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第一章
事故①
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俺が彼女と出会ったのは、大学二年の夏の終わりだった。
その日、俺は友人のノブアキに誘われて、同じサークルの柚木さんを連れて、三人で海に出掛けた。
ノブアキは前々から柚木さんに気があったらしく、夕方になって「このあと二人きりにして欲しい」なんて言うもんだから、俺はとりあえず焼きそばと炭酸を奢らせて、夕暮れの駐車場で一人寂しく晩飯を食していた。
その駐車場は山の斜面に面した道路沿いにあり、目の前は急なカーブになっていた。
沈みかけた夕陽が眩しかったせいかもしれない。突然目の前のカーブから高級車が飛び出して、駐車場に突っ込んできた。
高級車はそのまま加速を続け、ガードレールを突き破って崖下に転落した。転落する高級車の後部座席で、高校生くらいの女の子が俺を見ていた気がした。
俺は慌ててひしゃげたガードレールに駆け寄り、崖下を覗き込んだ。生い茂る樹々の上に、逆さまの車体が確認できた。
まるで百舌鳥の早贄のように太い幹に貫かれた車体。その光景から、搭乗者の無事はもはや絶望的に思えた。
事故の音を聞きつけて、大勢の人が駐車場に集まってきた。携帯のカメラで事故の惨状を撮影する人、崖下を覗き込んで声をあげる人、茫然とその有様を眺める人。
誰もが皆、他人事のように事件を楽しんでいる。そんな雰囲気さえ感じられた。
携帯で警察と救急車に通報して、俺は岩場を周り込んで崖下に降りた。
元は高級車だったそれは、見るも無残な姿で樹々の上に晒されていた。割れた窓ガラスの破片が周囲に散らばっていて、車体から漏れ出たオイルの臭いが鼻を突いた。
下から運転席を覗き込むと、運転手らしい男がエアバッグとフロントガラスに挟まれているのが見えた。シートベルトが意味を成さないほどの衝撃だったんだろう。ひび割れたフロントガラスにめり込んだ男の頭部は血まみれで半壊していて、おそらく即死だった。
車体の反対側に回り込み、後部座席を確認すると、血まみれの女の子がシートベルトに吊るされているのが見えた。
「き、聞こえますか!? 意識はありますか!?」
俺が声をかけると、彼女は微かなうめき声をあげた。
——生きてる!
俺は急いで木をよじ登り、後部座席のドアに手をかけた。だが、ひしゃげたドアは何かに引っかかって開かない。仕方なく羽織っていたパーカーを右腕に巻き付けて、後部座席のひび割れた窓ガラスをこそぎ落とした。
腕を伸ばしてロックを外すと、シートベルトは意外にもすんなりと彼女のからだを解放した。
天井に横たわった彼女を車内から引き摺り出すと、俺は彼女を抱えて慎重に木から降りた。
彼女は左の脇腹に抉られたような傷を負っていた。車体が落ちた場所が少しでもずれていたら、彼女はあの高級車と共に大樹に串刺しにされていたのかもしれない。
傷口から流れ出す大量の血液が、みるみるうちに俺と彼女の服を真っ赤に染めあげて、素人の俺が迂闊に触れてはいけなかったんじゃないかと不安に駆られた。
救急車を呼びはしたものの、こんな崖下から彼女を引き上げ、山道を病院に向かって走っていたら、病院に辿りつく前に失血死してしまうのではないかと思った。
しかし意外なことに、俺が彼女を抱えて地面に降りた、ちょうどそのとき、バタバタとプロペラ音を響かせて、救急ヘリが到着した。
颯爽と降りてきた数人の救命士は、呆然とする俺から彼女を引き剥がして担架に乗せると、素早くヘリに乗り込んだ。
彼女の身内か、事故に巻き込まれた怪我人だと思われたのかはわからない。早く乗れと言わんばかりに手招きされて、俺も急いであとに続いた。
