4 / 60
悪女様、こちらの準備は整っておりますよ。
第2話ー3
しおりを挟む
ミリーをやり過ごせてホッとしていたリティアだったが、翌日になって安易な誤魔化しをしたことを後悔することになった。
「失礼します、お嬢様。夕べのうちに声を掛けておきました」
ミリーに続いて部屋に入って来たのはマダム・シュナイダーだった。
「ご無沙汰しております、リティア嬢」
全くご無沙汰では無かったが、侍女の優秀さとマダムの流れるような挨拶にリティアはおもむろに立ち上がり、身を委ねるしかなかった。彼女が来たという事は、新しいドレスを作るということなのだ。
「王太子殿下と宮中でお会いするときにお召しになりたいそうですわ」
何も言ってないのにやたらと王太子だとか宮中だとかを強調するミリーを咎める気にもなれず、されるがままだった。
「まああぁぁあ。なんて素敵なんでしょう。それでしたら男性の視線を意識したものはいかがでしょう。レディはデコルテが大変美しいのでいつもより少し……」
マダムは話しながら出来上がりが見えているかのように見えないドレスのラインを拾っていく。
リティアはコウモリも避けるほどの高音を出すマダムに心の中で顔をしかめながらうんうん頷くミリーを目の端で捉えた。事実、王室も御用達のデザイナーであるマダムに任せておけば間違いは無かった。例えば、宮中にふさわしくないドレスなどははなから除外してくれるのだ。
ドレスの打ち合わせが終わりマダムが部屋から出て行くと、ミリーは満足そうに微笑んだ。
「王太子殿下も褒めてくださいますよ」
「……そう、だといいんだけど」
「ええ。あのドレス姿を見て褒めない男性などいらっしゃいませんわ。ですが、殿下が何ておっしゃったかは教えて下さいね」
ヴェルターならどんなドレスでも礼儀として褒めるだろうけれど、そうは思っても口には出せず、このドレスが出来上がれば宮廷に行った際は王太子に会わなければならないではないか。リティアは面倒なことになったと思ったが、ミリーに心情を悟られないようにはにかんでみせた。そんなリティアの演技はミリーを騙せるほど上達していた。
ミリーは、ほう、とため息をつき恍惚とした表情を浮かべた。
「最近あまり王太子殿下のお話をされないものですから心配していましたが杞憂でしたわね」
リティアはミリーの鋭さにドキリとしたが、それも何とかやり過ごした。――危ない。さすがはミリー。今後はもっと気を付けなければ。ミリーに婚約破棄のことが前もって露見してしまうと大変なことになりそうだわ。
もし、婚約が破談になったら。リティアには熟考する必要があった。二人の結婚は二人だけの問題ではないからだ。気持ちだけではどうにもならないことではある。
でも、とリティアは思う。婚約破棄によって起こりうる可能性の不条理をミリーのいないわずかな時間で挙げる。何とかなるはずだ。
――婚約が破談になったとして、まずは父と国王の関係だが、父である公爵が地位を失う心配は絶対にない。母の実家だって名だたる貴族で力はある。そもそも王太子側の理由で婚約破棄がなされるなら国王は父に負い目を感じるだろう。よって、父の役職はそのまま。国王と父の関係が婚約破棄後も変わらないとなれば、今回の婚約破棄は一層政治色が強まる。王太子が婚約破棄したのは公爵令嬢と婚姻を結ぶより悪女と婚姻を結ぶ方が利点があったのだと貴族たちは察するだろう。
上位貴族のリティアには不名誉な婚約破棄された令嬢というよりは政治に翻弄された令嬢として同情が集まるのではないか。いや、反対に考えれば、一国の王太子妃に選ばれるほどの完璧な令嬢ということになる。確かに、幼い日から王太子妃に、ゆくゆくは王妃にと育てられたリティアには欠点など無かった。加えて贅沢になど興味のないリティアなら選べるほど相手に困らないだろう。
「逆にモテちゃうかも? 」
思わず口からでた下世話な物言いに、リティアは口を押え、慌ててドアの方を伺ったがミリーはまだ戻ってこないようだった。
リティアは安堵するともう一度考えを巡らせた。帝王学の主たる教育が終わるまでに、悪女は登場するだろうと思っていた。が、まだ登場しないのだ。婚約破棄が言い渡されそうな大きな出来事も終わってしまった。残りは建国祭か、成人の儀か、結婚式くらいだろうか。さすがに結婚した後に離縁されると、その後の人生は平穏無事には過ごせないだろう。
ほんと、早くして欲しい。悪女さえ現れてくれたら、後は上手くやるつもりだった。ヴェルターの感情による婚約破棄であろうが、政治的要因があるように見せる方法を考えるつもりだ。
先に親たちにこの事が露見してしまえば、何とか婚約破棄を撤回させるように手回しされかねない。いくらリティアがヴェルターの幸せを祈っていると言っても強がりだと憐れまれるだけだろう。
――いいのよ、本当にいいの。私は大丈夫なの。だからね、悪女様、まだですか?
