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真のヒロイン、悪女とは……。
第6話ー4
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「手荒れにオイルを塗ると良くなるのですか? 」
リティアは、改まって言った割にウォルフリックの質問がごく普通で返答が一瞬遅れた。
「は、ええ。乾燥した際には保湿出来ますし、手荒れ予防にもなります。お好きな香りのついた物は癒しにもなりますわ」
手荒れで悩んでいたのかとウォルフリックの手をチラリと盗み見た。剣を持つだけあってごつごつした手だった。
「香り……そうですか。私も時々荒れはするんですが、剣を持つのにオイルは滑りそうですね」
ウォルフリックはにこり笑った。彼に恋心を抱いていないリティアさえ惑わされてしまいそうなウォルフリックの笑顔に、リティアは自分がしばらく見とれていたことに気が付かなかった。
「……リティア嬢? どうされましたか」
「あ、いえ。その、話しやすい方ですし、異性の友人がいらっしゃらないのも不思議で。アカデミーには通ってらっしゃらなかったからでしょうか」
確か、アカデミーにウォルフリックは通っていなかった。もし通っていたら彼の容姿では令嬢たちが黙っているはずもなく、リティアも気づかないわけがなかった。
「ええ、子供の頃は母方の祖父母のところで過ごしていたものですから」
「……そうなのですね」
夫人の実家ということは異国なのだろうか。なぜ父のいる王都ではなく、夫人の実家で過ごしたのだろう。リティアは疑問に思ったがそれを詮索しない教養はあったし。気安く聞ける間柄では無かった。ふ、とウォルフリックが吹き出したのに気づいて、リティアは顔を上げた。
「複雑な事情があったわけではなく」
ウォルフリックはここで言葉を切るとリティアの耳に口を寄せた。
「あまり格好いい理由ではありません。父の多忙の中、母は慣れない異国での生活でホームシックになったのです。そして、療養のために実家へ帰ったのですが、お恥ずかしながら、甘えん坊だった私は母に着いて行った、ということです」
「“甘えん坊”! 今の凛々しいシュベリー卿からは想像出来な……」
リティアは無意識に気軽な物言いになっていることに気づき、はっと口に手を当てた。それと、“凛々しい”など本人に向かって軽薄にも口にしてしまった。
「はは、いえ。そう言っていただいて光栄です」
彼の気さくな態度にリティアも少し心を許した。
「もしかして、異性の友人が欲しいのですか」
リティアが尋ねると、ウォルフリックは緩く首を振った。
「私には必要ありません。以前はアカデミー出身の令息や令嬢が気安く話すのを見て欲しいと思ったこともありますが、私には、その……令嬢たちは普通に接しては下さらなくて」
「どういうことでしょうか」
リティアは首を傾げると、ウォルフリックはため息交じりに答えた。
「私の前で令嬢たちはみな、詩人になるのです」
「……詩人? 宮廷詩人ですか? 」
「いえ、そうではなく。吟遊詩人、いや、哀歌詩人に近いかもしれません」
言い辛そうなウォルフリックの様子から、リティアは悟った。女性と接することの少ない異国の血が入った騎士。幼少期は異国で過ごしたこともあり社交界での情報も少ないミステリアスな男性。このしっとりと落ち着いた色気、容姿。気さくに話しかけられない分、令嬢たちの羨望が募ったのだろう。
「ああ。シュベリー卿、かなりおモテになるのですね? 」
「おこがましいのですが」
「わかりました。卿の前ではみな、ポエマーになってしまう、ということですね。ふ、ふふふ。仕方ないですわ、あなたは人を緊張させるくらい素敵なんですもの」
すっかり眉をさげてしまったウォルフリックにリティアは遠慮なく笑ってしまった。
「お笑いになりますが、本当に困っていたのです。どう返していいかわからず、失礼なことも出来ませんし。確かに私は、レオン・フリューリング卿のように気の利いたことも言えず、上手く受け流すことも出来ずにいました。ただ黙っていたら令嬢を怖がらせることになってしまい、異性の友人も出来ないままなのです。なんせ、この容姿ですから」
リティアはウォルフリックの“この容姿”は女性の思うものと相違があると気づいていた。
「違いますわ、シュベリー卿。あなたの容姿は威圧的で女性を怖がらせる類のものではございません。あなたが素敵過ぎて気後れする容姿だということですわ。その証拠に私はあなたが怖くはありませんもの」
ウォルフリックはにわかには信じがたい表情をして、リティアを見つめ返して吹き出した。
「それは、リティア嬢。あなたはこの国の太陽をいつも間近で見てらっしゃるのですから、私の容姿など、その辺の石ころと差異はないでしょう」
「そんなことはありませんわ。私の目にも素敵にうつっております。ずっとヴェルター殿下を見て育った私の審美眼は確かですわ! 」
リティアがむきになって言い返すとウォルフリックはくすくす笑った。しばらくヴェルターの事を考えたくなくて忙しくしていたのに、結局考えてしまう。この国でリティアを見てヴェルターを思い出さない人はいないのだろう。
