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旅立ち
ひとやすみ、ひとやすみ
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人目を避けるために、街から少し離れた森に着陸した一同は、ひとまずそれぞれの所持品を確認することにした。
「おれは、日帰りで仕事に出たところだったからな。ろくなモンは持っていないぞ」
リヒトが持っているのは、仕事用のバックパックに詰め込んだ蟲討伐道具一式に、二日分の携帯食と水。そして、小額紙幣と硬貨が少し。ただ、先ほどのキメラタイプとの戦闘で無茶をしたせいで、短銃型の魔導具は二丁とも壊れている。自力で修理するのは可能だが、それなりの資材と時間が必要だ。
師の形見となった魔導剣は、どこにも不備はなく武器として使うぶんにはまったく問題ない。けれど、いかんせんこれは当面の敵である第一皇女たちに『ジルバ・タンホイザーの弟子の持ち物』と、しっかり認知されている。これを元に手配書でもかけられれば、面倒なことになってしまう。スバルトゥルの助言で、ひとまず上着でぐるぐる巻きにしてバックパックのベルトに突っ込んだ。
「わたしも、似たようなものだねえ」
地方監査官代理としてやってきていたアリーシャがマントの下に持っていたのは、リヒトとさほど変わらない額の現金と、旧式の狙撃銃型魔導具が一丁。短剣タイプの魔導剣が2本に、ロングワイヤー型の魔導具が一個。
着替えや携帯食の類いは、宿に置きっぱなしにしてきたらしい。地方監査官代理の立場を示すマスクとマントは、それだけで目印をつけて歩いているようなものなので、みなで知恵を出し合った末、岩に巻き付けて沼に沈めた。
「俺は、ジルバが寄越した魔導石だけだ」
最後にスバルトゥルが、大量の魔導石を草の上にざらりと落とす。
束の間、その色とりどりの輝きを眺めたリヒトは、小さく息を吐いた。
「うん。これだけの量となると、師匠が保管庫にしまっておいたやつだけじゃないな。いったいどこに、こんなお宝を隠していたんだか……」
アリーシャが、感嘆のため息とともにしみじみと言う。
「すごいねえ。こんなにきれいな魔導石、はじめて見たよ」
ジルバが遺したものならば、間違いなく元々高品質だっただろう魔導石に、最高位の召喚獣であるスバルトゥルが魔力を込めたのだ。どれもこれも、見たこともないほど純度が高い逸品になっている。
森の中にぽっかりと開けた草地は、ちょっとしたピクニックを楽しみに来る者も大勢いそうな、居心地のいい場所だ。そこに、魔導石を扱う商人や、高性能な魔導具を求める者であれば、目を剥いて絶句するに違いない最高級魔導石がむき身のまま転がされているというのは、いまいち現実味に欠ける光景である。
ひとまず、小さなものをいくつか街で現金化して、残りはスバルトゥルに保管してもらうことにする。あまりにも度外れて高価なものを持ち歩くというのは、まだまだ世間知らずな十五歳には少々荷が重すぎるのだ。
そうして、当座の資金を手に入れた一同は、街の商店街でこれからの長旅に必要な物資を一通り揃えたのち、観光案内所で紹介された、この界隈で最もセキュリティがしっかりしているという宿に入った。なかなか高級感のある建物で、リヒトは少々気後れしてしまう。彼の中にかつて存在していた、苦労知らずな貴族のお坊ちゃまスキルは、この五年間で完全にゼロになっているのだ。
人間の価値観に無頓着なスバルトゥルと、帝都のお偉いさんの元で生活していたというアリーシャは、宿の高級志向な雰囲気にも当然のように馴染んでいる。ひとりで密かにビビッていたリヒトは、自分のほとんど仕事をしようとしない表情筋に、はじめて感謝した。
個別の寝室が三つある部屋を取るにあたり、宿側から何かと詮索されるのも面倒なので、一同はスバルトゥルを長兄とした三きょうだいということにした。三人の顔立ちにはまるで共通点がないものの、リヒトが本来の金髪を黒に変えていることで髪色は似通っているため、特に怪しまれることはなかったようだ。
その際、誕生月の関係で末っ子設定となったリヒトは、大変不満である。一方のアリーシャは、何やらものすごく楽しそうだ。
