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ダラダラしましょう。
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何はともあれ、まずはブリュンヒルデとフェルディナントの元へ挨拶に行かねばなるまい。後見契約のことを改めて話し合う必要があるし、セフィードの存在も知らせておきたい。
(あの古狸国王が、エッカルトの重鎮であるおふたりに、スウィングラー辺境伯領に現れた敵戦力について、虚偽の報告をするとは思わんが……。かといって、すべてを正確に伝えるとは限らんからな)
今のところ、彼らの世話になる予定はないとはいえ、ふたりは公の場でアレクシアとウィルフレッドの庇護を宣言してくれている。その事実だけで、この国の社交界における『アレクシア・スウィングラー』の立場は大いに改善された。今後の状況次第では、その事実は自分たちにとって大いに助けとなる可能性が高い。ならば、その恩義を受けた身としては、彼らに対し、可能な限り誠実であるべきだろう。
「では、エリック。何かほかに、我々に伝えておかなければならないことはあるか?」
「あー……いや。今のところは、特にないぞ」
そうか、とうなずき、アレクシアはエリックに詫びた。
「すまないな。これから、おまえにはいろいろと苦労をかけると思う」
「なんだ、いきなり改まって」
からかう口調で応じたエリックに、アレクシアはあくまでも真顔で告げる。
「現在この国で、実戦投入できるレベルの飛行魔導兵士は、たったの二十名だ。今後、数が増えてくれば、その価値も相対的に下落するのだろうが……」
小さくため息をつき、彼女は続けた。
「実戦経験を持つ飛行魔導兵士となると、我々も含めて十六名。まあ、なかなかの希少価値があるのではないかな」
「おまえらふたり以外は全員、王室が誇る超絶エリートの近衛兵……だったか」
エリックが、ぐっと眉根を寄せる。
「そうだ。現実問題として、飛行魔導兵士を擁する七カ国連合が宣戦布告してきた以上、使える兵士を出し惜しみしている余裕は、この国にはない。……我々が退学してスウィングラー辺境伯領に戻れば、おまえによけいな迷惑をかけることはないと、わかってはいるのだがな。その上で、わたしはシンフィールド学園に残ることを選択した。すまないとは思うが、こちらにも事情がある。いずれ、正式に詫びをする。しばらくは我慢してもらえるとありがたい」
「別に、そんなことはいいんだけどよ。ただ、俺はおまえたちが――」
何か言いかけ、きつく唇を引き結んだ彼は、きっとアレクシアとウィルフレッドが前線に立つのが、本当は我慢ならないのだろう。けれど、それを主張できる権利も力も自分にはないとわかっているから、何も言わない。
アレクシアは、迷った。今、彼女が抱いている懸念は、考えすぎと断じられればそれまでという程度の、不確実なものだ。しかし、それが現実になる可能性がゼロではないのも、また事実である。
意識的に呼吸を整えてから、彼女は言った。
「なあ、エリック。我々個人のことは、ひとまず置いておけ。おまえには、この学園の教師として、生徒たちの命と未来を守る義務があるんだろう?」
「……おまえらだって、この学園の生徒だろうが。何を、他人事みたいに言ってやがる」
硬い表情で応じる彼に、アレクシアはゆるりと首を横に振る。
「そうではない。他人事ではないから――他人事ではなくなるかもしれないから、言っている。現在、我々以外の飛行魔導兵士はすべて、近衛所属のエリートだ。いくら実用化に成功しているといっても、我が国の飛行補助魔導武器は決して扱いやすいものではないのだろう」
彼女がはじめて『空飛ぶ魔導兵士』を見たときから、ずっと胸の奥にくすぶっている不快感。不安、というべきものかもしれない。
