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43. 僕の意思

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「議長さん!」

 僕は座っていたソファから立ち上がった。

「ハノークさんが更迭って、どういうことですか!?」

 聞きたく無かった言葉。更迭って、役目や担当から外されるってことだろ? よく政治家とかが大臣職から更迭されたとかニュースで言っていた。賄賂とか部下の不正とかが理由の。

 ハノークさんが更迭されたって? それはつまり……

「祓い人の護りじゃなくなったってことですか? ここには来れないってこと?」

 何だか自分の足じゃないみたいにフラフラした。足に力が入らずに随分と拙い歩みだったけど、僕は議長さんの前に立った。見上げる議長さんの顔は、やっぱり男らしいキリっとした表情だったけど、自分が何を言っているか判っているの? ハノークさんは来れないんだよ?

「どうしてですか? やっぱり僕のせいですか? 僕がここに逃げて来たから。それとも死のうとしたから?」

 議長さんの濃紺の服に手を伸ばした。そしてぎゅっと握り締めると、力を込めて揺する。

「議長さん!」




「祓い人様」

 無言の議長さんの後ろから、聞き慣れない声が聞こえた。呼ばれたくない呼びかけ。また祓い人だ。僕は聞こえない振りで議長さんの胸を叩く。

「議長さん! どうしてだよ!?」
「ハルカ殿……」
「ねえ、ハノークさんが更迭って、僕のせいですよね? 僕が勝手に神殿から出たからですよね」

 知らない人がいるから、大弓の弦で首を絞めたことは言わない。もしハノークさんが言っていなければ、隠しておきたい事だと思ったから。

「祓い人様、お静まり下さいませ」

 議長さんの上着を掴んでいた手を、手首を持たれた。大きな大人の手にだ。

「誰、ですか? アナタ」

 さっきから無視していた人が、すぐ傍に立って僕を見下ろしている。なんでこの世界の人はこんなに皆大きいんだ? 圧倒的に背が高い。みんな190センチはありそうだ。そんな議長さんとこのヒトに囲まれると嫌でも圧を感じてしまう。

 僕だって一応、170に近いはず。まだまだ成長期な167‥‥‥かな。

 いや!そんな事より。誰だよこのヒト?

「ハルカ殿。神殿から貴方の世話をする為に来られた者達だ」
「お世話?」
「ああ。ハノークが世話係の任を解かれたので、替わりに来たのだという。初めて会うのだろう?」

 ちらりと議長さんを見上げると、一瞬視線を隣に立つヒトに向けた。
 新しいお世話係? ハノークさんの替わり?

「お初に目に掛かります。我らは神殿から参りました、私は副神官のラヴァーンと申します。以後、お見知りおきを」

 ラヴァーンさんと名乗った副神官は、その場で跪くと僕の手を取って手の甲に口付けた。

「っ!?」

 そうだ。最初にハノークさんに会った時と同じ所作だ。

「いらない。いりません」
「はっ?」

『ハルカ様、少しお傍を離れますが直ぐに参ります。それまで、エルアーザール殿とギドゥオーン殿とご一緒に』

 ハノークさんは神殿で別れる時、確かにそう言った。

「替わりの人なんていらない! ハノークさんは僕と約束したんです。ここに来るって! 何勝手に破らせるんだよ! ハノークさんは僕を護るって言っていたんだ。連れて来てよ!」

 僕は勝手だ。ハノークさんを置いて、神殿から、あの部屋から勝手に出て来てしまった。でも、でも、最初に勝手にこの世界に呼んだのはこの人達だ。
 僕の意思とは関係無くこっちに呼び寄せたのはこの世界の勝手だ。でも、今は僕は僕の意思でこの人達に気持ちを伝えられる。

 フーフーと鼻息も荒く言い放った僕を、大柄なラヴァーンさんが跪いたまま見上げる。なんか珍しいモノでも見る様な変な表情が一瞬見えた。

「貴方達の都合は知らない。でも、僕はハノークさんと約束したから、約束を破らせないで下さい。約束はお互いがするものでしょ? 僕はハノークさんを待ってるんです」

 そう言うと、僕はそのまま踵を返した。ハノークさんじゃなければ用は無い。ココに来たのがハノークさんじゃないのなら、僕が会う必要も無い。そう、
 四阿の出入り口を塞ぐ大柄な人達を押しのけると、僕はお屋敷に向かって走り出した。後ろから呼ぶ声が聞こえるけど知るもんか。議長さんもラヴァーンさんも知るもんか!

「ハルカ殿」

 すぐ後ろから呼びかけられた。

「……ギドさん」

 アーチ状に蔓を這わされた薔薇に似た花のトンネル。四阿から死角になる場所で、ギドさんに腕を取られて立ち止まった。さすがだね、息一つ乱していないのは鍛え方が違うんだろう。1週間も寝たり起きたりの弛んだ僕とは全然違う。これでも短距離走は早い方だったのに。息が切れたよ。

「大丈夫だ。追って来ない。急に動いてはいけない。まだ病み上がりなのだから」

 ギドさんはそう言うと、ハアハアと息を乱した僕の背中を優しく擦る。ああ、少しクラっとする。やっぱり鈍っているんだ。こんな距離を走った位で息が切れるなんて……

「はあぁ、えっ!?」

 変な声が出た。

「部屋までお連れしよう。少し顔色が悪い」

 ギドさんの声と同時に抱き上げられた!! 

「ちょっ、ちょっと! 大丈夫ですから! 降ろして下さい!」

 ギドさんはいとも簡単に僕の身体を横抱きにした。そう、再びの姫抱っこだ。どうしてギドさんも議長さんも簡単に僕を抱き上げるかな!? そりゃ体重は男にしては軽いかもしれないけど、それでもそこそこ筋肉だってついているから見かけより重いはずだ。なのに、ギドさんは軽々と抱き上げた。

「お・ろ・し・て・く・だ・さ・い」

 僕は溜息を吐いてそう言ったけど……

「途中で倒れられては困る。今、ここに貴方を護るのは私しかいない。ハノークの分まで私がするのが道理だ」

 ハノークさんの事を出されたら黙るしかない。今の言い分だとギドさんもハノークさんを待っているのかな? 

 だとしたら……


「ギドさん。ハノークさんを助けに行こうよ」



 僕はギドさんの首に腕を廻し、内緒話をするようにその耳元に囁いた。
 

 

  


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