。
「伝えたところで、そう易々と信じて貰えると思うか?」
「信じるかもしれぬだろう、あの娘なら」
セイジの言葉に、ディートリンデは即座に答えを返した。
確かに、マナなら信じかねない。
だが、それを伝えてどうなると言うのか。
今の彼女はラプラシアの王女で、リンデガルム王太子セイラムの婚約者だ。
記憶にのこる前世での想い人の生まれ変わりが現れたからと言って、素直にそれを喜べるような立場でもないだろう。
それよりも。
『ずっとずっと前に、とても好きだったひとがいたんです。顔も声も、性格だって違うのに、名前が同じというだけで錯覚してしまったの』
雲の上で聞いた彼女の言葉を、セイジは胸の奥で反芻した。
今のセイジは、声も顔も、身の丈も、生きてきた環境も、生まれ変わる前の『誠治』とは全く違う。
変わらないのは、彼女を想うその気持ちだけだ。
彼女が想い慕う『誠治』はもう何処にもいない。二度と生き返ることもない。
それなのに、彼女が今も想い続ける相手は、若くして空で死んだ、一日限りの夫だった男なのだ。
「どうした、セイジ。いつになく恐ろしい顔をしておるぞ」
茶化すようにディートリンデに言われ、セイジは自身の眉間に指先で触れた。
気がつかないうちに、随分と険しい表情をしていたようだ。
眉間に寄った皺をなぞり、セイジは大きく溜め息を吐いた。
この不明瞭な苛立ちの原因はわかっている。
実に馬鹿らしい、無意味な感情だ。
まさか、過去の自分に嫉妬する日が来ようとは。
セイジとマナを乗せたディートリンデは、庭園へ舞い降りると、大きく伸びをするように翼を広げた。
重い鎧を気にもとめず、セイジが軽々と芝の上に飛び降りる。振り返った視線の先で、ディートリンデの首の陰からひょっこりとマナが顔を覗かせた。
セイジが手を差し伸べると、マナは少しはにかむように、その手を取って庭園に降りた。しおらしく頭をさげて礼を言うその姿は、夜の闇に飲まれて消えてしまいそうなほど、儚く脆く感じられた。
「満足していただけましたか」
「ええ、とっても」
尋ねるセイジに笑顔で返し、マナは王城へと目を向ける。その視線の先に、セイラムの執務室が見えた。
窓辺に映る婚約者の姿を見つけると、マナはもう一度セイジに頭を下げ、城に向かって駆けていった。
「何故黙って帰したのじゃ。自分がそのセイジだと伝えてしまえばよかったろうに」
マナの姿が見えなくなるまで立ち尽くしていたセイジに、呆れたようにディートリンデが言った。
残念だと言いたげに目を細める大きな相棒の顔を見上げ、セイジは小さく息を吐く。
「伝えたところで、そう易々と信じて貰えると思うか?」
「信じるかもしれぬだろう、あの娘なら」
セイジの言葉に、ディートリンデは即座に答えを返した。
確かに、マナなら信じかねない。
だが、それを伝えてどうなると言うのか。
今の彼女はラプラシアの王女で、リンデガルム王太子セイラムの婚約者だ。
記憶にのこる前世での想い人の生まれ変わりが現れたからと言って、素直にそれを喜べるような立場でもないだろう。
それよりも。
『ずっとずっと前に、とても好きだったひとがいたんです。顔も声も、性格だって違うのに、名前が同じというだけで錯覚してしまったの』
雲の上で聞いた彼女の言葉を、セイジは胸の奥で反芻した。
今のセイジは、声も顔も、身の丈も、生きてきた環境も、生まれ変わる前の『誠治』とは全く違う。
変わらないのは、彼女を想うその気持ちだけだ。
彼女が想い慕う『誠治』はもう何処にもいない。二度と生き返ることもない。
それなのに、彼女が今も想い続ける相手は、若くして空で死んだ、一日限りの夫だった男なのだ。
「どうした、セイジ。いつになく恐ろしい顔をしておるぞ」
茶化すようにディートリンデに言われ、セイジは自身の眉間に指先で触れた。
気がつかないうちに、随分と険しい表情をしていたようだ。
眉間に寄った皺をなぞり、セイジは大きく溜め息を吐いた。
この不明瞭な苛立ちの原因はわかっている。
実に馬鹿らしい、無意味な感情だ。
まさか、過去の自分に嫉妬する日が来ようとは。
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