少し、不思議な気がする。アレクシアにとって、何か不安を感じることがあるとすれば、ウィルフレッドの命に関することだけだったはずなのに。
「わざわざ言うまでもないことだが、魔導武器の扱いは、総じて子どものほうが慣れるのが早い。そして、このシンフィールド学園には、魔力保有量だけを見るなら、充分に近衛入りを目指せるレベルの、平民出身の子どもたちが集まっている」
「……っ」
エリックが、蒼白になって椅子を蹴る。そんな彼を見上げ、アレクシアは静かに告げた。
「いくら運用が難しいものであろうと、すでに実戦投入できるレベルの飛行補助魔導武器が完成しているなら、それをこの学園の教材とすることに、さほど障害はないだろう。――これからは、空が戦場となる。その事態に備えるため、高い魔力保有量を持つ、しかも多少無茶なことをしても大声で文句を言わない生徒たちに、適切な教育カリキュラムを組んで訓練を施せばいい。そうすれば、数年後には飛行魔導兵士の数を、ある程度は確保できるはずだ。この国の上層部がそう判断したとしても、わたしは少しも驚かないぞ」
大きく肩で息をしたエリックの唇が、震えている。
アレクシアは、ようやく満腹になったのか、手持ち無沙汰な様子でおとなしくしていたセフィードに視線を移す。
「セフィード。おまえが所属していた組織に、飛行魔導兵士とその候補生がどれほどいたのか、知っているか?」
「ああ。今回あんたが叩き落とした十一人は、七カ国連合それぞれから選抜されてきたメンバーだ。おれがいた研究所で、実戦投入可能レベルにまで飛行補助魔導武器を使いこなしていたのは、おれともうひとり。候補生は、二十八人。そのうち、次回の最終選抜テストで合格ラインにいたのは、三人。ほかの研究所のデータは知らない」
即座にすらすらと応じたセフィードは、それから軽く首を傾げて言った。
「あんたが、ほぼ単騎でおれたちを殲滅したことは、あちらにも報告が行っているはずだ。しばらくの間は、この国が連中から喧嘩を売られることはないと思うぞ」
「ふむ。では、もうひとつ質問だ。七カ国連合を形成する各国における、大々的な飛行魔導兵士育成計画は、どれほど進んでいた?」
アレクシアという、敵方にとって想定外の存在さえなければ、セフィードたちはリベラ平原の奪取に成功していたはずだ。彼らが運用していた飛行補助魔導武器の完成度は、かなり高いと思われる。今はまだ、ごく限られた数の飛行魔導兵士しか育成していないようだが、すでに宣戦布告はなされてしまった。近い将来に激化するだろう空中戦に備え、彼らは戦力の拡充に躍起になるはずだ。
しかし、彼女の問いかけに、セフィードは首を捻るだけだった。
「わからない。おれはただ、空から敵を殺せと命令されてきただけだ」
「そうか。もしいつか、おまえにそんな命令を下した輩と相まみえることがあったなら、相手の顔を死なない程度にぶん殴ってやるといい」
セフィードが、不思議そうな顔をして瞬く。
「殺すのは、ダメなのか?」
「駄目だな。わたしの庇護下にある限り、今後おまえが他人に危害を与えても許される条件は、ふたつだけだ。ひとつは、おまえ自身の安全と誇りが害される危険がある場合。ふたつめは、将来的におまえにとって大切な人間ができたと仮定して、その人間の安全と誇りが害される危険がある場合。このいずれかの条件が満たされた場合に限り、当該事案における直接的及び間接的な加害者の排除を許可する」
そう言って、アレクシアはにこりとほほえんだ。
「安心しろ。これは、正当防衛という立派な権利だ。そのときには剣で切り刻むなり、魔導銃で蜂の巣にするなり、好きにするといい」
「……うん。じゃあ、そいつにする」
まったくの無表情のまま、セフィードが視線を向けたのは、いまだに顔色を悪くしたままのエリックだ。
