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遅れてきた反抗期
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それから、セフィードが「紙袋を被っていたままのほうが、魔導式が気にならなくていい」と主張するのに対し、ウィルフレッドが「おまえは、アレクシアさまに恥を掻かせるつもりか?」と笑顔で威圧するという一幕があったものの、どうにかその場は落ち着いた。
「わかった。じゃあ、アレクシアたちの話しが済むまで、目を瞑っている」
「セフィード! 立ったまま寝ようとするな!」
……ウィルフレッドとセフィードがすっかり仲よくなったようで、何よりである。
気を取り直したローレンスがガーデンテーブルに誘ってきたので、アレクシアはベネディクトとともにそれに応じた。エッカルト王国の紋章とともに、流麗な文字と絵柄が描かれている茶缶を手に取り、ローレンスに問う。
「殿下。エッカルト王国産だという紅茶は、これかね?」
「ああ、そうだよ……って、あー……。うん。そうか。そういえばきみは、紅茶を淹れるのだってお手の物なレディでもあったんだよね……」
慣れた手つきで保温効果のある魔導ポットを用意した彼女に、ローレンスがそんなことを言ってくる。
「なんだ、殿下。物忘れがはじまるには、まだ早いぞ。……ああ、それともレディらしい振る舞いをするときには、話し方もそれに応じて変えたほうがよかったかね?」
「いや、結構だ」
ものすごく真顔かつ即答で拒否されてしまった。
だが、よく考えてみれば今後のためには、ベネディクトにも彼女のお嬢さまモードを知っておいてもらったほうがいいだろう。アレクシアは一呼吸ののち、にっこりと優雅にほほえんだ。
「どうぞご安心くださいませ、王太子殿下。ご要望とあれば、いつでも『病弱で繊細な貴族令嬢』としてお話しさせていただきますわ」
「……うん。何度見ても、ひょっとしてきみは二重人格じゃないのかと疑いたくなるレベルの、ものすごく立派な猫被りだよねえ」
お褒めにあずかり、光栄である。
アレクシアは、お嬢さまモードのままベネディクトに視線を向けた。
「ねえ、お兄さま。お兄さまは、紅茶にミルクかレモンは添えられますか?」
「あ……はい。ええと、あの……ミルクを、お願いします」
しどろもどろに応じる彼は、アレクシアのモード変更についてこられていないようだ。小首を傾げ、ほほえみを消さないまま彼女は言う。
「今後、ほかの者の目があるところでお会いするときは、わたしは基本的にこういった立ち居振る舞いをさせていただきます。どうぞお兄さまも、今のうちに慣れておいてくださいね」
「そ……そうなんですね。わかりました」
何やらひどく腰が引けた様子の彼に、アレクシアは軽く眉根を寄せた。
「すまない、お兄さま。ひょっとして、こういった貴族階級の女性らしい振る舞いは、きみにとっていやな記憶を思い出させるものだったかな?」
「え? ……あ、いえ! ただ単に、先ほどまでとのあまりの落差に、ちょっとびっくりしただけです! どうか、お気遣いなく!」
勢いこんだベネディクトの答えに、ローレンスがうんうんとうなずいている。気持ちはわかる、とでも言いたげだ。
「そうか? だったら、いいのだが……」
「はい。こちらこそ、失礼いたしました」
申し訳なさそうに詫びる姿から、怯えは感じられない。
とはいえ、アレクシアのお嬢さまモードに慣れてもらうのは、そう急ぐ必要もないことだ。今の時点で、わざわざベネディクトに混乱を与えてストレスを増やすこともないだろう。
アレクシアは優雅な手つきでポットを持つと、ちょうどよく色と香りの出た紅茶を白磁のカップに注ぎ、少年たちの前に置いた。
「まあ、いい。今日のところは、普段の口調で通させてもらおう。――それで? 殿下。ここから先も、わたしのほうからお兄さまに話していいのかね?」
「いや。僕から話させてもらうよ」
紅茶を一口飲んで居住まいを正したローレンスが、真剣な眼差しでベネディクトを見て口を開く。
「ベネディクト。まず、これだけは伝えておく。きみの妹……アレクシア嬢は、ランヒルド王家に忠誠を誓っていない。そのことは、国王陛下もご存じだ」
「……はい?」
ベネディクトが一瞬、何を言われたのかわからない、という顔をした。
そんな彼に、あくまでも真顔でローレンスが告げる。
「かつて彼女が王家に捧げてくれていた忠誠を、僕ら王家は土足で踏みにじった。今の僕らが彼女と交わせるのは、互いの信頼に基づく忠義と庇護ではなく、ただの利害関係から成り立つ取引のみだ。その上で、きみに問いたい」
一呼吸おいて、彼は言う。
「ベネディクト。きみは、アレクシア嬢を傷つけた王家を、許せるか?」
(……は?)
