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第一章
告白②
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***
秋が終わり、冬の気配を感じはじめた頃、俺は数ヶ月ぶりに彼女と会うことになった。
彼女と会うのは図書館に行ったあの日以来だった。声を聞くだけで胸が張り裂けそうになるほど彼女への想いは留まることを知らなかったから、あの夜以降、極端に連絡をとる回数が減っていた。
友達でいることを選んだのは俺自身だったはずなのに、全然割り切ることができなくて、距離をおくことでしか自分の気持ちを制御することができなかった。彼女もそれを察してか、連絡を寄越すことがなくなった。
傍に居るために友達でいることを選んだはずなのに、俺たちは結局、互いの存在を追いやることでしか前に進むことができななかった。
だからその日、彼女が突然、俺を訪ねて大学に来るなんて、想像すらしていなかった。
「佐伯ナオユキってキミ?」
教授が去ったばかりの賑やかな講義室で帰宅の準備をしていた俺に、見覚えのない男が声をかけてきた。
「正門で、高校生くらいの女の子がキミを捜してる」
彼の言葉を聞いて、真っ先に彼女の顔が頭に浮かんだ。彼に一言礼を言って、俺は講義室を飛び出した。
天気は悪くなかったが、外はかなり肌寒かった。正門まで一息に走り、彼女の姿を必死に捜した。
「いない……一体どこに……」
息を切らせて呟いたところで、不意に背中を押されてよろめいた。慌てて振り返ったその場所に、彼女はいた。
制服の上から白いコートを羽織り、首元を赤と緑のチェックのストールで隠した彼女は、肩を竦めてはにかむように微笑んだ。
「お久しぶりです、佐伯さん」
数ヶ月ぶりに会った彼女は、記憶に残るそのままの姿をしていた。熱くなった目頭を押さえて、俺は平静を装った。
「久しぶり、元気だった?」
「元気ではないかも」
困ったようにそう言って、彼女は俺に背を向けた。
「どこか具合悪いの?」
慌てて俺が近寄ると、彼女は驚いたように目を見開いて後退った。彼女の挙動のひとつひとつが、どこかおかしい。
病院でも図書館でも、彼女はどちらかというと積極的に俺に近づいてきてくれたから、こんなふうに距離を取られるとは思ってもみなかった。
「なんか、ごめん……」
俺が頭を下げると、彼女は慌てて首を振った。
「謝らないでください。わたし、その、緊張してて……」
ほんのりと頬を染めて俺を見上げる彼女が可愛くて、きゅんと胸がときめいた。
彼女に対して恋愛感情を抱くことが許されない自分の立場を恨めしく思っていたところで、俺たちに向けられた遠巻きな視線に気が付いた
目の前の彼女はどう見ても女子高生そのものの姿をしているわけで、可愛らしい容姿も相まってキャンパス内では異様に目立っていた。
「と、取り敢えず場所を変えよう」
とっさに彼女の手を取ると、彼女がびくりと身を縮こまらせて俺の顔を見上げた。
目が合って、一瞬どきっとした。
なんで今更そんなに驚くのか理解できなかった。以前は彼女のほうから積極的に俺に触れてくれていた気がしたからだ。
どこか釈然としないまま、俺は彼女を連れてキャンパスを出た。
街路樹の枝から紅や黄に色づいた葉が舞い落ちて、秋の終わりを告げていた。
大学と駅を結ぶ遊歩道をふたり並んで歩きながら、ふと図書館へ行った日のことを思い出した。あの日の彼女の白いワンピース姿は、今でも鮮明に思い出すことができた。
あれからそんなに経ったわけでもないのに不思議と懐かしくて、どこかで落ち着いて話をしたいと思った。駅の近くには喫茶店や軽食屋があったから適当な店に入って話を聞こうと考えた。
「電話だと話しづらいことでもあった?」
婚約が決まったことすら電話で報告してきたんだから、徐々に疎遠になりつつあるこの状況なら、大抵の話は電話で話を済ませようとするはずだ。ということは、彼女の話は直接会って伝えなければならないような重要なものなんだろうか。
ちらりと彼女に目を向けると、彼女は俺の顔をじっと見ていた。それからうつむいて、繋いだ手をきゅっと握り締めて呟いた。
「直接会って、確かめたかったんです」
俺が言葉に詰まっていると、冷たい風が吹き抜けた。
「少し寒いね。どこか適当な店にでも入ろうか?」
