友人とその恋人の浮気現場に遭遇した話

蜂蜜

文字の大きさ
上 下
18 / 30
18

18

しおりを挟む
「落ち着いた?」

「………うん。ありがと、鬼頭」

握り締めたままだったフェイスタオルで、濡らしてしまった鬼頭の肩口を拭きながら礼を言う。
本当に……鬼頭のおかげで色々と助かった。

どう致しまして、と言って俺の目尻をなぞる鬼頭の顔は、部屋を出て行く時よりも柔らかい物へと変わっていた。

俺がクズと揉めている間に何かあったのだろうか。

「どうかした?具合悪くなった?」

じっと見過ぎてしまったらしい。
ほんのりと赤くなってしまっている目尻を下げて心配そうに見つめてくる鬼頭に慌てて首を横に振る。

「大丈夫。鬼頭のおかげで怖くなくなったから……来てくれたのすげぇ嬉しい」

こんな時だというのに、安心感から口元が自然と緩んで笑んでしまう。

酷い泣き顔を見られたのはかなり気恥かしいが、それ以上に友達が傍に居てくれる心強さが今は勝っている。

あのまま猿渡と二人きりだったらと思うと……無理だ。
想像もしたくない。

浮気したクズとその恋人が鉢合わせしているこの状況は決して良いとは言えないんだけどな。


「……………………桃乃衣が可愛い」

「お前まで何言ってんだ?」

コイツら、恋人同士なだけあって似た者同士なんだろうか。

感覚がおかしい。

「そこの変質者と同じにされるのは心外なんだけど。
具合が悪い訳じゃないなら、リビングに来れる?」

顔に出ていたのか、それまで優しく笑っていた鬼頭の表情が一瞬で消えた。
次いで眉間に皺が寄ってこれでもかとばかりに不機嫌になっていた。

本当に今日はよく表情が変わる……これが本来の鬼頭なんだろうか。

だとしたら少し寂しいな。
1年以上、俺には見せてくれなかったという事になるから。


しかし、今は俺個人の感傷は後回しだ。

浮気現場に遭遇したのはついさっきだけど、大丈夫なんだろうか。

「俺はいいけど、鬼頭は平気なのか?……その…」

「ああ、うん。こういう話はその日の内にしないとね。先延ばしにしていい事なんか1つもないから」

俺が思っているよりもこの友人はずっと強い人間のようだ。

もう目に涙も浮かんでいないし顔色も悪くない。
身体も震えてはいないから完全に吹っ切れたのだろうか……


真っ直ぐ見つめてくるいつもなら綺麗だと思うその顔を、何故か今は格好いいと思った。


「という訳だから。着替えてリビングに来て。
分かってると思うけど……逃げるなよ」

「俺が結月からのお誘いを断るワケないじゃん。
すぐに行くね」


(コイツ、メンタル強過ぎだろ)


冷めた目で見る鬼頭を嬉しそうに見つめ返す猿渡に再び寒気を感じながら、鬼頭に手を引かれて脱衣所を後にした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

嫌いなもの

すずかけあおい
BL
高校のときから受けが好きな攻め×恋愛映画嫌いの受け。 吉井は高2のとき、友人宅で恋愛映画を観て感動して大泣きしたことを友人達にばかにされてから、恋愛映画が嫌いになった。弦田はそのとき、吉井をじっと見ていた。 年月が過ぎて27歳、ふたりは同窓会で再会する。 〔攻め〕弦田(つるた) 〔受け〕吉井(よしい)

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

『倉津先輩』

すずかけあおい
BL
熱しやすく冷めやすいと有名な倉津先輩を密かに好きな悠莉。 ある日、その倉津先輩に告白されて、一時の夢でもいいと悠莉は頷く。

こいのおと

すずかけあおい
BL
忘れられない恋に縛られる歩澄(受け)と、ひとつ年下の幼馴染・高嶺(攻め)の話です。 シランの花言葉:美しい姿・あなたを忘れない・変わらぬ愛

推し変なんて絶対しない!

toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。 それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。 太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。 ➤➤➤ 読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。 推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)

キミの次に愛してる

Motoki
BL
社会人×高校生。 たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。 裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。 姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...