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1巻
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ドラゴンの古城に到着し、クリステルは無事外に出してもらえた。自分の体を包んでいた球状結界が消えるなり彼女はその場に土下座した。
「このたびは、我が国の不心得者が多大なるご迷惑をおかけいたしましたこと、大変申し訳ありませんでした!」
国民のしでかしたことは、トップの責任。
クリステルの謝罪など、幻獣の王たるドラゴンにとっては些末なものかもしれない。
だが、前世の知識で今回の事態がわかっていたうんぬんは別にしても、この国の将来を担う者の一員として、ここは誠心誠意詫びるべきだ。
それでなくとも、このドラゴンは人間嫌いという設定である。これ以上怒らせて、国ごと襲われる事態になるのは避けたい。
ヒロインは人型に化けたドラゴン――当然のようにイケメンである――ともガンガンフラグを立てまくり、きっちり逆ハー要員にしていた。けれど、『悪役令嬢』であるクリステルにそんなスキルはない。ドラゴンの怒りを鎮めるために、できるかぎりのことをしなければ。
そう考えたクリステルの頭に、ふと疑問がよぎる。
(ひょっとしてあのヒロインの精神干渉は、長老級のドラゴンにまで通じるのかしら)
ヒロイン補正といってしまえばそれまでなのかもしれないが、もし本当に通じるのだとしたら、とんでもない最終兵器である。
今更ながら、ちょっと怖いなとクリステルが冷や汗を垂らしていると、頭上で静かな声が響いた。
「そなたのような幼き雛が、愚か者たちの不始末の責を負う道理はない。……顔を上げよ」
おそるおそる顔を上げれば、遥かな高みから漆黒の巨竜がこちらを見下ろしている。
竜、である。
竜。ドラゴン。偉大なる幻獣の王。
それすなわち――
(はぁああん……っ)
――オタク魂の、大好物であった。
雨に濡れたせいか、ぴっかぴかに輝く黒曜石の如きつややかな鱗。
今は折りたたまれている、巨体を容易く浮かせる見事な翼。
何より、角の先から爪の先までを満たして溢れんばかりの、圧倒的な魔力の渦。
両手を組み合わせ、クリステルはドラゴンの姿にうっとりと見とれた。
そんな彼女の様子に、ドラゴンは引いたようである。
巨大な後ろ肢が半歩下がり、ずしんと音を立てた。
「そなた……。何やら、気持ち悪いぞ」
「あ、ひどい」
初対面のレディに対し、『気持ち悪い』とは無体な言い草である。
しかし、オタクというのは一般人からは、遠巻きにされるのがデフォルトだ。
他人を趣味嗜好で差別するのはいかがなものかと不満には思うが、現実がそうである以上、文句を言っても仕方あるまい。
相手はドラゴンだから一般『人』ではないけれど、自国の国民性について自分を基準に判断されては困る。
反省したクリステルは少し考え、改めてドラゴンを見上げた。
「ここはやはり、恐怖に震えながら『いやー! あっちに行ってー!』『助けて、ウォルターさまぁー!』と泣き叫んだほうがよろしかったでしょうか?」
うろ覚えだが、たしかヒロインはこのシーンでそんな反応をしていた気がする。
ドラゴンはわずかな沈黙ののち、ゆるりと首を振った。
「それは、鬱陶しい」
「デスヨネー」
うんうんとうなずいたクリステルを、ドラゴンが奇妙なものを見る目で眺める。
クリステルは、地味に傷ついた。
先ほどのオタク的反応は深く反省しているので、あまりそんな目で見ないでいただきたい。
ドラゴンが、巨大な顎をゆっくりと開く。
「そなたは……私が、恐ろしくはないのか?」
「あっ」
クリステルは、慌てた。
ドラゴンといえば、最強の幻獣。
人間など『ぷち』どころか『ぷ』の一瞬で挽き肉にできてしまう、圧倒的な強者だ。
まして、現在クリステルは人質として誘拐された身。
普通の少女であれば泣き叫んで怯えるか、気絶するかのどちらかだろう。
ドラゴンが、あきれ返った口調で言う。
「……この期に及んで、その反応とは。そなた、鈍いにもほどがあろう?」
クリステルは、ますます慌てた。
(あぁ……っ、ドラゴンさまが、ものすごく残念なモノを見る目に……! 違うのです、ドラゴンさま! 我が国の一般的な少女は、わたしよりもずっと繊細で可愛らしいですから! わたしはこの国で唯一のオタク魂の保持者ですからー!)
