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第一章
着信①
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図書館での出来事から数日が経ち、課題のレポートを書き上げた俺は、久しぶりにサークルに顔を出すことにした。
俺が所属していたサークルは一昔前に流行った交流系サークルとかいうやつで、サークルメンバー同士気軽に集まって楽しく遊ぶことが主な活動内容だった。
基本的には、サークルメンバーに誰が主催でどこに集まって何をするかが書かれた紙が配られ、それぞれが参加不参加を表明する。その日の集まりは柚木さんが主催で、カラオケボックスの大部屋を貸し切ってカラオケ大会をしていた。
俺が遅れて参加したい旨を携帯で連絡すると、柚木さんは快く承諾してくれた。
俺はどちらかというとサークル活動には消極的なほうだったから、サークルメンバーともあまり打ち解けてはいなかった。サークルに入った理由も、入学当初にキャンパス内を歩いていたら新メンバーの勧誘をしていた柚木さんに声をかけられたから断りきれずに、といったものだった。
レポートの提出を終えて俺が遅れて到着すると、他のサークルメンバーの視線が一気に俺に集まった。カラオケ大会はすでに始まっているのに、皆一斉に黙り込んでしまって、カラオケの伴奏だけが流れ続けていた。
サークルの活動にあまり参加しないせいで「誰だこいつ」とでも思われているのかと考えたものの、皆の表情はもっと好奇心にあふれたものだった。
すでに室内に居た茶髪他二名が、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「すみません、遅れました。お構いなく続けてください」
俺は軽く頭を下げて、入ってすぐの席に着いた。特に考えのない行動だったけど、飲食物の注文等をするために入口の受話器付近に座っていた柚木さんの隣に座ることになった。
「久しぶり、元気だった?」
ソファに座ってドリンクメニューを眺めていると、柚木さんがにこやかに話しかけてきた。
柚木さんは俺の一つ上の先輩で、サークル内でも指折りの美人だった。誰にでも屈託なく話しかける気さくな女性で、メンバーと上手く打ち解けられない俺をいつも気にかけてくれていた。当然のことながら、男性メンバーのなかには彼女目当てでサークルに参加している人も多かった。
「まぁ、普通ですね。それよりも、先日はすみませんでした」
海に誘ったものの、ノブアキと二人きりにしたまま行方をくらましてしたきりだったから、俺は素直に謝った。
「ううん、ノブアキ君に事情は聞いたから。大変だったね」
テーブルの真ん中に積んであった使っていないおしぼりを俺に手渡しながら、柚木さんはくすりと笑った。
そういえばあのあと、ノブアキはこのひとに告白したのだろうか。
二人がその後どうなったのかを知らされていなかったことに、俺は今更気がついた。
事故にあってから、俺は彼女のことで頭がいっぱいで、他のことに気を回す余裕なんてなかった。彼女への想いを断ち切る決心をして、ようやく元の生活に戻りつつあったのだ。
あとでノブアキに電話でもしてみるか、なんてぼんやりと考えながら、俺はフードメニューを手に取った。
部屋に入ったときに感じた異様な空気が嘘だったかのように、カラオケ大会は滞りなく続いた。サークルメンバーが今流行りの歌を次々に、ときには数名で一緒に歌っていく。
最近の流行曲はあまり知らなかったものの、適当に手拍子を打って周りに合わせて、テーブルに並んだ料理をつまみながら二、三杯ビールを飲み干した。
交流サークルという名目上、何度か強制的に席を移動させられ、普段話さないメンバーと一言、二言話をした。女性陣とは特別なことはなく普通に話すことができたけど、男性陣は俺に対してどことなくよそよそしかった。
「そろそろトリかなぁ?」
ノリの良い二、三人の女の子が少し前に流行った女性アイドルグループの定番ソングを歌い終えたところで、柚木さんが席を立って言った。
いつの間にか時計の針が二十三時を回っていた。終電の関係で帰らなければいけないメンバーがちらほらいたので、柚木さんが締めの一言を言って、カラオケ大会はお開きになった。
皆が退室したのを確認してから部屋を出ると、外で待ち伏せていた茶髪に呼び止められた。図書館のときと違ってあからさまな敵意を向けるわけでもなく、からかう様子も特になく、茶髪は俺に話しかけてきた。
「佐伯、おまえさ、なんで姫を海に誘ったんだよ」
真面目くさった顔で言われて困惑したが、特に隠すほどのことでもなかったから、俺は正直に質問に答えた。
「頼まれたんだよ。柚木さんと海に行きたいっていう友達がいてさ」
「その友達とやらから何も聞いてないのか?」
茶髪はそう言って、恨めしそうに俺を見た。
——だから、帰ったらそれをノブアキに聞いてみようと思ってたところなんだよ。
内心悪態をつきながら首を振ってみせると、
「……姫が可哀想だ」
途端に露骨に嫌悪感を剥き出しにして、吐き捨てるようにそう言い残して、茶髪は店を出ていった。
首を傾げながらフロントの前を横切ったところで、後ろから誰かに肩を叩かれた。若干驚いて振り向くと、レシートと財布を片手に柚木さんが立っていた。
