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29. 天使の守護は誰がする?
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「シュゼット様。先程のお話は、お嬢様から旦那様にお伝えくださいませ」
エーリック殿下を見送った玄関ホールで、すぐ後ろに立っている執事のマシューの声がしました。
「マシュー? 聞いていましたの?」
深く頷くマシューは、何時になく厳しい表情をしています。いつもは、とてもにこやかなのに珍しいですわ。
「親しいご学友で、隣国の第三王子殿下であろうとも、社交界デビュー前の男女でございます。私は、シュゼット様をお守りする義務がございますから。出来る限りお傍にいるように致します。これからは、後悔の無いように、細心の注意をしてお仕え致します」
「昨日の事? お酒を飲んで酔っ払って、シルヴァ様に運んで頂いた事よね? ごめんなさい。マシューにもとても心配を掛けてしまったわね」
「……私は、シルヴァ様に重々お願い致しました。しかし……」
「マシュー? シルヴァ様のせいではないの。もうこんなことはしないから、安心して頂戴? お願いよ?」
確かに、昨夜はマシューが初めての社交だから、宜しく頼むと念を押してくれました。
でも、それなのに酔っ払って寝ながら姫抱っこで帰って来たのですもの……。もしかして、お父様に叱られてしまったのかしら? もしそうなら……お父様にマシューは悪くないと言わなければ!
「シュゼットお嬢様。先程のお話では、お嬢様の事がこの国の社交界に知れ渡ったようですね。これからは、近づく殿方には十分ご注意下さいませ。それは、シルヴァ様もエーリック殿下も然りですぞ!! お判りですか!!」
ど、どうしたのですか? マシューの顔が、今まで見たことも無いような氷の表情です。言葉の端々に氷の礫つぶてというか、鋭い氷柱つららが渦巻き突き出ています。
なに? ナニガアッタノ? マシューさん?
「わ、判った。マシューの言う通りですわね。き、気を付けますわ」
気迫に押されて、つい返事をしてしまいましたけど、何がそんなにマシューの逆鱗? に触れたのでしょうか。とにかく、こんなマシューは初めてですから、これ以上刺激しないほうが良いですね。
確かに、マシューの言う通りです。明日からは、学院生活が始まりますものね、注意して用心するに、越したことが無いですわ。
それから、私はマシューに言われた通り、お父様にエーリック殿下から告げられた言葉を伝えに行きました。
お父様? 父として、外務大臣として、どう対処致しますの?
グリーンフィールド公爵の書斎の扉の前で、マシューとマリの二人が控えている。部屋の中では、シュゼットが公爵にエーリックから言われたことを話しているはずだ。
「マリ、シュゼット様をお守りして下さい。一番近くにいるのは貴方です」
二人は扉を背に真っすぐ前を見ているが、マシューが表情を変えずに小さな声で言った。
「はい。承知しています。特に、シルヴァ様には注意します」
マリも表情を変えずに答えた。
(あの野郎! まさかお嬢様に!? まったく油断も隙も無い!!)
マリは怒っていた。昨夜、シュゼットを姫抱きしてきたシルヴァを。
最初に気付いたのはマリだった。
くったりと酔っ払って、寝入っているシュゼットをソファに降ろして貰う時、マリは至近距離でシルヴァの顔を見たのだ。
(あっ……ルージュが付いてる?)
シルヴァの唇に薄く淡い色が滲んでいた。光の加減でそう見えたのかと思った。が、
(シュゼット様のルージュの色!?)
薄く淡い桃色の光の艶。微細な金の粒子が特徴的だ。見間違えるはずは無かった。
(だって、私が調合したお嬢様だけの色だもの!! まさかコイツ!)
一瞬、キッとシルヴァに視線を向けた。しかし、彼は何事も無いように立ち上がる。
「それでは、後を頼む」
マリに挑発するような目を向けた。何か言うことがあるか? と問うように。
マシューがシルヴァを玄関まで送るのに、マリは慌てて走り寄った。手には真っ新な白いハンカチを持っていた。一目で上等な絹製品だと判る。
「どうぞ。こちらをお使いくださいませ」
マリは、シルヴァの前に恭しく捧げた。
「「?」」
シルヴァもマシューも何の事か判らないという顔をしていた。
「お口元に・・・」
マリはそれだけ言って、目は笑わず唇だけ両端を引き上げて笑みを作った。
一瞬目を見開いたシルヴァは、マリの顔を見て黙ってハンカチを受け取ると、そっと唇に当てた。そしてハンカチを外してチラリと目を落としたが、その表情は全く変わっていない。
(涼しい顔で! 何て恥知らずな事を!)
シュゼットには言えない。でも、予防線は張っておかないといけない。マリは、絶対的味方のマシューにだけは伝えた。
(何て男なんだ!! 最低だ!! シンデシマエ!!)
