花嫁は叶わぬ恋をする

柴咲もも

文字の大きさ
上 下
10 / 26
花嫁は叶わぬ恋をする

しおりを挟む
 紅から紫色に色を変える雲の海に潜り、霧の中のリンデガルム城へ。

 セイジとマナを乗せたディートリンデは、庭園へ舞い降りると、大きく伸びをするように翼を広げた。
 重い鎧を気にもとめず、セイジが軽々と芝の上に飛び降りる。振り返った視線の先で、ディートリンデの首の陰からひょっこりとマナが顔を覗かせた。
 セイジが手を差し伸べると、マナは少しはにかむように、その手を取って庭園に降りた。しおらしく頭をさげて礼を言うその姿は、夜の闇に飲まれて消えてしまいそうなほど、儚く脆く感じられた。

「満足していただけましたか」
「ええ、とっても」

 尋ねるセイジに笑顔で返し、マナは王城へと目を向ける。その視線の先に、セイラムの執務室が見えた。
 窓辺に映る婚約者の姿を見つけると、マナはもう一度セイジに頭を下げ、城に向かって駆けていった。


「何故黙って帰したのじゃ。自分がセイジだと伝えてしまえばよかったろうに」

 マナの姿が見えなくなるまで立ち尽くしていたセイジに、呆れたようにディートリンデが言った。
 残念だと言いたげに目を細める大きな相棒の顔を見上げ、セイジは小さく息を吐く。

「伝えたところで、そう易々と信じて貰えると思うか?」
「信じるかもしれぬだろう、あの娘なら」

 セイジの言葉に、ディートリンデは即座に答えを返した。

 確かに、マナなら信じかねない。
 だが、それを伝えてどうなると言うのか。
 今の彼女はラプラシアの王女で、リンデガルム王太子セイラムの婚約者だ。
 記憶にのこる前世での想い人の生まれ変わりが現れたからと言って、素直にそれを喜べるような立場でもないだろう。
 それよりも。

『ずっとずっと前に、とても好きだったひとがいたんです。顔も声も、性格だって違うのに、名前が同じというだけで錯覚してしまったの』

 雲の上で聞いた彼女の言葉を、セイジは胸の奥で反芻した。
 今のセイジは、声も顔も、身の丈も、生きてきた環境も、生まれ変わる前の『誠治』とは全く違う。
 変わらないのは、彼女を想うその気持ちだけだ。
 彼女が想い慕う『誠治』はもう何処にもいない。二度と生き返ることもない。
 それなのに、彼女が今も想い続ける相手は、若くして空で死んだ、一日限りの夫だった男なのだ。


「どうした、セイジ。いつになく恐ろしい顔をしておるぞ」

 茶化すようにディートリンデに言われ、セイジは自身の眉間に指先で触れた。
 気がつかないうちに、随分と険しい表情をしていたようだ。
 眉間に寄った皺をなぞり、セイジは大きく溜め息を吐いた。

 この不明瞭な苛立ちの原因はわかっている。
 実に馬鹿らしい、無意味な感情だ。

 まさか、過去の自分に嫉妬する日が来ようとは。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

処理中です...