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真のヒロイン、悪女とは……。
第6話ー2
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ヴェルターがリティアの元へ訪問する日だった。オリブリュス公爵邸、リティアの部屋にはミリーが早くから取り仕切っていた。
「お嬢様、今日は王太子様は長旅でお疲れでしょうからゆっくりお寛ぎいただくために、お嬢様のお部屋にお通ししてはどうでしょう」
リティアはヴェルターが帰国してすでに日が経っていることは知っていたが特に反論することなくミリーの意見を受け入れた。諦めとも言う。リティアは特別華美ではないいつも通りのリティアらしいドレスで着飾ると、間もなくヴェルターがやってきた。
ヴェルターがいつものようにまばゆい容姿で、登場すると見慣れたリティアでも見とれてしまう。ぼうっとするリティアにヴェルターは柔らかい微笑みを向けた。
「やぁ、時間が空いて申し訳なかったね」
「いいえ、大変だったでしょう? 」
「いや、そんなこともないさ」
リティアはマルティンとヴェルターの言葉からこの旅が有意義であったことを悟った。ヴェルターは疲れていてもそれを表には出さない。でも、今のこれは本心だろう。そう思うと旅の話を聞いてみたくなった。特に、アン女王と何かあったのではということを。リティアはどう切り出そうかと思ったが、心配なかった。ヴェルターから話が出たのだ。
「リティ、アン女王から贈り物を預かってるんだ」
「まぁ、贈り物。私に? 」
ヴェルターから渡された箱からは美しいドレスが出てきた。持ち上げると生地がさらりと流れる。
「まぁ、なんて綺麗なの。真珠のような艶。でも真っ白ではないし、光の加減で少し黒味を帯びているような……。ヴェル、この色、なんて表現したらいいかしら」
ヴェルターを見上げたリティアは、はっとした。ヴェルターも気づいたらしく、微笑んだままの表情ははにかんだ笑みに変わった。
「さぁ、なんて言ったらいいんだろうね。えーっと、“白飛びしそうな色”」
「ヴェルったら! 」
「ははは」
ドレスは、ヴェルターの横に並ぶことが想定された色だった。ヴェルターの髪と同じ色だ。リティアはヴェルターがまだ根に持っていることを知り必死で弁解する。
「太陽は眩しくて直接見られないでしょう? あなたはこの国の若き太陽だから! 」
「うん」
優しく微笑むヴェルターにリティアはますますばつが悪くなって俯いた。頬が赤くなる。見慣れた笑顔が知らない人みたいで、リティアの胸が小さく痛んだ。彼が即位したら、もうこうやって気安く話すこともないのだろうか。彼の隣にこの色のドレスを着て並んでいいのだろうか。
「今度、このドレスを着て会いにいこうかしら」
ヴェルターは一瞬鉄壁の微笑みを保てていなかった。どうしてこんなことを言ってしまったのだろうか。リティアがそう後悔するくらい沈黙が続いた。
「申し訳ない、リティ。しばらく忙しいんだ。だから、そのドレスは次回僕がこちらへ伺った時に見せてくれないか? 」
いつもの柔らかな微笑みで言われると、リティアも
「ええ、そうするわね」
と言うしかなかった。羞恥で顔が熱くなるのを感じた。ヴェルターがこのドレスを着た自分を早く見たいだろうと思っているかのような言い方をしてしまった。俯いたリティアにヴェルターが顔を寄せる。
「楽しみにしているから、それまでは着ないでね」
リティアは気を遣われたのだと思うとどうしようもない気持ちになったが、不意に近づいたヴェルターに更に顔を赤くした。なかなか離れようとしないヴェルターに、リティアは体を固くして息をするのを忘れた。すっ、とヴェルターの手がリティアの耳朶に触れ、リティアは身をすくめた。ひやりと人肌ではない冷たさに俯いた顔をあげた。
「ヴェル……? 」
「うん。僕からのプレゼント。ラゥルウントは希少性の高い天然鉱物も多く産出しているから。きっと、君に似合うと思ったんだ」
ヴェルターは自分の選んだ宝石の耳飾りをリティアに着けると、やっぱり、良く似合う。と満足げに笑った。それから、リティアの束ねた髪の先を持つとそこに器用にリボンを結んだ。
「ラゥルウントは今、織物産業にも力を入れていてね。このドレスもそうだけど、染色技術が素晴らしいんだ。ほら、君の白い肌にとっても映える。……綺麗だ」
リティアはすっと視線を落とし、リボンを確認した。鮮やかな深紅が艶やかに瞳に映った。触れるとしっとりとした生地は、きっと高価なものなのだろう。
「……綺麗」
「うん。実は僕のクラヴァットも同じ布で仕立ててもらうことにしたんだ」
綺麗だった。ヴェルターが持ってくれた鏡にはリボンと同じく、少し黒みがかった紅く濃い色のガーネットの耳飾りが揺れていた。あまりの美しさにリティアは息を吞んだ。
「そう……。珍しいわね、ヴェル。あなたがこの色を選ぶのは珍しいわね。え、っと、どうしてこの色を選んでくれたの? 」
リティアが尋ねるとヴェルター直ぐには返事をしなかった。
「どうして、どうしてだろう。ただ、この色が妙に綺麗に見えたんだ。気に入らない? 」
「まさか! ありがとう。とっても素敵だわ」
事実、リティアはとても綺麗だと思った。だが、どうしてかわからないという事は無意識だろうか。この色が妙に綺麗に見えたのはなぜか、ヴェルターは自覚に至っていないのだろうか。
