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番外編その1

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「……あの、アデルモ様は何かおっしゃっていましたか。……私のことなど」
 リリーラがおそるおそる口を開く。おとなしい方がわざわざ聞くほど気になるのだろう。マルティンは不意に尋ねられ、アデルモは色々言っていたが、伝えてよさそうな話題は無かった。なので捏造した。

「ええ、ご婦人の自慢話をたっぷりと」
 まぁ、アデルモがリリーラに夢中なのは事実だ。少しくらいいだろう。

「ほら、おじさまはリリーラ様をちゃんと愛してらっしゃいますわ。ね、安心して」
 リティアの慌てように、マルティンは捏造を気まずく思った。

「本当ですか。マルティン様」
 絶世の美女にうるんだ瞳で見上げられれば、マルティンは罪悪感など吹き飛んだ。
「ええ、本当です」
 安心させてやりたくなった。リリーラはほっと胸を撫でおろした。俯く姿は有名画家の絵より美しかった。

「わたくしはご覧の通り並みの容姿に、面白いことの一つも言えない人間です。婚期も逃した年上の私を、鉱山のおまけに引き受けて下さったアデルモ様に感謝はしております。でも、彼と時を過ごすと欲が出てしまいました。……彼に愛されたい、と。お国の事を一番に考えてておられる彼は鉱山についてくるからこそ、私と結婚してくださったのに」
 
 
 全然リリーラの思うところのご覧の通りではないリリーラの容姿に、マルティンは、めちゃくちゃ豪華なおまけだなー。と、危うく言いそうになった。

「なるほど。似たもの夫婦め」
「……なんとおっしゃいました? 」
「いえ、何も。えー、殿下はあなたを国中に自慢したいほど愛してらっしゃいますよ」

 マルティンは自分もそろそろ結婚したくなった。……なんだ、この茶番。とにかくマルティンは自分の仕事が捗るためには早期解決をしようと試みた。そして、リリーラにはアデルモの外見を褒める様に、戻って来たアデルモにはとにかくリリーラに愛を伝える様にアドバイスをした。ヴェルターが
「叔父上、僕の肖像画を減らしてご夫婦の肖像画を飾られたらどうですか? 」と提案した。
「肖像画か、いいな。だがお前のは外さない。なんせ、我が宮殿の壁面はまだたっぷりと空きがあるからな。リリーラ、君一人のものも飾ろう。どんなに腕のいい画家も君の美しさは描けないだろうが、努力はさせよう」
「わたくしを……美しいとおっしゃいましたか。まさか、そう思って下さるのですか」
「当然だ。リリーラは美しい」
 
 その場にいた誰もが、“当然だ、リリーラは美しい”と心の中でアデルモの言葉を繰り返した。

「ずっと……素敵なアデルモ様の立つのがわたくしでは恥ずかしいのではないかと思っておりました」
「何を言うんだ、リリーラ。何、今……私を素敵だと……? そう言ったのか? 」

 マルティンは咳払いでもしてくれないかとヴェルターに視線を送ったが、ヴェルターは気にすることなく優雅に茶をたしなみ、これは駄目だとリティアに視線を移したが、リティアもまた二人を舞台でも見ているかのようにうっとり見つめていた。いや、アドバイスを活用するのが早い。マルティンは目と耳の機能を使わないことに尽力した。……俺は何も聞いてない、見てない、聞いてない、見てない。


 ――数分後

「城のナメクジについてはこまめに処分するから、安心してくれ。君はこれからも宮殿側を好きに使うといい」
 マルティンはまだナメクジを気にしているアデルモに苦笑いしたが、夫人の反応は想像したものと違った。
「まぁ。ナメクジが!? 」
 リリーラはナメクジの存在にも気づいていなかったらしい。
「あ、大丈夫だ、リリーラ」
「嬉しい、早く言って下されば良かったのに」
「……ナメクジが好きなのか……」
「ええ、大好物です」

 誰もが固まった瞬間、リリーラは自らのペットについて説明し始めた。リリーラは番のハリネズミを飼っていて、彼らのために城のナメクジに喜んだ。この場にいた者たちはナメクジに喜ぶ貴婦人を初めて見た。

「ラゥルウントの人は子供や動物が好きなのだな」
 アデルモが好意的な笑顔を向けたが、リリーラはまた俯いた。

「ひょっとして、私が多産系だから、迎えてくださったのでしょうか」
「……え? いや、そうでは……」
 また少し雲行きがおかしくなった。
「……わたくしは、もう年齢的に多くの子どもを産むことはできません」
「リリーラ、そんなつもりでは」
「……5人くらいなら……」
 ラゥルウントの感覚は色々おかしい。

「そうか、では早く授からなければいけないな」
 アデルモの言い方は全然ロマンチックではなかったが、リリーラは頬を染めた。

 
「さぁ、マルティン。こんな所で油を売ってないで仕事をしたらどうだ? 」
「ええ、はい、そうですね」

 全てが上手くいった。マルティンがこの日の仕事が全く進まなかったこと以外は。

 そもそも、これは犬も食わないやつだというのに……。マルティンは王族というのはなんて自由なんだ、とため息を吐いた。彼は王国一二を争うほど賢かった。だから、気づいてしまった。果たして父のように宰相になるのは賢明なのか、と。

 ――ずっと、こんな目に合うぞ?


 マルティンは髪をあっちこっちへ跳ねさせて廊下を急いだ。何だ、これ。なぜかおかしくなって一人肩を揺らした。

 
 
 

 
 ――――おしまい。
 
 
 
 
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