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10.  彼女のウワサと王子様の憂鬱

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 教室内がいつもよりザワついていた。前の方の席では、いつもは周りの事を気にせず、本を読んでいる隣国からの留学生が落ち着かない様子でいた。隣の学生と話をしながら楽しそう? に騒いでいる。

「ロイ? 昨日君は見たんだろう?」

 隣の席のジェイロムが話しかけてきた。

「何を?」

 ロイは心当たりがあるが、すっとぼけて聞き返す。

「昨日の最後の授業の時に、ドアが開いたろ? その時にスゴイ可愛い娘が見えなかった?」

 やっぱり。彼女の事だ。
 ジェイロムの問いかけに、前の席のトーマスが振り向いて話に乗ってきた。

「俺も気付いた。チラッとだけ見えた。金髪に青い目の超美少女! ハート先生が連れていたな?」

 シュゼットの姿を見たのは、席の後ろ側の学生だけの様だった。ホンの一瞬だったけど、見た人間にはインパクトが大きかった。

(そうだろうな、彼女の姿はまるで天使の様だったもの)

 ロイは、シュゼットの姿を思い出してクスっと笑った。

「ハート先生と彼女? 食堂ホールでお茶してたんだ。放課後の喫茶テーブルでサ。可愛かった~!」

 話に混じってきたのは、クラスのお調子者のレオンだ。放課後の食堂ホールでハート先生と彼女がお茶をしていたという。一番眺めの良い丸テーブルに腰かけて、仲良さそうにクッキーを食べ合っていたとも。

 ロイはああ。と納得した。昨日の食堂ホール付近の賑わいは、彼女がいたからだったのか。確かに、見たことも無い美少女と、ハート教授のツーショットなら誰でも目を奪われる。しかし、クッキーを食べ合っていたとは? あのハート教授の普段からは想像もつかないが……。

「ハート先生が連れていたってことは、学生か? それとも只の見学者? まさか、家族だったりして?」

 レオン、ジェイロム、トーマスが首を捻る。ロイは彼女と馬車で話をしたことは黙っている。今のところ、彼女と話をしたのは自分だけかもしれないから、もったいなくて話せない。

「しかし、可愛かった。ふわふわツヤツヤの長い金髪に、ピンクのワンピースがすっごい似合ってた。どこのご令嬢だろう? 学院には居ないよな? あんな娘いたら忘れられないモン」

 レオンがうっとりと思い出すように目を閉じた。すこしお道化た言い方に皆がうんうんと頷いた。レオンの話を聞きつけて、更に数人の男子生徒が集まってきた。少しの情報も共有したいのだ。

「そう言えば、フェリックス殿下はまだ見えないのか? いつもより遅いな?」

 そう言えばそうだ。あちこちで噂の元になっている彼女に気を取られて、殿下がまだ来ていないことに気が付かなかった。いつも一緒に通学するオーランドもまだ来ていない。

(どうしたんだろう? 昨日早く王宮に帰ったから……何かあったのか?)


 教室の中は数人ずつのグループで昨日の事を噂している。男子はシュゼットについて。女子はハート教授について。非現実的な普通なら交わらない二人の美形のツーショットは、年若い少年少女達にを掻き立てていた。













「おい、急げ!授業に遅れるぞ!」

 オーランドに急かされて長い廊下を急ぐ。
 昨日、父である国王から言われたことが、フェリックスを寝不足にさせた。







「フェリックス。お前もいい加減に婚約者を決めねばならない。本来であれば、5年前に決められたものを今まで引き延ばしてしまった」

 5年前の顔合わせの会を思い出す。確かにそんな目的の会だった。もっともそれも後から聞いた話だから、今更それを言われても……。

「しかし、あれ以来陛下は何もおっしゃいませんでしたが?」

 結局あの会では婚約者は決まらず、側近候補となる少年が選ばれただけだった。10歳のガキには友達は選べても未来の伴侶を選ぶなど無理な話だ。

「お前のしでかしたで、令嬢達がドン引きしたのを忘れたか!?」





 そうだ。会の時に一人の少女が、泣きながら会場から出て行ったことを思い出した。

 はっきりと顔は思い出せないが、白くて丸くて、傍によると甘い香りがした。頬がほちゃほちゃした女の子だったような気がするが……、驚いて見開いたはずの瞳は、頬肉に埋もれていたが青い瞳だった。と思う。

 当時はを失礼な仕打ちとは思っていなかった。触ったら気持ち良いだろうな? と思ってやった自然な行動だったから。


(さすがに今はダメだと判っている)

「とにかく、お前の婚約者候補の一人が帰国した。これで、5人の候補者が揃ったのだ。17歳になるまでに選ぶのだ。よいな!!」

 いつかはと思っていたが、急に事態が回りだした。一国の王子である以上、政略結婚は当たり前だが急に現実味を帯びてきた。すでに5人の候補迄絞られてるということは、以前の様にスルーはできない。

 自室に戻ってからもうだうだと考えていた。5人の候補者の4人までは見当がついている。というか、あからさま過ぎて周知の通りだ。ここ数年は面倒臭いことこの上なかった。



「なのに、もう一人増えただと? 勘弁してくれ……」

 フェリックス王子は大きな寝台に突っ伏して、寝苦しい夜を過ごしたのだった。





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