シルヴァが来た時と変わらず、平静を保ったまま屋敷を去って行った。
プリプリと怒りに震えるマリがマシューに全てを話すのは、シュゼットがベッドでぐっすり寝付いた後だった。
編入当日の朝。
「お嬢様、素敵ですわ! 王立学院の制服がとてもお似合いです!!」
鏡の前で、制服のリボンを結んでもらいます。白くてふわりとしたリボンが品がありますわ。そして、マリとお仕度シスターズが念入りにチェックしてくれます。
「髪型よーし! 制服よーし! すべてよーし! ですわ」
確かに、初めて着る制服はぴったりですし、このグレーもとてもシックで素敵です。
「ありがとう。みんな。それではマリ、行きましょう?」
マリが鞄を持って付いて来てくれます。とりあえず、初日の職員室までは、お父様が一緒です。帰りはマリが迎えに来てくれます。まあ、今後はマリが行き帰りに同行してくれますから、色々作戦も立てられますわね。
「じゃあ、行ってきますわ」
「お嬢様、くれぐれもお気をつけて下さいませ。お帰りはお迎えに上がりますわ」
お父様と一緒に馬車に乗り込みます。お父様は、少し難しいお顔をされていますが、多分心配しているのでしょう。だって、私が編入する白のクラスには、私の天敵であるヤツと、昨日告白された隣国のエーリック殿下がいらっしゃいますもの。
「シュゼット。確かにお前は優秀な娘だ。どこに出しても恥ずかしくないと思っている。王家に嫁いでも何の問題も無いと思っている。しかし、まだ公になっていないとは言え、コレールの第一王子の婚約者候補だ。ダリナスの第三王子に好意を示されたとしても、今はどうすることもできない。そのことをよく考えて振る舞うのだ。言っている意味が解るか?」
昨日、エーリック殿下のことをお話しした時、お父様は驚きつつも喜び、そして難しい顔をされました。それはそうですわね。エーリック殿下はダリナスにいる時から優秀と誉れ高い方です。当然、お父様も良くご存じですもの。
「確かに、今はエーリック殿には婚約者はいないと聞いている。しかし、王家からの正式な申し入れではない。まして、お前がフェリックス殿下の婚約者候補に名を連ねている以上は、あちらとしても横槍を入れることはしないだろう。婚約者が決定するまでは動きが取れないのだ」
やっぱり。
「では、お父様、婚約者候補の立場が破棄されたら?」
「立場が破棄?」
「そうですわ。婚約者が早々に決まって、婚約者候補など不要になれば良いのではありませんか? そうすれば、晴れて自由になれますわね?」
「ああ。もっとも、側室候補なんてこともあり得ませんわよ?」
もう、お父様も無言です。
「ですから、お父様? 私は婚約者候補の立場を破棄して頂けるように動きますわ」
「まずは、5年前のお礼から始めますわ」
正面に座るお父様が、頭を抱えたのが見えました。やると言ったらヤリマスワヨ!
エーリック殿下を見送った玄関ホールで、すぐ後ろに立っている執事のマシューの声がしました。
「マシュー? 聞いていましたの?」
深く頷くマシューは、何時になく厳しい表情をしています。いつもは、とてもにこやかなのに珍しいですわ。
「親しいご学友で、隣国の第三王子殿下であろうとも、社交界デビュー前の男女でございます。私は、シュゼット様をお守りする義務がございますから。出来る限りお傍にいるように致します。これからは、後悔の無いように、細心の注意をしてお仕え致します」
「昨日の事? お酒を飲んで酔っ払って、シルヴァ様に運んで頂いた事よね? ごめんなさい。マシューにもとても心配を掛けてしまったわね」
「……私は、シルヴァ様に重々お願い致しました。しかし……」
「マシュー? シルヴァ様のせいではないの。もうこんなことはしないから、安心して頂戴? お願いよ?」
確かに、昨夜はマシューが初めての社交だから、宜しく頼むと念を押してくれました。
でも、それなのに酔っ払って寝ながら姫抱っこで帰って来たのですもの……。もしかして、お父様に叱られてしまったのかしら? もしそうなら……お父様にマシューは悪くないと言わなければ!
「シュゼットお嬢様。先程のお話では、お嬢様の事がこの国の社交界に知れ渡ったようですね。これからは、近づく殿方には十分ご注意下さいませ。それは、シルヴァ様もエーリック殿下も然りですぞ!! お判りですか!!」
ど、どうしたのですか? マシューの顔が、今まで見たことも無いような氷の表情です。言葉の端々に氷の礫つぶてというか、鋭い氷柱つららが渦巻き突き出ています。
なに? ナニガアッタノ? マシューさん?
「わ、判った。マシューの言う通りですわね。き、気を付けますわ」
気迫に押されて、つい返事をしてしまいましたけど、何がそんなにマシューの逆鱗? に触れたのでしょうか。とにかく、こんなマシューは初めてですから、これ以上刺激しないほうが良いですね。
確かに、マシューの言う通りです。明日からは、学院生活が始まりますものね、注意して用心するに、越したことが無いですわ。
それから、私はマシューに言われた通り、お父様にエーリック殿下から告げられた言葉を伝えに行きました。
お父様? 父として、外務大臣として、どう対処致しますの?
