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王子、苦悩する。
第4話ー2
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同じころ、頭の痛い案件がヴェルターを悩ませていた。
隣国、ラゥルウントのことだ。
フリデン王国は隣国ラゥルウントのと国堺に広大な鉱山を有していた。
この鉱山を有する山脈の三分の一程度がラゥルウントの国土だった。かつて、鉱山が莫大な金になるとわかると、この鉱山の争奪をめぐって多くの国と戦争が起こり、大戦へと発展した過去があった。誰もがラゥルウントなどの小国はあっという間に制圧されるだろうと予測したが、ラゥルウントの王城が陥落することは無かった。大国と争ってもそうなのだから、いつしかラゥルウントの軍事力は他国にとって脅威になっていった。そこから時世が変わるまでラゥルウントは頑なに鎖国に近い姿勢をとっていたが、先代国王がフリデンを筆頭に他国との国交を受け入れたのだ。
フリデンとラゥルウントの国境の山脈は長く手つかずであった。というのも、採掘にあたり山頂部から垂直の坑道を掘れば、山の麓に排水と、坑内に新鮮な空気を送る坑道を開けなければならない。地形からこの排水と空気のための坑道はラゥルウントの所有地に作るほかなく、長く宝の山を目の前にがそこで手をこまねくしかなかったのだ。だが、フリデンの辺境伯アデルモ・フォン・エアハルドの巧みな外交力で採掘地のラゥルウント側の鉱山地の領主を懐柔するまで漕ぎつけた。やがてラゥルウントの国王が首を縦に振った。
さらに鉱山は辺鄙なところにあり、労働者の確保、並びに労働者の衣食住の確保が課題になったが、ラゥルウント側の商人も都市開発に乗り出し共有の鉱山都市が出来た。フリデン王国にとって鉱山は多くの雇用を創出し経済に活気をもたらすものであった。それはラゥルウントも同じだった。
ラゥルウントとの関係性により、陸路も新たに開けた。以前は海路や、運河を遡って他国へ運び、または他国から仕入れていた。産業もラゥルウントの陸路を利用することによって、販路や交流が広がったのだ。フリデンはラゥルウントの権威による要請を利用した新たな販路を開拓出来た。
ラゥルウントの鉱山での取り分や通行料、関税などは条約により取り決めた。ラゥルウントにとって不条理なものではないはずだ……。
そうは思うが、締結された条約に目を通し、ヴェルターはこめかみを押さえた。王政が変わったのだ。友好的だった王が崩御され、娘が即位した。まだ若い女王はここ最近しきりに辺境伯と会談を設けているのだ。それも、非公式に。
何か、問題があるのか……。しかし、その女王の情報はあまりに少なく、その少ない情報さえあまりいいものではなかった。あまり、という程度ではなく、
「最悪だ」
ヴェルターはこめかみの指をさらに深めた。城はいつも大人の怒声、子供の鳴き声や叫び声が響いている。奴隷の子供がしょっちゅう姿を消す、だとか。
「かの国は、まだ奴隷制度があるというのか」
しかも、子供に何をしようと言うのか。ヴェルターは信じられない思いだったが、噂は噂に過ぎないと自分を戒めた。
辺境伯からの手紙にはラゥルウント王の詳細には触れていなかった。端的な内容だった。
ヴェルターはいずれ王位を継ぐことになる。今から面識を持った方がいいということだった。“殿下とも気が合うでしょう”と、意味深な言葉が添えられていたのが気にはなったが、一度視察も兼ねて辺境伯のところまで行くことにした。勿論、事前にラゥルウントの王へ謁見を求める文書も出した。
――ところが、ラゥルウント王より書簡は届かず、代わりに辺境伯から女王と会う手筈を整えたと連絡があった。彼女が堅苦しいのを嫌うからという事らしい。外交においてこのような手順を踏んだことなどなく、ヴェルターは戸惑った。間に入っているのが辺境伯でなかったら抗議していただろう。
とにかく、叔父上がこうおっしゃるのなら行くべきなのだろう。ヴェルターは執事に返事を渡すと、想像できうる隣国からの要求を覚悟した。鉱山は他の領土にもあるが、ラゥルウントとの国境の鉱山による収入も今やフリデンの重要な収入源になっていた。
今更、軋轢を生むわけにはいかない。まさか、過去の様に戦争に発展したりはしないだろうが……。鉱山周辺は多大な富を生むが、同時に多大な金もかかっているのだ。何万という国民が職を失いかねない事態は避けたい。叔父上のところまでは早くて10日ほどかかる。滞在時間を含むと、次回のリティアへの訪問は出来ないかもしれないな。
ヴェルターはペンを取ったが、思い直して置いた。次回リティアに会った際そのことを伝えようと思った。すっかり習慣になったリティアとの面会を取りやめにするのは初めてのことだった。リティアには申し訳ないが、仕方がない。少し、がっかりした顔を見たくもあったのだ。
一度くらいでがっかりすることもないか。成人すれば結婚して毎日のように顔を合わせることになるのだから。ヴェルターは立ち上がり、窓の外を眺める。今や庭の一部となった幼い頃にリティアと二人で植えた樹木が風で揺れていた。
ヴェルターは、オリブリュス公爵家の馬車が時々宮廷に来ているのは知っていた。
以前はヴェルターに会いに来たリティアのものだったが、ここ最近はヴェルターに顔を見せることもなかった。ヴェルターはリティアに自分の執務室にも寄るように伝えたが、リティアは気のない返事をするばかり。
半年くらい前からだろうか。リティアは落ち着きがないように感じた。聞き覚えのない言葉を口にしたり、時々ぼーっとしたり、何よりいつも瞳が何かを探すように彷徨い、誰かを待っているようだった。誰を待っているのだろうか。答えは出ないまま変わらない時を過ごしていた。
