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秀抜な男性と偶発的を装った何らかの力が働いた計画的出会い。
第3話ー5
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――ヴェルターは忙しいのに馬車まで送ってくれた。そして、別れ際に尋ねた。
「リティ、今日のドレスもマダムシュナイダーのデザインかい? 」
「ええ。どうして? 」
「いや、君にしては珍しいデザインだと思ったから」
「変かしら? 」
ヴェルターはすっと視線をリティのドレスに走らせた。清爽とした視線に、嫌な感じはしない。そして、にこりと笑った。
「まさか、執務室に入って来た瞬間、僕のレディはこんなに美しかったのかと驚いたよ」
ヴェルターの婚約者に興味があるように装う社交術に感服しながらリティアも微笑みを返した。一見して、周りに侍従以外の人はいなさそうだが、周りには仲の良い男女に映ることだろう。
ヴェルターリティアの手を取り、甲に口を近づけると寸でで止める。
「君は今日もだけど、いつも、すっごい素敵だよ」
リティアの言葉をまねて、からかうことも忘れなかった。リティアはカッと頬を赤くしたが反論はしなかった。この国の全ての祝福を形にしたようなヴェルターの容姿は太陽の光を浴びて一層輝き、リティアは目を細めた。なんというか、なんというか、彼はやはり主役、なのだ。そう自分を納得させた。
馬車の中では前のめりのミリーに今度はリティアがのけぞっていた。
「どうでしたか、お嬢様! 王太子殿下は今日のお嬢様をご覧になってなんとおっしゃいましたか!? 」
「ええ、まあ、褒めてくださっ」
最後まで言い切らないうちにミリーはそうでしょう、そうでしょうとも、と何度も繰り返し満足した様子だった。そこからミリーはいかにリティアが素晴らしいか、をリティアに自慢し始めたのだった。リティアは婚約破棄に一番納得しないのはミリーなのではとこの世の全ての美辞麗句を浴びながら思ったのだった。
リティアは馬車の中までは、完璧に淑女をやってのけた。だが、自室に入りミリーが部屋から出て行くと盛大なため息を吐いた。ベッドの上、バタンと倒れてしまえば二度と動けなくなるのではないかと思うほどの疲労感がどっと押し寄せてきた。
……疲れた。
リティアは目を瞑れば眠ってしまうだろうと天井の装飾を見ながらこの日に会った出来事を頭の中でまとめていた。
たくさんの人に出会った。ランハート、レオン、黒髪のシュベリー卿、アルデモート補佐官。そして。ヴェルター。
「男性ばかり……」
と呟いて、リティアは開眼した。もしかして……。思い当たる節があったのだ。
リティアはヒロインだ。少なくともリティアはそう思っている。ただ、悪女が登場するまでの暫定ヒロインだ。リティアの憶測だが、真のヒロインが登場するまでリティアがヒロインとしての役儀を引き受けなければならないのではないか。
リティアの予測が正しければ、年ごろになった今、リティアはこれからどこへ行っても秀抜な男性と偶発的を装った何らかの力が働いた計画的出会いが用意されるのだろう。そして、彼らはリティアに好意を示す。
それは、困った。その好意にこちらがその気になれば、後に現れた悪女に結局みんな心奪われるのではないか。ど、どうしよう……!
リティアはベッドの上、寝そべってるだけで激しくなった鼓動に、落ち着くように胸を撫でた。そうだ、あわよくば自分の相手を……と思っていたけれど、ヴェルターではなく他の人を好きになって、その人が悪女の想いを寄せることで嫉妬に狂うかもしれないということか。リティアは今気づけてよかったと安堵した。ランハートもレオンも優しいけど、いざとなれば王太子側の人間だ。どうなるかなんてわからない。二人だけでなく、今の人間関係だって、リティアが王太子の婚約者であるからこそもてはやされることも多いのだ。それが、婚約破棄となると、いくら公爵の娘であろうと、背を向ける者も出て来るかもしれない。
とにかく、リティアはヴェルターと悪女様が幸せになってから恋をしようと結論を出したのだった。それから、ヴェルターに対しての違和感についても考えた。ヴェルターは態度に出さないように努めているし、リティア以外にこの違和に気づく人はいないだろう。だが、確実におかしい。リティアは確信していた。ヴェルターはなぜ、リティアに対しての態度が不自然なものになったのか。特にここ最近は会うのが憂鬱になるくらいだ。
ひょっとして、自分が気づいていなかっただけで、ヴェルターはもう悪女に出会っているのではないだろうか。
「……まさかね」
悪女として目ぼしい人はいなかったはず。だけど、王太子とリティアの結婚までそんなに時間があるわけではない。この一年でなにかしら動きがあるだろう。自分は今何ができるのだろうか。
昔のヴェルターは、もっと……。屈託ない笑顔。その笑顔は彼の心のうちが顔ににじみ出たものだった。
「可愛い笑顔だった」
前歯の抜けた決まらない笑顔を思い出し、リティアは笑みが零れた。それから、今のヴェルターのそつのない笑顔が重なって、リティアはふうっと息を吐く。
「相変わらず、神々しいまでの容姿よね」
それから、対照的なシュベリー卿の黒髪を思い出した。彼もまたヴェルターとは真逆の色合いなのに神々しく見えた。