なんだその頓珍漢な質問は、と思ったけれど、ローレンスとベネディクトがやたらと真剣な面持ちなので、アレクシアは眉をひそめるだけで沈黙を守った。
ベネディクトが少しの間のあと、感情の透けない声で口を開く。
「殿下。アレクシアさんが、こうしてあなたと同じテーブルについているということは、彼女は少なくともあなた個人を忌避してはいないのでしょう。……ですが、ぼく自身が見聞きしてきた事実と、それを補完してくださったバルツァーご夫妻の言葉から判断して、この国の王家は――当代国王陛下は、一度は不要だと切り捨てた彼女を、再び都合のいい駒として使うつもりであると認識しています」
その言葉に、ローレンスは静かにうなずいた。
「そうだね。その事実を否定するつもりはないよ」
「はい。アレクシアさんがぼくを兄と呼んでくださる限り、ぼくは彼女の兄として恥じることのない人間でありたい。ぼくは、国王陛下から正式にアレクシアさんへの謝罪がないのなら、彼女を傷つけた陛下を許すつもりはありません」
淡々と言葉を紡いだベネディクトが、アレクシアを見て少し困ったような表情を浮かべる。
「出過ぎた真似を、と思われたなら、申し訳ないです。アレクシアさん」
「……いや。きみの気持ちは嬉しく思う、お兄さま。だが、あの古狸国王がわたしに詫びる可能性は、間違いなくゼロだぞ」
国王というのは、そう軽々しく頭を下げていい立場ではない。その相手が、未成年の少女であれば尚更だ。
首を傾げた彼女の言葉に、ベネディクトが再びローレンスに視線を向けた。小さく息を吐いたこの国の王太子は、その視線をまっすぐに受け止めて応じる。
「きみの気持ちは、了解した。――ベネディクト。アレクシア嬢。王家の一員として、きみたちには心から申し訳なく思っている。本当に、すまない」
テーブルに置かれた彼の指に、ぐっと力がこもった。
「陛下に対し、まだ何も言う力がない僕の謝罪に、価値などないことはわかっている。それでも、僕は……きみたちには、誠実でありたい」
悔しげにそう言うローレンスに、アレクシアは笑って言う。
「殿下。わたしは、きみが誠実な人間であることを知っているよ」
ゴールドアンバーの瞳が、彼女を映す。
「言っただろう。わたしは、きみを信じると。きみは、きみが正しいと信じたことをすればいい」
「アレクシア嬢……」
ローレンスに目顔でうなずき、アレクシアはベネディクトを見た。
「お兄さま。たしかにこの国の国王は非常にいけすかない御仁だが、殿下は見ての通りとても素直な少年だ。もちろん、これはあくまでもわたし個人の評価だから、今後きみが彼とどう付き合っていくかは、きみ自身の判断で決めるといい」
「……そう、ですね」
一度目を伏せたベネディクトが、そっと息を吐いてから顔を上げる。
「申し訳ありません、殿下。ご存じの通り、ぼくは大変世間知らずな子どもなので、王家への忠誠と言われても、正直よく理解ができないんです」
「そ、そうか」
貴族階級の少年にあるまじき言葉に、ローレンスは虚を突かれたようだった。
アレクシアも少々驚いたが、ベネディクトの言い分はもっともだ。
何しろ彼は、まっとうな貴族教育どころか、こうして普通に他人と会話をしているのが不思議なほど、悲惨な幼年期を過ごしているのである。貴族の子どもたちが、生まれた瞬間から教えこまれる『王家への忠誠心』など、ベネディクトにとっては不可解な絵空事でしかないのかもしれない。
「ただ、今の世の中の仕組みとして、貴族が王家に忠誠を誓い、それに報いる形で王家が貴族たちを、ひいてはそれぞれの領地で暮らす民を庇護している、という形になっているのは存じています」
そう言い、ベネディクトは首を傾げてローレンスを見た。
「現状、ぼくはスウィングラー辺境伯家の後継者と見なされているわけですが……。殿下。ぼくからも、聞かせていただきたい。あなたは、ご自分に忠誠を誓っていない相手でも、臣下としてお認めになるのですか?」