「そうですね」
彼女は俺の言葉にうなずいて、困ったように微笑んだ。
秋が終わり、冬の気配を感じはじめた頃、俺は数ヶ月ぶりに彼女と会うことになった。
彼女と会うのは図書館に行ったあの日以来だった。声を聞くだけで胸が張り裂けそうになるほど彼女への想いは留まることを知らなかったから、あの夜以降、極端に連絡をとる回数が減っていた。
友達でいることを選んだのは俺自身だったはずなのに、全然割り切ることができなくて、距離をおくことでしか自分の気持ちを制御することができなかった。彼女もそれを察してか、連絡を寄越すことがなくなった。
傍に居るために友達でいることを選んだはずなのに、俺たちは結局、互いの存在を追いやることでしか前に進むことができななかった。
だからその日、彼女が突然、俺を訪ねて大学に来るなんて、想像すらしていなかった。
「佐伯ナオユキってキミ?」
教授が去ったばかりの賑やかな講義室で帰宅の準備をしていた俺に、見覚えのない男が声をかけてきた。
「正門で、高校生くらいの女の子がキミを捜してる」
彼の言葉を聞いて、真っ先に彼女の顔が頭に浮かんだ。彼に一言礼を言って、俺は講義室を飛び出した。
天気は悪くなかったが、外はかなり肌寒かった。正門まで一息に走り、彼女の姿を必死に捜した。
「いない……一体どこに……」
息を切らせて呟いたところで、不意に背中を押されてよろめいた。慌てて振り返ったその場所に、彼女はいた。
制服の上から白いコートを羽織り、首元を赤と緑のチェックのストールで隠した彼女は、肩を竦めてはにかむように微笑んだ。
「お久しぶりです、佐伯さん」
数ヶ月ぶりに会った彼女は、記憶に残るそのままの姿をしていた。熱くなった目頭を押さえて、俺は平静を装った。
「久しぶり、元気だった?」
「元気ではないかも」
困ったようにそう言って、彼女は俺に背を向けた。
「どこか具合悪いの?」
慌てて俺が近寄ると、彼女は驚いたように目を見開いて後退った。彼女の挙動のひとつひとつが、どこかおかしい。
病院でも図書館でも、彼女はどちらかというと積極的に俺に近づいてきてくれたから、こんなふうに距離を取られるとは思ってもみなかった。
「なんか、ごめん……」
俺が頭を下げると、彼女は慌てて首を振った。
「謝らないでください。わたし、その、緊張してて……」
ほんのりと頬を染めて俺を見上げる彼女が可愛くて、きゅんと胸がときめいた。
彼女に対して恋愛感情を抱くことが許されない自分の立場を恨めしく思っていたところで、俺たちに向けられた遠巻きな視線に気が付いた
目の前の彼女はどう見ても女子高生そのものの姿をしているわけで、可愛らしい容姿も相まってキャンパス内では異様に目立っていた。
「と、取り敢えず場所を変えよう」
とっさに彼女の手を取ると、彼女がびくりと身を縮こまらせて俺の顔を見上げた。
目が合って、一瞬どきっとした。
なんで今更そんなに驚くのか理解できなかった。以前は彼女のほうから積極的に俺に触れてくれていた気がしたからだ。
どこか釈然としないまま、俺は彼女を連れてキャンパスを出た。
街路樹の枝から紅や黄に色づいた葉が舞い落ちて、秋の終わりを告げていた。
大学と駅を結ぶ遊歩道をふたり並んで歩きながら、ふと図書館へ行った日のことを思い出した。あの日の彼女の白いワンピース姿は、今でも鮮明に思い出すことができた。
あれからそんなに経ったわけでもないのに不思議と懐かしくて、どこかで落ち着いて話をしたいと思った。駅の近くには喫茶店や軽食屋があったから適当な店に入って話を聞こうと考えた。
「電話だと話しづらいことでもあった?」
婚約が決まったことすら電話で報告してきたんだから、徐々に疎遠になりつつあるこの状況なら、大抵の話は電話で話を済ませようとするはずだ。ということは、彼女の話は直接会って伝えなければならないような重要なものなんだろうか。
ちらりと彼女に目を向けると、彼女は俺の顔をじっと見ていた。それからうつむいて、繋いだ手をきゅっと握り締めて呟いた。
「直接会って、確かめたかったんです」
俺が言葉に詰まっていると、冷たい風が吹き抜けた。
「少し寒いね。どこか適当な店にでも入ろうか?」
「そうですね」
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