内心の動揺を、クリステルは鍛え上げられたお嬢さまスキルにより、一瞬で抑えこんだ。
にっこり笑って、ドラゴンを見上げる。
「先ほど、ドラゴンさまがウォルターさまたちにお伝えになった言葉は、わたしにも聞こえておりました。ウォルターさまがドラゴンさまのお望みを叶えられれば、わたしは帰ることができるのですもの。何も恐れる必要などございませんわ」
ふむ、とドラゴンは首を傾げた。
その姿はどことなく可愛い。
「そなたは、あの王子を信じておるのだな」
「はい」
さすがにここで『イエ、むかーし漫画でオチまで読んだので、大丈夫だと知っているだけです』とは言えない。
にこにこ笑ってごまかしていると、ふいにドラゴンの巨躯が淡く光った。
一体何事、とクリステルは目を瞠る。その間にドラゴンの輪郭が光に溶け、代わりに堂々たる偉丈夫の姿が現れた。
クリステルは唖然とした。
(早っ! ドラゴンさまの人型バージョンが出てくるには早すぎますわよ!? 人型になるのは、ヒロインと打ちとけてからではなかったのですか!?)
思わず内心で盛大にツッコんでしまう。
ドラゴンは人間不信で、滅多に人型にならない設定、どこへ行った。
原作では、ウォルターが一角獣を森に帰した時点で、ようやくドラゴンは人間への信頼をとり戻し、人型バージョンのお披露目だったはずだ。
でっかい幻獣だとしか認識していなかった相手が、外見年齢二十代半ばのイケメンだと知ってヒロインが赤面。それを見たウォルターが面白くない顔をする、というオチに繋がるネタだ。それを、こんな初期段階で晒してどうする。
目を丸くしたクリステルに、全身を黒衣で包んだ偉丈夫は小さく微笑した。
「それでは、少々王子たちの様子を見てくるとするか。この城は、好きに使っていい。あぁ、城門からは出ないように。私の眷属に食われるからな。――日暮れには戻る」
そう言って、マントの裾を翻したドラゴンはあっという間に姿を消す。
どうやら彼は、古代魔法の〈空間転移〉を無詠唱で使えるらしい。
学園からこの城までも〈空間転移〉で戻ってきたのだろうか。
クリステルは、その場にぱったりと突っ伏す。
ぷるぷると震えながら、両手で顔を覆った。
(まさかの……っ、まーさーかーの! 血液を武器に戦う、ゴージャスマッチョな最強紳士のお色気重低音ボイスーッッ!!)
黒髪に炎の色の瞳をしたドラゴンの化身は、前世で死ぬ直前にハマりまくったアニメ化少年漫画のヒーローと同じ声だった。舌を噛みそうな必殺技名を、あれほどお色気たっぷりに言い放てる声優さまなど、クリステルはほかに知らない。
ドラゴンバージョンのときにも、イイ声だなぁとは思っていたのだ。しかし、とんでもない巨体から発せられる重低音は城に反響しまくって、あまりにアニメの声と印象が違いすぎた。
クリステルは誰も見ていないのをいいことに、全力で床を殴りつけながら身もだえる。
(ああぁ……っ。人型バージョンのイケメンドラゴンさまのお声だけで、ゴハン十杯はいけそうな気がします! この世界に、白米はあまり流通しておりませんけど! い……っ、生きててよかった……!)
