初恋―ある連続猟奇殺人犯の告白―

柴咲もも

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第一章

告白③

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***


 俺たちはとりあえず駅前のコーヒーショップに入った。窓際の二人席に彼女を座らせてカウンターに向かい、注文と会計をさっさと済ませると、アイスコーヒーとホットカフェオレを載せたトレーを持って席に戻った。

「寒くないですか?」

 ストローでアイスコーヒーをすする俺をちらりと見て彼女が言った。

「いや? 俺、猫舌だし」
「そうでしたっけ……」

 彼女は消え入りそうな声で呟くと、そのままうつむいて黙り込んでしまった。

 窓の外を次々に人が通り過ぎていく。いつのまにか、空がどんよりと曇っていた。
 しばらく沈黙が続いたものの、彼女は一向に本題に入ろうとはしなかった。
 今日の彼女は何かがおかしい。彼女はもっと自由で、思ったことをなんでも気軽に口にする子だと思っていた。
 気不味い空気が長く続いていたこともあり、俺はほんの少し苛立って、普段なら考えもしない意地悪なことを考えた。

「電話では言いそびれていたんだけど、俺のことを好きだって言ってくれる女性ひとがいるんだ」

 俺が話を切り出すと、彼女は若干焦ったように顔を上げた。だが、俺は構わずに続けた。

「君は婚約しているだろ? 友達とはいえ、異性とこうしてふたりきりで会うのは後ろめたいかなって思っていたんだけど、俺にも恋人ができてしまえばお互い気を遣わずに済むかなって思ってさ」

 彼女は固唾を呑んで俺の話を聞いていた。明らかに動揺を隠せていないその様子から、俺は確信めいたものを抱いた。
 やっぱり、俺の考えは間違いじゃなかったんだ。

「今はまだ好きじゃないけど、付き合っているうちに大事に思えてくることだってあると思うんだ。きみはどう思う? 付き合ってみるべきかな」

 俺は最低で意地の悪い糞野郎だ。彼女の気持ちを察した上で、相談に見せかけてこんな真似をしているんだから。
 質問の答えを促すように俺が首を傾げて見せると、彼女は唇を震わせて、今にも泣きだしそうな顔で微笑んだ。

「わたしに、それを訊くんですか……?」

 胸が痛んだ。
 酷いことをしているのだと、わかってやったはずなのに、後悔した。

「ごめんなさい」

 突然、彼女は席を立ち、荷物とコートを抱えて店を飛び出した。予想外の行動に俺も慌てて席を立ち、彼女のあとを追った。
 店に入る前はあんなに綺麗に晴れていたのに、いつのまにか大粒の雨が降っていた。
 人混みを駆け抜ける彼女を追いかけて、路地裏に逃げ込もうとするその手を掴んだ。振り返った彼女の顔は雨でぐしゃぐしゃに濡れていて——それが雨のせいだけではないことは容易に想像できた。
 俺から顔を隠すように、彼女はうつむいて片手で顔を覆った。

「……泣かないで。悪かったよ、ごめん」

 彼女の顔を覗き込む。胸の奥がずきずきと痛みを訴えていた。

「わからないの、なにも……」

 ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、彼女は唇を震わせていた。

「あんなに、あなたが思っていることが全部、手に取るようにわかっていたのに……」

 確信めいていた答えが確信に変わった瞬間だった。

「……やっぱりあれは本当だったんだね」

 彼女が今まで自然と俺の望む行動をとってくれていたのは、彼女が最初に言っていた言葉が真実だったからだ。そして、今日の彼女がこれまでと違っていたのは、俺の気持ちが読めなくなったせいで、次の行動を予測することができなかったからだ。
 何がきっかけかはわからないけど、彼女と俺を繋いでいた何かが消えてしまった。それで彼女は不安になって、いつものように電話するのではなく、直接俺に会いに来たんだ。

「あの夜、佐伯さんに電話に出てもらえなかったあのときから、なにもわからなくなってしまったの……」

 子供のように泣きじゃくりながら、彼女は俺の胸に顔をうずめた。俺の上着を握り締めて、肩を震わせて、「わからない、わからない」と何度も繰り返した。

「それでいいんだよ。俺も、他の誰だって、一番大切な人の気持ちすらわからないんだ。わからないから、わかろうとするんだよ。相手を思いやるって、そういうことなんだ」

 彼女の肩に手を置いて言い聞かせる。大きな瞳を涙に潤ませて、彼女が俺を見上げた。

 自分でも、予想できない行動だった。身体が勝手に動いていた。涙に濡れる彼女を引き寄せて、その唇にキスをした。
 彼女の嗚咽がぴたりと止まる。同時に、世界が、時間が停止したように感じられた。
 ゆっくりと距離を取って、彼女とみつめあった。

「ごめん……」

 俺が呟くと、彼女は瞳に涙を湛えたまま、微笑んで言った。

「こういうの、友達にはしませんよね」
「……友達には、しないね」

 うなずいて、やれやれと肩を竦めてみせる。
 俺はきっと、情けない顔をしていたと思う。それでもよかった。嬉しかった。
 これでようやく、彼女に想いを伝えることができる。友達のままでいるなんて、初めから無理だったんだ。

「友達じゃないのなら、わたしはあなたの何……?」

 彼女の指先が、俺の頬に触れる。ほっそりとしたその指先に手を重ね、彼女の問いの答えを探す。
 俺はもう、彼女に嘘はつけなかった。

「わからないよ。でも……きみが好きなんだ」

 泣き笑いながら背伸びして、彼女が俺の首に腕を回した。
 叩きつける雨のせいで、自分が泣いているのか笑っているのかすらわからなかった。
 ただ、目の前の華奢なからだに腕を回し、二度と離れることがないように願いながら、きつく彼女を抱きしめた。

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