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小さな将棋部の部室に、未子、千宙、秀佳、桑原、中尾、馬屋原が集まった。部活の時間であるが、一同は未子の話に耳を傾けていた。
桑原は右手で眼鏡の位置を直して、言った。
「……つまり、未子さんは天城の野望を阻止しようとしているってことだな」
未子はうなずいた。
「記憶を操作する力っていうのも、なかなか信じられないけど。未子さんが、人の心を読めるっていうのも……」
「もしかして、未子さんが将棋強くなったのは、こっちが考えていることを読んでいたからなのか……?」
「そっ、それは違うよ。将棋をするときは、心を読まないようにしてた。というか、その、できるだけ、人の心の声を聞かないように気を付けているんだけど……強い声は、勝手に入ってくるというか。その……」
「たとえば?」
「……桑原くんは、一人カラオケで、自分の声を美少女キャラの声に変えて歌うのが好きだよね。たまに、頭の中で歌ってる……」
「ぐおっ!!」
桑原は仰向けにのけぞり、壁で頭を打った。それは誰にも言っていない、ひそかな趣味だ。
「馬屋原くんは、クラスに気になる子がいるでしょ」
「ぶっ」
桑原だけでなく自分も被弾して、馬屋原は飲んでいたお茶を吹いた。
「中尾くんは……」
言いかけて、未子は中尾と視線を合わせた。中尾の顔が赤くなる。
私のこと、慕ってくれているよね。お姉ちゃんみたいに。
未子は小さく微笑んだ。それを見て、中尾は、自分の想いが未子に伝わっていることを確信した。
「未子先輩、本当に、人の心の中を読めるんですね」
「なっ、なんで中尾は言いかけてやめた!?」
「中尾は何考えてるんだよ!」
「僕は将棋一筋ですよ」
「嘘つけ!」
ぎゃあぎゃあ言い合っている将棋部メンバーに対して、千宙は言った。
「と、いうわけで、お前ら協力してほしい」
「協力って、どうやって」
桑原が訊くと、千宙は黒板に作戦を書き出した。
「天城の目的は、波間さんという情報屋を見つけ出し、波間さんが持っている総理の秘密を闇に葬ること。これを阻止するためには、先に波間さんを見つけて天城から守る」
「簡単に言うけど、天城には慈盛組がついているんだろ? 極道相手にどうしろと……」
「俺が思うに、天城の弱点がひとつある」
「弱点?」
千宙はうなずいた。
「児玉あずみだ」
「あずみ……?」
「児玉はいつも天城といっしょにいる。天城の秘密も知っているはずだ。よく考えたら、児玉が一番謎なんだ。児玉はいったい何者で、どうしてあんなに天城の近くにいるのか」
「……たしかに」
秀佳はうなずいた。璃星とあずみは中学生時代もいつもいっしょにいた。あずみが危険な目に遭ったときには、璃星が助けていた。
「児玉を捕まえて、天城にとって不都合な情報を手に入れるんだ。きっと何かある。児玉を捕まえたら、未子、児玉の心を読むんだ。天城について考えていることを。できる?」
千宙に訊ねられて、未子はうなずいた。
「うん……、やってみる。あずみの心の声は、聞こえるから」
あずみが何を考えているのか、ならば、わかる。だが。
「不思議なのは、璃星の心の声は、まったく聞こえないの。読もうとしても、読めない。璃星の心は、ずっと、闇の中にある」
「天城の力のせいかな。……もしかしたら」
千宙はふと思い立った。
「天城の力も、未子には通じないかもしれない」
……そういえば。
今まで、璃星には何度か触れられた。そのたび、璃星は私の記憶を拾っていたのかもしれない。でも、私の記憶は奪われていない。
「正木さん、児玉の家とか知ってる?」
千宙に訊ねられて、秀佳は首を横に振った。
「ううん。聞いたこともないし……」
「じゃあ、こうしよう。正木さんと桑原は、児玉に関する情報収集。正木さんは中学の同級生とか、知り合いがいれば聞き込みをして。
中尾と馬屋原は、児玉の家をつきとめる。ちょっと危険だけど、学校が終わったあと、児玉を尾行するんだ。一度で成功しようとしなくていい。危ないと思ったらすぐ引き返すこと。
俺と未子は、波間さんについて調べる」
千宙の作戦に、一同はうなずいた。
「ラインでグループを作るから、みんな、入っておいて」
「おけ」
「天城討伐部隊だな」
それぞれスマホを操作し、思い思いのスタンプやコメントを送信してグループに参加表明をした。
未子は、みんなに向かって頭を下げた。
「あっ、あのっ、巻き込んでごめんなさい。でも、その……ありがとう」
おずおずと顔をあげた未子の目に飛び込んできたのは、みんなの笑顔だった。
「夏休みに巨悪を倒すなんて、エモいじゃん」
「未子先輩に頼ってもらえて光栄です」
未子はちらっと千宙を見た。千宙は、「言ったとおりだったでしょ」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「それじゃ、今日は解散で。あ、桑原」
「なんだ?」
「今日から正木さんといっしょに帰って。お前、ボディガードな」
「「なっ」」
これには、秀佳も面食らった。秀佳と桑原はクラスが違う。面識はあるが、たいして話をしたことはない。いきなりいっしょに帰れと言われても。
「正木さん、嫌だったら離れて歩いたらいいから。今日、天城ともめたばかりだし、一人で帰らないほうがいい」
たしかに、一人で帰るのは少し心細いかもしれない。秀佳が遠慮がちに桑原を見ると、桑原は眼鏡の位置を直して言った。
「正木さん、行きましょう」
「う……うん」
女子と2人で帰るときがくるなんて、俺にも青春キターーーー!