そうしてひとしきり悶絶したクリステルは、ようやくむくりと体を起こした。
ちょっと、手が痛い。
石畳の床は、素手で殴るには頑丈すぎる。
改めて己の現状を考え、クリステルは腕組みした。
囚われのお姫さま役など、『悪役令嬢』クリステルのキャラではない。
完全なるミスキャストだ。
(……とはいいましても、ここは禁域の森の奥深くにあるドラゴンさまの居城。城門を出れば、即幻獣たちのお食事になってしまいます。わたしにできることはありませんわね)
たしかヒロインはドラゴンの城への数日間の逗留の間に、中庭で花冠を作ったり、ウォルター恋しさにしくしく泣いたりして、ドラゴンの興味を引いていた気がする。
もし自分がそれをしたら――と想像した時点で、あまりの気持ち悪さにクリステルの全身に鳥肌が立った。
無理だ。
クリステルは、潔くヒロインの模倣をあきらめた。
人間には、がんばればできることと、いくらがんばってもできないことがある。
体力温存のために、無理な努力はしないでおこう。
しかし、ただ座して助けを待つだけというのも、王太子の婚約者としてはいかがなものか。
たとえわずかでも、何かウォルターのためにできることはないだろうか、と頭を捻る。
(うーん……。ドラゴンさまの持ちかけた取引条件をウォルターさまが果たされれば、必ず無事に戻れるとわかっている以上、下手に動くのは得策ではありませんね。非常に不本意ではありますが、やはりここはおとなしく『囚われのお姫さま』役をやり遂げるしかなさそうです。ムカつきます)
できることなら、禁域で一角獣狩りなどという阿呆極まりないことをしでかした密猟者や、その発端となった貴族を自分の手で殴り飛ばしてやりたかった。彼女は父公爵に、自国に不利益な行動をとる人間には厳しく対処しろと躾けられている。暴力に訴えろとは教わってないが、これほど迷惑をかけられたのだ。個人的に、一発殴るくらいはさせていただきたい。
クリステルたちが他国の人間がどれほど幻獣に食われているかをまるで知らないように、ドラゴンも自分の縄張りの外で幻獣がどれほど人間に狩られていようと、まったく頓着することはない。
だからこそ、初代国王はドラゴンの棲む森を禁域とし、互いの領土に不可侵とする約定を交わしたのだ。
その国法を無視して今回のような騒ぎを引き起こした以上、おそらく件の貴族と密猟者たちはよくて国外追放、最悪死刑。
捕らえた幻獣を闇ルートで売り捌いていたなら、彼らはさぞぼろもうけしたと思われる。
その財産を丸ごと没収すれば、少しは国庫が潤うだろうか。
つらつらとそんなことを考えている間に、なんだか体が冷えてきた。
ドラゴンの巨体が入りきる大ホールは、暖を取るには不向きだ。クリステルはその辺の空き部屋を探し、少し休ませてもらうことにした。
城内は好きに使っていいと言われているし、外見は古くとも中はドラゴンの魔法で清潔に整えられている。
ウォルターに対する人質とはいえ、ドラゴン基準で『幼い雛』であるクリステルを、できるだけ丁重に扱おうという気遣いが感じられた。
さすがは美声のドラゴン、性格までかっこいい。
(あのイケメンドラゴンさまが、お掃除系の生活魔術を使っているところを想像すると、若干微妙ではあるけれど……)
家事のできる男は、かっこいいはずなので問題ない。……たぶん。
* * *
ウォルター・アールマティは、国王の庶子である。
もし父王と正妃の間に子がいたなら、成人後は爵位を与えられて臣籍に下りていただろう。
母親は国王お気に入りの側室として、後宮でそれなりの地位を築いている。
だが、側室は彼女ひとりではない。
いくら国王の寵愛を受けていても、子爵家の出身であるウォルターの母は、常に周囲に気を遣って生きていた。
一国の主の側室となり、その第一子である男児を生む。
貴族の女性にとっては、正妃に次ぐ――否、子に恵まれなかった正妃以上の栄光を、ウォルターの母は手に入れた。
しかし、元々正妃付きの侍女として後宮に入っていた彼女は、望んでそんな立場を得たわけではない。
子どもであるウォルターの目から見ても、母は繊細すぎるほど繊細な女性だ。女同士のどろどろとした醜悪極まりない戦いが繰り広げられる後宮で生きていくには、あまりに弱い。
ウォルターは、そんな母が嫌いだ。
毎日毎日、「王妃さまに申し訳ない」「陛下のお子の母が、わたくしのような者で申し訳ない」と嘆き、子どもに目を向けようとしない。
そうやって自らを憐れむので精一杯で、王宮という魔窟で我が子を守ることなど、一切考えられない女性なのだ。
