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誠実さには誠実さ、信頼には信頼を返します

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 何はともあれ、次期当主自ら絶縁宣言をしてくれたのだ。これでアレクシアとウィルフレッドに対し、スウィングラー辺境伯家が表だって干渉してくることはなくなったはずだ。
 エイドリアンは、どうにか自分の足で立っているものの、あからさまな殺気と敵意を向けたアレクシアとウィルフレッドから、少しでも距離を置きたいと考えているのが丸わかりである。こんな情けない男が自分の実の父親なのか、とアレクシアが悲しくなっていると、フェルディナントが声をかけてきた。

「アレクシア。きみがいただいた別邸の件を含め、今後のことに関しては、後見人となった我々夫婦がスウィングラー辺境伯家と話をしよう。我々が帰国するまでには、すべて手続きが済むようにしておくから、安心して任せておいで」
「お父さま……! ありがとうございます!」

 どう足掻いたところで、結局のところアレクシアは未成年の少女なのだ。そんな彼女には難しい煩雑な手続きを買って出てくれるとは、本当に気の利く御仁である。

 と、そこに王太子のローレンスが近づいてきた。胃痛は大丈夫だろうか、と他人事のように思ったアレクシアだが、その足取りはしっかりと落ち着いている。どうやらこの国の王太子は、『高速開き直り』という素敵なスキルを、順調に磨いているようだ。
 朗らかな笑みを浮かべたローレンスは、フェルディナントとブリュンヒルデに挨拶をした。

「ご歓談中のところ失礼いたします、フェルディナント殿。ブリュンヒルデさま。アレクシア嬢のお願い事の件ですが、彼女の立場には我が国の陛下も大変同情的でいらっしゃいます。エイドリアン殿が宣言されたスウィングラー辺境伯家の別邸所有権の移転、そしてお二方とアレクシア嬢との後見契約。これらに関する書類は、今日中にすべて揃えさせていただきましょう」

 この国の王太子の宣言となれば、今後エイドリアンがどう屁理屈をこね回そうとも、先ほどの発言を取り消すことはできない。どうやらローレンスは、アレクシアへの誠実な対応をきちんと貫いてくれるつもりのようだ。実を言えば、彼のサポートにはまったく期待していなかったのだが――何か、よほど精神的に成長するきっかけでもあったのだろうか。
 まぁ、とブリュンヒルデが艶やかな笑みを浮かべて言う。

「ありがとうございます、王太子殿下。正直なところを申し上げますと、アレクシアをひとりでこの国へ残していくことは、とても不安だったのですわ。けれど――」

 一度言葉を切り、彼女はウィルフレッドに向き直る。

「ウィルフレッド・オブライエン。あなたがアレクシアのそばにいてくれるのなら、安心です。これからいろいろと大変なこともあるでしょうけれど、どうかこの子を守ってあげてくださいね」
「はい、ブリュンヒルデさま。オレにとってアレクシアさまは、自分の命よりも大切な方。何があろうと、必ずお守りするとお約束いたします」

 そんなふたりのやり取りを、ローレンスがどこか達観した眼差しで見つめていた。ブリュンヒルデが、名指しでウィルフレッドを娘の守護と認めたのだ。今後、この国の上層部がウィルフレッドによけいな手出しをすれば、ブリュンヒルデや彼女の夫、あるいは兄が黙っていないと判断されるだろう。

 素晴らしい援護射撃の大盤振る舞いに、アレクシアはありがたく乗っかることにした。エッカルトの英雄夫妻と、この国の王太子が話を詰めてくれるというなら、それ以上を望むのは得策ではない。何事も、欲をかきすぎてはろくなことにはならないのだ。
 にこにことほほえみながら状況分析をしていると、ローレンスがエイドリアンに声をかけた。

「ときに、エイドリアン殿。今朝方、あなたの父君――スウィングラー辺境伯が領地へ戻る許可を求められたと聞きました。なんでも、リベラ平原を騒がす者が現れ、留守居の者たちだけで対処するのは少々難しそうだとのことでしたが……。あなたは、このようなところにいてよろしいのですか?」
(……なんだと?)

 思わず眉をひそめそうになりながら、彼らのほうを見る。エイドリアンが、どこかほっとした様子でローレンスに応じた。

「えぇ。父が、領地に戻るのは自分だけでよいと申したもので。私は、こちらに残って辺境伯家を継ぐ者としての務めを果たすよう、命じられました」

 その答えに、アレクシアがウィルフレッドの腕に添えた指先に力がこもる。

(自分が父親から役立たず認定されていることを、嬉しそうに語る阿呆がどこにいる! あぁ、ここにいるな! しかも、わたしと血のつながった生き物ときた! ああぁああ、恥ずかしすぎてその辺に穴を掘って埋まりたい……っ)

 彼女は密かに悶絶したものの、今はのんきにそんなことをしている場合ではない。
 ウィルフレッドが規格外であっただけで、スウィングラー辺境伯家の兵士の質は、決して悪いものではないのだ。当主が王都へ赴いたとしても、その留守を預かるだけの実力は備えているはずである。それが、デズモンドの帰還を求めるということは――

(どういうつもりだ。ローレンス・アーサー・ランヒルディア)

 おそらく、リベラ平原は現在非常に危険な状況にある。その事実を、わざわざアレクシアの耳に入れるローレンスの意図は、いったいどこにあるというのか。
 じっと視線を向けると、彼はにこりとほほえんでアレクシアを見た。

