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97. そして襲撃!?

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 左手の親指に通された指輪。シルヴァがしていた指輪は、シュゼットの指には大きすぎた。
 手を握っていないと、スルリと落ちてしまいそうだ。

「この指輪、ここにある鑑定石が、先代の光の識別者様の物なのですね」

 まるで玉の様に磨かれた黒曜石。その周りに小さな鑑定石が光っている。鑑定石は、碧い様な緑の様な、コバルト色の光を発している。シュゼットは指で黒曜石の曇りを拭うと呟いた。

「その黒曜石は、本来であれば#未来の王妃_・__#に渡されるはずだった。王太子の瞳と髪の色。ダリナスの黒だ」

 シルヴァがそう言って、指輪の嵌められたシュゼットの手を皆の方に向けた。

「王太子は、命を懸けて自分を救ってくれた事と、戦を止める橋渡しをしてくれた事に感謝した。そして、報われることの無い想いを彼女に捧げ、その証としてこの指輪を作った。彼女の鑑定石と王太子の石は、100年間次の光の識別者を待った。ああ、正確には光の識別者が発現できる世を待った」
「私が光の識別者になると決心した今が、その時なのですね?」

 頷くシルヴァが、席を立ち元居たエーリックの隣に戻って来た。

「これが、ダリナスに伝えられていた光の識別者の話だ。指輪を次代の光の識別者に渡せれば、私でこの役目は終わりだ」
「つまり、光の識別者が改めて発現できる環境になったと。そう言う事か? シュゼット嬢が識別者になる環境が揃ったと……」

 レイシルがそう言うと、シルヴァが続けた。

「一番重要な、自らの意思。自らが望んで成る。その意識が必要なのだろう。過去の識別者達には望めない事だったはずだ。それから、レイシル。お前の役割が重要だろう」
「魔法科学省は、魔術の識別者を護る。この役割と精神は、未来永劫変えることは無い」

 シュゼットに眼を合わせて、レイシルがはっきりと伝える。

「皆様。私、シュゼット・メレリア・グリーンフィールドは、自らの意思で光の識別者に成りとうございます。どうか、私をお導き下さい」

 シュゼットが再び立ち上がり、頭を垂れて願い出る。







「シュゼット・メレリア・グリーンフィールドよ、其方は只今より光の識別者として生きよ。自らの意思で、先代の光の識別者に恥じること無い人生を歩むように」

 王は、シュゼットの頭にそっと手を置いて言葉を掛けた。





















 王達との話が終わると、シュゼットは医術院に戻る為父と別れて、馬車に揺られていた。父はまだ王宮に残って、王やレイシル達と具体的な今後の話をするという。流石に目覚めて間もないシュゼットを、遅くまで引き留めるのは……となったようだ。

「シュゼット? 大丈夫?」

 ダリナス王室の馬車に遠慮がちに座っている。向かいにはエーリックとシルヴァが座っていて、二人がセドリックの見舞いに行く為、同乗させて貰ったのだ。

「はい。お気遣いありがとうございます。私は、大丈夫ですわ」

 そう言って微笑むシュゼットの顔は、少し疲れた様に見えた。彼女からすれば、大きな分岐点を二つも迎えたのだ。それは疲れないと言う方が可笑しい。

「陛下のお話があったと聞いたけど、婚約者候補の事だよね?」

 すでにカテリーナが婚約者になる事が決定している。そこまではエーリックも知っていた。他の婚約者候補達がどうなるかまでは、詳しくは知らされていなかった。シュゼットから教えて貰えるのか、貰えないのか、なるべく自然に、聞いてみた。

「……」

 答えてくれないのか? 一瞬口を噤んだシュゼットの眉間がぎゅっと寄せられた。そして、考えを纏めるように目を瞑った。

「婚約者候補及び側室候補の制度が撤廃されました。制度が無くなって、カテリーナ様が正式な婚約者としてガーデンパーティーで発表されることになったと伺いました」
「制度が無くなった? それってつまり……」
「はい。婚約者候補でも側室候補でも無くなりました」

 シュゼットはにっこりと微笑むと、エーリックに向かってそう言った。

「そう。君が望んだ通りになったんだね。おめでとうと言うべきかな?」
「……その代わり、他の皆様の未来まで変わりましたけど」

 夕日が差し込む馬車の中で、シュゼットがほんの少しだけ表情を曇らせたのを、シルヴァは気が付いた。
















「セドリック様……?」

 医術院のセドリックの部屋にも、夕日が差し込んでいる。すでに大分傾いている夕日は、長い影をそこかしこに映していた。

 病室では、二人の看護師が処置を終えた所で、寝台の左側に周り込んだシュゼットがセドリックに声を掛けた。

「セドリック様……」

 もう一度囁く。



「シュ、ゼット」
「!? 起きていらしたのですか?」

 微かに答えたセドリックの声に、エーリックも慌てて声を掛ける。

「セド‼ 目が覚めたか!? 大丈夫か?」
「……」



  「……」



     「……」



「おい。お前、無視するな?」

 不自然な間の空き方に、エーリックが冷めた口調で言った。

「エーリックで・ン・か……うる・さいデス」

 薄っすらと開いたアイスブルーの瞳を、シュゼットの背後にいるエーリックに合わせた。

「おっ!? お前ね!? こっちは心配で眠れないぐらいなのに‼ 全く、良い性格だな!!」

 へなへなと脱力したエーリックが、シュゼットの背に顔を伏せた。まるで、泣き顔を見られないように。

「お見舞いが遅くなってしまいました。ご気分は如何ですか?」

 二人のやり取りに、いつもと同じ雰囲気を感じてほっとした。シュゼットはセドリックの左手を取ると、優しく手の甲を撫でた。昨日より熱が下がっているようで少し安心した。

「だ・い・じょうぶ・じゃないけど、大丈夫」

 セドリックはそう言って目を細めた。そうだ、大丈夫であるはずない。顔にも腕にも紫色の痣が残っている。痛みが無い訳なかった。

「セドリック。頭はどうだ? 強く打っているはずだが」

 シルヴァが近づいてセドリックの視界に入ると、視線を合わせて尋ねた。

「傷は、痛みますが……多分、ダイジョウブだと思い……マス」

 口調はゆっくりだが、言葉選びはしっかりしている。予断は許さないが、今のところ打ち身の影響は無さそうだ。シルヴァの口元が綻び、セドリックの頬を労わるように撫でた。















「「あっ!?」」

 エーリックとシルヴァが顔を見合わせた。

「来た」

 エーリックが立ち上がって、扉付近まで歩きかけた。




 バーーン!!



 勢いよく扉が開かれた。

「セドリックッ‼」

 髪を乱し、肩で息を切らした姿が駆け込んできた。ハアハアと息を吐きながら。

「「カテリーナ」」「カテリーナ様!?」

 エーリックが駆け込んできた身体を受け止めた。

「落ち着いて。カテリーナ、落ち着いて‼」





 まさしくその姿は、イノシシの突進。だった。



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