隣国、ラゥルウントのことだ。
フリデン王国は隣国ラゥルウントのと国堺に広大な鉱山を有していた。
この鉱山を有する山脈の三分の一程度がラゥルウントの国土だった。かつて、鉱山が莫大な金になるとわかると、この鉱山の争奪をめぐって多くの国と戦争が起こり、大戦へと発展した過去があった。誰もがラゥルウントなどの小国はあっという間に制圧されるだろうと予測したが、ラゥルウントの王城が陥落することは無かった。大国と争ってもそうなのだから、いつしかラゥルウントの軍事力は他国にとって脅威になっていった。そこから時世が変わるまでラゥルウントは頑なに鎖国に近い姿勢をとっていたが、先代国王がフリデンを筆頭に他国との国交を受け入れたのだ。
フリデンとラゥルウントの国境の山脈は長く手つかずであった。というのも、採掘にあたり山頂部から垂直の坑道を掘れば、山の麓に排水と、坑内に新鮮な空気を送る坑道を開けなければならない。地形からこの排水と空気のための坑道はラゥルウントの所有地に作るほかなく、長く宝の山を目の前にがそこで手をこまねくしかなかったのだ。だが、フリデンの辺境伯アデルモ・フォン・エアハルドの巧みな外交力で採掘地のラゥルウント側の鉱山地の領主を懐柔するまで漕ぎつけた。やがてラゥルウントの国王が首を縦に振った。
さらに鉱山は辺鄙なところにあり、労働者の確保、並びに労働者の衣食住の確保が課題になったが、ラゥルウント側の商人も都市開発に乗り出し共有の鉱山都市が出来た。フリデン王国にとって鉱山は多くの雇用を創出し経済に活気をもたらすものであった。それはラゥルウントも同じだった。
ラゥルウントとの関係性により、陸路も新たに開けた。以前は海路や、運河を遡って他国へ運び、または他国から仕入れていた。産業もラゥルウントの陸路を利用することによって、販路や交流が広がったのだ。フリデンはラゥルウントの権威による要請を利用した新たな販路を開拓出来た。
ラゥルウントの鉱山での取り分や通行料、関税などは条約により取り決めた。ラゥルウントにとって不条理なものではないはずだ……。
そうは思うが、締結された条約に目を通し、ヴェルターはこめかみを押さえた。王政が変わったのだ。友好的だった王が崩御され、娘が即位した。まだ若い女王はここ最近しきりに辺境伯と会談を設けているのだ。それも、非公式に。
何か、問題があるのか……。しかし、その女王の情報はあまりに少なく、その少ない情報さえあまりいいものではなかった。あまり、という程度ではなく、
「最悪だ」
ヴェルターはこめかみの指をさらに深めた。城はいつも大人の怒声、子供の鳴き声や叫び声が響いている。奴隷の子供がしょっちゅう姿を消す、だとか。
「かの国は、まだ奴隷制度があるというのか」
しかも、子供に何をしようと言うのか。ヴェルターは信じられない思いだったが、噂は噂に過ぎないと自分を戒めた。
辺境伯からの手紙にはラゥルウント王の詳細には触れていなかった。端的な内容だった。
ヴェルターはいずれ王位を継ぐことになる。今から面識を持った方がいいということだった。“殿下とも気が合うでしょう”と、意味深な言葉が添えられていたのが気にはなったが、一度視察も兼ねて辺境伯のところまで行くことにした。勿論、事前にラゥルウントの王へ謁見を求める文書も出した。
――ところが、ラゥルウント王より書簡は届かず、代わりに辺境伯から女王と会う手筈を整えたと連絡があった。彼女が堅苦しいのを嫌うからという事らしい。外交においてこのような手順を踏んだことなどなく、ヴェルターは戸惑った。間に入っているのが辺境伯でなかったら抗議していただろう。
とにかく、叔父上がこうおっしゃるのなら行くべきなのだろう。ヴェルターは執事に返事を渡すと、想像できうる隣国からの要求を覚悟した。鉱山は他の領土にもあるが、ラゥルウントとの国境の鉱山による収入も今やフリデンの重要な収入源になっていた。
今更、軋轢を生むわけにはいかない。まさか、過去の様に戦争に発展したりはしないだろうが……。鉱山周辺は多大な富を生むが、同時に多大な金もかかっているのだ。何万という国民が職を失いかねない事態は避けたい。叔父上のところまでは早くて10日ほどかかる。滞在時間を含むと、次回のリティアへの訪問は出来ないかもしれないな。
ヴェルターはペンを取ったが、思い直して置いた。次回リティアに会った際そのことを伝えようと思った。すっかり習慣になったリティアとの面会を取りやめにするのは初めてのことだった。リティアには申し訳ないが、仕方がない。少し、がっかりした顔を見たくもあったのだ。
一度くらいでがっかりすることもないか。成人すれば結婚して毎日のように顔を合わせることになるのだから。ヴェルターは立ち上がり、窓の外を眺める。今や庭の一部となった幼い頃にリティアと二人で植えた樹木が風で揺れていた。
ヴェルターは、オリブリュス公爵家の馬車が時々宮廷に来ているのは知っていた。
以前はヴェルターに会いに来たリティアのものだったが、ここ最近はヴェルターに顔を見せることもなかった。ヴェルターはリティアに自分の執務室にも寄るように伝えたが、リティアは気のない返事をするばかり。
半年くらい前からだろうか。リティアは落ち着きがないように感じた。聞き覚えのない言葉を口にしたり、時々ぼーっとしたり、何よりいつも瞳が何かを探すように彷徨い、誰かを待っているようだった。誰を待っているのだろうか。答えは出ないまま変わらない時を過ごしていた。
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