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第一章
着信③
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***
柚木さんのアパートは線路沿いから少し外れた住宅街に建っていた。二階建てのアパートで、深夜だからか人の気配がしない。
キッチンとユニットバスのついたワンルームのその部屋は女性のものとは思えないほど飾り気がなかったものの、きちんと片付けられていて清潔感があった。
柚木さんは部屋の隅に置いてあった小さなテーブルを部屋の真ん中に移動して、ベッドの上にあったクッションを俺に手渡した。
「お茶でも淹れるから座って待ってて」
柚木さんはそう言って、キッチンに立った。
あのあと俺は、手を引かれるままに柚木さんの部屋にやってきた。状況的にもいろいろと問題があるからとさんざん断りはしたけど、いきなり泣き出した俺を放ってはおけないからと無理やり部屋に上げられた。
本当は男子禁制のアパートらしいけど、柚木さんが言うには、大家さんは週末は実家に帰っているらしい。
隣の部屋も下の階もなんの物音もしないので、自然と声を出すことを躊躇っていると、淹れたてのお茶を運んできた柚木さんが困ったように微笑んだ。
「何か話してよ。黙っていられると気まずいじゃない」
「いえ、周りが寝静まっているようなので、うるさくするのはちょっと……」
俺が応えると、柚木さんは面白そうにけらけらと笑って言った。
「静かなのは、お姉さんたちが夜のお仕事に出かけてるからよ」
確かに一人暮らしの女性なら、そういう仕事をしている人もいるかもしれない。俺は黙ってお茶を啜った。柚木さんもそれ以上は何も言わず、テーブルの角をはさんで俺の左隣に座った。
本当はさっきの電話について聞きたいのだろうとなんとなく思ったけど、無理に聞き出そうとはしない柚木さんの気遣いに、俺は感謝した。
「あの……お茶、美味しかったです。ありがとうございました」
結局これといった会話もないまま出されたお茶を飲み終えると、俺は頭を下げて柚木さんに礼を言った。
「元気、でたかな?」
「そうですね、少し」
俺が情けなく笑ったせいか、困ったように柚木さんが微笑んだ。
柚木さんは俺が思っていた以上に、親切で優しいひとだった。サークルの皆に人気があるのも当然だ。
「俺、柚木さんは美人で親しみやすいとは思ってたけど、なんであんなに皆に人気があるのかなって不思議に思ってたんです」
俺が突拍子もないことを言ったせいか、柚木さんが目を丸くする。お構いなしに俺は話し続けた。
「でも、みんなこんなふうに辛いときに元気づけられたりしたんだろうなって思ったら、なんだか納得できた気がします」
口下手ではあったけど、精一杯褒めたつもりだった。だが、俺の言葉は柚木さんの表情を一変させた。
「違うよ、違う! 私は誰にでもこんなことしてるわけじゃない!」
中腰になって俺に詰め寄って、柚木さんは声を震わせて訴えた。
「え? いや、だって、夏休みのときも、特に親しくもないのに俺が誘ったら海についてきてくれたし……」
「それは、誘ってくれたのが佐伯くんだったからだよ! 海なんて、普段だったら、私、行かないもの!」
驚いて声が出せなかった。
誘ったのが俺だったから、いつもなら行かない海に出かけた。
俺が泣いていたから、男子禁制のアパートだろうと構わずに部屋に通した。
それはつまり、柚木さんは俺に好意を抱いているということになるのだろう。
カラオケでの異様な空気や男性陣のよそよそしい態度は、図書館で茶髪が俺に怒りを露わにした理由は、さっき「姫がかわいそうだ」と吐き捨てた理由は、全てこれだったのだ。
美人で姫扱いされていたし、ノブアキが彼女に惚れているのを知っていたから、俺は柚木さんを恋愛対象として見たことはなかった。 サークルの仲間を信頼しているから、誘われたら断れないお人好しなんだと思っていた。情けなく泣き崩れる馬鹿な男を哀れんで、元気づけようとしてくれたのだと思っていた。
「佐伯くん……好き……」
呆然と、ただ目の前の泣き出しそうな柚木さんの顔を見ていた俺の手に、柚木さんの手が重なった。
ゆっくりと互いに顔を寄せ、唇を重ね合った。
——あぁ、これはきっと、酒に酔っているせいだ。
柚木さんが俺の首に腕を回し、柔らかな舌先が唇を割る。舌先を押し付けるように絡め合う。唾液が混ざる粘着質な音が耳の奥に響いていた。
細身のTシャツの裾に手を滑り込ませ、背中を撫で上げてブラのホックを外せば、柚木さんは身を捩ってブラとTシャツを脱ぎ捨てた。
こうなってしまっては、もう手遅れだった。
二人倒れこむようにしてベッドの上に倒れ込む。柚木さんの手が俺のシャツを剥ぎ取って、それに続くように俺はズボンを脱ぎ捨てた。
お互いの荒々しく激しい息遣いが部屋の中を満たしていく。
柚木さんと肌を重ねるあいだ、脱ぎ捨てたズボンのポケットで携帯の着信音が鳴っていた。ちらちらと携帯を気にする俺の両頬を柚木さんは手のひらで包み込み、また唇を重ねた。
彼女からの着信なのは、わかっていた。
突然通話を切られて、心配してくれてたのかもしれない。
頭の片隅でそんなことを考えながら、俺は柚木さんの唇を貪り続けた。