「……臣下、か」
両手の指を軽く組み、ローレンスが苦笑を浮かべる。
「ベネディクト。きみの言う通り、この国の社会システムは、王家という強大な力を持つリーダーに対し、貴族たちが絶対的に服従することで秩序を保っている。人間が社会という群れを作って生きる存在である以上、その群れを統制するリーダーが揺るぎなく立ち続けることは、群れの存続にとって必須条件だ」
だからこそ、と彼は静かに続けた。
「リーダーである王家に牙を剥く者は、群れの秩序を乱す者として排除される。ならば、この国という群れを形成する序列の中で、上位の存在である辺境伯が最高位にある王家に忠誠を誓っていないなど、断じて許されることではない。……この国の王太子である僕は、そう答えるべきなのだろうね」
「殿下……?」
戸惑ったようなベネディクトの呼びかけに、いずれこの国を王として率いる少年は、ひどく複雑な表情を浮かべて応じる。
「陛下ならば、迷わずそうするのだろうと思うんだ。あの方は、強いから。僕は今まで、あの方の揺るぎない背中しか見たことがない。けれど、僕は――あの方のすべてを肯定することなんて、もうできない」
迷いと、葛藤。
人の上に立つ者が、決して他者に見せてはいけない顔を晒したローレンスに、少しの間沈黙したベネディクトがうなずいた。
「なるほど。殿下は現在、遅く来た反抗期中というやつなのですね」
「………………ええぇー」
身も蓋もないベネディクトの言いように、ローレンスがものすごく情けない表情を浮かべて頭を抱える。さすがにちょっと、気の毒になってきた。
「わかった。じゃあ、アレクシアたちの話しが済むまで、目を瞑っている」
「セフィード! 立ったまま寝ようとするな!」
……ウィルフレッドとセフィードがすっかり仲よくなったようで、何よりである。
気を取り直したローレンスがガーデンテーブルに誘ってきたので、アレクシアはベネディクトとともにそれに応じた。エッカルト王国の紋章とともに、流麗な文字と絵柄が描かれている茶缶を手に取り、ローレンスに問う。
「殿下。エッカルト王国産だという紅茶は、これかね?」
「ああ、そうだよ……って、あー……。うん。そうか。そういえばきみは、紅茶を淹れるのだってお手の物なレディでもあったんだよね……」
慣れた手つきで保温効果のある魔導ポットを用意した彼女に、ローレンスがそんなことを言ってくる。
「なんだ、殿下。物忘れがはじまるには、まだ早いぞ。……ああ、それともレディらしい振る舞いをするときには、話し方もそれに応じて変えたほうがよかったかね?」
「いや、結構だ」
ものすごく真顔かつ即答で拒否されてしまった。
だが、よく考えてみれば今後のためには、ベネディクトにも彼女のお嬢さまモードを知っておいてもらったほうがいいだろう。アレクシアは一呼吸ののち、にっこりと優雅にほほえんだ。
「どうぞご安心くださいませ、王太子殿下。ご要望とあれば、いつでも『病弱で繊細な貴族令嬢』としてお話しさせていただきますわ」
「……うん。何度見ても、ひょっとしてきみは二重人格じゃないのかと疑いたくなるレベルの、ものすごく立派な猫被りだよねえ」
お褒めにあずかり、光栄である。
アレクシアは、お嬢さまモードのままベネディクトに視線を向けた。
「ねえ、お兄さま。お兄さまは、紅茶にミルクかレモンは添えられますか?」
「あ……はい。ええと、あの……ミルクを、お願いします」
しどろもどろに応じる彼は、アレクシアのモード変更についてこられていないようだ。小首を傾げ、ほほえみを消さないまま彼女は言う。
「今後、ほかの者の目があるところでお会いするときは、わたしは基本的にこういった立ち居振る舞いをさせていただきます。どうぞお兄さまも、今のうちに慣れておいてくださいね」
