藤村悠牙は平和に過ごしたい ~異世界に勇者として召喚されたけど早々にやめました~

有栖 璃亜

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第一章 何でも屋始めました

藤村悠牙は仕事を始めたい

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 家を購入してからほんの三時間程度が経過する頃には、家の中にはある程度の家具が揃っていた。

 何でも屋の仕事である依頼を聞く時に座るためのソファを自分と依頼人ように二つ。そしてそのソファに挟んで置いてある、お茶を置くためだけに設置した木製の机。書類の整理やくつろぐために置いた、木製のオフィステーブルと一人専用のソファ──などなど。
 その他にも色々な家具を揃えたのはいいが、ここで少し問題が起きてしまった。

「……流石に使い過ぎたな」

 家具を揃える前までは、かなり重さを感じる程に金貨や銀貨が入っていた巾着袋もここまで家具を揃えるとなると支出は物凄く、気が付いた頃には片手で自由自在に振り回せる程に巾着袋は軽くなってしまっていた。

「もう少し昼食を抑えるべきだったな……」

 何気に俺は今日の朝食を抜いている。そのため、いつもよりもお腹が減るのが早く、我慢できずについついこの街のレストランで昼食をとってしまった。
 そして、普通に食べるだけならまだしも、空腹だった俺は今日の支出の内の約三割を昼食代に使ってしまった。

 いや、流石に食べ過ぎだとは俺自身も思った。しかし、腹が減っては戦ができぬとよく言うではないか。
 そうだ、今日俺が食べ過ぎてしまったのも仕方がないことなんだ。これだけお金を使ってしまうということも、既に運命づけられていたことなんだ。

「……言い訳しても無駄か」

 起きてしまったことはこれからやる商売で稼いで元を取るしかない。それに、仕事である何でも屋を始められる環境は既に整ってある。

「名前名前……」

 そして、環境が整ったところで悩んでいることは店の名前だ。
 どこも一目で服屋とかレストランとかすぐにわかるが、何でも屋は見てもすぐにはわからない。というかこちら側から言わないとわからないんじゃないのだろうか。

「シンプルに何でも屋か? いや、それはそれでつまらない……。だからと言って複雑過ぎる名前は論外だし……」

 俺の知っている何でも屋に関連する言葉を組みあわせても、どうも変な名前にしかならない。
 例えばその考え方で最初に思いついたのが「フリーカモン」とかいう謎の言葉だ。ネーミングセンスの欠片もないので勿論没だ。

「とりあえず適当に紙だけは貼っておいたが……」

 名前は決まっていないが、とりあえず仕事は欲しいので「報酬次第でなんでもやります」という紙を扉の外側に貼っておいた。
 それと書いてはいないが、もしも俺を対象とした恋愛とかそういうのはどれだけ報酬が良くてもお断りだ。恐らくないとは思うが。

「とりあえず座って待つか」

 俺はゆっくり店の名前の候補を考えるためと、仕事の依頼人が来るのを待つためにオフィステーブルの前にある一人用ソファに腰をかけた。
 ちなみに、今俺が座っている一人用ソファだが、正面にこの家の出入口が見えるように設置してあるので、誰かが入ってこればすぐにわかる。それに加え時計も見えるので時間管理もちゃんとできる。
 我ながら中々いい感じの置き方をしたと思っている。まだこの部屋の端の方にスペースは沢山残っているが、それはまた今度置くことにしよう。


 ──そして、それからおよそ二時間が経過した。

 ここで豆知識。この世界においても一日は二十四時間で、今現在の時刻は俺の知る読み方をすると午後二時だ。

 しかし、二時間も経過したというのにまだ店の名前は決まらない。それに客も来ない。

「暇だぁ……」

 何でも屋なんてやっても最初の方には客は来ない。そんなことは簡単に予想できていた。

 俺がゲームとかで得た知識がこの世界と全く同じだった場合、何でも屋と冒険者ギルドのシステムは似ているようで違う。

 何でも屋と冒険者ギルドに共通することは、依頼を受けて達成するという点だ。しかし、それだけ聞くとやることは同じようにも思えるが、実際のところ根本的に違う。
 依頼されたクエストを選び、それを達成すればギルドから報酬金を貰うのが冒険者で、依頼されたことを受けるか受けないかを選び、それを達成すれば依頼人が直接報酬を与えるのが何でも屋だ。
 そして主に違うのは、依頼と報酬のシステムだ。

 家具を揃える時に一度、この街にある冒険者ギルドに立ち寄ってみた。そこで冒険者のルールが書いている紙が壁に貼られていた。
 その紙によると、どうやらこの世界の冒険者は冒険者自身がギルドに依頼するというのは無理らしい。
 恐らく、冒険者なんだから自分でなんとかしろということなのだろう。

 だが、この世界においては何でも屋よりも冒険者の方が圧倒的に多い。何故ならば、何でも屋は報酬を払うのに対し、冒険者は逆に報酬を貰える。それならば失うよりも得られる方がいいと考えるだろう。それが普通だ。

「どうせ、あの勇者だとか抜かして盛り上がっていた奴らに対しては全然いいんだろうけどな」

 この世界は魔王の侵略を受けている。それを抑え、その原因である魔王を倒すためならば、あの王様は間違いなくアイツらにできることならなんでも協力するだろう。

 もしも王様が、勇者の言うことには絶対に従う。歯向かえば罰を降すなんて命令を出してみろ。この街だけではなくこの世界が勇者を優先する世界になるだろう。
 そして、俺がしようとしている何でも屋に対しても、勇者の依頼は絶対なんてことになってしまうので少々迷惑だ。

「はぁ……」

 これから色々大変だなー、なんてことを思っていると、ガチャッという音と共に扉が開く。そして入って来たのは、黒のゴスロリドレス姿の少女だった。

「あの……報酬次第でなんでもやるって……本当ですか?」
「……何だ、迷子か」
「まっ──」

 入って来た少女を見て、突然来た念願の客と来たのがまさかのパッと見小学生低学年くらいの少女という展開に一瞬だけ思考が停止する。その後、この少女の置かれている状況を大体で予想する。
 こういう小さな少女がここに来る理由としては、俺には迷子としか考えられない。そして、報酬は「頬に乙女のキス」なんて言い出すに違いない。

「お父さんとお母さんを最後に見たのはいつだ? お子様サービスで無報酬で手伝ってやる」
「迷子じゃないもん! それにお子様じゃない!」
「はいはい。それで、どうなんだ?」
「もー、信じてないでしょー!」

 こういうのは世に言う強がりと言うやつだ。しかし、強がったところでお子様であることには変わりない。さっさと両親を見つけて、ちゃんとした依頼を待とう。

「私は番犬のお世話をして欲しいだけなの!」
「番犬?」
「そう。お母さん達、今日は家にいないからケルベロスをお世話する人がいないの」

 ケルベロス──確かギリシャ神話で冥界の番犬なんて言われてる生き物だったか。
 だが、ケルベロスという名前でも、所詮はペットの名前だ。言い換えれば、わんころの世話をしてくれということなのだろう。
 番犬と呼んでいるのも家族が友達と遊んだ感覚がまだ残っているからだろう。

 俺も昔は、よく近くの近所の人が飼っていた犬にアンジェロとか言う名前を付けていた。子供の頃の懐かしい記憶だ。

「犬の世話ならそこそこは報酬を貰う。それでもいいか?」
「うん。お母さんも、もしもお世話することに関してでお金を要求されたらこれを払いなさいって、私に銀貨を二十枚も持たせてくれたの」
「そうか……っていうか、よくこんな見知らぬ男に話しかけられたな。しかも一人でお金を持って」
「偉いでしょ」
「そんなエッヘンってしたところで危ない行動には変わりない。これからは気をつけろ」
「はーい」

 しかし、この少女の犬の世話をしに行くと言うことはつまり、外出することだ。それならば準備がいる。

 そして俺は、念の為に今日購入した魔剣を肩に背負い、家の明かりを消したところで家の鍵を持つ。

「出る準備はできた。案内してくれ」
「わかったー」

 少女は返事をすると突然床でしゃがみ、右手を床に付けた。床の材質チェックでもしているのだろうか。

「『反転世界リバースワールド』」

 少女がそう言うと、急に視界が。否、正確には少女と俺がいる場所自体がぐるっと回ったのだ。
 回る感覚は高速で、まるでコーヒーカップの最高回転速度の数倍の速度で回ったようにも思えた。そして物凄く酔った。

「うぇ……気持ちわりぃー……」

 気分が悪く出してしまいそうなのを抑えて、今自分がどこにいるのかを確認する。

「……何だここ」
「私の家だよ。そしてあれが──」

 今目の前にある屋敷がこの少女の家であることが判明。そして少女は、家の前にいる生き物を指さす。
 恐らくあれが、少女の言う番犬なのだろう。大きいように見えるが気のせいだ。

「私の番犬ケルベロス!」

 屋敷の影から出てき、姿が見えると俺は言葉が出なかった。何故ならば──

「グルルル………」

 そこには首が三つ付いており、それに加え大きさが明らかに普通の犬の数倍はあろうかというサイズの犬が俺に向かって威嚇をしていたからだ。

「……ガチもんのケルベロスかよ」

 更に、この犬という名の化け物の世話をするという自殺行為にも等しいことを今からするのだ。

 ──あ、今日が命日だわ。

 俺は今この瞬間、子供だからといってこの依頼を軽く受けてしまったことに後悔した。
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