そのまま、俺と彼女は都心の大学病院に搬送された。
その日、俺は友人のノブアキに誘われて、同じサークルの柚木さんを連れて、三人で海に出掛けた。
ノブアキは前々から柚木さんに気があったらしく、夕方になって「このあと二人きりにして欲しい」なんて言うもんだから、俺はとりあえず焼きそばと炭酸を奢らせて、夕暮れの駐車場で一人寂しく晩飯を食していた。
その駐車場は山の斜面に面した道路沿いにあり、目の前は急なカーブになっていた。
沈みかけた夕陽が眩しかったせいかもしれない。突然目の前のカーブから高級車が飛び出して、駐車場に突っ込んできた。
高級車はそのまま加速を続け、ガードレールを突き破って崖下に転落した。転落する高級車の後部座席で、高校生くらいの女の子が俺を見ていた気がした。
俺は慌ててひしゃげたガードレールに駆け寄り、崖下を覗き込んだ。生い茂る樹々の上に、逆さまの車体が確認できた。
まるで百舌鳥の早贄のように太い幹に貫かれた車体。その光景から、搭乗者の無事はもはや絶望的に思えた。
事故の音を聞きつけて、大勢の人が駐車場に集まってきた。携帯のカメラで事故の惨状を撮影する人、崖下を覗き込んで声をあげる人、茫然とその有様を眺める人。
誰もが皆、他人事のように事件を楽しんでいる。そんな雰囲気さえ感じられた。
携帯で警察と救急車に通報して、俺は岩場を周り込んで崖下に降りた。
元は高級車だったそれは、見るも無残な姿で樹々の上に晒されていた。割れた窓ガラスの破片が周囲に散らばっていて、車体から漏れ出たオイルの臭いが鼻を突いた。
下から運転席を覗き込むと、運転手らしい男がエアバッグとフロントガラスに挟まれているのが見えた。シートベルトが意味を成さないほどの衝撃だったんだろう。ひび割れたフロントガラスにめり込んだ男の頭部は血まみれで半壊していて、おそらく即死だった。
車体の反対側に回り込み、後部座席を確認すると、血まみれの女の子がシートベルトに吊るされているのが見えた。
「き、聞こえますか!? 意識はありますか!?」
俺が声をかけると、彼女は微かなうめき声をあげた。
——生きてる!
俺は急いで木をよじ登り、後部座席のドアに手をかけた。だが、ひしゃげたドアは何かに引っかかって開かない。仕方なく羽織っていたパーカーを右腕に巻き付けて、後部座席のひび割れた窓ガラスをこそぎ落とした。
腕を伸ばしてロックを外すと、シートベルトは意外にもすんなりと彼女のからだを解放した。
天井に横たわった彼女を車内から引き摺り出すと、俺は彼女を抱えて慎重に木から降りた。
彼女は左の脇腹に抉られたような傷を負っていた。車体が落ちた場所が少しでもずれていたら、彼女はあの高級車と共に大樹に串刺しにされていたのかもしれない。
傷口から流れ出す大量の血液が、みるみるうちに俺と彼女の服を真っ赤に染めあげて、素人の俺が迂闊に触れてはいけなかったんじゃないかと不安に駆られた。
救急車を呼びはしたものの、こんな崖下から彼女を引き上げ、山道を病院に向かって走っていたら、病院に辿りつく前に失血死してしまうのではないかと思った。
しかし意外なことに、俺が彼女を抱えて地面に降りた、ちょうどそのとき、バタバタとプロペラ音を響かせて、救急ヘリが到着した。
颯爽と降りてきた数人の救命士は、呆然とする俺から彼女を引き剥がして担架に乗せると、素早くヘリに乗り込んだ。
彼女の身内か、事故に巻き込まれた怪我人だと思われたのかはわからない。早く乗れと言わんばかりに手招きされて、俺も急いであとに続いた。
そのまま、俺と彼女は都心の大学病院に搬送された。
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