上 下
12 / 60
王子、苦悩する。

第4話ー2

しおりを挟む
 同じころ、頭の痛い案件がヴェルターを悩ませていた。

 隣国、ラゥルウントのことだ。

 フリデン王国は隣国ラゥルウントのと国堺に広大な鉱山を有していた。
 この鉱山を有する山脈の三分の一程度がラゥルウントの国土だった。かつて、鉱山が莫大な金になるとわかると、この鉱山の争奪をめぐって多くの国と戦争が起こり、大戦へと発展した過去があった。誰もがラゥルウントなどの小国はあっという間に制圧されるだろうと予測したが、ラゥルウントの王城が陥落することは無かった。大国と争ってもそうなのだから、いつしかラゥルウントの軍事力は他国にとって脅威になっていった。そこから時世が変わるまでラゥルウントは頑なに鎖国に近い姿勢をとっていたが、先代国王がフリデンを筆頭に他国との国交を受け入れたのだ。

 フリデンとラゥルウントの国境の山脈は長く手つかずであった。というのも、採掘にあたり山頂部から垂直の坑道を掘れば、山の麓に排水と、坑内に新鮮な空気を送る坑道を開けなければならない。地形からこの排水と空気のための坑道はラゥルウントの所有地に作るほかなく、長く宝の山を目の前にがそこで手をこまねくしかなかったのだ。だが、フリデンの辺境伯アデルモ・フォン・エアハルドの巧みな外交力で採掘地のラゥルウント側の鉱山地の領主を懐柔するまで漕ぎつけた。やがてラゥルウントの国王が首を縦に振った。

 さらに鉱山は辺鄙なところにあり、労働者の確保、並びに労働者の衣食住の確保が課題になったが、ラゥルウント側の商人も都市開発に乗り出し共有の鉱山都市が出来た。フリデン王国にとって鉱山は多くの雇用を創出し経済に活気をもたらすものであった。それはラゥルウントも同じだった。
 ラゥルウントとの関係性により、陸路も新たに開けた。以前は海路や、運河を遡って他国へ運び、または他国から仕入れていた。産業もラゥルウントの陸路を利用することによって、販路や交流が広がったのだ。フリデンはラゥルウントの権威による要請を利用した新たな販路を開拓出来た。

 ラゥルウントの鉱山での取り分や通行料、関税などは条約により取り決めた。ラゥルウントにとって不条理なものではないはずだ……。

 そうは思うが、締結された条約に目を通し、ヴェルターはこめかみを押さえた。王政が変わったのだ。友好的だった王が崩御され、娘が即位した。まだ若い女王はここ最近しきりに辺境伯と会談を設けているのだ。それも、非公式に。

 何か、問題があるのか……。しかし、その女王の情報はあまりに少なく、その少ない情報さえあまりいいものではなかった。あまり、という程度ではなく、
「最悪だ」
 ヴェルターはこめかみの指をさらに深めた。城はいつも大人の怒声、子供の鳴き声や叫び声が響いている。奴隷の子供がしょっちゅう姿を消す、だとか。

「かの国は、まだ奴隷制度があるというのか」

 しかも、子供に何をしようと言うのか。ヴェルターは信じられない思いだったが、噂は噂に過ぎないと自分を戒めた。

 辺境伯からの手紙にはラゥルウント王の詳細には触れていなかった。端的な内容だった。

 ヴェルターはいずれ王位を継ぐことになる。今から面識を持った方がいいということだった。“殿下とも気が合うでしょう”と、意味深な言葉が添えられていたのが気にはなったが、一度視察も兼ねて辺境伯のところまで行くことにした。勿論、事前にラゥルウントの王へ謁見を求める文書も出した。


 ――ところが、ラゥルウント王より書簡は届かず、代わりに辺境伯から女王と会う手筈を整えたと連絡があった。彼女が堅苦しいのを嫌うからという事らしい。外交においてこのような手順を踏んだことなどなく、ヴェルターは戸惑った。間に入っているのが辺境伯でなかったら抗議していただろう。

 とにかく、がこうおっしゃるのなら行くべきなのだろう。ヴェルターは執事に返事を渡すと、想像できうる隣国からの要求を覚悟した。鉱山は他の領土にもあるが、ラゥルウントとの国境の鉱山による収入も今やフリデンの重要な収入源になっていた。

 今更、軋轢を生むわけにはいかない。まさか、過去の様に戦争に発展したりはしないだろうが……。鉱山周辺は多大な富を生むが、同時に多大な金もかかっているのだ。何万という国民が職を失いかねない事態は避けたい。叔父上のところまでは早くて10日ほどかかる。滞在時間を含むと、次回のリティアへの訪問は出来ないかもしれないな。

 ヴェルターはペンを取ったが、思い直して置いた。次回リティアに会った際そのことを伝えようと思った。すっかり習慣になったリティアとの面会を取りやめにするのは初めてのことだった。リティアには申し訳ないが、仕方がない。少し、がっかりした顔を見たくもあったのだ。

 一度くらいでがっかりすることもないか。成人すれば結婚して毎日のように顔を合わせることになるのだから。ヴェルターは立ち上がり、窓の外を眺める。今や庭の一部となった幼い頃にリティアと二人で植えた樹木が風で揺れていた。

 ヴェルターは、オリブリュス公爵家の馬車が時々宮廷に来ているのは知っていた。
 以前はヴェルターに会いに来たリティアのものだったが、ここ最近はヴェルターに顔を見せることもなかった。ヴェルターはリティアに自分の執務室にも寄るように伝えたが、リティアは気のない返事をするばかり。

 半年くらい前からだろうか。リティアは落ち着きがないように感じた。聞き覚えのない言葉を口にしたり、時々ぼーっとしたり、何よりいつも瞳が何かを探すように彷徨い、誰かを待っているようだった。誰を待っているのだろうか。答えは出ないまま変わらない時を過ごしていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

本当は、愛してる

双子のたまご
恋愛
私だけ、幸せにはなれない。 たった一人の妹を失った、女の話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。 ※完結まで毎日更新です。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

処理中です...