桑原の心の声を、未子はしっかり聞いていた。笑いそうになるのを堪えて、秀佳と桑原に手を振った。
「未子、また明日」
「うん。秀佳ちゃん、バイバイ」
続いて、中尾と馬屋原が部室を出て行く。
「尾行は明日からだな」
「今日はもう帰ってますもんね」
あずみを尾行する打ち合わせをしながら、2人は廊下を歩いて行った。
部室に残ったのは、未子と千宙だ。
「……千宙、波間さんのことだけど」
「うん」
「やっぱり、波間さんの居場所は、水野の秘密と関係ある気がする。……22年前、ランブル、矢島由崇、スーツケース。スーツケースの中身……矢島由崇は知らなかった。でも、波間さんは、想像してた」
未子は波間から伝わってきた心の声を、自分の記憶の宇宙からかき集めた。そして、ひとつの推論にたどり着いた。
「……スーツケースの中身は死体。水野が殺した人間」
千宙は驚いた表情で、未子を見た。
「スーツケースの場所……それさえわかれば……」
「……未子、今のお父さんとお母さんには、波間さんのこと訊いてみた?」
「ううん。何も……。おじさんも、おばさんも、波間さんの居場所は知らないから……」
「居場所は知らなくても、ヒントになることは知っているかもしれない。波間さんについて知っていること、訊いてみよう」
未子は千宙の提案にうなずいた。
桑原は右手で眼鏡の位置を直して、言った。
「……つまり、未子さんは天城の野望を阻止しようとしているってことだな」
未子はうなずいた。
「記憶を操作する力っていうのも、なかなか信じられないけど。未子さんが、人の心を読めるっていうのも……」
「もしかして、未子さんが将棋強くなったのは、こっちが考えていることを読んでいたからなのか……?」
「そっ、それは違うよ。将棋をするときは、心を読まないようにしてた。というか、その、できるだけ、人の心の声を聞かないように気を付けているんだけど……強い声は、勝手に入ってくるというか。その……」
「たとえば?」
「……桑原くんは、一人カラオケで、自分の声を美少女キャラの声に変えて歌うのが好きだよね。たまに、頭の中で歌ってる……」
「ぐおっ!!」
桑原は仰向けにのけぞり、壁で頭を打った。それは誰にも言っていない、ひそかな趣味だ。
「馬屋原くんは、クラスに気になる子がいるでしょ」
「ぶっ」
桑原だけでなく自分も被弾して、馬屋原は飲んでいたお茶を吹いた。
「中尾くんは……」
言いかけて、未子は中尾と視線を合わせた。中尾の顔が赤くなる。
私のこと、慕ってくれているよね。お姉ちゃんみたいに。
未子は小さく微笑んだ。それを見て、中尾は、自分の想いが未子に伝わっていることを確信した。
「未子先輩、本当に、人の心の中を読めるんですね」
「なっ、なんで中尾は言いかけてやめた!?」
「中尾は何考えてるんだよ!」
「僕は将棋一筋ですよ」
「嘘つけ!」
ぎゃあぎゃあ言い合っている将棋部メンバーに対して、千宙は言った。
「と、いうわけで、お前ら協力してほしい」
「協力って、どうやって」
桑原が訊くと、千宙は黒板に作戦を書き出した。
「天城の目的は、波間さんという情報屋を見つけ出し、波間さんが持っている総理の秘密を闇に葬ること。これを阻止するためには、先に波間さんを見つけて天城から守る」
「簡単に言うけど、天城には慈盛組がついているんだろ? 極道相手にどうしろと……」
「俺が思うに、天城の弱点がひとつある」
「弱点?」
千宙はうなずいた。
「児玉あずみだ」
「あずみ……?」
「児玉はいつも天城といっしょにいる。天城の秘密も知っているはずだ。よく考えたら、児玉が一番謎なんだ。児玉はいったい何者で、どうしてあんなに天城の近くにいるのか」
「……たしかに」
秀佳はうなずいた。璃星とあずみは中学生時代もいつもいっしょにいた。あずみが危険な目に遭ったときには、璃星が助けていた。
「児玉を捕まえて、天城にとって不都合な情報を手に入れるんだ。きっと何かある。児玉を捕まえたら、未子、児玉の心を読むんだ。天城について考えていることを。できる?」
千宙に訊ねられて、未子はうなずいた。
「うん……、やってみる。あずみの心の声は、聞こえるから」
あずみが何を考えているのか、ならば、わかる。だが。
「不思議なのは、璃星の心の声は、まったく聞こえないの。読もうとしても、読めない。璃星の心は、ずっと、闇の中にある」
「天城の力のせいかな。……もしかしたら」
千宙はふと思い立った。
「天城の力も、未子には通じないかもしれない」
……そういえば。
今まで、璃星には何度か触れられた。そのたび、璃星は私の記憶を拾っていたのかもしれない。でも、私の記憶は奪われていない。
「正木さん、児玉の家とか知ってる?」
千宙に訊ねられて、秀佳は首を横に振った。
「ううん。聞いたこともないし……」
「じゃあ、こうしよう。正木さんと桑原は、児玉に関する情報収集。正木さんは中学の同級生とか、知り合いがいれば聞き込みをして。
中尾と馬屋原は、児玉の家をつきとめる。ちょっと危険だけど、学校が終わったあと、児玉を尾行するんだ。一度で成功しようとしなくていい。危ないと思ったらすぐ引き返すこと。
俺と未子は、波間さんについて調べる」
千宙の作戦に、一同はうなずいた。
「ラインでグループを作るから、みんな、入っておいて」
「おけ」
「天城討伐部隊だな」
それぞれスマホを操作し、思い思いのスタンプやコメントを送信してグループに参加表明をした。
未子は、みんなに向かって頭を下げた。
「あっ、あのっ、巻き込んでごめんなさい。でも、その……ありがとう」
おずおずと顔をあげた未子の目に飛び込んできたのは、みんなの笑顔だった。
「夏休みに巨悪を倒すなんて、エモいじゃん」
「未子先輩に頼ってもらえて光栄です」
未子はちらっと千宙を見た。千宙は、「言ったとおりだったでしょ」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「それじゃ、今日は解散で。あ、桑原」
「なんだ?」
「今日から正木さんといっしょに帰って。お前、ボディガードな」
「「なっ」」
これには、秀佳も面食らった。秀佳と桑原はクラスが違う。面識はあるが、たいして話をしたことはない。いきなりいっしょに帰れと言われても。
「正木さん、嫌だったら離れて歩いたらいいから。今日、天城ともめたばかりだし、一人で帰らないほうがいい」
たしかに、一人で帰るのは少し心細いかもしれない。秀佳が遠慮がちに桑原を見ると、桑原は眼鏡の位置を直して言った。
「正木さん、行きましょう」
「う……うん」
女子と2人で帰るときがくるなんて、俺にも青春キターーーー!
桑原の心の声を、未子はしっかり聞いていた。笑いそうになるのを堪えて、秀佳と桑原に手を振った。
「未子、また明日」
「うん。秀佳ちゃん、バイバイ」
続いて、中尾と馬屋原が部室を出て行く。
「尾行は明日からだな」
「今日はもう帰ってますもんね」
あずみを尾行する打ち合わせをしながら、2人は廊下を歩いて行った。
部室に残ったのは、未子と千宙だ。
「……千宙、波間さんのことだけど」
「うん」
「やっぱり、波間さんの居場所は、水野の秘密と関係ある気がする。……22年前、ランブル、矢島由崇、スーツケース。スーツケースの中身……矢島由崇は知らなかった。でも、波間さんは、想像してた」
未子は波間から伝わってきた心の声を、自分の記憶の宇宙からかき集めた。そして、ひとつの推論にたどり着いた。
「……スーツケースの中身は死体。水野が殺した人間」
千宙は驚いた表情で、未子を見た。
「スーツケースの場所……それさえわかれば……」
「……未子、今のお父さんとお母さんには、波間さんのこと訊いてみた?」
「ううん。何も……。おじさんも、おばさんも、波間さんの居場所は知らないから……」
「居場所は知らなくても、ヒントになることは知っているかもしれない。波間さんについて知っていること、訊いてみよう」
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