滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

街道にて①

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 霧に包まれた峡谷を抜けて深緑に覆われた山を降りると、視界が開け、広々とした草原に出た。生い茂る背の高い野草の間に、剥き出しの地面が細くうねりながら続いているのが見え隠れしている。
 懐かしい景色だ。イシュナードと里を降りて人の街を訪れるたびに、何度もふたりで歩いた道だった。

「腹が減ったなぁ……」

 ぽつりと呟いて、ゼノは懐から白い布包みを取り出した。中に入っていたのは、日保ちするように干して乾燥させた獣の干し肉だった。
 腰に提げていたナイフで肉の端を小さく切り取り、口の中に放り込むと、それを奥歯で噛み締めながら、ゼノはしばらくのあいだ草に覆われた道を進んだ。
 予定では今夜あたりで人間の街に到着し、久しぶりにまともな食事と暖かい寝床を得るはずだった。慣れ親しんだ最短ルートを通ってきたつもりだったが、イシュナードがいるのといないのとでは、やはり勝手が違ったようだ。
 目の前の景色を紅く彩る夕陽に照らされながら、ゼノはさらに歩調を速めた。

 ゼノが里を発ってから、既に三日が経っていた。
 天候に恵まれ、雨に降られることもなく無事に森を抜けることができたのは、実に幸運だった。
 今、ゼノが身につけている衣類は彼の一張羅であり、替えの服は持ってきていなかった。旅の荷物が多いのは面倒だという理由で、随分と適当な身支度しかしてこなかったからだ。
 身形の良く見える黒いコート姿に手荷物といったものは殆どなく、携帯用のナイフと親友の本を腰のベルトに括りつけ、少量の食料と路銀、換金用の希少素材が入った革の袋を懐に入れていた。
 山路を降ったわりに衣類が傷んでいないのは、彼の一族に備わる便利な能力のおかげだ。

 竜人族は、自身の肉体や所有物に『竜気』と呼ばれる気を纏い、外界からの干渉を防ぐことができた。
 さらに竜気のちからを応用すれば、物質の強度を上げる、刃物の切れ味を増す等、様々な用途で利便性の向上を図ることができる。竜の姿でこの気を纏い続けていれば、まず怪我をすることはなく、外敵に襲われても傷ひとつ負わずにいられるのだ。
 竜の姿のときほどの肉体的強度は得られないにしても、人間の姿で行動する際、この能力が便利なことに変わりはなかった。竜気を纏っていれば、険しい山道を歩いても一張羅が木の枝や草に傷つけられることはないのだ。
 唯一つ難点があるとすれば、自身の肉体に気を纏うのとは違い、衣類や所持品に竜気を纏い続けるためには、それなりに集中しなければならないことだ。数日に渡って竜気を纏い続けたおかげで、今のゼノは精神的にかなり消耗していた。

 その影響が大きかったのだろう。
 森を抜けたことで気が緩んでいたこともあり、結果的にの接近に気付くのが遅れてしまった。
 草に覆われた細道と、舗装の剥がれかかった石畳の街道が交差する丁字路が視界に入った瞬間だった。
 道の脇に点々と並ぶ大岩から、ふたつの人影がゼノの眼前に躍り出た。どちらもゼノに比べると背が高く、体格も良い、薄汚れた野蛮な風貌の男達だ。

「随分と身形が良い兄さんじゃねぇか」
「悪いことは言わねぇ。痛い目見る前に有り金を全部よこしな」

 男達は如何にもな『ならず者の決め台詞』を吐くと、各々が手にしていた刃物の切っ先をゼノの眼前へ突き付けた。


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