「スバルトゥルがバル兄さんで、リヒトが弟かあ。いいねえ。わたしは友達も欲しかったけど、兄弟ってものにも、ものすごく憧れていたんだ」
「やかましいわ。生まれたのは一月も変わらないだろうが」
うふふー、と笑み崩れるアリーシャと、思い切り顔をしかめたリヒトが腰掛けているのは、メインの部屋に置かれたふかふかの一人用ソファだ。それぞれの部屋で風呂を使ったあと、購入したばかりの楽な服に着替えてから、時間を合わせて集合したのである。
と、リヒトの向かいのソファで悠然と足を組んでいたスバルトゥルが、じっと強い視線を向けてきた。不思議に思ったリヒトは、首を傾げて彼に問う。
「どうかしたか? スバルトゥル」
「いや。もう他人の目はないのだから、その姿変えの術は解除しても構わないんじゃないかと思っただけだ」
へ、とアリーシャが瞬きをしてリヒトを見る。
「え……何? きみ、その姿は本当のきみじゃないのかい?」
驚いたように言って、それから彼女は何やらひどく慌てた様子で両手を振った。
「いや、別にだから何が悪いってわけじゃなくてね! キミがどうしてそんな術を使っているのかは知らないけれど、きっとやむにやまれぬ事情があるんだろうし、世の中にこんなキレイな顔をした男の子がいるほうがヘンだと思うし! ええと、わたしはキレイなものも可愛いものもモフモフの毛皮もぷにっぷにの肉球も大好きだけど、きみの魅力はそれ以外にもたくさんあるから大丈夫、問題ない!」
「……アンタが何を言っているのかはよくわからんが、おれにはモフモフの毛皮もぷにっぷにの肉球もないから、ちょっと落ち着け」
普段のアリーシャは、むしろおっとりのんびりした話し方をする少女なのだが、今はやたらと早口過ぎて、よく聞き取れなかった。
とはいえ、これから一緒に旅をする以上、自分の本来の姿をふたりに見せておくのは必要だろう。彼らに対してなんの前情報もなく、術を掛けていない状態の姿を見せたときに、不審者と判断されて攻撃されてはたまったものではない。
「そうだな。人前に出るときはこれからも変えるつもりだが、アンタたちしかいないときは元に戻すことにする」
うなずいて、リヒトは髪の色を変えていた術を解除した。目の端にわずかに映る髪が金色になり、少しだけ視野が明るくなる。
「……この派手な金髪は貴族階級に多いもんだし、田舎町だと目立って仕方がないだろう。だから、普段は黒に変えていたんだ」
なんとなく言い訳じみた感じになってしまったのは、母親に対する嫌悪感をいつまでも引きずっている自分に、改めて気づいてしまったからかもしれない。ジルバ以外の前でこの髪を晒すのが数年ぶりということもあって、どうにも居心地が悪かった。
しかし、ふと前を見ればスバルトゥルがやたらと上機嫌な様子である。
「いやはや……。わかってはいたが、実際に見てみるとなかなか感慨深いものだな。――知っているか? リヒト。精霊というのは基本的に、自分自身と逆系統の色を好ましく思う傾向がある。俺がジルバを見つけたとき最初に気に入ったのも、あいつの白金の髪だった」
「へえ……。知らなかった」
言われてみれば、父親の相棒の雪豹も、よく父親の黒髪にじゃれついていた。リヒトと同じく少し癖のある髪は、いつも首の後ろで適当に括られているだけで、それで遊ぶ召喚獣は、サイズ感がおかしい以外はまさに猫じゃらしで遊んでいる巨大な猫だった。
ああ、とスバルトゥルが楽しげに笑う。軽く身を乗り出し、リヒトの金髪をくしゃりと撫でて彼は言った。
「ジルバの月光の髪もよかったが、おまえのような明るい陽光の髪もいいものだな」
どうやら、リヒト自身が嫌いなこの金髪を、スバルトゥルはお気に召してくれたらしい。
そのときふと、何かがずっと冷え切っていた胸の奥に落ちた。
(もう……いいか)
本当に、自分でも単純だと思うけれど――この美しい狼の姿を持つ精霊が気に入ってくれたというだけで、ずっと嫌悪していた母親譲りの髪色も、そう悪くはないと認められる。それでもなんとなく気恥ずかしくて、リヒトは下を見たままもそもそと言う。
「スバルトゥルがこっちのほうがいいなら、普段からこのままでも……」
「それはダメだよリヒト、絶対ダメだね。きみがその金髪キラキラのままで街中に出ようものなら、目立ってしまって仕方がないよ」
リヒトの言葉を遮る勢いで、アリーシャが真顔で断言する。