着信音は数分間鳴り響き、やがて止まった。
柚木さんのアパートは線路沿いから少し外れた住宅街に建っていた。二階建てのアパートで、深夜だからか人の気配がしない。
キッチンとユニットバスのついたワンルームのその部屋は女性のものとは思えないほど飾り気がなかったものの、きちんと片付けられていて清潔感があった。
柚木さんは部屋の隅に置いてあった小さなテーブルを部屋の真ん中に移動して、ベッドの上にあったクッションを俺に手渡した。
「お茶でも淹れるから座って待ってて」
柚木さんはそう言って、キッチンに立った。
あのあと俺は、手を引かれるままに柚木さんの部屋にやってきた。状況的にもいろいろと問題があるからとさんざん断りはしたけど、いきなり泣き出した俺を放ってはおけないからと無理やり部屋に上げられた。
本当は男子禁制のアパートらしいけど、柚木さんが言うには、大家さんは週末は実家に帰っているらしい。
隣の部屋も下の階もなんの物音もしないので、自然と声を出すことを躊躇っていると、淹れたてのお茶を運んできた柚木さんが困ったように微笑んだ。
「何か話してよ。黙っていられると気まずいじゃない」
「いえ、周りが寝静まっているようなので、うるさくするのはちょっと……」
俺が応えると、柚木さんは面白そうにけらけらと笑って言った。
「静かなのは、お姉さんたちが夜のお仕事に出かけてるからよ」
確かに一人暮らしの女性なら、そういう仕事をしている人もいるかもしれない。俺は黙ってお茶を啜った。柚木さんもそれ以上は何も言わず、テーブルの角をはさんで俺の左隣に座った。
本当はさっきの電話について聞きたいのだろうとなんとなく思ったけど、無理に聞き出そうとはしない柚木さんの気遣いに、俺は感謝した。
「あの……お茶、美味しかったです。ありがとうございました」
結局これといった会話もないまま出されたお茶を飲み終えると、俺は頭を下げて柚木さんに礼を言った。
「元気、でたかな?」
「そうですね、少し」
俺が情けなく笑ったせいか、困ったように柚木さんが微笑んだ。
柚木さんは俺が思っていた以上に、親切で優しいひとだった。サークルの皆に人気があるのも当然だ。
「俺、柚木さんは美人で親しみやすいとは思ってたけど、なんであんなに皆に人気があるのかなって不思議に思ってたんです」
俺が突拍子もないことを言ったせいか、柚木さんが目を丸くする。お構いなしに俺は話し続けた。
「でも、みんなこんなふうに辛いときに元気づけられたりしたんだろうなって思ったら、なんだか納得できた気がします」
口下手ではあったけど、精一杯褒めたつもりだった。だが、俺の言葉は柚木さんの表情を一変させた。
「違うよ、違う! 私は誰にでもこんなことしてるわけじゃない!」
中腰になって俺に詰め寄って、柚木さんは声を震わせて訴えた。
「え? いや、だって、夏休みのときも、特に親しくもないのに俺が誘ったら海についてきてくれたし……」
「それは、誘ってくれたのが佐伯くんだったからだよ! 海なんて、普段だったら、私、行かないもの!」
驚いて声が出せなかった。
誘ったのが俺だったから、いつもなら行かない海に出かけた。
俺が泣いていたから、男子禁制のアパートだろうと構わずに部屋に通した。
それはつまり、柚木さんは俺に好意を抱いているということになるのだろう。
カラオケでの異様な空気や男性陣のよそよそしい態度は、図書館で茶髪が俺に怒りを露わにした理由は、さっき「姫がかわいそうだ」と吐き捨てた理由は、全てこれだったのだ。
美人で姫扱いされていたし、ノブアキが彼女に惚れているのを知っていたから、俺は柚木さんを恋愛対象として見たことはなかった。 サークルの仲間を信頼しているから、誘われたら断れないお人好しなんだと思っていた。情けなく泣き崩れる馬鹿な男を哀れんで、元気づけようとしてくれたのだと思っていた。
「佐伯くん……好き……」
呆然と、ただ目の前の泣き出しそうな柚木さんの顔を見ていた俺の手に、柚木さんの手が重なった。
ゆっくりと互いに顔を寄せ、唇を重ね合った。
——あぁ、これはきっと、酒に酔っているせいだ。
柚木さんが俺の首に腕を回し、柔らかな舌先が唇を割る。舌先を押し付けるように絡め合う。唾液が混ざる粘着質な音が耳の奥に響いていた。
細身のTシャツの裾に手を滑り込ませ、背中を撫で上げてブラのホックを外せば、柚木さんは身を捩ってブラとTシャツを脱ぎ捨てた。
こうなってしまっては、もう手遅れだった。
二人倒れこむようにしてベッドの上に倒れ込む。柚木さんの手が俺のシャツを剥ぎ取って、それに続くように俺はズボンを脱ぎ捨てた。
お互いの荒々しく激しい息遣いが部屋の中を満たしていく。
柚木さんと肌を重ねるあいだ、脱ぎ捨てたズボンのポケットで携帯の着信音が鳴っていた。ちらちらと携帯を気にする俺の両頬を柚木さんは手のひらで包み込み、また唇を重ねた。
彼女からの着信なのは、わかっていた。
突然通話を切られて、心配してくれてたのかもしれない。
頭の片隅でそんなことを考えながら、俺は柚木さんの唇を貪り続けた。
着信音は数分間鳴り響き、やがて止まった。
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