滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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序章

ある竜族の少年の話③

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 ゼノとイシュナードが出会ってから数十年のときが過ぎた。
 友達と呼べる存在ができたとはいえ、簡単に里に馴染むことは叶わず、ゼノは相変わらずの生活を送っていた。
 イシュナードは相変わらずゼノの祖父が遺した本に興味があるようで、度々ゼノの元を訪れては本を貸してくれとせがんだ。彼の知識欲と好奇心は尋常ではないようで、この里の歴史から外界に関することに至るまで、様々な知識を欲していた。


「イシュってさ、本当は俺の本が目当てだったんだろ」

 あるとき、ゼノがそう問いただすと、イシュナードは肩を竦めておどけて言った。

「それもあるけどさ、この里の住人ってつまらないんだよ。退屈に胡座をかいて、毎日惰眠を貪るだけ。このままじゃ僕らは絶滅の危機だっていうのに、くだらない掟を守ることだけを考えてる」

 つらつらと不満を並べたてて、イシュナードは最後に大きく溜め息を吐いた。

 確かにそうだ、とゼノは思った。
 この閉鎖的な状況で、女児の生まれない竜人族が種を存続させる術はない。それなのに、里の住人はこの緩やかな滅びを受け入れてしまっている。他人との関わりを断ち、静かに滅びを迎えるつもりだったゼノだけならいざ知らず、だ。

 「掟を守ることが、そんなに重要なのかな」

 ゼノがポツリと呟くと、

「そうだろう? 掟なんて糞食らえだ! ゼノ、僕と一緒に外の世界に行こう!」

 勝ったと言わんばかりに目を輝かせたイシュナードが、猛然とゼノに詰め寄り、有無を言わせぬ強い口調で言った。

「そんなの無理だよ。俺は当然として、イシュナードだって成人の儀はまだだろ?」

 それに加え、外界の視察という任務は、里の男衆の中でも皆に信頼された優秀で品行方正な者だけに与えられる重要なものだった。里に関わろうともしないゼノは当然として、ゼノに構っているイシュナードもまた、その任を与えられるには程遠い存在に違いなかった。
 しかし、イシュナードはそんなゼノの言葉を一蹴すると、

「成人の儀の資格を得るのなんて簡単さ。それに僕はとてもなんだ」

にっと笑って、得意げに言い放った。


 それから程なくして、イシュナードの成人の儀が執り行われた。その日、里はお祭り騒ぎで、全ての住人が広場に集い、イシュナードの成人を祝っていた。
 ゼノも人目につかないよう、こっそりと広場の片隅に身を潜め、儀式の進行を見守っていた。
 皆の前に姿を現したイシュナードは、白地に金の刺繍を施した神秘的な衣装を身に纏い、大衆を前にしても動じることなく凜としていた。
 口々に祝いの言葉が寄せられるその光景を前にして、ゼノはイシュナードと自分との歴然とした差を思い知った。
 ゼノの前での彼はいつも飄々としていて、常識にとらわれない変わり者にしか見えなかった。けれど今、人々の前で儀式を受けているイシュナードは、全くの別人のように思えた。

「イシュナードも遂に成人か」
「里長も肩の荷が下りるわねぇ」

 目の前で、浮かれた夫婦が楽しそうに語り合っていた。初めて耳にするイシュナードの素性に、ゼノは耳をそば立てて聞き入った。
 イシュナードは里長の一族の子だった。
 眉目秀麗で何事も卒なくこなし、里の皆に将来を期待されている彼は、この里の未婚の男衆において、おそらく最も将来を約束されているであろう存在だった。

「あの子も安心しただろうなぁ」
「悔しいけど、どう考えても婚姻相手はイシュナードだもんな」

 若い男衆のあいだから溜め息に似た呟きが漏れる。
 人混みへと視線を向け、ゼノは無意識に噂の相手の姿を探した。
 少女は人混みの中で、成人の儀を終えたイシュナードに拍手を送っていた。
 美しく成長した彼女の身体は程よく引き締まっており、鮮血のように朱紅い髪は腰にかかる程長い。整った顔立ちには、まだあどけなさがほんのりと残っていた。
 年に一度の収穫祭で舞を踊り、祭りに華を添える彼女に、里の誰もが憧れに似た感情を抱いていた。
 ゼノもまた、彼女に特別な想いを寄せていたが、その想いはこのときを最期に胸の奥深くに封じ込めることになった。

(そうか……、彼女はイシュナードを……)


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