へ、と間の抜けた声を零した彼を見たまま、幼い少年は続けて言う。
「アレクシアはおれより強いし、もっと強いウィルフレッドが守ってる。でも、そいつはおれより弱いだろう。すぐに死にそうで、なんだかもやもやするから、おれにとってタイセツな人間だということにしておいてくれ。そうすれば、そいつが殺されそうになったときには、おれはその相手を殺していいんだろう?」
「弱……っ」
断じられたエリックが、あからさまにショックを受けた顔をしてのけぞるが、仕方があるまい。いくら彼が戦闘訓練を施す側であるシンフィールド学園の教師とはいえ、セフィードは七カ国連合軍のエース級飛行魔導兵士だ。おそらく、このふたりが手加減抜きで勝負をしたなら、さほど時間をかけることなく、セフィードが勝利するに違いない。
そうか、とアレクシアはうなずいた。
「その要請を認めよう。おまえがエリックの護衛を担ってくれるというなら、我々としても大変助かる。こいつは我々にとって、この国で唯一信頼できる大人の男だ。その事実を、国王たちも知っている。もしこいつの安全を盾に脅迫でもされたら、我々は無条件で従うしかなくなるのでな」
「ちょ……っ、おい待て、アレクシア! なんだか、ものすごく不本意な方向に話しが転がっていってるぞ!?」
エリックが素っ頓狂な声で喚くが、残念ながらこれは事実だ。
にこりとほほえみ、アレクシアは己の担任教師に告げる。
「エリック。悪いが、おまえはすでに我々にとって、非常に価値の高い人間だ。おまえひとりの命と、顔も知らない大勢の命なら、我々は迷わずおまえを取る」
「重い! 重いぞ、アレクシアー! ウィルフレッド! おまえも黙っていないで、なんとか言え!」
何やら必死の形相でエリックが言うが、ウィルフレッドはむしろきょとんとした顔で応じる。
「この件について、オレの意見はアレクシアさまと完全に同じですので、わざわざ発言する必要を感じません」
「だあぁーっ! そうだった! コイツは、こういうやつだった!!」
アレクシアは少し考え、改めてセフィードに言う。
「セフィード。そうは言っても、まずはおまえがこの国の普通の子どもらしい振る舞いを身につけなければ、話にならん。まずは、メンタルメンテナンスだな。今後我々の拠点となる屋敷で、しばらくの間は何もせずに、ひたすらダラダラしていることを命じる」
「ダラダラ……? って、何をどうすればいいんだ?」
当然の疑問に、アレクシアは真顔でうなずいた。
「ふむ。今の説明は具体性に欠けたな。すまなかった。ダラダラするというのは、日に三度こちらで用意した食事を摂ること、六時間以上の睡眠を確保すること、十五分以上の入浴により心身を清潔かつ健康に保つことを必須とする以外は、すべておまえ自身の判断に任せるということだ。戦闘訓練及びそれに類する行為については、わたしかウィルの監督下においてのみ許可する。何か質問はあるか?」
セフィードの顔に、困惑がじわじわと滲んでくる。ややあって、少年がぼそりと呟く。
「……そんなに長く任意活動時間があっても、何をすればいいのかわからない」
「気持ちは大変よくわかるが、これは命令だ。おまえのような子どもにとって大切なのは、まずは心の余裕というやつなのでな。もちろん、適度な運動は心身の健康を保つためには重要だ。これから整備する拠点の安全が確保されたあとのことになるが、互いに魔導武器なしの手合わせくらいはしてやるぞ」
了解した、とうなずくセフィードを、エリックが死んだ魚のような目で見つめてぼそりと呟く。
「名前……もう少し、染まりにくそうなやつにしておけばよかったかな……」
意味のよくわからない言葉に、アレクシアとセフィードは揃って首を傾げる。一方、ウィルフレッドはにこりと笑ってエリックに告げた。
「ミスター・タウンゼント。人質というのは、五体満足でいてこそ価値のあるものです。よほどのことがない限り、国王側があなたに危害を加えることはないと思いますよ」
