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悪女様、こちらの準備は整っておりますよ。
第2話ー2
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褒めたことで媚びているように思われただろうか。ヴェルターの表情は変わらず柔らかで、リティアはそれ以上読み取ることは出来なかった。
「ヴェルはほら、とても綺麗でしょ。白のコートも、中のウエストコートもヴェルの髪色も瞳も白で統一されてるみたいに見えて、眩しくて幻想的だった」
「ああ、眩しくて目を細めてたの。確かに、目には優しくないかもね」
褒めたつもりだったが、ヴェルターの声が少し低くなったことで貶したと取られたのだろうか。リティアは次第に焦慮しすぎて饒舌になった。
「後ろから光がさしてるみたいに見えるって事よ! 高貴なあなたにはぴったりだわ」
「そう、かな」
「ええ、ええ。眩し過ぎて白飛びしちゃってるように見えるくらい。ふふ」
「白飛び? どういう意味かな」
リティアはハッとして口を覆った。自分の言った言葉は初めて口にした言葉で、ここにはない表現だった。口にするほどだ、リティアは理解できたが、ヴェルターはそうではない。こんな時に咄嗟にここでは使われないの言葉が出て来るなんて。誤魔化すためにリティアはますます焦り、ヴェルターの訝し気な表情はそれに拍車をかけた。
「えっと、後ろから日が差してたら眩しくて見れないでしょう? 一瞬消えたように見えるの。あなたの場合は光を跳ね返すから。いえ、むしろあなたが光ってるように見えるの」
ヴェルターは更に眉を寄せてしまう。とてもじゃないが褒めているようには受け取って貰えていないようだった。リティアははさらに取り繕うことに力を注いだ。だが、こういう心理状態の時は言葉を続ければ続けるほど、事態は悪くなる。
「私も人の事言えないのはわかっていて、だって淡い髪色でしょう? 濃い色のドレスが似合わなくて淡い色のドレスばかり着るものだから、ますます締まりがなくて、そして真っ白なあなたの横に並ぶわけでしょう? 仰々しく登場するわりには二人並んで輪郭がぼんやりしちゃうじゃない? どちらかがメリハリのある濃い容姿なら良かったわね。どちらかって、私が遠慮するべきよね。あなたの隣に立つ女性はもっと、」
ヴェルターの微笑みを湛えた表情に、リティアはぐっと言葉を止めた。怒ってるから機嫌をとるつもりが“人の事言えない”だなんて、褒めてないって言っているようなものだった。
「君は時々面白い表現をするね」
「そうかしら」
時々というのが記憶に関係する度であるとリティアは自覚していた。とはいえ、ヴェルターはさほど気にしている素振りもなく一方的に穏やかな時間が過ぎた。
リティアはヴェルターを見上げる。それに気づいたヴェルターはにこやかに微笑んだ。まばゆいばかりの婚約者の姿にリティアは複雑な気持ちだった。
バランスが悪い。リティアはおぼろげな過去の記憶らしきものを頼りに、そのことに気が付いていた。自分と王太子の並びは、互いの淡さゆえ絵面がぼんやりしてしまうのだ。兄妹や家族なら違和感はない。だが――婚約者となればそうはいかない。そう思っていたことをついに口に出してしまった。うっかり。そう、ついうっかりだ。
仕方がない。私たちは婚約破棄し、この人の隣には未曽有の悪女、かつ色気のある麗人が並ぶのだ。黒髪が深紅か、青羽根のような髪色でヴェルターと並ぶとさぞかし美しいだろう。
リティアはどう控えめに見積もっても、その美しさで歴史に名を残すことになる国王と王妃、二人の姿を想像し顔が緩んだ。なんてお似合いなんだろう。そんなリティアを見て、ヴェルターも不思議そうに微笑んだ。
「さて、僕はそろそろ行くよリティ。また、ひと月後……」
ヴェルターはここで言葉を止めるともう一度笑顔を作り直した。
「王宮へ遊びに来た時は、僕のところにも寄るといい。君なら知らせはいらない。そう従事に伝えておこう」
「ええ、そうするわ」
リティアもヴェルターに笑顔を向けた。
ヴェルターは帰った後、リティアははあああと長い息をついた。最近はどうもヴェルターとの時間が息苦しくて仕方がなかった。ヴェルターは本当にリティアが会いに行っても笑ってくれるだろう。だが、彼の笑顔を真に受ける気はなかった。会いに行っても用事もなかった。……ヴェルター、困るだろうな。困ってるくせに、ああやって笑うのだろう。ヴェルターは根っから王太子が染み付いた人なのだ。
婚約破棄する未来が待っているというのに、その時が来るまで何も出来ないもどかしさがあった。忙しいヴェルターにとっても無駄な時間ではないだろうか。そう思ってしまうからだ。
「まだ、まだですか、悪女様。こちらの準備は整っておりますよ……」
「お嬢様、どなたかお待ちなのですか? 」
考え事をしていたせいかノックをして入って来たミリーに気づかずに独り言を溢したリティアの肩が跳ねた。
「あら、いたの、ミリー」
咄嗟に繕えなかったリティアをミリーは訝し気に見つめる。侍女は聞いてない来客の準備があるならいち早く伝えて欲しいとばかりに指示を待っていた。
「あの、次にヴェルターに会えるのが待ち遠しいなって」
「まあ。お嬢様ったら」
ミリーが微笑むのを見てリティアは胸を撫でおろした。ミリーだって、今から次の来客の準備が必要ではないとわかってほっとしているに違いなかった。
「ヴェルはほら、とても綺麗でしょ。白のコートも、中のウエストコートもヴェルの髪色も瞳も白で統一されてるみたいに見えて、眩しくて幻想的だった」
「ああ、眩しくて目を細めてたの。確かに、目には優しくないかもね」
褒めたつもりだったが、ヴェルターの声が少し低くなったことで貶したと取られたのだろうか。リティアは次第に焦慮しすぎて饒舌になった。
「後ろから光がさしてるみたいに見えるって事よ! 高貴なあなたにはぴったりだわ」
「そう、かな」
「ええ、ええ。眩し過ぎて白飛びしちゃってるように見えるくらい。ふふ」
「白飛び? どういう意味かな」
リティアはハッとして口を覆った。自分の言った言葉は初めて口にした言葉で、ここにはない表現だった。口にするほどだ、リティアは理解できたが、ヴェルターはそうではない。こんな時に咄嗟にここでは使われないの言葉が出て来るなんて。誤魔化すためにリティアはますます焦り、ヴェルターの訝し気な表情はそれに拍車をかけた。
「えっと、後ろから日が差してたら眩しくて見れないでしょう? 一瞬消えたように見えるの。あなたの場合は光を跳ね返すから。いえ、むしろあなたが光ってるように見えるの」
ヴェルターは更に眉を寄せてしまう。とてもじゃないが褒めているようには受け取って貰えていないようだった。リティアははさらに取り繕うことに力を注いだ。だが、こういう心理状態の時は言葉を続ければ続けるほど、事態は悪くなる。
「私も人の事言えないのはわかっていて、だって淡い髪色でしょう? 濃い色のドレスが似合わなくて淡い色のドレスばかり着るものだから、ますます締まりがなくて、そして真っ白なあなたの横に並ぶわけでしょう? 仰々しく登場するわりには二人並んで輪郭がぼんやりしちゃうじゃない? どちらかがメリハリのある濃い容姿なら良かったわね。どちらかって、私が遠慮するべきよね。あなたの隣に立つ女性はもっと、」
ヴェルターの微笑みを湛えた表情に、リティアはぐっと言葉を止めた。怒ってるから機嫌をとるつもりが“人の事言えない”だなんて、褒めてないって言っているようなものだった。
「君は時々面白い表現をするね」
「そうかしら」
時々というのが記憶に関係する度であるとリティアは自覚していた。とはいえ、ヴェルターはさほど気にしている素振りもなく一方的に穏やかな時間が過ぎた。
リティアはヴェルターを見上げる。それに気づいたヴェルターはにこやかに微笑んだ。まばゆいばかりの婚約者の姿にリティアは複雑な気持ちだった。
バランスが悪い。リティアはおぼろげな過去の記憶らしきものを頼りに、そのことに気が付いていた。自分と王太子の並びは、互いの淡さゆえ絵面がぼんやりしてしまうのだ。兄妹や家族なら違和感はない。だが――婚約者となればそうはいかない。そう思っていたことをついに口に出してしまった。うっかり。そう、ついうっかりだ。
仕方がない。私たちは婚約破棄し、この人の隣には未曽有の悪女、かつ色気のある麗人が並ぶのだ。黒髪が深紅か、青羽根のような髪色でヴェルターと並ぶとさぞかし美しいだろう。
リティアはどう控えめに見積もっても、その美しさで歴史に名を残すことになる国王と王妃、二人の姿を想像し顔が緩んだ。なんてお似合いなんだろう。そんなリティアを見て、ヴェルターも不思議そうに微笑んだ。
「さて、僕はそろそろ行くよリティ。また、ひと月後……」
ヴェルターはここで言葉を止めるともう一度笑顔を作り直した。
「王宮へ遊びに来た時は、僕のところにも寄るといい。君なら知らせはいらない。そう従事に伝えておこう」
「ええ、そうするわ」
リティアもヴェルターに笑顔を向けた。
ヴェルターは帰った後、リティアははあああと長い息をついた。最近はどうもヴェルターとの時間が息苦しくて仕方がなかった。ヴェルターは本当にリティアが会いに行っても笑ってくれるだろう。だが、彼の笑顔を真に受ける気はなかった。会いに行っても用事もなかった。……ヴェルター、困るだろうな。困ってるくせに、ああやって笑うのだろう。ヴェルターは根っから王太子が染み付いた人なのだ。
婚約破棄する未来が待っているというのに、その時が来るまで何も出来ないもどかしさがあった。忙しいヴェルターにとっても無駄な時間ではないだろうか。そう思ってしまうからだ。
「まだ、まだですか、悪女様。こちらの準備は整っておりますよ……」
「お嬢様、どなたかお待ちなのですか? 」
考え事をしていたせいかノックをして入って来たミリーに気づかずに独り言を溢したリティアの肩が跳ねた。
「あら、いたの、ミリー」
咄嗟に繕えなかったリティアをミリーは訝し気に見つめる。侍女は聞いてない来客の準備があるならいち早く伝えて欲しいとばかりに指示を待っていた。
「あの、次にヴェルターに会えるのが待ち遠しいなって」
「まあ。お嬢様ったら」
ミリーが微笑むのを見てリティアは胸を撫でおろした。ミリーだって、今から次の来客の準備が必要ではないとわかってほっとしているに違いなかった。
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