16 / 60
国境シュテンヘルムへ。
第5話ー2(そのころリティアは)
しおりを挟む
リティアはこの日も回想に耽っていた。ヴェルターの訪問がないものでしばらくは静かに過ごせそうだった。ミリーは主に取り仕切るメインイベントがなくなったことで気抜けしているのだろう。いい事づくめじゃないの、とは思うが口にするほど馬鹿ではなかった。
王太子宮、ヴェルターの執務室の窓から見える記念樹を見て帰らなかった。大きくなっただろうか。もうあれ以上は大きくはならないのだろうか。思えば幼い頃に二人で植えた記念樹、二人の意見が合わなくて二本植えることになった。どちらも自分の意見を譲らなかったのを覚えている。今ならヴェルターが譲ってくれるだろうか。リティアだって我がままを押し通したりしない。大人になったのだ。大人になったが、自由に意見を言えるあの時の方が、今の関係より良かったのかもしれない。そして、二本の記念樹はけして一つになれない相入れない二人の関係性を物語っているような気がした。
リティアには令嬢たちから多くのお茶会への招待状が届いていた。気乗りしないリティアは何とか体よく断れる理由がないかと模索していたが、良い案が浮かばず諦めた頃、リティアの母親が部屋を訪ねてきたのだった。
聞けば、母親の馬車の調子が悪いとのこと。街へ出るくらいなら紋章のないものや、華美でないもの、または貸し馬車を使うが、皇后からの招待を受けるとなればそうもいかない。そこで、リティアに同乗を頼みに来たのだ。
「リティア、王宮への行き道だけでも送ってくれないかしら」
「いいえ、お母さま。私、しばらく外出の予定はありませんから、私の馬車を使っていただいて結構ですわ」
母親はきょとんとする。こういう表情をすると二人はよく似ていた。
「でも、あなた。ヴェルター王子に会いに宮廷へ行く時や、令嬢たちのお茶会はどうするの? 」
「それが、お母さま。殿下はしばらくお忙しいみたいで宮廷にいらっしゃらないのですわ」
「まぁ、それで社交の場に出るのも気乗りしないのね? 」
母親の勘違いに、否定しても勘ぐられそうで、リティアは微笑むしかなかった。その不自然な笑顔をを母親は無理をしていると判断し、いたわりをもってリティアを見つめた。
「そうね、リティア。あなたもこれからますます忙しくなるのだから、今のうちに休んでおきなさい。それと、ミリーを連れて行きたいのだけどいいかしら」
「ミリーを? 」
「そう。エルシャが妊娠していることは知ってるわね? 」
エルシャは母付きの侍女だ。
「ええ」
「あまり馬車であちこちに連れて行きたくないのよ。かといって、皇后さまのところへ行くのにハンナではまだ頼りないでしょう。エルシャの穴埋めには3人は必要だと思うのだけど、こちらがぞろぞろと侍女を連れて行くのは不敬でしょうし、ミリーなら皇后さまも知った顔でしょうから。リティアが屋敷から出ないならミリーでなくても不便はないでしょう? 」
「ええ、大丈夫よ」
リティアは思わぬ幸運が手に入った気分だった。お茶会に行かなくて済む正当な理由が出来ただけでなく、ミリーもいなくなるという事は……思い切りダラダラ出来る!リティアのダラダラはせいぜい一人静かに物思いに耽るくらいであるが、貴重な時間であった。緩んでしまう顔をごまかすのに俯くと、母親は心配する素振りを見せた。
「仕方がないわよ、殿下もご公務でお忙しいでしょうし。あなたたちは小さなころからずっと会っていたから少し会えなくなったくらいで寂しいでしょうけど、もうすぐ成婚するとこの家で過ごすのはあとわずか。私たちにもあなたを側における貴重な時間なの、忘れないでいてね」
それから、
「殿下は公務が終わり次第すぐに会いに来て下さるわ。あなたが会いに行ってもいいじゃないの」と、目くばせした。
「あ、ええ」
思わず微妙な返事をしてしまい母親は眉を寄せた。
「殿下、すぐにお帰りにならないの? 」
「え、ええ。おそらく」
「……どちらに行かれたか聞いていないの? 」
「それが、非公式の事らしく、詳しくは……」
「……そう。そうなのね」
母親はしばらく顎に指を当てていたが、娘がいらぬ詮索をせずに済むようににっこりと笑った。
「心配ないわ、リティ。あなたも気分転換に街へ出かけたらどうかしら、お友達を誘って、新しく出来たカフェにでも行ってらっしゃい」
「はい、お母さま」
リティアは自身の母親がヴェルターの母親である王妃にいらぬことを言わないかと心配した。ややこしくしないでと願うばかりだ。
婚約破棄後の事を考えると、リティアがヴェルターを異性として慕っている中で破棄されたと思われると、相当な同情と心痛を周りに強いる。かといって気のない振りをするのも婚約者である今の状況としてよろしくは無い。この複雑な胸の内を打ち明けられる友人も身内も侍従もいない。どんな態度をとっていいかわからず、リティアはただその日が来るのを待つしかなかった。