グリーンフィールド公爵の書斎の扉の前で、マシューとマリの二人が控えている。部屋の中では、シュゼットが公爵にエーリックから言われたことを話しているはずだ。
「マリ、シュゼット様をお守りして下さい。一番近くにいるのは貴方です」
二人は扉を背に真っすぐ前を見ているが、マシューが表情を変えずに小さな声で言った。
「はい。承知しています。特に、シルヴァ様には注意します」
マリも表情を変えずに答えた。
(あの野郎! まさかお嬢様に!? まったく油断も隙も無い!!)
マリは怒っていた。昨夜、シュゼットを姫抱きしてきたシルヴァを。
最初に気付いたのはマリだった。
くったりと酔っ払って、寝入っているシュゼットをソファに降ろして貰う時、マリは至近距離でシルヴァの顔を見たのだ。
(あっ……ルージュが付いてる?)
シルヴァの唇に薄く淡い色が滲んでいた。光の加減でそう見えたのかと思った。が、
(シュゼット様のルージュの色!?)
薄く淡い桃色の光の艶。微細な金の粒子が特徴的だ。見間違えるはずは無かった。
(だって、私が調合したお嬢様だけの色だもの!! まさかコイツ!)
一瞬、キッとシルヴァに視線を向けた。しかし、彼は何事も無いように立ち上がる。
「それでは、後を頼む」
マリに挑発するような目を向けた。何か言うことがあるか? と問うように。
マシューがシルヴァを玄関まで送るのに、マリは慌てて走り寄った。手には真っ新な白いハンカチを持っていた。一目で上等な絹製品だと判る。
「どうぞ。こちらをお使いくださいませ」
マリは、シルヴァの前に恭しく捧げた。
「「?」」
シルヴァもマシューも何の事か判らないという顔をしていた。
「お口元に・・・」
マリはそれだけ言って、目は笑わず唇だけ両端を引き上げて笑みを作った。
一瞬目を見開いたシルヴァは、マリの顔を見て黙ってハンカチを受け取ると、そっと唇に当てた。そしてハンカチを外してチラリと目を落としたが、その表情は全く変わっていない。
(涼しい顔で! 何て恥知らずな事を!)
シュゼットには言えない。でも、予防線は張っておかないといけない。マリは、絶対的味方のマシューにだけは伝えた。
(何て男なんだ!! 最低だ!! シンデシマエ!!)
シルヴァが来た時と変わらず、平静を保ったまま屋敷を去って行った。
プリプリと怒りに震えるマリがマシューに全てを話すのは、シュゼットがベッドでぐっすり寝付いた後だった。
編入当日の朝。
「お嬢様、素敵ですわ! 王立学院の制服がとてもお似合いです!!」
鏡の前で、制服のリボンを結んでもらいます。白くてふわりとしたリボンが品がありますわ。そして、マリとお仕度シスターズが念入りにチェックしてくれます。
「髪型よーし! 制服よーし! すべてよーし! ですわ」
確かに、初めて着る制服はぴったりですし、このグレーもとてもシックで素敵です。
「ありがとう。みんな。それではマリ、行きましょう?」
マリが鞄を持って付いて来てくれます。とりあえず、初日の職員室までは、お父様が一緒です。帰りはマリが迎えに来てくれます。まあ、今後はマリが行き帰りに同行してくれますから、色々作戦も立てられますわね。
「じゃあ、行ってきますわ」
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お父様と一緒に馬車に乗り込みます。お父様は、少し難しいお顔をされていますが、多分心配しているのでしょう。だって、私が編入する白のクラスには、私の天敵であるヤツと、昨日告白された隣国のエーリック殿下がいらっしゃいますもの。
「シュゼット。確かにお前は優秀な娘だ。どこに出しても恥ずかしくないと思っている。王家に嫁いでも何の問題も無いと思っている。しかし、まだ公になっていないとは言え、コレールの第一王子の婚約者候補だ。ダリナスの第三王子に好意を示されたとしても、今はどうすることもできない。そのことをよく考えて振る舞うのだ。言っている意味が解るか?」
昨日、エーリック殿下のことをお話しした時、お父様は驚きつつも喜び、そして難しい顔をされました。それはそうですわね。エーリック殿下はダリナスにいる時から優秀と誉れ高い方です。当然、お父様も良くご存じですもの。
「確かに、今はエーリック殿には婚約者はいないと聞いている。しかし、王家からの正式な申し入れではない。まして、お前がフェリックス殿下の婚約者候補に名を連ねている以上は、あちらとしても横槍を入れることはしないだろう。婚約者が決定するまでは動きが取れないのだ」
やっぱり。
「では、お父様、婚約者候補の立場が破棄されたら?」
「立場が破棄?」
「そうですわ。婚約者が早々に決まって、婚約者候補など不要になれば良いのではありませんか? そうすれば、晴れて自由になれますわね?」
「ああ。もっとも、側室候補なんてこともあり得ませんわよ?」
もう、お父様も無言です。
「ですから、お父様? 私は婚約者候補の立場を破棄して頂けるように動きますわ」
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