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48. 馬車の中の二人

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「まさか、光の識別者が出て来るとはね」



 専用の豪華な馬車の中で、何時になく表情を緩めているレイシルを、シルヴァが正面から見据えた。

「レイ。お前、余り突っ走るなよ? 希少識別者が発現出来て舞い上がっているのは判るが」

 シルヴァが形の良い眉を顰ひそめて言った。腕組みをして馬車に乗っているその表情は、明らかに不機嫌な様子だ。レイシルはグリーントルマリンの瞳を大きく開いて、驚いた様に口を開けた。

「俺が舞い上がってるって? それはそうだろう。100年振りの光の識別者だぞ? 生きている間に会えるなんて思わなかった。貴方だってそう思ったろ!?」

 確かにシルヴァも驚いた。鑑定石の干渉は強くあるのに、鑑定士の誰とも魔力交換ができなかった。あそこにいた鑑定士は、複数の識別を持っているため、現存している識別の種類は全て網羅されていたはずだった。

「光の識別者を保護し、育成するのは国の義務だ。その為に我ら魔法科学省がある。力に飲まれて精神を壊す者や、不当に束縛されて使役されるなどという事が無いように」

 レイシルが真正面からシルヴァを見据えながら言う。

「つまり、これは我が国コレールの問題という事だな」

 暗に、シルヴァには関係無いと言っているようなものだ。





 この男は自分と同じ立場と言われている。

 国王を兄に持つ。……王弟、と。




 シルヴァはいずれ自国に戻る時には臣籍に下る予定でいる。自分の望む研究生活を続けるつもりでいるからだ。今は気ままな王族の一人と言われていることは承知している。王族としての使命を放棄しているとは思っていない。

 しかし、早くから兄王を補佐すると思われていた自分が、他国に行ったきりになっていることを思えば、そう言われても仕方が無い。確かに、背負うモノが無いのが今の自分だ。

 しかし、レイシルは違う。同じ王弟と言われているが、彼には背負うモノがあった。
 レイシルは、魔法科学省の議員で、鑑定士団長、そして王宮神殿の神官長という立場にある。彼は国の要人として外を見ている。

「とにかく、貴方が何を思っているかは別にしても、魔法科学省としては、彼女を保護する必要がある」
「私は突っ走るな、と言っているだけだ」
「そう? ただ私は、彼女をのは困るんだ。光の識別者の最終最大の能力は、癒し効果だからね?」

 そう言うレイシルの顔は魔法科学省の鑑定士団長のものだ。

「まあ、貴方も協力して欲しいな? 魔法術の授業は貴方の担当だし。ダリナスにもいない光の識別者の研究は、良い土産にもなるんじゃない?」  



 まったく喰えないヤツだ。コイツのは無意識で人を診ていると思う。嫌なトコロをくすぐる時があるからだ。

「シュゼットを傷つけるモノから護るというところでは協力する。しかし、彼女の意志を尊重しろ」
「ふうん? ファーストネーム呼びなんだ? 珍しいね貴方がそんなことを言うの。もしかしてシルヴァ、貴方、彼女のこと気に入っているの? あの娘、フェリックスの婚約者候補だよ?」

 無表情でいるシルヴァに、好奇心ありありの顔で聞いてくる。はっきり言って煩うるさい。

「でもさ、エーリックも彼女のこと気にしてたな? 不味いんじゃないか? 仮にも留学先の王子の婚約者候補に横恋慕はさ?」
「レイシル。言い方に気を付けろ。まだ婚約者候補として公にもなっていない。まして、彼らはダリナスでも同じ学院で学んでいたクラスメートだ。親しくしていて何が悪い」

 肩を竦めたレイシルの様子に、肩書の影響は感じられなかった。ただ単に年の近い者への興味らしい。









「どうせなら、婚約者候補なんて辞めさせればいい。全く、当事者からしたら迷惑な話だろうな? 案外、彼女はそれを望んでいるんじゃないか?」



 少し真剣な目をしてシルヴァを見た。





「俺は、婚約者候補とか、側室候補とか、反対だから」







 静かな声でそう言った。彼なりの矜持があるのかもしれない。

「この制度、潰せるなら潰したい。いい機会だ。彼女が望まないのなら、こんな制度は廃止させる」
「出来るのか?」

 はっきり言って、制度には部外者となるシルヴァは、言い切るレイシルに不安を感じる。聞きようによっては不敬罪に当たりそうだから。

「フェリックスの相手に決まったら、宮廷内に囚われる様なものだ。自由に魔法術になど関わることなど無理だ」

 レイシルが唇に指を当てる。考えている時の癖だ。

「とにかく彼女に会って直接話をしないとな。それによって俺のも変わるし」
が変わる?」

 シルヴァの眉がピクンと上がった。

「ああ。だって、天使みたいな女の子じゃないか。もっと近づきたいと思うだろ? 

 そうだった。この男にも婚約者はいなかった。王宮神殿の神官長であっても妻帯できないことは無い。
 寧ろ、高名な魔法術士であれば、その血統を繋ぐことを重要視されているはずだ。

 魔法術は多くの場合、血統に左右される事が多い。シュゼットのようにグリーンフィールド公爵家に初めて発現したような場合は、母方の血統にがあったのかもしれない。グリーンフィールドの魔法術の能力のにぴったり合った今が、発現のタイミングだったのだ。

 シルヴァがダリナスに居たくなかった理由も、これが原因の一つでもあった。有益な婚姻関係。王弟である自分には自由な選択肢は無かった。年の離れた兄王は、シルヴァの気持ちを汲んで、早々に国外に留学させてくれた。幸い兄王の息子は世継ぎもいるため、こちらに来てからはそういった話は聞こえなくなっていた。

 レイシルもきっと同じようなものだと思われた。但し、彼の方は神官長として高位の肩書があるため、縁を結びたい家は多いはずだ。今まで聞いたことは無いが、女性の絡みの話もあるのだろう。

「お前が、そう思うのは勝手だ」
「そう? じゃあ、俺が彼女に近づいても良いってこと? 遠慮しなくて良いってこと?」
「……」
「ああ? でも、エーリックには言っておくか。真面目だからな」
「勝手にしろ。だが、シュゼットを泣かせるようなことは絶対するな」



 シルヴァがそう言うと、レイシルは目を細めて彼を見詰めた。
 グリーントルマリンの瞳が、じっと前に座る男の顔を捉とらえると、答える替わりに深く頷いた。


 
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