孤独であった。
王太子宮、ヴェルターの執務室の窓から見える記念樹を見て帰らなかった。大きくなっただろうか。もうあれ以上は大きくはならないのだろうか。思えば幼い頃に二人で植えた記念樹、二人の意見が合わなくて二本植えることになった。どちらも自分の意見を譲らなかったのを覚えている。今ならヴェルターが譲ってくれるだろうか。リティアだって我がままを押し通したりしない。大人になったのだ。大人になったが、自由に意見を言えるあの時の方が、今の関係より良かったのかもしれない。そして、二本の記念樹はけして一つになれない相入れない二人の関係性を物語っているような気がした。
リティアには令嬢たちから多くのお茶会への招待状が届いていた。気乗りしないリティアは何とか体よく断れる理由がないかと模索していたが、良い案が浮かばず諦めた頃、リティアの母親が部屋を訪ねてきたのだった。
聞けば、母親の馬車の調子が悪いとのこと。街へ出るくらいなら紋章のないものや、華美でないもの、または貸し馬車を使うが、皇后からの招待を受けるとなればそうもいかない。そこで、リティアに同乗を頼みに来たのだ。
「リティア、王宮への行き道だけでも送ってくれないかしら」
「いいえ、お母さま。私、しばらく外出の予定はありませんから、私の馬車を使っていただいて結構ですわ」
母親はきょとんとする。こういう表情をすると二人はよく似ていた。
「でも、あなた。ヴェルター王子に会いに宮廷へ行く時や、令嬢たちのお茶会はどうするの? 」
「それが、お母さま。殿下はしばらくお忙しいみたいで宮廷にいらっしゃらないのですわ」
「まぁ、それで社交の場に出るのも気乗りしないのね? 」
母親の勘違いに、否定しても勘ぐられそうで、リティアは微笑むしかなかった。その不自然な笑顔をを母親は無理をしていると判断し、いたわりをもってリティアを見つめた。
「そうね、リティア。あなたもこれからますます忙しくなるのだから、今のうちに休んでおきなさい。それと、ミリーを連れて行きたいのだけどいいかしら」
「ミリーを? 」
「そう。エルシャが妊娠していることは知ってるわね? 」
エルシャは母付きの侍女だ。
「ええ」
「あまり馬車であちこちに連れて行きたくないのよ。かといって、皇后さまのところへ行くのにハンナではまだ頼りないでしょう。エルシャの穴埋めには3人は必要だと思うのだけど、こちらがぞろぞろと侍女を連れて行くのは不敬でしょうし、ミリーなら皇后さまも知った顔でしょうから。リティアが屋敷から出ないならミリーでなくても不便はないでしょう? 」
「ええ、大丈夫よ」
リティアは思わぬ幸運が手に入った気分だった。お茶会に行かなくて済む正当な理由が出来ただけでなく、ミリーもいなくなるという事は……思い切りダラダラ出来る!リティアのダラダラはせいぜい一人静かに物思いに耽るくらいであるが、貴重な時間であった。緩んでしまう顔をごまかすのに俯くと、母親は心配する素振りを見せた。
「仕方がないわよ、殿下もご公務でお忙しいでしょうし。あなたたちは小さなころからずっと会っていたから少し会えなくなったくらいで寂しいでしょうけど、もうすぐ成婚するとこの家で過ごすのはあとわずか。私たちにもあなたを側における貴重な時間なの、忘れないでいてね」
それから、
「殿下は公務が終わり次第すぐに会いに来て下さるわ。あなたが会いに行ってもいいじゃないの」と、目くばせした。
「あ、ええ」
思わず微妙な返事をしてしまい母親は眉を寄せた。
「殿下、すぐにお帰りにならないの? 」
「え、ええ。おそらく」
「……どちらに行かれたか聞いていないの? 」
「それが、非公式の事らしく、詳しくは……」
「……そう。そうなのね」
母親はしばらく顎に指を当てていたが、娘がいらぬ詮索をせずに済むようににっこりと笑った。
「心配ないわ、リティ。あなたも気分転換に街へ出かけたらどうかしら、お友達を誘って、新しく出来たカフェにでも行ってらっしゃい」
「はい、お母さま」
リティアは自身の母親がヴェルターの母親である王妃にいらぬことを言わないかと心配した。ややこしくしないでと願うばかりだ。
婚約破棄後の事を考えると、リティアがヴェルターを異性として慕っている中で破棄されたと思われると、相当な同情と心痛を周りに強いる。かといって気のない振りをするのも婚約者である今の状況としてよろしくは無い。この複雑な胸の内を打ち明けられる友人も身内も侍従もいない。どんな態度をとっていいかわからず、リティアはただその日が来るのを待つしかなかった。
孤独であった。
0
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。
2023.4.25
HOTランキング36位/24hランキング30位
ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる