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第二部 マスター、私は少し寂しいです

真剣勝負! 藤原大輝VS佐々木涼介

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 マスターのいじめの件が解決し、夏休みに入ってから数日が経過した。
 変わったことと言えば、あの日を境にマスターの家に仲良くなろうとしているクラスメイトが遊びに来るようになったことだ。
 しかし、遊びに来ると言ってもほんの数人程度だ。
 いつもはその筈なのだが……。

「なあ大輝! これって『グランドツーモスS』だよな!」
「何この人形、丸っこくて超可愛いんですけど!」
「えっと……私なんかがいてもいいのかな?」

 今日はいつもの倍以上の人数がマスターの部屋に遊びに来ていた。

 ——どうしてこうなった。

 確か、今日のお昼過ぎ辺りにいきなりインターホンがなったと思えば軽く十人は越える程の人数がカメラに映っていた。
 正直、その時は一体何かあったのかと思った。

 その人数の多さにさすがに帰れとも言えないので、仕方なく遊ぶことになった。
 何故そんなことがわかるのかって? マスターの表情を見てたら誰でもわかると思うよ。

「大輝! このグラツーSで俺と勝負だ!」

 そして、今マスターに勝負を挑んでいるこの男の子の名前は佐々木 涼介ささき りょうすけという。
 今現状では、それ以外の情報はわからない。

「んー、別にいいよー」
「あ、負けたらこの部屋にいるメンバー一人一人に飲み物一つずつ奢りな」
「負ける気ないから別にいいよ」
「よし! なら、早速準備だ!」

 そう言って、涼介は部屋のテレビの近くの棚に置いてあるゲーム機のPH4とソフトを持って来て準備を始める。
 準備が出来るとゲーム機を起動させ、コントローラーを持つ。
 ところがそこで涼介が……。

「すまん大輝」
「何?」
「グラツー専用のハンドルあるか? それがねぇと俺は本気を出せねぇ」
「あーはいはい、あるから心配しないで」

 そして、マスターはグラツー専用のハンドルを取り出す。

「どうして二個?」
「どうせなら、僕も本気でやりたいしね」
「ふん、上等だぜ」

 ちょっと待った。マスターの本気はそのハンドルがないと出せない?
 それなら、この前の私との勝負では手加減をしていたっていうの!?
 コントローラーで慣性ドリフトまでするんだから、ハンドル操作は私の予想を遥かに超える走りをするだろう。

「何周?」
「二周で」
「コースは?」
「カーブと直線が丁度いい感じに混ざっているので」
「オーケー」

 コースが決まると、お互いにバトルする車を選ぶ。

「俺はこの車で行くぞ!」

 涼介が選んだ車は、発信性能が高くて坂道ではスムーズに走れる4WDで280馬力の車を選ぶ。
 対して、マスターが選んだ車は以前私と勝負した時に選んだ車とおなじFR車で260馬力の物だ。

「おいおい、そんな馬力で勝てるのか?」
「やってみればわかる」
「それもそうか」

 両者車を選び終え、レース開始のボタンを押す。
 そして、コース紹介の後にカウントが始まる。

『5、4、3』
「…………」
「…………」

 二人の真剣さを見て周りの人達がテレビの前に集まり始める。

『2、1』
「………」
「………」
『GO!!』
「「——!!」」

 スタートの合図と同時に二人の車は発進する。
 最初の直線では発進速度と馬力、そして加速が速い涼介の車が前に出る。
 これは最初からわかっていたことだ。

「ふん、この先のコーナーでバックミラーから消してやるぜ!」
「…………」

 カーブに入ると4WD車では難しいドリフトを見事にこなす涼介。
 それに対して、マスターはというと……。

「………」

 4WD車と互角、いや、それ以上に上手いドリフトをしている。
 いつガードレールにぶつかってもおかしくない距離で曲がっていく。

「な、何!? そんな馬鹿な!」
「よそ見はしない方がいいよ」

 そのまま涼介の車の後ろにつくマスターの車。
 だが、いくらコーナーが上手かろうと直線で距離が離されていく。

 それからしばらく経ち、そのままの状態でラスト一周に突入する。
 涼介の表情を見ると、自分が有利な筈なのにかなり焦っている。

「くそっ、何で振り切れない!?」

 最初の一周で振り切れる筈の相手を振り切れないことに涼介は苛立ちを隠せなかった。

「このコーナーが最後。あとは直線だ。さぁ、どう出る大輝?」
「…………」

 最終コーナーを目前にしてもなお、マスターは涼介の後ろをついて行く。
 必ずこのコーナーでマスターは仕掛ける。何故なら、このコーナーが相手を抜ける最後のチャンスなのだから。

 そして、マスターと涼介は遂に最終コーナーに突入する。だが、ここでマスターはありえない手段を実行していた。

「なっ、アウトだと!?」

 そう、どのレースゲームでも不利だと言われるアウトコースからコーナーに突入したのだ。
 確かに、普通ならその方が曲がりやすいということでそうするだろうが、マスターの場合は違う。
 マスターは十分インコースから入っても曲がることが出来る操作技術を持っている。勿論、涼介もだ。

 だから、涼介はより距離を話せるインからコーナーに入った。
 じゃあ、何故マスターはアウトから……?

「……何だ、この違和感は……?」

 ここで涼介の様子がおかしくなる。
 何かあったのだろうか?

「ま、まさか!」

 涼介は自分の車が映る画面からタイヤの消耗を見る。

「そういう事か……!」

 その瞬間、インを曲っていた涼介の車が段々アウトに開いて行く。

 ——なるほどね。

「4WDは四輪駆動だから他の車と比べてタイヤの熱ダレが速い。今で俺の後ろについて来たのは俺を焦らせ、無理なドリフトをさせるためか」

 そして、涼介の車が完全にアウトに出ると元々アウトにいたマスターの車が涼介が通ったラインをクロスするようにインに入る。

「た、大輝くんがインに入った!」
「おぉ!!」
「えーと、よくわかんないけど凄いのかな?」

 テレビを見ていた他の人達がそれぞれ感想を言う。

 マスターと涼介の車がコーナーを抜けると後は直線。だが、涼介の車はタイヤが滑ってしまい立て直しが上手くいかずマスターの車が前に出る。
 そして、そのままマスターが先にゴールした。

「……直線で抜けばいいって訳じゃない。こういうコーナーを完璧に極めれば少々馬力が負けていても勝てるから」
「……参った参った。まさか、ゲーセンでは無敗だった俺が負けるとはな」

 そう言うと涼介は、立ち上がって体を伸ばす。
 その後、部屋の扉の近くに言く。

「約束は約束だ。皆、何が飲みたい?」
「私はグレープジュースで」
「俺は……別にでもいいや」
「……緑茶」
「僕は烏龍茶で」

 涼介が部屋にいるクラスメイト全員から飲みたい飲み物を聞くと、バッグにある財布を持って外に出て行った。

「ちょっと席を外すね」
「何だ? トイレか?」
「そんなところ」

 そう言ってマスターは部屋から出て、トイレがある一階に行く。

「マスター」
「何?」
「今、楽しいですか?」
「……うん、とっても」
「よかったです」

 そして、マスターはトイレを済ませると、クラスメイトがいる二階に向かう。

 確かに、あの日からマスターは明らかに変わった。

 私はマスターを助けたんだ。
 正しいことをしたんだ。

 表面上ではそう思っていても、その影では少し寂しいという気持ちが今の私にはあった。
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