リティアは、改まって言った割にウォルフリックの質問がごく普通で返答が一瞬遅れた。
「は、ええ。乾燥した際には保湿出来ますし、手荒れ予防にもなります。お好きな香りのついた物は癒しにもなりますわ」
手荒れで悩んでいたのかとウォルフリックの手をチラリと盗み見た。剣を持つだけあってごつごつした手だった。
「香り……そうですか。私も時々荒れはするんですが、剣を持つのにオイルは滑りそうですね」
ウォルフリックはにこり笑った。彼に恋心を抱いていないリティアさえ惑わされてしまいそうなウォルフリックの笑顔に、リティアは自分がしばらく見とれていたことに気が付かなかった。
「……リティア嬢? どうされましたか」
「あ、いえ。その、話しやすい方ですし、異性の友人がいらっしゃらないのも不思議で。アカデミーには通ってらっしゃらなかったからでしょうか」
確か、アカデミーにウォルフリックは通っていなかった。もし通っていたら彼の容姿では令嬢たちが黙っているはずもなく、リティアも気づかないわけがなかった。
「ええ、子供の頃は母方の祖父母のところで過ごしていたものですから」
「……そうなのですね」
夫人の実家ということは異国なのだろうか。なぜ父のいる王都ではなく、夫人の実家で過ごしたのだろう。リティアは疑問に思ったがそれを詮索しない教養はあったし。気安く聞ける間柄では無かった。ふ、とウォルフリックが吹き出したのに気づいて、リティアは顔を上げた。
「複雑な事情があったわけではなく」
ウォルフリックはここで言葉を切るとリティアの耳に口を寄せた。
「あまり格好いい理由ではありません。父の多忙の中、母は慣れない異国での生活でホームシックになったのです。そして、療養のために実家へ帰ったのですが、お恥ずかしながら、甘えん坊だった私は母に着いて行った、ということです」
「“甘えん坊”! 今の凛々しいシュベリー卿からは想像出来な……」
リティアは無意識に気軽な物言いになっていることに気づき、はっと口に手を当てた。それと、“凛々しい”など本人に向かって軽薄にも口にしてしまった。
「はは、いえ。そう言っていただいて光栄です」
彼の気さくな態度にリティアも少し心を許した。
「もしかして、異性の友人が欲しいのですか」
リティアが尋ねると、ウォルフリックは緩く首を振った。
「私には必要ありません。以前はアカデミー出身の令息や令嬢が気安く話すのを見て欲しいと思ったこともありますが、私には、その……令嬢たちは普通に接しては下さらなくて」
「どういうことでしょうか」
リティアは首を傾げると、ウォルフリックはため息交じりに答えた。
「私の前で令嬢たちはみな、詩人になるのです」
「……詩人? 宮廷詩人ですか? 」
「いえ、そうではなく。吟遊詩人、いや、哀歌詩人に近いかもしれません」
言い辛そうなウォルフリックの様子から、リティアは悟った。女性と接することの少ない異国の血が入った騎士。幼少期は異国で過ごしたこともあり社交界での情報も少ないミステリアスな男性。このしっとりと落ち着いた色気、容姿。気さくに話しかけられない分、令嬢たちの羨望が募ったのだろう。
「ああ。シュベリー卿、かなりおモテになるのですね? 」
「おこがましいのですが」
「わかりました。卿の前ではみな、ポエマーになってしまう、ということですね。ふ、ふふふ。仕方ないですわ、あなたは人を緊張させるくらい素敵なんですもの」
すっかり眉をさげてしまったウォルフリックにリティアは遠慮なく笑ってしまった。
「お笑いになりますが、本当に困っていたのです。どう返していいかわからず、失礼なことも出来ませんし。確かに私は、レオン・フリューリング卿のように気の利いたことも言えず、上手く受け流すことも出来ずにいました。ただ黙っていたら令嬢を怖がらせることになってしまい、異性の友人も出来ないままなのです。なんせ、この容姿ですから」
リティアはウォルフリックの“この容姿”は女性の思うものと相違があると気づいていた。
「違いますわ、シュベリー卿。あなたの容姿は威圧的で女性を怖がらせる類のものではございません。あなたが素敵過ぎて気後れする容姿だということですわ。その証拠に私はあなたが怖くはありませんもの」
ウォルフリックはにわかには信じがたい表情をして、リティアを見つめ返して吹き出した。
「それは、リティア嬢。あなたはこの国の太陽をいつも間近で見てらっしゃるのですから、私の容姿など、その辺の石ころと差異はないでしょう」
「そんなことはありませんわ。私の目にも素敵にうつっております。ずっとヴェルター殿下を見て育った私の審美眼は確かですわ! 」
リティアがむきになって言い返すとウォルフリックはくすくす笑った。しばらくヴェルターの事を考えたくなくて忙しくしていたのに、結局考えてしまう。この国でリティアを見てヴェルターを思い出さない人はいないのだろう。
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