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建国祭(フィナーレ)
第10話-2
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ヴェルターは、ラゥルウント国の一行が揃うとリティアの様子が更におかしくなったことに気づいていた。リティアが神妙な面持ちで言って来た。
「ヴェル、聞きたいことがあるんだけど後でアン女王を紹介してくれない? 」
ヴェルターは何を今更。と思ったが快諾し、タイミングを見計らってるうちにダンスの曲が始まった。最初のダンスはパートナーと踊ると決まっている。気もそぞろにぶつぶつ言っているリティアを促し、ヴェルターはリティアの手を取った。
「リティア、集中して」
耳元で囁くとリティアははっとし、ようやく実が入った。ヴェルターは、最後かもしれない自分とのダンスに上の空なリティアに虚しさを感じていた。そして、そうなった理由は何だろうと原因を探ろうとした。
ヴェルターの目はウォルフリック・シュベリーで止まった。
……彼、だろうか。正装姿のこの日、ウォルフリックの艶やかな容姿はひと際目立っているように見えた。濡れ羽色の長い髪は一つにまとめられ、すらりとした体躯は騎士だけあって適度に鍛え上げられているのがわかる。彼の姿を見ただけで劣等感に圧し潰されそうで目を背けたくなった。彼のパートナーはスタイニッツ伯爵家のべルティーナ嬢か。宮廷に出入りする皇后付きの令嬢だと認識していた。親密そうだが、パートナーならあのくらいの距離感は自然なことだ。だが、好きな男が他の令嬢と踊るのは見たくはないだろう。
ヴェルターは盛大に勘違いをした。
リティアとのダンスを十分に味わいたかったヴェルターだったが、リティアに同情しているうちに終わってしまった。名残惜しく思ったが、後でもう一度ダンスを申し込む決心をしてすぐにその場を離れた。こうしてやると、きっとウォルフリックがリティアにダンスを申し込むだろうと思ったのだ。想いあう二人なのだから。と、ヴェルターはさっきまで同情していたリティアと自分が同じ立場になったことに気が付き自虐的に笑った。見たくはない、よな。そう思って壁際へと向かった。
幸い、すぐに親しい友人たちが彼の横に来てくれた。
「何だよ。ヴェルター。王子ともあろうものが早々に壁のしみか? 」
レオンの軽口にも今は救われる思いだった。
「リティアは? 」
逆隣からはランハートが声を掛けてきた。そう聞かれては見たくないリティアを探すしかなかった。
「ああ、あっちで踊ってるよ」
「へえ、誰と? って、シュベリー卿か。仲良しだな」
レオンの言葉にヴェルターは胸が痛み、顔を背けた。
「はは、好奇心だろ。その後、どうなったか」
「どうって、そりゃ、結婚するんじゃないか」
ランハートは何てことないように言った。ヴェルターは驚きで目を見開いたがショックで喉が詰まり直ぐには声が出せなかった。
「……お前たちは……知っていた、ということ……か」
「え? ああ。彼、わかりやすいからな。微笑ましかったよ」
……微笑ましいだと?自分を裏切る恋路にそう思えることが信じられなかった。だが、この二人は自分の友人であると同時にリティアの友人でもある。いや、いい。リティアの味方でいてやってくれる方がいいのだ。ヴェルターはそう思い深く息をついた。
「街の祭りも二人で来ていたしな」
ランハートも二人を見かけたのだろうか? だが、リティアは自分と来ていたと訂正すべきか考えていた時だった。レオンが口を開く。
「あの日、彼は待機勤務だったからな。役目は大してないだろうから俺が助言したんだ。“誰か女性と行けばデートに見えて自然ですよ”ってね。ちゃんと誘ったんだな」
「ああ。仲良くやってるみたいだな。そういえば彼女は? ああ、プレイボーイの兄上と踊ってるのか」
ヴェルターはこのあたりから二人の会話についていけなくなった。なぜならリティアにプレイボーイの兄はいないからだ。プレイボーイでない兄もいない。
「彼女、とは? 」
ヴェルターは口を挟んだ。
「だから、べルティーナ嬢だよ。近々婚約の許可を求める書簡が届くんじゃね? もうプロポーズしたのかね」
「……プロポーズ」
「ああ、プロポーズ」
「誰が」
「シュベリー卿が」
「誰に」
レオンが訝し気に顔を歪めた。
「だから、べルティーナ嬢だよ」
「はぁ」
ヴェルターから情けない声が出た。が、直ぐにきっと目を吊り上げた。
「では、シュベリー卿はああ見えてプレイボーイだってことなのか!? 」
レオンに詰め寄る勢いに、レオンはますます怪訝な顔だった。
「いや、プレイボーイはスタイニッツ伯爵家の長男と次男。でもまあ、別れ方もうまいから問題にはならないさ。たしなみ程度さ」
今度はヴェルターが怪訝な顔だった。ウォルフリックは確かにリティアの手を握っていたのだ。ヴェルターの記憶違いでも見間違いでもなかった。ランハートがレオンとヴェルターの顔を交互に見て、小さくあっと呟いた。
「ヴェルター、シュベリー卿は裏表のない純粋な人だ。あと、とても優しい。なんせ、みんなに手荒れ用のオイルを自ら塗ってくれるような人だからな」
ランハートが言うと、レオンはぶっと吹き出し、ヴェルターはますます眉間の皺を深くした。
