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第一部 マスター、これからお世話になります
心の痛み
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七月二十二日土曜日の午後三時。私はマスターと一緒にテレビゲームをしていた。
今しているソフトはスーパーファイターズIIという格闘ゲームである。このソフトはかなり昔の物だが、当時は爆発的に人気のあるソフトだった。その人気は今も尚続いており、このソフトの名前を知らない人は殆どいないだろう。
「………あ!」
「よしっ!」
テレビの画面には、マスターの勝利を表すWinnerの表示が出ている。これで私は計五十連敗だ。
「まさか、これだけのハンデを課せられても尚、私が勝てないなんて……」
「いくらこのゲームの最弱キャラを使わせたとしても、僕はこのゲームを研究し尽くしてるから特に問題はないよ」
「ガチですね」
「ガチだよ」
やっぱり、マスターのゲームの腕は凄い。正直、私が今まで見てきたスーパープレイでマスターの右に出る人物はいない。
「……霧乃さん」
「何ですか?」
「霧乃さんって、最近笑顔になることが多くなったよね」
「そうですか? いつも笑顔にはなっていると思いますが……」
「いや、前までの霧乃の笑顔は……なんて言うか……作り笑顔のようだったから」
「…………」
マスターが感じている私への違和感の正体は、恐らく私が女であることを演じているからであろう。
確かに、真の私は男であり女ではない。精神が男の私が女として生きるためには、『男』という実を『女』を演じるという殻に閉じこめ、偽りの女を演じるしかない。それが、『俺』としての精神を失わないための唯一の方法なのだ。
もし仮に、私が自分が女であることを完全に認めたとしたら、間違いなく俺としての精神は失われ、私としての精神のみが残るだろう。
「……あの、聞いちゃダメな話題だった?」
「いえ、そんなことはないです。……それと、この後少し用事があるので暫く出掛けます。早くて七時頃には帰って来れると思います」
——私は何を言っている。今のは嘘だ。本当は理由なんてない。
「うん、わかった」
「ありがとうございます」
——何故、私はこんなことを言っている。
全てはいつもと変わらない筈。なのに……どうして、こんなにも胸が痛いのだろうか。
今までこんなことは一度もなかった。誰に嘘をついても、こんな罪悪感に囚われることなんてなかった。
そんなことを考えながら、私は特に目的もないままサイバネットワールドに向かった。
* * * * * * * * * * * *
「それで、君は僕のところに来たと」
「…………」
この嫌な気持ちを無くしたいと思う私は、通信機の飛翔機能を使ってデネがいる天界に来た。
正直言うと、あまり頼りたくない相手なのだが、連絡をとれるのがデネしかいなかった。
「デネなら……何か方法を知ってると思って……」
「……はっきり言うと、僕にはどうすることも出来ない。だって、これは君の心の問題だからね」
「……だよね」
デネは、サイバネットワールドでの問題は解決出来ても心の問題までは解決出来ない。疾うにそんなことは、最近デネ自身が教えてくれたから知っている。
「サイバネットワールドにいる君以外の問題は解決出来たかもしれないけど……」
「私以外?」
「そう。だって君は元人間。しかも、元男だ。この世界での君の存在は少しイレギュラーなんだ」
「この姿にしたのは紛れもなくデネだからね!?」
「果たしてそれは本当かな?」
「……え?」
——今の自分以外が私を連れてきたみたいな発言は何?
この世界には、デネのような神様的存在は一人だけではないということなのだろうか。それならいったい何人いるというのだ。
「それは兎も角、今は君の話だったね」
「あ、うん」
デネが少し強引に話を戻す。デネの言う通り、今は私の話をした方が私自身にとっても有難い。
「恐らく、その痛みは君の思っている通り、罪悪感から生まれた痛みかもしれないね」
「……それだけじゃないのは自分自身が知ってる」
「お、鋭いじゃないか。もう一つの痛み……というか苦しみ? それは、君が男であるか女であるかを迷っている証拠さ」
大体予想はしていた。だが、それをどうするかはまだわからない。もし、男として生きるとしても姿はこのままだしこれからもマスターを騙し続けることになる。つまり、私は女として生きる他ないのだ。
「デネ……私はどうしたらいい?」
「それを決めるのは僕じゃない。君自身だ」
デネは、私の質問に即答する。確かに、誰かに答えを求めたところで何の解決にもならない。
これは私のこれからの人生をどう生きていくかの問題。この先どうするかは私が決めなければ意味が無い。
「……アドバイスをするなら、そろそろ大輝くんに本当のことを話してもいい頃じゃないかな?」
「…………」
「それで罪悪感からは解放されると思うよ。男か女かは別に後でゆっくり考えでも遅くはないと思うけど」
デネは椅子から立ち上がり、部屋の出入口である扉に向かう。
デネが言ったアドバイスは、一度だけ私も考えた。
だが、本当のことを言ってマスターに嫌われたらどうしよう、という恐怖が私にそれの実行を抑えられている。
「男か女かなんて言われても君は君だ。それ以外の誰でもない。アドバイスはしたけどどう実行するかは君次第だ」
そう言って、デネは部屋から出て行った。
「——私次第……か……」
デネが部屋から出て静かになった部屋で、一人私は呟く。そうしている間にも、帰ってくると言った時間が迫って来る。
この際、マスターに嫌われることよりも本当のことを話すことに焦点を当てた方がいいのかもしれない。
「………逃げちゃダメだ……話そう……!」