「そ……そうなんですね。わかりました」
何やらひどく腰が引けた様子の彼に、アレクシアは軽く眉根を寄せた。
「すまない、お兄さま。ひょっとして、こういった貴族階級の女性らしい振る舞いは、きみにとっていやな記憶を思い出させるものだったかな?」
「え? ……あ、いえ! ただ単に、先ほどまでとのあまりの落差に、ちょっとびっくりしただけです! どうか、お気遣いなく!」
勢いこんだベネディクトの答えに、ローレンスがうんうんとうなずいている。気持ちはわかる、とでも言いたげだ。
「そうか? だったら、いいのだが……」
「はい。こちらこそ、失礼いたしました」
申し訳なさそうに詫びる姿から、怯えは感じられない。
とはいえ、アレクシアのお嬢さまモードに慣れてもらうのは、そう急ぐ必要もないことだ。今の時点で、わざわざベネディクトに混乱を与えてストレスを増やすこともないだろう。
アレクシアは優雅な手つきでポットを持つと、ちょうどよく色と香りの出た紅茶を白磁のカップに注ぎ、少年たちの前に置いた。
「まあ、いい。今日のところは、普段の口調で通させてもらおう。――それで? 殿下。ここから先も、わたしのほうからお兄さまに話していいのかね?」
「いや。僕から話させてもらうよ」
紅茶を一口飲んで居住まいを正したローレンスが、真剣な眼差しでベネディクトを見て口を開く。
「ベネディクト。まず、これだけは伝えておく。きみの妹……アレクシア嬢は、ランヒルド王家に忠誠を誓っていない。そのことは、国王陛下もご存じだ」
「……はい?」
ベネディクトが一瞬、何を言われたのかわからない、という顔をした。
そんな彼に、あくまでも真顔でローレンスが告げる。
「かつて彼女が王家に捧げてくれていた忠誠を、僕ら王家は土足で踏みにじった。今の僕らが彼女と交わせるのは、互いの信頼に基づく忠義と庇護ではなく、ただの利害関係から成り立つ取引のみだ。その上で、きみに問いたい」
一呼吸おいて、彼は言う。
「ベネディクト。きみは、アレクシア嬢を傷つけた王家を、許せるか?」
(……は?)
なんだその頓珍漢な質問は、と思ったけれど、ローレンスとベネディクトがやたらと真剣な面持ちなので、アレクシアは眉をひそめるだけで沈黙を守った。
ベネディクトが少しの間のあと、感情の透けない声で口を開く。
「殿下。アレクシアさんが、こうしてあなたと同じテーブルについているということは、彼女は少なくともあなた個人を忌避してはいないのでしょう。……ですが、ぼく自身が見聞きしてきた事実と、それを補完してくださったバルツァーご夫妻の言葉から判断して、この国の王家は――当代国王陛下は、一度は不要だと切り捨てた彼女を、再び都合のいい駒として使うつもりであると認識しています」
その言葉に、ローレンスは静かにうなずいた。
「そうだね。その事実を否定するつもりはないよ」
「はい。アレクシアさんがぼくを兄と呼んでくださる限り、ぼくは彼女の兄として恥じることのない人間でありたい。ぼくは、国王陛下から正式にアレクシアさんへの謝罪がないのなら、彼女を傷つけた陛下を許すつもりはありません」
淡々と言葉を紡いだベネディクトが、アレクシアを見て少し困ったような表情を浮かべる。
「出過ぎた真似を、と思われたなら、申し訳ないです。アレクシアさん」
「……いや。きみの気持ちは嬉しく思う、お兄さま。だが、あの古狸国王がわたしに詫びる可能性は、間違いなくゼロだぞ」
国王というのは、そう軽々しく頭を下げていい立場ではない。その相手が、未成年の少女であれば尚更だ。
首を傾げた彼女の言葉に、ベネディクトが再びローレンスに視線を向けた。小さく息を吐いたこの国の王太子は、その視線をまっすぐに受け止めて応じる。
「きみの気持ちは、了解した。――ベネディクト。アレクシア嬢。王家の一員として、きみたちには心から申し訳なく思っている。本当に、すまない」