……シュベリー卿はべルティーナ嬢と結婚するのか。では、リティアは、リティアの気持ちはどうなるんだ。
ヴェルターの誤解はまだ解けそうになかった。
「ヴェル、聞きたいことがあるんだけど後でアン女王を紹介してくれない? 」
ヴェルターは何を今更。と思ったが快諾し、タイミングを見計らってるうちにダンスの曲が始まった。最初のダンスはパートナーと踊ると決まっている。気もそぞろにぶつぶつ言っているリティアを促し、ヴェルターはリティアの手を取った。
「リティア、集中して」
耳元で囁くとリティアははっとし、ようやく実が入った。ヴェルターは、最後かもしれない自分とのダンスに上の空なリティアに虚しさを感じていた。そして、そうなった理由は何だろうと原因を探ろうとした。
ヴェルターの目はウォルフリック・シュベリーで止まった。
……彼、だろうか。正装姿のこの日、ウォルフリックの艶やかな容姿はひと際目立っているように見えた。濡れ羽色の長い髪は一つにまとめられ、すらりとした体躯は騎士だけあって適度に鍛え上げられているのがわかる。彼の姿を見ただけで劣等感に圧し潰されそうで目を背けたくなった。彼のパートナーはスタイニッツ伯爵家のべルティーナ嬢か。宮廷に出入りする皇后付きの令嬢だと認識していた。親密そうだが、パートナーならあのくらいの距離感は自然なことだ。だが、好きな男が他の令嬢と踊るのは見たくはないだろう。
ヴェルターは盛大に勘違いをした。
リティアとのダンスを十分に味わいたかったヴェルターだったが、リティアに同情しているうちに終わってしまった。名残惜しく思ったが、後でもう一度ダンスを申し込む決心をしてすぐにその場を離れた。こうしてやると、きっとウォルフリックがリティアにダンスを申し込むだろうと思ったのだ。想いあう二人なのだから。と、ヴェルターはさっきまで同情していたリティアと自分が同じ立場になったことに気が付き自虐的に笑った。見たくはない、よな。そう思って壁際へと向かった。
幸い、すぐに親しい友人たちが彼の横に来てくれた。
「何だよ。ヴェルター。王子ともあろうものが早々に壁のしみか? 」
レオンの軽口にも今は救われる思いだった。
「リティアは? 」
逆隣からはランハートが声を掛けてきた。そう聞かれては見たくないリティアを探すしかなかった。
「ああ、あっちで踊ってるよ」
「へえ、誰と? って、シュベリー卿か。仲良しだな」
レオンの言葉にヴェルターは胸が痛み、顔を背けた。
「はは、好奇心だろ。その後、どうなったか」
「どうって、そりゃ、結婚するんじゃないか」
ランハートは何てことないように言った。ヴェルターは驚きで目を見開いたがショックで喉が詰まり直ぐには声が出せなかった。
「……お前たちは……知っていた、ということ……か」
「え? ああ。彼、わかりやすいからな。微笑ましかったよ」
……微笑ましいだと?自分を裏切る恋路にそう思えることが信じられなかった。だが、この二人は自分の友人であると同時にリティアの友人でもある。いや、いい。リティアの味方でいてやってくれる方がいいのだ。ヴェルターはそう思い深く息をついた。
「街の祭りも二人で来ていたしな」
ランハートも二人を見かけたのだろうか? だが、リティアは自分と来ていたと訂正すべきか考えていた時だった。レオンが口を開く。
「あの日、彼は待機勤務だったからな。役目は大してないだろうから俺が助言したんだ。“誰か女性と行けばデートに見えて自然ですよ”ってね。ちゃんと誘ったんだな」
「ああ。仲良くやってるみたいだな。そういえば彼女は? ああ、プレイボーイの兄上と踊ってるのか」
ヴェルターはこのあたりから二人の会話についていけなくなった。なぜならリティアにプレイボーイの兄はいないからだ。プレイボーイでない兄もいない。
「彼女、とは? 」
ヴェルターは口を挟んだ。
「だから、べルティーナ嬢だよ。近々婚約の許可を求める書簡が届くんじゃね? もうプロポーズしたのかね」
「……プロポーズ」
「ああ、プロポーズ」
「誰が」
「シュベリー卿が」
「誰に」
レオンが訝し気に顔を歪めた。
「だから、べルティーナ嬢だよ」
「はぁ」
ヴェルターから情けない声が出た。が、直ぐにきっと目を吊り上げた。
「では、シュベリー卿はああ見えてプレイボーイだってことなのか!? 」
レオンに詰め寄る勢いに、レオンはますます怪訝な顔だった。
「いや、プレイボーイはスタイニッツ伯爵家の長男と次男。でもまあ、別れ方もうまいから問題にはならないさ。たしなみ程度さ」
今度はヴェルターが怪訝な顔だった。ウォルフリックは確かにリティアの手を握っていたのだ。ヴェルターの記憶違いでも見間違いでもなかった。ランハートがレオンとヴェルターの顔を交互に見て、小さくあっと呟いた。
「ヴェルター、シュベリー卿は裏表のない純粋な人だ。あと、とても優しい。なんせ、みんなに手荒れ用のオイルを自ら塗ってくれるような人だからな」
ランハートが言うと、レオンはぶっと吹き出し、ヴェルターはますます眉間の皺を深くした。
……シュベリー卿はべルティーナ嬢と結婚するのか。では、リティアは、リティアの気持ちはどうなるんだ。
ヴェルターの誤解はまだ解けそうになかった。
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