「……ソウデスカ」
エリックが、どんよりと肩を落とす。ウィルフレッドの言葉は、なんだか疲れた様子の彼を安心させるものだったはずなのに、不可解なことだ。
(あの古狸国王が、エッカルトの重鎮であるおふたりに、スウィングラー辺境伯領に現れた敵戦力について、虚偽の報告をするとは思わんが……。かといって、すべてを正確に伝えるとは限らんからな)
今のところ、彼らの世話になる予定はないとはいえ、ふたりは公の場でアレクシアとウィルフレッドの庇護を宣言してくれている。その事実だけで、この国の社交界における『アレクシア・スウィングラー』の立場は大いに改善された。今後の状況次第では、その事実は自分たちにとって大いに助けとなる可能性が高い。ならば、その恩義を受けた身としては、彼らに対し、可能な限り誠実であるべきだろう。
「では、エリック。何かほかに、我々に伝えておかなければならないことはあるか?」
「あー……いや。今のところは、特にないぞ」
そうか、とうなずき、アレクシアはエリックに詫びた。
「すまないな。これから、おまえにはいろいろと苦労をかけると思う」
「なんだ、いきなり改まって」
からかう口調で応じたエリックに、アレクシアはあくまでも真顔で告げる。
「現在この国で、実戦投入できるレベルの飛行魔導兵士は、たったの二十名だ。今後、数が増えてくれば、その価値も相対的に下落するのだろうが……」
小さくため息をつき、彼女は続けた。
「実戦経験を持つ飛行魔導兵士となると、我々も含めて十六名。まあ、なかなかの希少価値があるのではないかな」
「おまえらふたり以外は全員、王室が誇る超絶エリートの近衛兵……だったか」
エリックが、ぐっと眉根を寄せる。
「そうだ。現実問題として、飛行魔導兵士を擁する七カ国連合が宣戦布告してきた以上、使える兵士を出し惜しみしている余裕は、この国にはない。……我々が退学してスウィングラー辺境伯領に戻れば、おまえによけいな迷惑をかけることはないと、わかってはいるのだがな。その上で、わたしはシンフィールド学園に残ることを選択した。すまないとは思うが、こちらにも事情がある。いずれ、正式に詫びをする。しばらくは我慢してもらえるとありがたい」
「別に、そんなことはいいんだけどよ。ただ、俺はおまえたちが――」
何か言いかけ、きつく唇を引き結んだ彼は、きっとアレクシアとウィルフレッドが前線に立つのが、本当は我慢ならないのだろう。けれど、それを主張できる権利も力も自分にはないとわかっているから、何も言わない。
アレクシアは、迷った。今、彼女が抱いている懸念は、考えすぎと断じられればそれまでという程度の、不確実なものだ。しかし、それが現実になる可能性がゼロではないのも、また事実である。
意識的に呼吸を整えてから、彼女は言った。
「なあ、エリック。我々個人のことは、ひとまず置いておけ。おまえには、この学園の教師として、生徒たちの命と未来を守る義務があるんだろう?」
「……おまえらだって、この学園の生徒だろうが。何を、他人事みたいに言ってやがる」
硬い表情で応じる彼に、アレクシアはゆるりと首を横に振る。
「そうではない。他人事ではないから――他人事ではなくなるかもしれないから、言っている。現在、我々以外の飛行魔導兵士はすべて、近衛所属のエリートだ。いくら実用化に成功しているといっても、我が国の飛行補助魔導武器は決して扱いやすいものではないのだろう」
彼女がはじめて『空飛ぶ魔導兵士』を見たときから、ずっと胸の奥にくすぶっている不快感。不安、というべきものかもしれない。
少し、不思議な気がする。アレクシアにとって、何か不安を感じることがあるとすれば、ウィルフレッドの命に関することだけだったはずなのに。