「……どうやら無自覚なようだから、ここはキッパリと言わせてもらうよ。きみはわたしの見目を随分評価してくれたけれど、一応これも聞いておこうか。ねえ、リヒト。きみは、人型のスバルトゥルの外見をどう思う?」
どうって、とリヒトは困惑する。
当のスバルトゥルに視線を向けると、どうやら同じく困惑中であるようだ。それでも、その野性味の強い精悍な顔立ちは、まったく隙のない整いぶりである。意志の強そうな眉と、切れ長の目。すっと通った鼻筋に清潔感のある口元からは、最後に見た獣姿の彼の、血塗れの牙など想像もできない。
リヒトは、スバルトゥルからアリーシャに視線を戻す。
「スバルトゥルは精霊なんだから、そりゃあ人外レベルの美形なのは当たり前だろう」
何をそんな自明のことを、と内心首を捻った彼に、アリーシャは重々しくうなずいた。
「そうだね。わたしもそう思う。どこかの救いようがないほど強欲でおばかさんな第一皇女がうっかり血迷っても不思議はないくらいの、素晴らしき超絶美形野郎。それが、こちらの大地の精霊スバルトゥルさまだ」
スバルトゥルが、心底いやそうに顔をしかめる。
「おい、アリーシャ。不愉快な汚物の記憶を思い出させるな」
「悪いね、スバルトゥル。口が滑った。――まあ、それでね、リヒト。そんな人外レベルの美形なスバルトゥルと、きみも師匠さんと同じくらいに見目がいいと認めてくれたわたしなわけだけど。きみは、そんなわたしたちと血の繋がったきょうだいだと言っても、まったくひとさまから怪しまれない程度には、立派な美少年なんだよ」
一拍置いて、リヒトはこてんと首を傾げた。
「なんだって?」
「わあ、可愛いなあもう! じゃなくて!」
ダン、とアリーシャがソファの肘置きを殴りつける。それから何やら低く唸っていた彼女は、おもむろに顔を上げると、見たこともないほど真剣な眼差しでリヒトを見据えた。
「よし、リヒト。わたしは、何があってもきみを守ると誓った女だ。その誇りにかけて、ありのままのきみを全力で守ってみせようじゃないか。というか、これはこれでアリじゃないかと思うので、わたしのことはお姉ちゃんと呼んでもいいんだよ」
「……アリーシャ」
リヒトは、一度スバルトゥルを見てから、アリーシャの肩をぽんと叩く。
「アンタ、疲れているんだな。話は晩飯のあとにするから、少し寝てこい」
「おれは、日帰りで仕事に出たところだったからな。ろくなモンは持っていないぞ」
リヒトが持っているのは、仕事用のバックパックに詰め込んだ蟲討伐道具一式に、二日分の携帯食と水。そして、小額紙幣と硬貨が少し。ただ、先ほどのキメラタイプとの戦闘で無茶をしたせいで、短銃型の魔導具は二丁とも壊れている。自力で修理するのは可能だが、それなりの資材と時間が必要だ。
師の形見となった魔導剣は、どこにも不備はなく武器として使うぶんにはまったく問題ない。けれど、いかんせんこれは当面の敵である第一皇女たちに『ジルバ・タンホイザーの弟子の持ち物』と、しっかり認知されている。これを元に手配書でもかけられれば、面倒なことになってしまう。スバルトゥルの助言で、ひとまず上着でぐるぐる巻きにしてバックパックのベルトに突っ込んだ。
「わたしも、似たようなものだねえ」
地方監査官代理としてやってきていたアリーシャがマントの下に持っていたのは、リヒトとさほど変わらない額の現金と、旧式の狙撃銃型魔導具が一丁。短剣タイプの魔導剣が2本に、ロングワイヤー型の魔導具が一個。
着替えや携帯食の類いは、宿に置きっぱなしにしてきたらしい。地方監査官代理の立場を示すマスクとマントは、それだけで目印をつけて歩いているようなものなので、みなで知恵を出し合った末、岩に巻き付けて沼に沈めた。
「俺は、ジルバが寄越した魔導石だけだ」
最後にスバルトゥルが、大量の魔導石を草の上にざらりと落とす。
束の間、その色とりどりの輝きを眺めたリヒトは、小さく息を吐いた。
「うん。これだけの量となると、師匠が保管庫にしまっておいたやつだけじゃないな。いったいどこに、こんなお宝を隠していたんだか……」
アリーシャが、感嘆のため息とともにしみじみと言う。
「すごいねえ。こんなにきれいな魔導石、はじめて見たよ」
ジルバが遺したものならば、間違いなく元々高品質だっただろう魔導石に、最高位の召喚獣であるスバルトゥルが魔力を込めたのだ。どれもこれも、見たこともないほど純度が高い逸品になっている。
