5 / 60
悪女様、こちらの準備は整っておりますよ。
第2話ー4
しおりを挟む
マダム・シュナイダーのドレスがすぐに仕上がれば、月に一度の王太子ヴェルターの訪問時に着たらいいのでは?という名案に気がついたリティアがだったが、急ぎではないオーダードレスがそんなに早く出来るわけもなかった。
ヴェルターの次の訪問でもいつも通り季節の事や天気のこと当たり障りのない会話を探し、最後にヴェルターはいつもの社交辞令を言って去って行った。
「王宮に来た際には、僕のところにも寄るといい」
「ええ、そうするわね」
リティアの返事もいつも通りだが、いつもと違うのは本当に寄らなければならないことだ。それ用にドレスをオーダーしたのだから。
「まだなの? 」
ヴェルターをもてなしたティーセットを片づけにミリーが部屋から出て行くと、リティアは何度となく同じ言葉を溢した。正直、結婚することのない婚約者との時間は気持ちをどこに持って行っていいかわからなかった。恋人ではなく婚約者であるので二人の間には何もなかった。厳密な決まりはないが、結婚するまでは清い関係というのが暗黙の了解でもある。そもそもが、紳士の鏡、ヴェルターである。昔からの付き合いであるリティアにさえ失礼のないように一定の距離を置いて接するのだ。
あのヴェルターが恋に落ちたら本当に婚約破棄などやってのけるのだろうか。恋というものはそこまで盲目的になるものなのだろうか。今はこう思っている私も、いざとなれば嫉妬に狂うのだろうか。いいえ、嫉妬に狂うのはヴェルターに想いを寄せてる場合だ。私は嫉妬に狂う予定は無い。だけど、恋ってどんなものなのだろう。
リティアは恋というものに漠然とした憧れはあった。だが、貴族令嬢に生まれた以上、恋や愛で結婚相手は決められないことは分かっていた。だが、婚約破棄された後ならば……? そうなれば相手を選べる可能性も出て来る。成人した途端に結婚しなければならない理由もなくなる。恋はヴェルター以外の恋人も婚約者もいない殿方にすれば問題ない。
リティアは前世の記憶が蘇る前は、当然王太子妃になるという未来を疑ったことは無かった。幼いころからの徹底した王太子妃教育は、今やリティアにしっかり染み付いていて完璧なる淑女の姿に仕上がっていた。それはそうだ。あとわずかな期間で王太子妃になるのだ。そのために教育を受けたのだから。……ならない、だなんて夢にも思わなかったけれど。
だが、リティアはこれまでの努力を無駄だとは思わなかった。リティアには王国の最も高貴な女性に匹敵する教養が身についているのだ。マナーや所作、知識。無知で眉をひそめられることはあっても、極上のマナーで後ろ指をさされることはないのだ。例えそれらを披露する場がなくても、持っていて損する知識ではないということだ。
……芸は身を助けると言うし。また、ここの表現ではない言い回しがすらすらと出てきた。リティアはこの感覚にもなれつつあり、一人なのをいいことに苦笑いした。そうよ、教育された淑女が必要な人だっているかもしれない。
「ひょっとしたら他国の王妃になる可能性だってないわけじゃないわ」
それも一つの政治的な役割かもしれない。リティアはそんな風に思った。
恋、かぁ。相手は自分で決められるかもしれない。リティアはそのことに気が付くと少しばかり宮廷に参上するのが楽しみになった。宮廷には、出仕している貴族が多く、出入りの許された貴族たちには恰好の社交の場でもあった。それなら、新しいドレスも少しは意味があるのではないか。と、僅かな期待を胸に抱いた。
◇ ◇ ◇ ◇
届いたドレスは、暮れかけた空のように青みを残したグラファイト。初めて選ぶ色だった。襟ぐりを開け、腕を隠すデザインで、胸の編み上げを最後にゆったりとした生地がストンと足元に落ち、リティアが動くたび裾に施した銀糸の刺繍が夜空の星のようにキラキラと輝いた。
いつもは淡い色のドレスが多いリティアはどうも落ち着かない。
「少し大人びた感じではないかしら」
何度もミリーに確認したが
「いいえ、もう十分大人でいらっしゃいますよ」
ミリーは満足そうに微笑むばかりだった。言われればそうなのだが、いつもより軽く動きやすい分このドレスは体のラインを拾っている気がして落ち着かなかった。実際はとりたてて露出部が多いドレスでは無かった。
「髪も結い上げましょう。濃い色にお嬢様の髪色は映えますから、後ろはほんの少し垂らして……」
ミリーは手際よく身支度を仕上げていった。
不意に記憶が現れるようになって直ぐ、リティアはいつもにも増して令嬢たちのお茶会に足を運んだ。今までの顔見知りの令嬢たちに目ぼしい人はいなかったが、もしかしたら新たに出会う人の中に悪女がいるかもしれないと思ったからだ。
結論から言うといなかった。どころか、王太子の婚約者であるリティアに友好的な令嬢ばかりだった。みんな、礼儀あるわきまえた人達ばかりだったのだ。このルートに悪女がいないとわかると、リティアは令嬢たちのお茶会から足が遠のいてしまっていた。
……だけど、今日は宮廷で友人に会えるかもしれないわね。リティアは最近社交界に出ていない言い訳を二三考え、宮廷へと向かった。