「わざわざ言うまでもないことだが、魔導武器の扱いは、総じて子どものほうが慣れるのが早い。そして、このシンフィールド学園には、魔力保有量だけを見るなら、充分に近衛入りを目指せるレベルの、平民出身の子どもたちが集まっている」
「……っ」
エリックが、蒼白になって椅子を蹴る。そんな彼を見上げ、アレクシアは静かに告げた。
「いくら運用が難しいものであろうと、すでに実戦投入できるレベルの飛行補助魔導武器が完成しているなら、それをこの学園の教材とすることに、さほど障害はないだろう。――これからは、空が戦場となる。その事態に備えるため、高い魔力保有量を持つ、しかも多少無茶なことをしても大声で文句を言わない生徒たちに、適切な教育カリキュラムを組んで訓練を施せばいい。そうすれば、数年後には飛行魔導兵士の数を、ある程度は確保できるはずだ。この国の上層部がそう判断したとしても、わたしは少しも驚かないぞ」
大きく肩で息をしたエリックの唇が、震えている。
アレクシアは、ようやく満腹になったのか、手持ち無沙汰な様子でおとなしくしていたセフィードに視線を移す。
「セフィード。おまえが所属していた組織に、飛行魔導兵士とその候補生がどれほどいたのか、知っているか?」
「ああ。今回あんたが叩き落とした十一人は、七カ国連合それぞれから選抜されてきたメンバーだ。おれがいた研究所で、実戦投入可能レベルにまで飛行補助魔導武器を使いこなしていたのは、おれともうひとり。候補生は、二十八人。そのうち、次回の最終選抜テストで合格ラインにいたのは、三人。ほかの研究所のデータは知らない」
即座にすらすらと応じたセフィードは、それから軽く首を傾げて言った。
「あんたが、ほぼ単騎でおれたちを殲滅したことは、あちらにも報告が行っているはずだ。しばらくの間は、この国が連中から喧嘩を売られることはないと思うぞ」
「ふむ。では、もうひとつ質問だ。七カ国連合を形成する各国における、大々的な飛行魔導兵士育成計画は、どれほど進んでいた?」
アレクシアという、敵方にとって想定外の存在さえなければ、セフィードたちはリベラ平原の奪取に成功していたはずだ。彼らが運用していた飛行補助魔導武器の完成度は、かなり高いと思われる。今はまだ、ごく限られた数の飛行魔導兵士しか育成していないようだが、すでに宣戦布告はなされてしまった。近い将来に激化するだろう空中戦に備え、彼らは戦力の拡充に躍起になるはずだ。
しかし、彼女の問いかけに、セフィードは首を捻るだけだった。
「わからない。おれはただ、空から敵を殺せと命令されてきただけだ」
「そうか。もしいつか、おまえにそんな命令を下した輩と相まみえることがあったなら、相手の顔を死なない程度にぶん殴ってやるといい」
セフィードが、不思議そうな顔をして瞬く。
「殺すのは、ダメなのか?」
「駄目だな。わたしの庇護下にある限り、今後おまえが他人に危害を与えても許される条件は、ふたつだけだ。ひとつは、おまえ自身の安全と誇りが害される危険がある場合。ふたつめは、将来的におまえにとって大切な人間ができたと仮定して、その人間の安全と誇りが害される危険がある場合。このいずれかの条件が満たされた場合に限り、当該事案における直接的及び間接的な加害者の排除を許可する」
そう言って、アレクシアはにこりとほほえんだ。
「安心しろ。これは、正当防衛という立派な権利だ。そのときには剣で切り刻むなり、魔導銃で蜂の巣にするなり、好きにするといい」
「……うん。じゃあ、そいつにする」
まったくの無表情のまま、セフィードが視線を向けたのは、いまだに顔色を悪くしたままのエリックだ。
へ、と間の抜けた声を零した彼を見たまま、幼い少年は続けて言う。