おそらく皆を先に帰らせて、フロントで会計を済ませてきたのだろう。
「お疲れ様です。幹事……じゃなくて主催か、大変ですね」
俺が労うと、柚木さんは笑顔で「そんなことないよ」と言った。
俺が所属していたサークルは一昔前に流行った交流系サークルとかいうやつで、サークルメンバー同士気軽に集まって楽しく遊ぶことが主な活動内容だった。
基本的には、サークルメンバーに誰が主催でどこに集まって何をするかが書かれた紙が配られ、それぞれが参加不参加を表明する。その日の集まりは柚木さんが主催で、カラオケボックスの大部屋を貸し切ってカラオケ大会をしていた。
俺が遅れて参加したい旨を携帯で連絡すると、柚木さんは快く承諾してくれた。
俺はどちらかというとサークル活動には消極的なほうだったから、サークルメンバーともあまり打ち解けてはいなかった。サークルに入った理由も、入学当初にキャンパス内を歩いていたら新メンバーの勧誘をしていた柚木さんに声をかけられたから断りきれずに、といったものだった。
レポートの提出を終えて俺が遅れて到着すると、他のサークルメンバーの視線が一気に俺に集まった。カラオケ大会はすでに始まっているのに、皆一斉に黙り込んでしまって、カラオケの伴奏だけが流れ続けていた。
サークルの活動にあまり参加しないせいで「誰だこいつ」とでも思われているのかと考えたものの、皆の表情はもっと好奇心にあふれたものだった。
すでに室内に居た茶髪他二名が、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「すみません、遅れました。お構いなく続けてください」
俺は軽く頭を下げて、入ってすぐの席に着いた。特に考えのない行動だったけど、飲食物の注文等をするために入口の受話器付近に座っていた柚木さんの隣に座ることになった。
「久しぶり、元気だった?」
ソファに座ってドリンクメニューを眺めていると、柚木さんがにこやかに話しかけてきた。
柚木さんは俺の一つ上の先輩で、サークル内でも指折りの美人だった。誰にでも屈託なく話しかける気さくな女性で、メンバーと上手く打ち解けられない俺をいつも気にかけてくれていた。当然のことながら、男性メンバーのなかには彼女目当てでサークルに参加している人も多かった。
「まぁ、普通ですね。それよりも、先日はすみませんでした」
海に誘ったものの、ノブアキと二人きりにしたまま行方をくらましてしたきりだったから、俺は素直に謝った。
「ううん、ノブアキ君に事情は聞いたから。大変だったね」
テーブルの真ん中に積んであった使っていないおしぼりを俺に手渡しながら、柚木さんはくすりと笑った。
そういえばあのあと、ノブアキはこのひとに告白したのだろうか。
二人がその後どうなったのかを知らされていなかったことに、俺は今更気がついた。
事故にあってから、俺は彼女のことで頭がいっぱいで、他のことに気を回す余裕なんてなかった。彼女への想いを断ち切る決心をして、ようやく元の生活に戻りつつあったのだ。
あとでノブアキに電話でもしてみるか、なんてぼんやりと考えながら、俺はフードメニューを手に取った。
部屋に入ったときに感じた異様な空気が嘘だったかのように、カラオケ大会は滞りなく続いた。サークルメンバーが今流行りの歌を次々に、ときには数名で一緒に歌っていく。
最近の流行曲はあまり知らなかったものの、適当に手拍子を打って周りに合わせて、テーブルに並んだ料理をつまみながら二、三杯ビールを飲み干した。
交流サークルという名目上、何度か強制的に席を移動させられ、普段話さないメンバーと一言、二言話をした。女性陣とは特別なことはなく普通に話すことができたけど、男性陣は俺に対してどことなくよそよそしかった。
「そろそろトリかなぁ?」
ノリの良い二、三人の女の子が少し前に流行った女性アイドルグループの定番ソングを歌い終えたところで、柚木さんが席を立って言った。
いつの間にか時計の針が二十三時を回っていた。終電の関係で帰らなければいけないメンバーがちらほらいたので、柚木さんが締めの一言を言って、カラオケ大会はお開きになった。
皆が退室したのを確認してから部屋を出ると、外で待ち伏せていた茶髪に呼び止められた。図書館のときと違ってあからさまな敵意を向けるわけでもなく、からかう様子も特になく、茶髪は俺に話しかけてきた。
「佐伯、おまえさ、なんで姫を海に誘ったんだよ」
真面目くさった顔で言われて困惑したが、特に隠すほどのことでもなかったから、俺は正直に質問に答えた。
「頼まれたんだよ。柚木さんと海に行きたいっていう友達がいてさ」
「その友達とやらから何も聞いてないのか?」
茶髪はそう言って、恨めしそうに俺を見た。
——だから、帰ったらそれをノブアキに聞いてみようと思ってたところなんだよ。
内心悪態をつきながら首を振ってみせると、
「……姫が可哀想だ」
途端に露骨に嫌悪感を剥き出しにして、吐き捨てるようにそう言い残して、茶髪は店を出ていった。
首を傾げながらフロントの前を横切ったところで、後ろから誰かに肩を叩かれた。若干驚いて振り向くと、レシートと財布を片手に柚木さんが立っていた。
おそらく皆を先に帰らせて、フロントで会計を済ませてきたのだろう。
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