森の中にぽっかりと開けた草地は、ちょっとしたピクニックを楽しみに来る者も大勢いそうな、居心地のいい場所だ。そこに、魔導石を扱う商人や、高性能な魔導具を求める者であれば、目を剥いて絶句するに違いない最高級魔導石がむき身のまま転がされているというのは、いまいち現実味に欠ける光景である。
ひとまず、小さなものをいくつか街で現金化して、残りはスバルトゥルに保管してもらうことにする。あまりにも度外れて高価なものを持ち歩くというのは、まだまだ世間知らずな十五歳には少々荷が重すぎるのだ。
そうして、当座の資金を手に入れた一同は、街の商店街でこれからの長旅に必要な物資を一通り揃えたのち、観光案内所で紹介された、この界隈で最もセキュリティがしっかりしているという宿に入った。なかなか高級感のある建物で、リヒトは少々気後れしてしまう。彼の中にかつて存在していた、苦労知らずな貴族のお坊ちゃまスキルは、この五年間で完全にゼロになっているのだ。
人間の価値観に無頓着なスバルトゥルと、帝都のお偉いさんの元で生活していたというアリーシャは、宿の高級志向な雰囲気にも当然のように馴染んでいる。ひとりで密かにビビッていたリヒトは、自分のほとんど仕事をしようとしない表情筋に、はじめて感謝した。
個別の寝室が三つある部屋を取るにあたり、宿側から何かと詮索されるのも面倒なので、一同はスバルトゥルを長兄とした三きょうだいということにした。三人の顔立ちにはまるで共通点がないものの、リヒトが本来の金髪を黒に変えていることで髪色は似通っているため、特に怪しまれることはなかったようだ。
その際、誕生月の関係で末っ子設定となったリヒトは、大変不満である。一方のアリーシャは、何やらものすごく楽しそうだ。
「スバルトゥルがバル兄さんで、リヒトが弟かあ。いいねえ。わたしは友達も欲しかったけど、兄弟ってものにも、ものすごく憧れていたんだ」
「やかましいわ。生まれたのは一月も変わらないだろうが」
うふふー、と笑み崩れるアリーシャと、思い切り顔をしかめたリヒトが腰掛けているのは、メインの部屋に置かれたふかふかの一人用ソファだ。それぞれの部屋で風呂を使ったあと、購入したばかりの楽な服に着替えてから、時間を合わせて集合したのである。
と、リヒトの向かいのソファで悠然と足を組んでいたスバルトゥルが、じっと強い視線を向けてきた。不思議に思ったリヒトは、首を傾げて彼に問う。
「どうかしたか? スバルトゥル」
「いや。もう他人の目はないのだから、その姿変えの術は解除しても構わないんじゃないかと思っただけだ」
へ、とアリーシャが瞬きをしてリヒトを見る。
「え……何? きみ、その姿は本当のきみじゃないのかい?」
驚いたように言って、それから彼女は何やらひどく慌てた様子で両手を振った。
「いや、別にだから何が悪いってわけじゃなくてね! キミがどうしてそんな術を使っているのかは知らないけれど、きっとやむにやまれぬ事情があるんだろうし、世の中にこんなキレイな顔をした男の子がいるほうがヘンだと思うし! ええと、わたしはキレイなものも可愛いものもモフモフの毛皮もぷにっぷにの肉球も大好きだけど、きみの魅力はそれ以外にもたくさんあるから大丈夫、問題ない!」
「……アンタが何を言っているのかはよくわからんが、おれにはモフモフの毛皮もぷにっぷにの肉球もないから、ちょっと落ち着け」
普段のアリーシャは、むしろおっとりのんびりした話し方をする少女なのだが、今はやたらと早口過ぎて、よく聞き取れなかった。
とはいえ、これから一緒に旅をする以上、自分の本来の姿をふたりに見せておくのは必要だろう。彼らに対してなんの前情報もなく、術を掛けていない状態の姿を見せたときに、不審者と判断されて攻撃されてはたまったものではない。
「そうだな。人前に出るときはこれからも変えるつもりだが、アンタたちしかいないときは元に戻すことにする」
うなずいて、リヒトは髪の色を変えていた術を解除した。目の端にわずかに映る髪が金色になり、少しだけ視野が明るくなる。
「……この派手な金髪は貴族階級に多いもんだし、田舎町だと目立って仕方がないだろう。だから、普段は黒に変えていたんだ」