数十分悩んだ末に私はマスターに本当のことを話すことにした。
いつまでも逃げていてはダメだ。今は、勇気を振り絞ってマスターに言うべきだ。
そう決めた私は、部屋を出てマスターの元へ向かった。
今しているソフトはスーパーファイターズIIという格闘ゲームである。このソフトはかなり昔の物だが、当時は爆発的に人気のあるソフトだった。その人気は今も尚続いており、このソフトの名前を知らない人は殆どいないだろう。
「………あ!」
「よしっ!」
テレビの画面には、マスターの勝利を表すWinnerの表示が出ている。これで私は計五十連敗だ。
「まさか、これだけのハンデを課せられても尚、私が勝てないなんて……」
「いくらこのゲームの最弱キャラを使わせたとしても、僕はこのゲームを研究し尽くしてるから特に問題はないよ」
「ガチですね」
「ガチだよ」
やっぱり、マスターのゲームの腕は凄い。正直、私が今まで見てきたスーパープレイでマスターの右に出る人物はいない。
「……霧乃さん」
「何ですか?」
「霧乃さんって、最近笑顔になることが多くなったよね」
「そうですか? いつも笑顔にはなっていると思いますが……」
「いや、前までの霧乃の笑顔は……なんて言うか……作り笑顔のようだったから」
「…………」
マスターが感じている私への違和感の正体は、恐らく私が女であることを演じているからであろう。
確かに、真の私は男であり女ではない。精神が男の私が女として生きるためには、『男』という実を『女』を演じるという殻に閉じこめ、偽りの女を演じるしかない。それが、『俺』としての精神を失わないための唯一の方法なのだ。
もし仮に、私が自分が女であることを完全に認めたとしたら、間違いなく俺としての精神は失われ、私としての精神のみが残るだろう。
「……あの、聞いちゃダメな話題だった?」
「いえ、そんなことはないです。……それと、この後少し用事があるので暫く出掛けます。早くて七時頃には帰って来れると思います」
——私は何を言っている。今のは嘘だ。本当は理由なんてない。
「うん、わかった」
「ありがとうございます」
——何故、私はこんなことを言っている。
全てはいつもと変わらない筈。なのに……どうして、こんなにも胸が痛いのだろうか。
今までこんなことは一度もなかった。誰に嘘をついても、こんな罪悪感に囚われることなんてなかった。
そんなことを考えながら、私は特に目的もないままサイバネットワールドに向かった。
* * * * * * * * * * * *
「それで、君は僕のところに来たと」
「…………」
この嫌な気持ちを無くしたいと思う私は、通信機の飛翔機能を使ってデネがいる天界に来た。
正直言うと、あまり頼りたくない相手なのだが、連絡をとれるのがデネしかいなかった。
「デネなら……何か方法を知ってると思って……」
「……はっきり言うと、僕にはどうすることも出来ない。だって、これは君の心の問題だからね」
「……だよね」
デネは、サイバネットワールドでの問題は解決出来ても心の問題までは解決出来ない。疾うにそんなことは、最近デネ自身が教えてくれたから知っている。
「サイバネットワールドにいる君以外の問題は解決出来たかもしれないけど……」
「私以外?」
「そう。だって君は元人間。しかも、元男だ。この世界での君の存在は少しイレギュラーなんだ」
「この姿にしたのは紛れもなくデネだからね!?」
「果たしてそれは本当かな?」
「……え?」
——今の自分以外が私を連れてきたみたいな発言は何?
この世界には、デネのような神様的存在は一人だけではないということなのだろうか。それならいったい何人いるというのだ。
「それは兎も角、今は君の話だったね」
「あ、うん」
デネが少し強引に話を戻す。デネの言う通り、今は私の話をした方が私自身にとっても有難い。
「恐らく、その痛みは君の思っている通り、罪悪感から生まれた痛みかもしれないね」
「……それだけじゃないのは自分自身が知ってる」
「お、鋭いじゃないか。もう一つの痛み……というか苦しみ? それは、君が男であるか女であるかを迷っている証拠さ」
大体予想はしていた。だが、それをどうするかはまだわからない。もし、男として生きるとしても姿はこのままだしこれからもマスターを騙し続けることになる。つまり、私は女として生きる他ないのだ。
「デネ……私はどうしたらいい?」
「それを決めるのは僕じゃない。君自身だ」
デネは、私の質問に即答する。確かに、誰かに答えを求めたところで何の解決にもならない。
これは私のこれからの人生をどう生きていくかの問題。この先どうするかは私が決めなければ意味が無い。
「……アドバイスをするなら、そろそろ大輝くんに本当のことを話してもいい頃じゃないかな?」
「…………」
「それで罪悪感からは解放されると思うよ。男か女かは別に後でゆっくり考えでも遅くはないと思うけど」
デネは椅子から立ち上がり、部屋の出入口である扉に向かう。
デネが言ったアドバイスは、一度だけ私も考えた。
だが、本当のことを言ってマスターに嫌われたらどうしよう、という恐怖が私にそれの実行を抑えられている。
「男か女かなんて言われても君は君だ。それ以外の誰でもない。アドバイスはしたけどどう実行するかは君次第だ」
そう言って、デネは部屋から出て行った。
「——私次第……か……」
デネが部屋から出て静かになった部屋で、一人私は呟く。そうしている間にも、帰ってくると言った時間が迫って来る。
この際、マスターに嫌われることよりも本当のことを話すことに焦点を当てた方がいいのかもしれない。
「………逃げちゃダメだ……話そう……!」
数十分悩んだ末に私はマスターに本当のことを話すことにした。
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