「アレクシアはおれより強いし、もっと強いウィルフレッドが守ってる。でも、そいつはおれより弱いだろう。すぐに死にそうで、なんだかもやもやするから、おれにとってタイセツな人間だということにしておいてくれ。そうすれば、そいつが殺されそうになったときには、おれはその相手を殺していいんだろう?」
「弱……っ」
断じられたエリックが、あからさまにショックを受けた顔をしてのけぞるが、仕方があるまい。いくら彼が戦闘訓練を施す側であるシンフィールド学園の教師とはいえ、セフィードは七カ国連合軍のエース級飛行魔導兵士だ。おそらく、このふたりが手加減抜きで勝負をしたなら、さほど時間をかけることなく、セフィードが勝利するに違いない。
そうか、とアレクシアはうなずいた。
「その要請を認めよう。おまえがエリックの護衛を担ってくれるというなら、我々としても大変助かる。こいつは我々にとって、この国で唯一信頼できる大人の男だ。その事実を、国王たちも知っている。もしこいつの安全を盾に脅迫でもされたら、我々は無条件で従うしかなくなるのでな」
「ちょ……っ、おい待て、アレクシア! なんだか、ものすごく不本意な方向に話しが転がっていってるぞ!?」
エリックが素っ頓狂な声で喚くが、残念ながらこれは事実だ。
にこりとほほえみ、アレクシアは己の担任教師に告げる。
「エリック。悪いが、おまえはすでに我々にとって、非常に価値の高い人間だ。おまえひとりの命と、顔も知らない大勢の命なら、我々は迷わずおまえを取る」
「重い! 重いぞ、アレクシアー! ウィルフレッド! おまえも黙っていないで、なんとか言え!」
何やら必死の形相でエリックが言うが、ウィルフレッドはむしろきょとんとした顔で応じる。
「この件について、オレの意見はアレクシアさまと完全に同じですので、わざわざ発言する必要を感じません」
「だあぁーっ! そうだった! コイツは、こういうやつだった!!」
アレクシアは少し考え、改めてセフィードに言う。
「セフィード。そうは言っても、まずはおまえがこの国の普通の子どもらしい振る舞いを身につけなければ、話にならん。まずは、メンタルメンテナンスだな。今後我々の拠点となる屋敷で、しばらくの間は何もせずに、ひたすらダラダラしていることを命じる」
「ダラダラ……? って、何をどうすればいいんだ?」
当然の疑問に、アレクシアは真顔でうなずいた。
「ふむ。今の説明は具体性に欠けたな。すまなかった。ダラダラするというのは、日に三度こちらで用意した食事を摂ること、六時間以上の睡眠を確保すること、十五分以上の入浴により心身を清潔かつ健康に保つことを必須とする以外は、すべておまえ自身の判断に任せるということだ。戦闘訓練及びそれに類する行為については、わたしかウィルの監督下においてのみ許可する。何か質問はあるか?」
セフィードの顔に、困惑がじわじわと滲んでくる。ややあって、少年がぼそりと呟く。
「……そんなに長く任意活動時間があっても、何をすればいいのかわからない」
「気持ちは大変よくわかるが、これは命令だ。おまえのような子どもにとって大切なのは、まずは心の余裕というやつなのでな。もちろん、適度な運動は心身の健康を保つためには重要だ。これから整備する拠点の安全が確保されたあとのことになるが、互いに魔導武器なしの手合わせくらいはしてやるぞ」
了解した、とうなずくセフィードを、エリックが死んだ魚のような目で見つめてぼそりと呟く。
「名前……もう少し、染まりにくそうなやつにしておけばよかったかな……」
意味のよくわからない言葉に、アレクシアとセフィードは揃って首を傾げる。一方、ウィルフレッドはにこりと笑ってエリックに告げた。
「ミスター・タウンゼント。人質というのは、五体満足でいてこそ価値のあるものです。よほどのことがない限り、国王側があなたに危害を加えることはないと思いますよ」
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