マルティン補佐官は言った。“深紅の髪と、深い紫の瞳。目を見張るほど美しい方でした”目を見張るほど、美しいアン女王はこんな髪色をしていたのだろうか。リティアは紅い宝石を通してアン女王の髪を想った。
「お嬢様、今日は王太子様は長旅でお疲れでしょうからゆっくりお寛ぎいただくために、お嬢様のお部屋にお通ししてはどうでしょう」
リティアはヴェルターが帰国してすでに日が経っていることは知っていたが特に反論することなくミリーの意見を受け入れた。諦めとも言う。リティアは特別華美ではないいつも通りのリティアらしいドレスで着飾ると、間もなくヴェルターがやってきた。
ヴェルターがいつものようにまばゆい容姿で、登場すると見慣れたリティアでも見とれてしまう。ぼうっとするリティアにヴェルターは柔らかい微笑みを向けた。
「やぁ、時間が空いて申し訳なかったね」
「いいえ、大変だったでしょう? 」
「いや、そんなこともないさ」
リティアはマルティンとヴェルターの言葉からこの旅が有意義であったことを悟った。ヴェルターは疲れていてもそれを表には出さない。でも、今のこれは本心だろう。そう思うと旅の話を聞いてみたくなった。特に、アン女王と何かあったのではということを。リティアはどう切り出そうかと思ったが、心配なかった。ヴェルターから話が出たのだ。
「リティ、アン女王から贈り物を預かってるんだ」
「まぁ、贈り物。私に? 」
ヴェルターから渡された箱からは美しいドレスが出てきた。持ち上げると生地がさらりと流れる。
「まぁ、なんて綺麗なの。真珠のような艶。でも真っ白ではないし、光の加減で少し黒味を帯びているような……。ヴェル、この色、なんて表現したらいいかしら」
ヴェルターを見上げたリティアは、はっとした。ヴェルターも気づいたらしく、微笑んだままの表情ははにかんだ笑みに変わった。
「さぁ、なんて言ったらいいんだろうね。えーっと、“白飛びしそうな色”」
「ヴェルったら! 」
「ははは」
ドレスは、ヴェルターの横に並ぶことが想定された色だった。ヴェルターの髪と同じ色だ。リティアはヴェルターがまだ根に持っていることを知り必死で弁解する。
「太陽は眩しくて直接見られないでしょう? あなたはこの国の若き太陽だから! 」
「うん」
優しく微笑むヴェルターにリティアはますますばつが悪くなって俯いた。頬が赤くなる。見慣れた笑顔が知らない人みたいで、リティアの胸が小さく痛んだ。彼が即位したら、もうこうやって気安く話すこともないのだろうか。彼の隣にこの色のドレスを着て並んでいいのだろうか。
「今度、このドレスを着て会いにいこうかしら」
ヴェルターは一瞬鉄壁の微笑みを保てていなかった。どうしてこんなことを言ってしまったのだろうか。リティアがそう後悔するくらい沈黙が続いた。
「申し訳ない、リティ。しばらく忙しいんだ。だから、そのドレスは次回僕がこちらへ伺った時に見せてくれないか? 」
いつもの柔らかな微笑みで言われると、リティアも
「ええ、そうするわね」
と言うしかなかった。羞恥で顔が熱くなるのを感じた。ヴェルターがこのドレスを着た自分を早く見たいだろうと思っているかのような言い方をしてしまった。俯いたリティアにヴェルターが顔を寄せる。
「楽しみにしているから、それまでは着ないでね」
リティアは気を遣われたのだと思うとどうしようもない気持ちになったが、不意に近づいたヴェルターに更に顔を赤くした。なかなか離れようとしないヴェルターに、リティアは体を固くして息をするのを忘れた。すっ、とヴェルターの手がリティアの耳朶に触れ、リティアは身をすくめた。ひやりと人肌ではない冷たさに俯いた顔をあげた。
「ヴェル……? 」
「うん。僕からのプレゼント。ラゥルウントは希少性の高い天然鉱物も多く産出しているから。きっと、君に似合うと思ったんだ」
ヴェルターは自分の選んだ宝石の耳飾りをリティアに着けると、やっぱり、良く似合う。と満足げに笑った。それから、リティアの束ねた髪の先を持つとそこに器用にリボンを結んだ。
「ラゥルウントは今、織物産業にも力を入れていてね。このドレスもそうだけど、染色技術が素晴らしいんだ。ほら、君の白い肌にとっても映える。……綺麗だ」
リティアはすっと視線を落とし、リボンを確認した。鮮やかな深紅が艶やかに瞳に映った。触れるとしっとりとした生地は、きっと高価なものなのだろう。
「……綺麗」
「うん。実は僕のクラヴァットも同じ布で仕立ててもらうことにしたんだ」
綺麗だった。ヴェルターが持ってくれた鏡にはリボンと同じく、少し黒みがかった紅く濃い色のガーネットの耳飾りが揺れていた。あまりの美しさにリティアは息を吞んだ。
「そう……。珍しいわね、ヴェル。あなたがこの色を選ぶのは珍しいわね。え、っと、どうしてこの色を選んでくれたの? 」
リティアが尋ねるとヴェルター直ぐには返事をしなかった。
「どうして、どうしてだろう。ただ、この色が妙に綺麗に見えたんだ。気に入らない? 」
「まさか! ありがとう。とっても素敵だわ」
事実、リティアはとても綺麗だと思った。だが、どうしてかわからないという事は無意識だろうか。この色が妙に綺麗に見えたのはなぜか、ヴェルターは自覚に至っていないのだろうか。
マルティン補佐官は言った。“深紅の髪と、深い紫の瞳。目を見張るほど美しい方でした”目を見張るほど、美しいアン女王はこんな髪色をしていたのだろうか。リティアは紅い宝石を通してアン女王の髪を想った。
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