上 下
50 / 60
建国祭(フィナーレ)

第10話-2

しおりを挟む
 ヴェルターは、ラゥルウント国の一行が揃うとリティアの様子が更におかしくなったことに気づいていた。リティアが神妙な面持ちで言って来た。
「ヴェル、聞きたいことがあるんだけど後でアン女王を紹介してくれない? 」
 
 ヴェルターは何を今更。と思ったが快諾し、タイミングを見計らってるうちにダンスの曲が始まった。最初のダンスはパートナーと踊ると決まっている。気もそぞろにぶつぶつ言っているリティアを促し、ヴェルターはリティアの手を取った。

「リティア、集中して」
 耳元で囁くとリティアははっとし、ようやく実が入った。ヴェルターは、最後かもしれない自分とのダンスに上の空なリティアに虚しさを感じていた。そして、そうなった理由は何だろうと原因を探ろうとした。

 ヴェルターの目はウォルフリック・シュベリーで止まった。

 ……彼、だろうか。正装姿のこの日、ウォルフリックの艶やかな容姿はひと際目立っているように見えた。濡れ羽色の長い髪は一つにまとめられ、すらりとした体躯は騎士だけあって適度に鍛え上げられているのがわかる。彼の姿を見ただけで劣等感に圧し潰されそうで目を背けたくなった。彼のパートナーはスタイニッツ伯爵家のべルティーナ嬢か。宮廷に出入りする皇后付きの令嬢だと認識していた。親密そうだが、パートナーならあのくらいの距離感は自然なことだ。だが、好きな男が他の令嬢と踊るのは見たくはないだろう。

 ヴェルターは盛大に勘違いをした。

 リティアとのダンスを十分に味わいたかったヴェルターだったが、リティアに同情しているうちに終わってしまった。名残惜しく思ったが、後でもう一度ダンスを申し込む決心をしてすぐにその場を離れた。こうしてやると、きっとウォルフリックがリティアにダンスを申し込むだろうと思ったのだ。想いあう二人なのだから。と、ヴェルターはさっきまで同情していたリティアと自分が同じ立場になったことに気が付き自虐的に笑った。見たくはない、よな。そう思って壁際へと向かった。

 幸い、すぐに親しい友人たちが彼の横に来てくれた。
「何だよ。ヴェルター。王子ともあろうものが早々に壁のか? 」
 レオンの軽口にも今は救われる思いだった。
「リティアは? 」
 逆隣からはランハートが声を掛けてきた。そう聞かれては見たくないリティアを探すしかなかった。
「ああ、あっちで踊ってるよ」
「へえ、誰と? って、シュベリー卿か。仲良しだな」
 レオンの言葉にヴェルターは胸が痛み、顔を背けた。
「はは、好奇心だろ。その後、どうなったか」
「どうって、そりゃ、結婚するんじゃないか」
 ランハートは何てことないように言った。ヴェルターは驚きで目を見開いたがショックで喉が詰まり直ぐには声が出せなかった。
「……お前たちは……知っていた、ということ……か」
「え? ああ。彼、わかりやすいからな。微笑ましかったよ」

 ……微笑ましいだと?自分を裏切る恋路にそう思えることが信じられなかった。だが、この二人は自分の友人であると同時にリティアの友人でもある。いや、いい。リティアの味方でいてやってくれる方がいいのだ。ヴェルターはそう思い深く息をついた。

「街の祭りも二人で来ていたしな」
 ランハートも二人を見かけたのだろうか? だが、リティアは自分と来ていたと訂正すべきか考えていた時だった。レオンが口を開く。
「あの日、彼は待機勤務だったからな。役目は大してないだろうから俺が助言したんだ。“誰か女性と行けばデートに見えて自然ですよ”ってね。ちゃんと誘ったんだな」
「ああ。仲良くやってるみたいだな。そういえば彼女は? ああ、プレイボーイの兄上と踊ってるのか」

 ヴェルターはこのあたりから二人の会話についていけなくなった。なぜならリティアにプレイボーイの兄はいないからだ。プレイボーイでない兄もいない。
 
「彼女、とは? 」
 ヴェルターは口を挟んだ。
「だから、べルティーナ嬢だよ。近々婚約の許可を求める書簡が届くんじゃね? もうプロポーズしたのかね」
「……プロポーズ」
「ああ、プロポーズ」
「誰が」
「シュベリー卿が」
「誰に」
 レオンが訝し気に顔を歪めた。
「だから、べルティーナ嬢だよ」
「はぁ」
 ヴェルターから情けない声が出た。が、直ぐにきっと目を吊り上げた。

「では、シュベリー卿はああ見えてプレイボーイだってことなのか!? 」
 レオンに詰め寄る勢いに、レオンはますます怪訝な顔だった。

「いや、プレイボーイはスタイニッツ伯爵家の長男と次男。でもまあ、別れ方もうまいから問題にはならないさ。程度さ」

 今度はヴェルターが怪訝な顔だった。ウォルフリックは確かにリティアの手を握っていたのだ。ヴェルターの記憶違いでも見間違いでもなかった。ランハートがレオンとヴェルターの顔を交互に見て、小さくあっと呟いた。

「ヴェルター、シュベリー卿は裏表のない純粋な人だ。あと、とても優しい。なんせ、みんなに手荒れ用のオイルをような人だからな」

 ランハートが言うと、レオンはぶっと吹き出し、ヴェルターはますます眉間の皺を深くした。

 ……シュベリー卿はべルティーナ嬢と結婚するのか。では、リティアは、リティアの気持ちはどうなるんだ。

 ヴェルターの誤解はまだ解けそうになかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

花婿が差し替えられました

凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。 元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。 その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。 ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。 ※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。 ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。 こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。 出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです! ※すみません、100000字くらいになりそうです…。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...