ウォルターは、国王の選んだ乳母と家庭教師に育てられた。そのため、父親である国王と母親は、他人より遠い存在だ。
父王が、国を統治するために常人では考えられないほどの仕事をこなしていることは知っている。その点については、素直に敬意を抱いている。
しかし、いくら家庭教師たちから「国王とは最も尊きお方なのです」「陛下の第一子であるあなたさまをお生みあそばされたお部屋さまも、本当に素晴らしい方です」と言われたところで、まるで実感が湧かない。
幼い頃には、『両親』に対して某かの期待や執着を抱いていたような気もする。
だが、年に数えるほどしか顔を合わせない相手に、愛情を抱き続けろというのは無理な話だろう。
何しろ彼らからは、一度だって愛情らしきものを見せられたことがないのだから。
実家の爵位の高い側室が生んだ『弟たち』が、自分と同じような教育を受けていることは知っていた。
国王の子は、基本的に『正妃の子』と『それ以外』だ。
たとえ国王の第一子だろうと、ウォルターが『それ以外』であることは変わらない。
自分たち兄弟は、互いが互いのスペアにすぎない。
このまま正妃に子が生まれなければ、いずれ『弟たち』の中で、身分の高い母親を持つ者が立太子するのだろうと考えていた。
王宮に集う貴族たちは、いつも目を光らせて『将来の国王候補』を観察している。
より優秀な――否、より彼らに都合のいい国王を擁立し、将来の地位を盤石にするために。
ウォルターにとっては、そんな王宮事情の何もかもが、どうでもいいことだった。
誰が王位を継いだところで、実際に政治を動かすのは貴族たちだ。
いくら帝王学を修めようと、歴代王家の中でも類を見ないほど高い魔力を持っていると褒めそやされようと、あんな弱々しい母を持つ自分が次代の王にはなりえない。
最初から負けが見えているパワーゲームにわざわざ参加するほど、ウォルターは酔狂な性分ではなかった。
帝王学など、いずれ臣籍に下りる自分には不要のものだ。
さっさと『将来の国王候補』から外れて、自由に生きたい。
家庭教師たちは、自らの育てた王の子が高みに到達する姿を見たいのだろう。
そうして『この王は自分たちが育てた』と誇りたいのだ。
ばかばかしい。
なぜ自分が、そんな茶番に付き合わされなければならないのか。
そう思いながらも、彼らに抗えば余計なペナルティを科せられる。
それは、ウォルター本人ばかりだけでなく、彼に悪影響を与えたと判断された周囲の人々にまで及ぶだろう。
『弟たち』の誰かが立太子するまでは、『国王の子』として相応しいカタチでいなければ、自分以外の誰かが傷つく。
……本当に、面倒くさいことこの上ない。
そんな鬱憤を晴らすべく、ウォルターは人や家畜を襲う幻獣の討伐に参加しては、彼らと自分の命で遊んだ。
人を食らう恐ろしい姿の化け物が、自分の放つ魔術ひとつでバラバラになり、血や臓物を撒き散らして死んでいく。
生きるというのは、自分以外の何かを殺すということだ。
殺した相手の血を見ているときだけ、自分はたしかに生きているのだと感じられた。
自分は、強い。
だからこうして生きている。
弱いばかりの母とは違う。
彼女のように、己を憐れみながら泣いていることを『生きる』とは言わない。
自分は決して、彼女のようにはならない。
どす黒い血にまみれ、愉しげに嗤う幼い王子。
幻獣討伐を任とする騎士団の者たちでさえ、次第にウォルターを遠巻きにした。
けれど――
『ウォルターさま! ご無事ですか!?』
――それは、ギーヴェ公爵領の幻獣討伐に参加した際、突然現れた双頭の巨大な蛇の群れに苦戦していたときだった。
まだ幼く骨の細かったウォルターは、肋骨と左腕をやられて砦に下がるよう指示を受けていたが、退路の確保すらままならない。
彼の様子を見たギーヴェ公爵が、ウォルターを回収せよと誰かに命じたのは見えていたけれど、まさか自分と同い年の少女が空から降ってくるとは思わなかった。
目を丸くしたウォルターを、彼女――当時十二歳のクリステルは防御結界で保護し、あっという間に戦場から離脱させる。
すぐに彼女は、手際よく折れた左腕の応急処置をして、ほっとしたように小さく息をつく。
そのときになって、ようやくウォルターは彼女がびっくりするほどきれいな顔立ちをしていることに気がついた。体つきも細く華奢で、血に汚れた無骨な戦闘服などよりも、たおやかなドレスをまとっているほうが遥かに相応しいだろう。
ギーヴェ公爵家は、王国最強の剣。
その家に生まれた者は、こんなに可憐な少女でも戦場に立つのか。
