悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

文字の大きさ
上 下
20 / 60
国境シュテンヘルムへ。

第5話ー6(紅の女王)

しおりを挟む
 宮殿の案内が終わるとアデルモは、
「このシュテンヘルムはなかなかに美人が多い。君たちも今日が終わるとゆっくりしていくといい。羽目も多少は外さないとな」
 と若い青年たちに声を掛けた。
「叔父上、……まったく。女性に慣れてらっしゃらないのかと心配しましたのに」
「わはは、素晴らしい女性ばかりで選べんのだ」

 夫婦の寝室は妻しか入れないが、といったとこか。ヴェルターは安心したように呆れたようにため息をはいた。
「まったく」
「ヴェルター、お前の方が結婚は早いかもしれないな」
 そう言われて、ヴェルターはうかつにも体を強張らせてしまった。一瞬の出来事だったが勘のいいアデルモには気づかれてしまった。
「何だ。リティア嬢とうまくいってないのか? 」
「そんなわけないじゃないですか」
 ヴェルターは半ば自分に言い聞かせるように言った。
「……そうか。お前たちは幼馴染だからな、男女の意識がなかなか変わらないのかもしれないな」
「いえ、そういうわけでは」
「ん、じゃあ、体の相性か? 」
「叔父上! 結婚もしていないのにそんなわけないでしょう! 」
「は、ううむ。まだなのか? 」
 ヴェルターはカッと顔を赤くした。
「婚約者は結婚するまで関係は持てないのか? いや、でもお前たちは恋人でもあるんじゃないのか? 」
 マルティンはまた話を振られては困ると聞いてない振りをした。もっとも、聞いていいのかわからない話ではある。

「とにかく、私とリティアはまだ、ごほん、慎重に、結婚してからで構いません」
「そうか。まぁ、もう一年てところだもんな。元気か、リティア嬢は」
「……ええ、元気ですよ」
 
 元気か聞かれただけだ、元気と応えればよいものを。ヴェルターは自分の未熟さを疎む。返答に一拍置いてしまった。
「そうか。ならいい。私はお前の幸せを祈ってる。聞き分けが良いのもお兄ちゃんとしては心配なのだ」
「大丈夫です。大丈夫ですよ、僕とリティアは」
 ヴェルターは自分に言い聞かせるように、半ば懇願するようにその言葉を言った。
「そうか、それならいいんだ」
 アデルモは理解ある大人のように頷いた。

 しばし、静かな空気が流れたが
「まぁ、俺に男女のことはわからん。だが寝所のことなら聞いてくれ」
 と言ってヴェルターに睨まれたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇

 隣国の王女アン=ソフィ・ラゥルウント一行は驚くほど軽装でやってきた。女王を入れて僅か数人だ。武器を持つ者はたった一人しかいない。あとは侍従だ。

 鮮やかな紅い髪、意思の強そうなきゅっと上がった目じり。髪と同じ色の長い睫毛に縁どられた瞳は初めて見る美しい宝石のような深紫。その場にいた誰もが息をのんだのがわかった。ものすごい美人だ。

「紹介しよう、アン。私の甥であるヴェルターだ。横はマルティン。それから……」
 と、こちらの騎士もすべて紹介が終わるとアデルモはヴェルターたちに挨拶の間も与えずに続けた。
「私の友人のアンだ。目を見張るほどの美人だろう? それからペール」
「よろしく」
 アンだと紹介されたアン=ソフィ・ラゥルウントは、にこやかに微笑んだ。
 ペールと呼ばれた男は大柄で唇から顎にかけて傷があった。この男、ペール=オロフは寡黙で近寄りがたい雰囲気だった。相手にこう出られてはこちらも大仰な挨拶は出来ず、ヴェルターは彼女の手を取るべきか思い悩み、一歩進んだ時だった。ぞわり、身の毛だつほどの殺気に、騎士たちは剣に手を掛けた。アンの制止が無ければ誰かは剣を抜いていただろう。
「ペール、止めてちょうだい。ごめんなさいね。あなた方があまりに、ふふ、精鋭揃いなものだから。殺気立ってしまったようね」

 相当の手練れであることがわかった。だからこそ剣を持つのはペール一人だけなのだろう。
「ヴェルター様。

 アンのいきなりの本題に、ヴェルターはごくり、喉を鳴らした。が、すぐに拍子抜けすることになった。

「王都、ルーイヒを見せていただきたいのです。そこで、王都育ちのあなたに案内をお願いできないかと思いまして」

 要求事態は簡単なものである。ただ、わざわざ直接王太子であるヴェルターに頼むという事は別の意図もあるのだろうか。あまり、深読みが相手に伝わってはまずいとヴェルターは快諾をした。
「ええ。勿論です。ですが、それでしたら国賓として正式にご招待いたしますが」
「国賓でしたら自由がきかないでしょう? 」
「自由、ですか? 」
「そう。例えば、勉強の時間なんかでも親が見に来るってわかってたら子供はいい子にしているものでしょう? 」
「なるほど。ありのままの姿が見たいということですね」
「そういうこと。ああ、でもあなたの容姿は目立つわね」
 
 ヴェルターは一目で王族だとわかる外見をしている。それを差し引いても浸透した気品ある立ち居振る舞いで平凡な人間には見えないだろう。だが、アンほどではないだろうとヴェルターは複雑な心境だった。

「瞳の色は向かい合わない限りそこまで目立たないわ。問題は髪ね。フードで隠せるにしても限界があるわね。色、変えましょうか。目立たない色ってブラウンかしら」
「黒……」
 ヴェルターは無意識にそう言っていた。アンが、はて、と首を傾げてヴェルターを見つめた。……黒は比較的珍しい色だった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

処理中です...