なんとなく言い訳じみた感じになってしまったのは、母親に対する嫌悪感をいつまでも引きずっている自分に、改めて気づいてしまったからかもしれない。ジルバ以外の前でこの髪を晒すのが数年ぶりということもあって、どうにも居心地が悪かった。
しかし、ふと前を見ればスバルトゥルがやたらと上機嫌な様子である。
「いやはや……。わかってはいたが、実際に見てみるとなかなか感慨深いものだな。――知っているか? リヒト。精霊というのは基本的に、自分自身と逆系統の色を好ましく思う傾向がある。俺がジルバを見つけたとき最初に気に入ったのも、あいつの白金の髪だった」
「へえ……。知らなかった」
言われてみれば、父親の相棒の雪豹も、よく父親の黒髪にじゃれついていた。リヒトと同じく少し癖のある髪は、いつも首の後ろで適当に括られているだけで、それで遊ぶ召喚獣は、サイズ感がおかしい以外はまさに猫じゃらしで遊んでいる巨大な猫だった。
ああ、とスバルトゥルが楽しげに笑う。軽く身を乗り出し、リヒトの金髪をくしゃりと撫でて彼は言った。
「ジルバの月光の髪もよかったが、おまえのような明るい陽光の髪もいいものだな」
どうやら、リヒト自身が嫌いなこの金髪を、スバルトゥルはお気に召してくれたらしい。
そのときふと、何かがずっと冷え切っていた胸の奥に落ちた。
(もう……いいか)
本当に、自分でも単純だと思うけれど――この美しい狼の姿を持つ精霊が気に入ってくれたというだけで、ずっと嫌悪していた母親譲りの髪色も、そう悪くはないと認められる。それでもなんとなく気恥ずかしくて、リヒトは下を見たままもそもそと言う。
「スバルトゥルがこっちのほうがいいなら、普段からこのままでも……」
「それはダメだよリヒト、絶対ダメだね。きみがその金髪キラキラのままで街中に出ようものなら、目立ってしまって仕方がないよ」
リヒトの言葉を遮る勢いで、アリーシャが真顔で断言する。
「……どうやら無自覚なようだから、ここはキッパリと言わせてもらうよ。きみはわたしの見目を随分評価してくれたけれど、一応これも聞いておこうか。ねえ、リヒト。きみは、人型のスバルトゥルの外見をどう思う?」
どうって、とリヒトは困惑する。
当のスバルトゥルに視線を向けると、どうやら同じく困惑中であるようだ。それでも、その野性味の強い精悍な顔立ちは、まったく隙のない整いぶりである。意志の強そうな眉と、切れ長の目。すっと通った鼻筋に清潔感のある口元からは、最後に見た獣姿の彼の、血塗れの牙など想像もできない。
リヒトは、スバルトゥルからアリーシャに視線を戻す。
「スバルトゥルは精霊なんだから、そりゃあ人外レベルの美形なのは当たり前だろう」
何をそんな自明のことを、と内心首を捻った彼に、アリーシャは重々しくうなずいた。
「そうだね。わたしもそう思う。どこかの救いようがないほど強欲でおばかさんな第一皇女がうっかり血迷っても不思議はないくらいの、素晴らしき超絶美形野郎。それが、こちらの大地の精霊スバルトゥルさまだ」
スバルトゥルが、心底いやそうに顔をしかめる。
「おい、アリーシャ。不愉快な汚物の記憶を思い出させるな」
「悪いね、スバルトゥル。口が滑った。――まあ、それでね、リヒト。そんな人外レベルの美形なスバルトゥルと、きみも師匠さんと同じくらいに見目がいいと認めてくれたわたしなわけだけど。きみは、そんなわたしたちと血の繋がったきょうだいだと言っても、まったくひとさまから怪しまれない程度には、立派な美少年なんだよ」
一拍置いて、リヒトはこてんと首を傾げた。
「なんだって?」
「わあ、可愛いなあもう! じゃなくて!」
ダン、とアリーシャがソファの肘置きを殴りつける。それから何やら低く唸っていた彼女は、おもむろに顔を上げると、見たこともないほど真剣な眼差しでリヒトを見据えた。
「よし、リヒト。わたしは、何があってもきみを守ると誓った女だ。その誇りにかけて、ありのままのきみを全力で守ってみせようじゃないか。というか、これはこれでアリじゃないかと思うので、わたしのことはお姉ちゃんと呼んでもいいんだよ」
「……アリーシャ」
リヒトは、一度スバルトゥルを見てから、アリーシャの肩をぽんと叩く。
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