テーブルに置かれた彼の指に、ぐっと力がこもった。
「陛下に対し、まだ何も言う力がない僕の謝罪に、価値などないことはわかっている。それでも、僕は……きみたちには、誠実でありたい」
悔しげにそう言うローレンスに、アレクシアは笑って言う。
「殿下。わたしは、きみが誠実な人間であることを知っているよ」
ゴールドアンバーの瞳が、彼女を映す。
「言っただろう。わたしは、きみを信じると。きみは、きみが正しいと信じたことをすればいい」
「アレクシア嬢……」
ローレンスに目顔でうなずき、アレクシアはベネディクトを見た。
「お兄さま。たしかにこの国の国王は非常にいけすかない御仁だが、殿下は見ての通りとても素直な少年だ。もちろん、これはあくまでもわたし個人の評価だから、今後きみが彼とどう付き合っていくかは、きみ自身の判断で決めるといい」
「……そう、ですね」
一度目を伏せたベネディクトが、そっと息を吐いてから顔を上げる。
「申し訳ありません、殿下。ご存じの通り、ぼくは大変世間知らずな子どもなので、王家への忠誠と言われても、正直よく理解ができないんです」
「そ、そうか」
貴族階級の少年にあるまじき言葉に、ローレンスは虚を突かれたようだった。
アレクシアも少々驚いたが、ベネディクトの言い分はもっともだ。
何しろ彼は、まっとうな貴族教育どころか、こうして普通に他人と会話をしているのが不思議なほど、悲惨な幼年期を過ごしているのである。貴族の子どもたちが、生まれた瞬間から教えこまれる『王家への忠誠心』など、ベネディクトにとっては不可解な絵空事でしかないのかもしれない。
「ただ、今の世の中の仕組みとして、貴族が王家に忠誠を誓い、それに報いる形で王家が貴族たちを、ひいてはそれぞれの領地で暮らす民を庇護している、という形になっているのは存じています」
そう言い、ベネディクトは首を傾げてローレンスを見た。
「現状、ぼくはスウィングラー辺境伯家の後継者と見なされているわけですが……。殿下。ぼくからも、聞かせていただきたい。あなたは、ご自分に忠誠を誓っていない相手でも、臣下としてお認めになるのですか?」
「……臣下、か」
両手の指を軽く組み、ローレンスが苦笑を浮かべる。
「ベネディクト。きみの言う通り、この国の社会システムは、王家という強大な力を持つリーダーに対し、貴族たちが絶対的に服従することで秩序を保っている。人間が社会という群れを作って生きる存在である以上、その群れを統制するリーダーが揺るぎなく立ち続けることは、群れの存続にとって必須条件だ」
だからこそ、と彼は静かに続けた。
「リーダーである王家に牙を剥く者は、群れの秩序を乱す者として排除される。ならば、この国という群れを形成する序列の中で、上位の存在である辺境伯が最高位にある王家に忠誠を誓っていないなど、断じて許されることではない。……この国の王太子である僕は、そう答えるべきなのだろうね」
「殿下……?」
戸惑ったようなベネディクトの呼びかけに、いずれこの国を王として率いる少年は、ひどく複雑な表情を浮かべて応じる。
「陛下ならば、迷わずそうするのだろうと思うんだ。あの方は、強いから。僕は今まで、あの方の揺るぎない背中しか見たことがない。けれど、僕は――あの方のすべてを肯定することなんて、もうできない」
迷いと、葛藤。
人の上に立つ者が、決して他者に見せてはいけない顔を晒したローレンスに、少しの間沈黙したベネディクトがうなずいた。
「なるほど。殿下は現在、遅く来た反抗期中というやつなのですね」
「………………ええぇー」
身も蓋もないベネディクトの言いように、ローレンスがものすごく情けない表情を浮かべて頭を抱える。さすがにちょっと、気の毒になってきた。
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