滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

精霊の舞②

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「しかし、貴女も貴女のご両親も、無用心極まりないですね」

 レナと並んで無言で中央通りを歩いていたゼノが、突如として口を開いた。何の話か見当がつかず、レナ訝しげな顔でゼノを見上げた。

「突然知人から紹介された余所者を、監視もつけずに主屋に寝泊まりさせるという行為に、貴女達はもっと危機感を持つべきです」

 相変わらずの抑揚のない声で彼は言った。
 言われてみれば確かにそうだ、とレナは思った。

 幼馴染のヤンと、日頃から世話になっているラウルの紹介だったからだろうか。ゼノを主屋に寝泊まりさせることに、危機感など全くなかった。
 レナは両親との三人暮らしだ。もしゼノが悪人だったとしたら、父はともかく、母もレナも有無を言わさず酷い目に遭わされていたかもしれないというのに。どうしてそんなことに気がつかなかったのだろう。
 穏やかな村の暮らしに平和ボケしていたからだろうか。そんな考えが頭をよぎったけれど、何故だかそれは違う気がした。

「きっと、あなたを紹介したのがヤンだったからよ」
「ヤンを信頼しているんですね」

 躊躇いがちに答えたレナにゼノが返したその言葉は、的を得ているようにも思えた。
 けれどこの件に関しては、それとは違う何か別の理由があるような気がして、レナは胸中で自身の言葉を否定した。


 中央広場を通り抜け、しばらくのあいだ緩やかな坂を昇り、枝分かれした一本の細道を降ると、そこには木々に囲まれた湖がある。
 湖の周辺には夜間発光性の植物が生息しており、夜になるとその光が湖畔を幻想的に彩って、それは美しい幻想的な光景になるけれど、それに相反するように日中の湖はひどく殺風景だ。おかげで人があまり近づかないため、踊りの稽古場としては使いやすい。
 精霊の舞は炎を使う舞であるが故に、人目が少ない水辺の稽古場の存在は本当に有難いものだった。

 羽織っていた上着を脱ぎ、レナは水辺で火を熾した。本番と同様に、両の手首、足首に熱伝導性の低い金属製の装飾を付ける。
 この装飾に火を灯し、その火を消さないように踊るのが精霊の舞。両手足に灯る炎の軌跡が、豊穣の女神を讃える紋様を夜の闇に浮かび上がらせる神秘的な舞だ。
 明日の本番に向け、今日の稽古は本番と同じように始めから終わりまで通して舞を踊ることに決めていた。

 装飾に火を灯して舞の構えをとると、途端にレナの表情が引き締まる。張り詰めた空気が湖の周辺を支配した。
 踊り始めの踏み出しが一番肝心だ。深々と息を吸い、呼吸を整えて、レナは大きく足を踏み出した。

 全身を縛っていた緊張感から解放されたかのように、弾むように軽やかにステップを踏む。両の手脚を大きく振り回す激しい動きの中でも、装飾に灯された火は一瞬の翳りも見せない。それは、レナの舞が完璧であることを示していた。
 しなやかに優雅に、全身をしならせて舞うその姿は、十七歳の少女とは思えない。まるで全てを識る大人の女性のようだった。

 舞いの終わりは一層動きが激しくなる。それまでの四肢に灯る火が燃え盛るように計算し尽くされた動きとは真逆の、鎮火のための振り付けになるからだ。
 水辺に焚かれた炎に照らされ、燃えるような赤に染まる栗色の髪を振り乱しながら、全身のバネを使って暴れ狂うように踊る。やがて灯火が消えると、それに呼応するようにレナの躍動する肢体がピタリと動きを止め、燃え尽きたように崩れ落ちた。
 まるで糸が切れた操り人形のようにその場に倒れこんだあと、レナはゆっくりと身を起こし、乱れた髪の間から観客の様子を確認する。

 これが本番なら、舞の終演で広場は静まり返り、レナが立ち上がって優雅にお辞儀をしてみせると同時に、広場が拍手喝采に包まれる。
 予行演習とはいえ、レナの舞は完璧だった。見学していたゼノも普段の無表情とは違い、さぞかし惚けていることだろう。掴み所のない彼の人間らしい一面が伺えるに違いない。
 そう期待して、レナは自信ありげに顔を上げた。
 けれど、その想像とは裏腹に、目の前の状況に息を飲まされたのは、むしろレナのほうだった。

 惚けるでも感嘆するでもなく、ゼノは真剣な眼差しで、ただじっとレナをみつめていた。
 顔を上げたレナと目が合ったことに気が付くと、彼は切なげに微笑んで告げた。

「とても、素敵でした」



***


 帰り道、レナは終始無言だった。
 隣を歩く青年の、哀しみを微かに含んだ優しい笑顔を何度も思い出し、そのたびに自身の頬が熱く火照るのを感じていた。

 どうしてあんな笑顔を向けられたのか、理解できなかった。ただ胸の奥がざわついて、鼓動が速まっていくのを抑えられずにいた。
 舞の稽古は一度きりで切り上げた。レナの舞は完璧だったのだから問題ない。
 そんなことよりも今は、心が掻き乱されるようなこの状態をなんとかしなければならなかった。

 ゼノは相変わらず無表情のまま、陽が暮れかけた村の様子を眺めては、淡々と感想を述べていた。
 心なしか、昼間に比べてレナに対する態度が和らいだように感じられたけれど、彼との距離が縮まることがなんだか怖くて、レナは気がつかない振りをした。

 余計な感情はいらなかった。
 明日の祭りに備え、心を落ち着かせておかなければならないのだから。


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