不思議ね……、初めて会った人に懐かしい、なんて。リティアはいつの間にか意識を手放し、眠りについた。
「リティ、今日のドレスもマダムシュナイダーのデザインかい? 」
「ええ。どうして? 」
「いや、君にしては珍しいデザインだと思ったから」
「変かしら? 」
ヴェルターはすっと視線をリティのドレスに走らせた。清爽とした視線に、嫌な感じはしない。そして、にこりと笑った。
「まさか、執務室に入って来た瞬間、僕のレディはこんなに美しかったのかと驚いたよ」
ヴェルターの婚約者に興味があるように装う社交術に感服しながらリティアも微笑みを返した。一見して、周りに侍従以外の人はいなさそうだが、周りには仲の良い男女に映ることだろう。
ヴェルターリティアの手を取り、甲に口を近づけると寸でで止める。
「君は今日もだけど、いつも、すっごい素敵だよ」
リティアの言葉をまねて、からかうことも忘れなかった。リティアはカッと頬を赤くしたが反論はしなかった。この国の全ての祝福を形にしたようなヴェルターの容姿は太陽の光を浴びて一層輝き、リティアは目を細めた。なんというか、なんというか、彼はやはり主役、なのだ。そう自分を納得させた。
馬車の中では前のめりのミリーに今度はリティアがのけぞっていた。
「どうでしたか、お嬢様! 王太子殿下は今日のお嬢様をご覧になってなんとおっしゃいましたか!? 」
「ええ、まあ、褒めてくださっ」
最後まで言い切らないうちにミリーはそうでしょう、そうでしょうとも、と何度も繰り返し満足した様子だった。そこからミリーはいかにリティアが素晴らしいか、をリティアに自慢し始めたのだった。リティアは婚約破棄に一番納得しないのはミリーなのではとこの世の全ての美辞麗句を浴びながら思ったのだった。
リティアは馬車の中までは、完璧に淑女をやってのけた。だが、自室に入りミリーが部屋から出て行くと盛大なため息を吐いた。ベッドの上、バタンと倒れてしまえば二度と動けなくなるのではないかと思うほどの疲労感がどっと押し寄せてきた。
……疲れた。
リティアは目を瞑れば眠ってしまうだろうと天井の装飾を見ながらこの日に会った出来事を頭の中でまとめていた。
たくさんの人に出会った。ランハート、レオン、黒髪のシュベリー卿、アルデモート補佐官。そして。ヴェルター。
「男性ばかり……」
と呟いて、リティアは開眼した。もしかして……。思い当たる節があったのだ。
リティアはヒロインだ。少なくともリティアはそう思っている。ただ、悪女が登場するまでの暫定ヒロインだ。リティアの憶測だが、真のヒロインが登場するまでリティアがヒロインとしての役儀を引き受けなければならないのではないか。
リティアの予測が正しければ、年ごろになった今、リティアはこれからどこへ行っても秀抜な男性と偶発的を装った何らかの力が働いた計画的出会いが用意されるのだろう。そして、彼らはリティアに好意を示す。
それは、困った。その好意にこちらがその気になれば、後に現れた悪女に結局みんな心奪われるのではないか。ど、どうしよう……!
リティアはベッドの上、寝そべってるだけで激しくなった鼓動に、落ち着くように胸を撫でた。そうだ、あわよくば自分の相手を……と思っていたけれど、ヴェルターではなく他の人を好きになって、その人が悪女の想いを寄せることで嫉妬に狂うかもしれないということか。リティアは今気づけてよかったと安堵した。ランハートもレオンも優しいけど、いざとなれば王太子側の人間だ。どうなるかなんてわからない。二人だけでなく、今の人間関係だって、リティアが王太子の婚約者であるからこそもてはやされることも多いのだ。それが、婚約破棄となると、いくら公爵の娘であろうと、背を向ける者も出て来るかもしれない。
とにかく、リティアはヴェルターと悪女様が幸せになってから恋をしようと結論を出したのだった。それから、ヴェルターに対しての違和感についても考えた。ヴェルターは態度に出さないように努めているし、リティア以外にこの違和に気づく人はいないだろう。だが、確実におかしい。リティアは確信していた。ヴェルターはなぜ、リティアに対しての態度が不自然なものになったのか。特にここ最近は会うのが憂鬱になるくらいだ。
ひょっとして、自分が気づいていなかっただけで、ヴェルターはもう悪女に出会っているのではないだろうか。
「……まさかね」
悪女として目ぼしい人はいなかったはず。だけど、王太子とリティアの結婚までそんなに時間があるわけではない。この一年でなにかしら動きがあるだろう。自分は今何ができるのだろうか。
昔のヴェルターは、もっと……。屈託ない笑顔。その笑顔は彼の心のうちが顔ににじみ出たものだった。
「可愛い笑顔だった」
前歯の抜けた決まらない笑顔を思い出し、リティアは笑みが零れた。それから、今のヴェルターのそつのない笑顔が重なって、リティアはふうっと息を吐く。
「相変わらず、神々しいまでの容姿よね」
それから、対照的なシュベリー卿の黒髪を思い出した。彼もまたヴェルターとは真逆の色合いなのに神々しく見えた。
不思議ね……、初めて会った人に懐かしい、なんて。リティアはいつの間にか意識を手放し、眠りについた。
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