ヴェルターの次の訪問でもいつも通り季節の事や天気のこと当たり障りのない会話を探し、最後にヴェルターはいつもの社交辞令を言って去って行った。
「王宮に来た際には、僕のところにも寄るといい」
「ええ、そうするわね」
リティアの返事もいつも通りだが、いつもと違うのは本当に寄らなければならないことだ。それ用にドレスをオーダーしたのだから。
「まだなの? 」
ヴェルターをもてなしたティーセットを片づけにミリーが部屋から出て行くと、リティアは何度となく同じ言葉を溢した。正直、結婚することのない婚約者との時間は気持ちをどこに持って行っていいかわからなかった。恋人ではなく婚約者であるので二人の間には何もなかった。厳密な決まりはないが、結婚するまでは清い関係というのが暗黙の了解でもある。そもそもが、紳士の鏡、ヴェルターである。昔からの付き合いであるリティアにさえ失礼のないように一定の距離を置いて接するのだ。
あのヴェルターが恋に落ちたら本当に婚約破棄などやってのけるのだろうか。恋というものはそこまで盲目的になるものなのだろうか。今はこう思っている私も、いざとなれば嫉妬に狂うのだろうか。いいえ、嫉妬に狂うのはヴェルターに想いを寄せてる場合だ。私は嫉妬に狂う予定は無い。だけど、恋ってどんなものなのだろう。
リティアは恋というものに漠然とした憧れはあった。だが、貴族令嬢に生まれた以上、恋や愛で結婚相手は決められないことは分かっていた。だが、婚約破棄された後ならば……? そうなれば相手を選べる可能性も出て来る。成人した途端に結婚しなければならない理由もなくなる。恋はヴェルター以外の恋人も婚約者もいない殿方にすれば問題ない。
リティアは前世の記憶が蘇る前は、当然王太子妃になるという未来を疑ったことは無かった。幼いころからの徹底した王太子妃教育は、今やリティアにしっかり染み付いていて完璧なる淑女の姿に仕上がっていた。それはそうだ。あとわずかな期間で王太子妃になるのだ。そのために教育を受けたのだから。……ならない、だなんて夢にも思わなかったけれど。
だが、リティアはこれまでの努力を無駄だとは思わなかった。リティアには王国の最も高貴な女性に匹敵する教養が身についているのだ。マナーや所作、知識。無知で眉をひそめられることはあっても、極上のマナーで後ろ指をさされることはないのだ。例えそれらを披露する場がなくても、持っていて損する知識ではないということだ。
……芸は身を助けると言うし。また、ここの表現ではない言い回しがすらすらと出てきた。リティアはこの感覚にもなれつつあり、一人なのをいいことに苦笑いした。そうよ、教育された淑女が必要な人だっているかもしれない。
「ひょっとしたら他国の王妃になる可能性だってないわけじゃないわ」
それも一つの政治的な役割かもしれない。リティアはそんな風に思った。
恋、かぁ。相手は自分で決められるかもしれない。リティアはそのことに気が付くと少しばかり宮廷に参上するのが楽しみになった。宮廷には、出仕している貴族が多く、出入りの許された貴族たちには恰好の社交の場でもあった。それなら、新しいドレスも少しは意味があるのではないか。と、僅かな期待を胸に抱いた。
◇ ◇ ◇ ◇
届いたドレスは、暮れかけた空のように青みを残したグラファイト。初めて選ぶ色だった。襟ぐりを開け、腕を隠すデザインで、胸の編み上げを最後にゆったりとした生地がストンと足元に落ち、リティアが動くたび裾に施した銀糸の刺繍が夜空の星のようにキラキラと輝いた。
いつもは淡い色のドレスが多いリティアはどうも落ち着かない。
「少し大人びた感じではないかしら」
何度もミリーに確認したが
「いいえ、もう十分大人でいらっしゃいますよ」
ミリーは満足そうに微笑むばかりだった。言われればそうなのだが、いつもより軽く動きやすい分このドレスは体のラインを拾っている気がして落ち着かなかった。実際はとりたてて露出部が多いドレスでは無かった。
「髪も結い上げましょう。濃い色にお嬢様の髪色は映えますから、後ろはほんの少し垂らして……」
ミリーは手際よく身支度を仕上げていった。
不意に記憶が現れるようになって直ぐ、リティアはいつもにも増して令嬢たちのお茶会に足を運んだ。今までの顔見知りの令嬢たちに目ぼしい人はいなかったが、もしかしたら新たに出会う人の中に悪女がいるかもしれないと思ったからだ。
結論から言うといなかった。どころか、王太子の婚約者であるリティアに友好的な令嬢ばかりだった。みんな、礼儀あるわきまえた人達ばかりだったのだ。このルートに悪女がいないとわかると、リティアは令嬢たちのお茶会から足が遠のいてしまっていた。
……だけど、今日は宮廷で友人に会えるかもしれないわね。リティアは最近社交界に出ていない言い訳を二三考え、宮廷へと向かった。
0
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。
2023.4.25
HOTランキング36位/24hランキング30位
ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる