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第一部 マスター、これからお世話になります

月曜日、それは終わりの曜日

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 七月二十四日の月曜日。
 それは、日本の太陽暦では平日の始まりの曜日。
 そして、マスターにとって運命の日。

 藤原家玄関にて、マスターは学校に行く為に靴を履いていた。

「……それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい!」

 しっかりと靴紐を結び終わると、マスターはお婆さんに挨拶をして家を出る。
 家を出るマスターの背中を見て、私は不安になる。

 ——もしもまた、あの時のようなことが起こってしまえば……。

「霧乃ちゃん、大丈夫よ」
「え?」
「大ちゃんは、皆に虐められない」

 マスターのお婆さんは、マスターが出て行った扉を見ながら私にそう言った。

「——知ってたんですか」
「ええ。と言っても、知ったのはつい最近。知った切っ掛けは、霧乃ちゃんがおばちゃんに話し掛けてくれた時から薄々とだけど」
「私が……ですか?」

 一体、私がお婆さんに話し掛けることがどう知る切っ掛けになったのであろうか。
 私が話したのは、マスターの欠席提案に世間話くらいだ。

「あんなに出来すぎた話、流石のおばちゃんも嘘だと気付くわよ?」
「ああ……あれですか。そりゃ、嘘だって気付きますよね……?」
「まあ、気付いたのはその翌日だけどね」
「ええ!?」

 つまり、私が話した当時は全く嘘だとは思っていなかったという事!? あの嘘を本当に信じてたの!?

「お婆様」
「何?」
「くれぐれむ、詐欺には気をつけてくださいね」
「………善処するわ」

 最初の間は何だとツッコミたいところだが、ここでツッコンでしまえば話が進まない。
 だが、本当に詐欺には気をつけて欲しい。お婆さんの場合、後から考えるパターンだから。

「それより、色々頑張ってくれたんでしょ?」
「何のことですか?」
「惚けないで。知ってるのよ、霧乃ちゃんが度々知らせることも無くいなくなってたこと」

 ……………。

「何か大ちゃんの為にしてたんでしょ?」
「……さあ、どうでしょうね」
「ふふ、素直じゃないんだから」

 そう言って後に、私はサイバネットワールドに、お婆さんは家事をしに台所へ向かった。

 ……何だろ、この昔話にありそうなフレーズ。


* * * * * * * * * * * *


 ここはマスターが通う中学校。名前は知らない。

「私も知らない」
「管理者なのにですか?」
「私が知っているのは、データとしての名前だけです。三十分くらいあればお教え出来ますけど?」
「長いなら結構です」

 そんなに長い時間も聞いていたら確実に途中で寝てしまう。

 それより、管理者が言うデータとしての名前というのは長いなんてレベルを遥かに超して長い。
 ゲームのセーブデータだって、人によっては短いように見えるかもしれないがそんなことは無い。
 それまでの進行記録。その時の持ち物。その他色々のことを全て保存している。セーブデータを選ぶ時に見る名前は表示するデータであるだけで、実際の名前はもっと長い。

「来たぞ」
「——!」

 今来たのは人と言うのはマスターのことである。

 本来なら、マスターより後に到着する予定だったが、サイバネットワールドの時間の速さは人間界の六分の一。それに、移動に使う電波は秒速三十万キロなので思ったよりも遥かに早い時間に着いてしまうのだ。

「……大輝」

 マスターに声を掛けたのは、マスターにカツラをかぶせた時に爆笑していた男子生徒だ。

「……何か用?」

 マスターが冷たい態度で返す。
 そして、男子生徒は暫く黙っていたが途中で覚悟を決めた表情をし、黙っていた口を開いた。
 
「悪かった!!」
「……はい?」

 男子生徒は、勢いよく頭を下げて今出来る全力でマスターに謝った。

「こんなのじゃあ許されない事はわかっている。だけど、俺にはこれくらしか出来ない」
「…………」

 頭を下げる男子生徒を黙ってみるマスター。
 するとその時、

「ごめんなさい!!」

 教室の隅の席に座っていた女子生徒が立ち上がって、マスターの前にいる男子生徒と同じように頭を下げる。

「確かに、大輝君は女顔で可愛くて弄りたくもなる。だけど、昨日よく考えてみれば、あれじゃあただの虐めだって気付いて心が押し潰されそうになった」
「………」
「……ハハッ、私って馬鹿だよね。許してもらえないことに許してなんて……」

 それから間もなく、次々に席を立ってマスターに謝り始める。
 悪電波を倒すだけでここまでの影響が出るとは思わなかった。

「何の騒ぎだ!」

 そこに、このクラスの担任である先生が入ってきた。

 時間を見れば八時二十五分になっており、この学校で言うこの時間は朝の学活の時間だ。
 ちなみにマスターに聞いたところ、全校集会などは余程のことがない限りしないらしい。

「あ、先生」
「先生も藤原君に酷いことしてたでしょ!?」
「早く謝って!」
「は、はあ!?」

 生徒達の声を聞くと、訳の分からない事を言われたかのような表情をする。

 ——もしやあの先生、悪電波の影響じゃなくて元からマスターのことを……。

「な、何を言っているんだ。先生は藤原のことを思って……」
「それは聞き捨てならない言葉ですね」
「——!? こ、校長先生、どうしてここに!?」

 先生の背後には、何故か校長先生が謎の刑事オーラを出しながら立っていた。
 いや、貴方はコ〇ンの目〇警部か何かですか?

「それにしても、どうしてここに?」
「私が校長先生にあるパソコンにメッセージを送っておきました」
「グッジョブ管理人」

 私は管理人に向けて右手の親指を立てる。

「君達、その事は本当かな?」
「はい。先生は私達と一緒に酷いことをしてました。なのに……謝りもしないんです!」
「高橋先生、それは本当ですか?」

 あ、高橋って言うんだあの先生。

「ち、違います! 私は決してそんなことは……」
「見苦しいよ先生」

 このやり取りの中でずっと黙っていたマスターがついに口を開く。

「ずっと、先生がそんな奴なんだって知ってた。他の皆は言い訳なんてせずに謝ってくれたけど、それに対して先生はどう? 先生としての立場が危うくなるから言い訳ばかり。まるで犯行が明らかなのに言い訳して逃れようとする犯罪者みたいじゃない?」
「この餓鬼……言わせておけば……!」
「高橋先生!」
「は、はい!」

 校長先生が高橋先生を見て名前を呼ぶ。
 校長先生の表情は先程とは違い明らかに激怒していることがわかる程、怖い顔をしている。

「貴方は、生徒を何だと思っているのですか!?」
「………」
「生徒は貴方の奴隷ではありません! 一人の人間なのです! それがわかっていない以上、貴方に先生を名乗る資格はありません。このことは全て教育委員会に伝えます」
「……そ、そんなことしたら、この学校の評判はがた落ちですよ?」
「評判と生徒のどちらが大切ですか!? そんなもの、生徒の方が大切に決まっているでしょう! 学校をなんだと思っているのですか!!」
「…………チッ」

 舌打ちをした後に高橋先生は教室を出て行った。
 校長先生はそのまま教室の中に入り、マスターに話し掛ける。

「藤原君……でいいのかな?」
「はい」
「ありがとう。藤原君、この度は、本当に申し訳ないことをしてしまった。彼を許せとは言わない。彼の行為に気付かなかった私にも責任がある。だから、謝らせてくれ。本当に申し訳ない!!」

 校長先生は他の生徒と同じように頭を下げてマスターに謝る。
 それを見て他の生徒も一斉に頭を下げてもう一度謝る。

「……別に、校長先生は悪くないですよ」
「………」
「確かに、皆を許すことなんて出来ない」
「…………」
「……だけど、素直に謝ってくれたから、もう別に気にしてない」
「……許して、くれるのか?」
「許さない。けど、許さないのは前の皆。今の皆なら許せるし、今後別に気にしない」
「……よくわからないが、取り敢えず許してくれるんだな」
「まあ、そういうこと」
「ありがとう!!!」

 どうやら、この問題は無事に解決したようだ。
 だが、恐らくこの後校長先生は、マスターのお婆さんに連絡して謝るんだろうなぁ。

 校長先生は全く悪くないのに……全てあの高橋って言う先生が悪いんだ!

「それで校長先生、この後の終業式どうするんですか?」
「ああ、別に問題なく行いますよ」

 先程の校長先生からいつもの優しい校長先生に戻り終業式の話をする。

 そうか、今日は七月二十四日。月曜日って少しキリが悪い気がするけど、始まりの他に終わりの曜日でもある。

「ちょっと待って。終業式なの今日?」
「ああ、そうだが」
「あ、そう言えば藤原君って金曜日来てなかったよね。だから、知らないのかも」
「かもじゃなくて確実にそうだろ」

 確かマスターは、月曜日の授業の準備をして学校に向かった。つまり、マスターの鞄は教材でいっぱいだ。
 それなのに、マスターの机には美術で使う道具に金曜日に配られたであろうプリント類で溢れている。

 ——マスター……ご愁傷様です。

「終業式を体育館で始めますので並んだ後に前のクラスについて行ってください。私は大至急で体育館に向かわなければならないので」
「わかりました」

 そう言った後に、校長先生は猛ダッシュで体育館に向かった。
 廊下を走っては行けない、なんてルールがあったような気がするが、今は仕方が無いのかな?

「それじゃあ、並ぶか」
「そうだね」

 そして、マスター達は廊下に並び始め、前のクラスが進むとそれに続いてついて行った。

「よかったですね。彼を救えて」
「……はい!」

 管理人に返事をした後に、体育館に向かうマスターを見届けた後に私は家に戻った。

 とても嬉しかった。
 助けられて、本当によかった。

 私は感じたことの無い程の幸福感が溢れていた。






* * * * * * * * * * * *


「いやぁ、上手くいってよかった」

 ソファに座りながら下界にいる霧乃を映像で見るデネは伸びをしながら言う。

『デネ』
「ん? どうしたの?」
『例のプロジェクトはどうなった?』
「問題ないよ。このまま順調に進めば早くて半年、遅くて一年半ってところかな?」

 霧乃が映る映像とは別の映像を見ながら何者かと会話をする。

『そうか。では、引き続き頼むぞ』
「任せときなって」

 そして、デネはボタンを押して映像を切る。それと同時に何者かとの回線も切れる。

「さてと、それじゃあこっちも頑張りますか」

 デネは立ち上がって部屋から出るために扉へ向かう。

「『フリーダムプロジェクト』は絶対に成功させる」

 そう言って、デネは部屋から出て行った。


 一体、フリーダムプロジェクトとは何なのであろうか。
 そのプロジェクトの内容を霧乃が知る事になるのは、まだまだ先の話である。
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