感嘆とも恐怖ともつかない感情が胸に溢れ、ウォルターは言葉を失った。そんな彼に、クリステルはふわりと笑いかける。
『ご無事で、よかったです。ご挨拶が遅れました。わたしはギーヴェ公爵エドガーが長女、クリステル・ギーヴェと申します。すぐに応援がまいりますので、もうしばしお待ちくださいませ』
そう言うなり、彼女は一つにくくったチェリーブロンドの髪を翻して戦場に駆け戻っていく。
振り返ることなく、まっすぐに。
唐突に、自分でも戸惑うほどの強さで、ウォルターはクリステルが欲しくなった。
あの力強く大地を駆ける少女が、欲しくてたまらない。
ウォルターは王宮に戻るなり、今までまったく興味を抱いていなかった貴族たちの家族構成や力関係をつぶさに調べた。
ギーヴェ公爵家の子どもは三人。
跡継ぎの長男エセルバート、彼のひとつ年下に長女のクリステル。それから少し年が離れて、今年三歳になる末の次男。
女児は、クリステルだけだ。
……ギーヴェ公爵家は、王国最強の剣。
その後見を受ける者が、おそらく次代の王となる。
クリステルは文武容色ともに優れ、次代の王妃として相応しい教養をすでに充分身につけている。
同年代の少女の中に、彼女ほどの身分と器量を持つ者は存在しない。
クリステル・ギーヴェは、次代の王妃。
それはすでに、確定している。
このとき、公爵家の現当主であるエドガーは、まだどの『国王候補』の陣営につくかを明言していなかった。
『弟たち』の母親の実家は、すでに公爵家に対し、クリステルとの縁談を申し入れているという。
王にならねば、クリステルを手に入れることは叶わない。
そう理解したとき、ウォルターは笑った。
腹の底から笑い転げた。
生まれてはじめて欲しいと思った、たったひとりの少女。
手に入れる。
自分が次代の王になれば、彼女は自ずと手に入る。
今の自分にあるのは、国王の第一子という立場、そして『弟たち』とは比べものにならないほど強い魔力だけだ。
それで、充分だった。
たった二枚のカードでも、使いどころさえ間違えなければ、最強の切り札となり得るだろう。
全力で、誰からも文句などつけられない完璧な後継者になってやる。
クリステルはギーヴェ公爵の薫陶を受け、国を率いる者としての誇りを己のものとしていると聞く。
ウォルター自身は、他人のことはどうでもいい。
だが、彼女を手に入れるための対価というなら、守ってやろう。
自惚れでもなんでもなく、自分にはそれだけの力がある。王妃となるべくして生まれた彼女の手を取るためなら、この国と民くらい守ってやってかまわない。
――それから、四年。
ウォルターは十六の年に、『建国王の再来』という仰々しい謳い文句とともに王太子の座に就いた。
クリステルとの婚約により、ギーヴェ公爵家の後見を手に入れたからだと、誰もが思っているだろう。
クリステルは、ウォルターが何を思って彼女の前に跪いたのかを知らない。
知らなくていい。
こんなにもどろどろと重苦しい感情など、彼女が知る必要はない。
ウォルターが次代の国王として相応しくある限り、クリステルは彼から離れられないのだから。
「……っやめろ、ウォル! それ以上やったら、マジで死ぬぞ!?」
クリステルとはじめて会った日のことを思い出していたウォルターの耳に、友人の声が聞こえた。
目の前が、ひどく暗い。
自分は、何をしていたのだったか。
思い出そうとして、血のにおいに気づく。
あぁ、そうだ。
クリステルを、取り戻さないと。
彼女を、迎えにいかないと。
のろりと視線を落とした先に、元の形がわからないほど腫れ上がり、血まみれになった男の顔がある。
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自分のそばから、クリステルを奪った元凶。
こいつが、こいつだけが、一角獣の居場所を知っている。
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「ウォル……!」
魔導剣を起動させ、床にへたりこんだ男の太ももに無造作に突き立てる。
聞き苦しい悲鳴が、辺りに響いた。
それでも眉ひとつ動かさず、ウォルターは問う。
「言え。一角獣は、どこだ。……おまえの仲間たちを全員、関節ごとに切り刻んでいけば答えるか?」
男を脅しながら、ふと考える。
なぜだろう。
(クリステル。きみがいなくなったあの日からずっと、耳の奥で雨の音がやまない)
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