「アレクシア嬢。少々お疲れのご様子ですね。あちらで、ゆっくりお話をいたしませんか?」

 ローレンスが示したのは、可愛らしい夏薔薇が咲き誇る四阿だ。ほかの招待客の目は届くが、耳は届かない場所。ちょっとした個人的な会話を楽しむ場として、用意されたものなのだろう。

 王太子の誘いを断る理由はない。アレクシアは大人たちに挨拶をして、ローレンスのあとについて歩いていく。
 そして、四阿に設えられていた華奢なテーブルセットに落ち着くなり、アレクシアの背後に立ったウィルフレッドが口を開いた。

「王太子。言っておくが、スウィングラー辺境伯領はアレクシアさまにとって、決していい思い出のある土地ではない。おまえが何を言いたいのかは知らんが、その事実を踏まえた上で口を開け」
「……相変わらず、きみの従者は辛辣だね」

 小さく苦笑したローレンスが、ため息交じりに言う。アレクシアは、首をかしげた。

「スウィングラー辺境伯領は、わたしが幼い頃から育った土地だ。気にならないと言えば、嘘になる。リベラ平原は、落ちそうなのか?」
「そう簡単に落ちてもらっては困るよ。ただ、デズモンド殿が直々に指揮を執らなければならない状況なのは、たしかだと思う。何しろ、最新鋭の魔導武器を装備した、大隊規模の魔導兵士部隊が、複数同時にやってきたらしいからね」

 ふむ、とアレクシアはうなずく。

「それはまた、厄介なことだな」
「あぁ。陛下は万が一の事態に備え、増援部隊の準備を進めていらっしゃる。それが済むまで、こちらにはいらっしゃらないだろう」

 国王自ら増援の手配をするとは、それだけ事態が深刻だということか。
 しかし、この園遊会は王家の威信にかけて、失敗するわけにはいかないものである。主催側のトップが、まったく顔を出さないというわけにもいかないのだろう。つくづく、国王とは多忙な職業のようだ。
 少し考え、アレクシアはローレンスに問う。

「王太子殿下。きみはなぜ、この話をわたしたちに聞かせたんだ?」

 ローレンスが、どこか硬い声で応じる。

「きみは、スウィングラー辺境伯家にいる間、きみ自身が東の国境を維持し続けていたと言ったね。ならば、あの土地での戦い方を――あの土地の守り方を最も熟知しているのは、きみなのだろうと思った」

 その言葉にウィルフレッドが何か言いかけたのを、アレクシアは軽く片手を挙げて止めた。一度目を伏せ、呼吸を整えたローレンスが、改めて彼女を見る。

「戦火が広がれば、それだけそこに生きる民が傷つく。……僕はきみの言うとおり、安全な王宮の中で、周り中の人間から甘やかされて育った世間知らずだ。それでも、誰かが自分の咎ではないことで傷つけられたり、ましてや命を落としたりすることが、とても苦しくて辛いことだというくらいは知っている」

 だから、とローレンスは低く掠れた声で言う。

「報酬は払う。頼む、アレクシア嬢。リベラ平原を、そこに生きる者たちを、どうか守ってくれないか」
「あぁ。構わんぞ」

 即答したアレクシアに、ローレンスの目が丸くなる。背後でウィルフレッドがため息をつく気配がしたが、彼女の判断に異を唱えるつもりはなさそうだ。
 彼女の反応がよほど想定外だったのか、驚きを隠しきれない様子のローレンスが言う。

「きみには、てっきり……甘えたことを言うなと、叱られるものかと思っていたよ」
「阿呆なことをぬかすな。わたしは、きみの乳母でも家庭教師でもない。わざわざきみを叱ってやるいわれなどないぞ」

 軽く眉根を寄せて応じると、ローレンスの肩の力が抜けたようだった。

「あぁ、うん。それでこそ、きみだよね」
「罵倒されて喜ぶな。気色悪いやつだな」
「うん。ごめん」

 軽口の応酬で表情を柔らかくした相手を、アレクシアは真っ直ぐに見据える。

「きみは、わたしを信じたのだろう。だから、わたしに助力を請うた。ならば、わたしはきみの信頼に応えるだけだ。ローレンス・アーサー・ランヒルディア」
「……アレクシア嬢」

 王家もスウィングラー辺境伯家も、どうでもいい。リベラ平原が落ちたところで、力持つ者がより豊かな土地を得るのは、世の習いだ。
 けれど、彼女を信じる少年が望むのであれば、その信頼を裏切るような真似はしない。ウィルフレッドの主として、彼に恥ずかしい背中を見せないことだけが、アレクシアに残されたささやかな矜持だ。

「報酬の件は、のちほど改めて話をしよう。我々は、すぐに出立する。あとのことは、任せた」
「わ、わかった。えぇと、きみは気分が悪くなって退出した、という話にして構わないかな?」

 その問いかけに、アレクシアはにやりと笑う。

「構わんぞ。何しろわたしは世間においては、『体が弱く、空気のきれいな領地からそうそう出ることもできない深窓の令嬢』ということになっているからな」

 ローレンスが、勢いよく口元を押さえて赤くなった顔を背ける。ぷるぷると彼の肩が震えているところをみると、どうやら吹き出すのを懸命に堪えているようだ。アレクシアは、あきれて言った。

「未熟者め」
「か……返す言葉もないよ」

 ひとつ深呼吸をして、どうにか王太子としての尊厳を取り戻したローレンスが立ち上がる。それに従う形で立ち上がったアレクシアは、彼に向けて優美な仕草で一礼した。

「それでは、失礼いたします。殿下」
「あぁ。……気をつけて」
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