「失礼します、お嬢様。夕べのうちに声を掛けておきました」
ミリーに続いて部屋に入って来たのはマダム・シュナイダーだった。
「ご無沙汰しております、リティア嬢」
全くご無沙汰では無かったが、侍女の優秀さとマダムの流れるような挨拶にリティアはおもむろに立ち上がり、身を委ねるしかなかった。彼女が来たという事は、新しいドレスを作るということなのだ。
「王太子殿下と宮中でお会いするときにお召しになりたいそうですわ」
何も言ってないのにやたらと王太子だとか宮中だとかを強調するミリーを咎める気にもなれず、されるがままだった。
「まああぁぁあ。なんて素敵なんでしょう。それでしたら男性の視線を意識したものはいかがでしょう。レディはデコルテが大変美しいのでいつもより少し……」
マダムは話しながら出来上がりが見えているかのように見えないドレスのラインを拾っていく。
リティアはコウモリも避けるほどの高音を出すマダムに心の中で顔をしかめながらうんうん頷くミリーを目の端で捉えた。事実、王室も御用達のデザイナーであるマダムに任せておけば間違いは無かった。例えば、宮中にふさわしくないドレスなどははなから除外してくれるのだ。
ドレスの打ち合わせが終わりマダムが部屋から出て行くと、ミリーは満足そうに微笑んだ。
「王太子殿下も褒めてくださいますよ」
「……そう、だといいんだけど」
「ええ。あのドレス姿を見て褒めない男性などいらっしゃいませんわ。ですが、殿下が何ておっしゃったかは教えて下さいね」
ヴェルターならどんなドレスでも礼儀として褒めるだろうけれど、そうは思っても口には出せず、このドレスが出来上がれば宮廷に行った際は王太子に会わなければならないではないか。リティアは面倒なことになったと思ったが、ミリーに心情を悟られないようにはにかんでみせた。そんなリティアの演技はミリーを騙せるほど上達していた。
ミリーは、ほう、とため息をつき恍惚とした表情を浮かべた。
「最近あまり王太子殿下のお話をされないものですから心配していましたが杞憂でしたわね」
リティアはミリーの鋭さにドキリとしたが、それも何とかやり過ごした。――危ない。さすがはミリー。今後はもっと気を付けなければ。ミリーに婚約破棄のことが前もって露見してしまうと大変なことになりそうだわ。
もし、婚約が破談になったら。リティアには熟考する必要があった。二人の結婚は二人だけの問題ではないからだ。気持ちだけではどうにもならないことではある。
でも、とリティアは思う。婚約破棄によって起こりうる可能性の不条理をミリーのいないわずかな時間で挙げる。何とかなるはずだ。
――婚約が破談になったとして、まずは父と国王の関係だが、父である公爵が地位を失う心配は絶対にない。母の実家だって名だたる貴族で力はある。そもそも王太子側の理由で婚約破棄がなされるなら国王は父に負い目を感じるだろう。よって、父の役職はそのまま。国王と父の関係が婚約破棄後も変わらないとなれば、今回の婚約破棄は一層政治色が強まる。王太子が婚約破棄したのは公爵令嬢と婚姻を結ぶより悪女と婚姻を結ぶ方が利点があったのだと貴族たちは察するだろう。
上位貴族のリティアには不名誉な婚約破棄された令嬢というよりは政治に翻弄された令嬢として同情が集まるのではないか。いや、反対に考えれば、一国の王太子妃に選ばれるほどの完璧な令嬢ということになる。確かに、幼い日から王太子妃に、ゆくゆくは王妃にと育てられたリティアには欠点など無かった。加えて贅沢になど興味のないリティアなら選べるほど相手に困らないだろう。
「逆にモテちゃうかも? 」
思わず口からでた下世話な物言いに、リティアは口を押え、慌ててドアの方を伺ったがミリーはまだ戻ってこないようだった。
リティアは安堵するともう一度考えを巡らせた。帝王学の主たる教育が終わるまでに、悪女は登場するだろうと思っていた。が、まだ登場しないのだ。婚約破棄が言い渡されそうな大きな出来事も終わってしまった。残りは建国祭か、成人の儀か、結婚式くらいだろうか。さすがに結婚した後に離縁されると、その後の人生は平穏無事には過ごせないだろう。
ほんと、早くして欲しい。悪女さえ現れてくれたら、後は上手くやるつもりだった。ヴェルターの感情による婚約破棄であろうが、政治的要因があるように見せる方法を考えるつもりだ。
先に親たちにこの事が露見してしまえば、何とか婚約破棄を撤回させるように手回しされかねない。いくらリティアがヴェルターの幸せを祈っていると言っても強がりだと憐れまれるだけだろう。
――いいのよ、本当にいいの。私は大丈夫なの。だからね、悪女様、まだですか?
0
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
花婿が差し替えられました
凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。
元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。
その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。
ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。
※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。
ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。
こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。
出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです!
※すみません、100000字くらいになりそうです…。
【完結】今夜さよならをします
たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。
あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。
だったら婚約解消いたしましょう。
シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。
よくある婚約解消の話です。
そして新しい恋を見つける話。
なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!!
★すみません。
長編へと変更させていただきます。
書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。
いつも読んでいただきありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる