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未子が無事に山下家に帰宅したのを見届けた紫藤は、自分と同じように未子の動きを見ている人間がいることに気が付いた。一見すると、ワイシャツにスラックスといった服装のサラリーマン風の男である。
その男が未子の家の前を通り過ぎたとき、スラックスのポケットからスマホを取り出した。そのとき、手首に、ただのサラリーマンには似つかわしくない、高級時計をはめているのが見えた。
紫藤は違和感を覚えて、距離をとって男のあとを追跡した。
男は途中で、通りがかった黒塗りのバンに乗り込んだ。紫藤は即座にバンのナンバーを覚えた。
バンが走り去ったあと、スマホを使ってバンの持ち主を探す。ナンバープレートがわかっていれば見つけることができる、捜索する術を知っている。
「こいつか……」
紫藤はうなずいた。バンを使っているのは、慈盛組構成員、佐伯勝舞。頭脳派の極道である。取り巻きに腕っぷしの強い若者を連れている。
山下家の近くにいたってことは、未子ちゃんを狙っているのか? だが、未子ちゃんが帰ってきたら離れて行ったな……。奴らが波間さんのことをどこまで掴んでいるのかも気になるし……。
紫藤はいったん、隠れ家にしているアパートに戻ると、佐伯について調べた。佐伯の行きつけの店の目星が立つと、紫藤はアパートを出た。
慈盛組のことは調べなくちゃならん。佐伯をとっかかりにするか。
紫藤は流川通りにある、割烹料理の店の近くに張り込んだ。繁華街の建物の隙間に、気配を殺して佇む。
タバコのケースを新しく開けようとしたときに、割烹料理の店が入ったビルから、山下家の近くで見た男が出て来た。佐伯である。他に3人、体格の良い若い男を連れている。
「暴対法、厳しいんじゃないのかね」
良いもん食ってんなあ。
紫藤はたばこを吸うのをやめて、佐伯のあとを尾けた。次に佐伯は、ワインバーに入って行った。ここでも、紫藤は店の中には入らず、外で時間を潰す。
相手は頭脳派だ。外で聞こえるように波間さんの話なんかしない。わざわざこっちから姿を晒しに行くことはない。
午後22時30分を過ぎたころ。佐伯はワインバーを出て、繁華街を歩き始めた。紫藤は尾行を続けた。
佐伯はバンを持っている。だが、繁華街をどこまでも歩いて行く。歩き続ける。なんだ。どこを目指している? 何かあるのか。
繁華街を抜けると、暗い夜道が続いていく。街から少し離れれば、すぐにベッドタウンだ。その、街とベッドタウンのはざまに、人気のない空間がある。
なんだ?
紫藤に嫌な予感がよぎった。
やはり、何かある。わざわざこんなところに、意味もなく来るなんて、ありえない。
ふいに、佐伯が振り向いた。その顔には笑顔が張り付いていた。
「単純だねえ、ストーカーさん」
暗闇の中、気配は消していた。佐伯が振り向くときでさえ、佐伯の視界には入らないポジションをとっていた。
なのに、気づいている。
佐伯は、俺の尾行に気付いている。いったいいつから? どこから?
紫藤は隠れるのをやめた。堂々と佐伯の前に姿を現し、声をかけた。
「どうも、こんばんは。慈盛組の佐伯さん、ですよね?」
「どうも。ここでその名前を口にしたら死にますよー。一応警告したからね?」
佐伯はにやにや笑っている。一方の紫藤は無表情だ。
「聞きたいことがあるんですよ」
「なんでしょう」
「なんで山下家の近くにいたんですか?」
「そんな回りくどい質問しなくてもいいですよ。……っていうか、わかっているでしょう?」
「……?」
「自分が餌食だってこと」
刹那、後方から猛スピードで何かが突っ込んでくる気配を感じた。紫藤が振り向く。黒い車だ。紫藤めがけてハイビームが光る。
「うわああああああああああ!」
叫んだのは、車の運転席に乗っている男。フロントに人間の身体がぶつかる、激しい衝撃。アクセルペダルをベタ踏みしている足は固まっていて、紫藤を轢いたあとも、すぐにブレーキペダルに動かすことができなかった。
運転席に座ってる男は、頭からバケツの水を被ったように汗をかいていた。ハンドルに身体を預けるようにもたれかかり、目には涙が浮かんでいる。
助手席に座っている、水色の髪の少女は、乾いた拍手をした。
「よくできました」
運転席に座っている男――――ヒロトは、目の下にクマを作っていた。ヒロトはぎょろりと目を動かし、璃星を見た。
「これで……これで、いいんだな。黙っててくれるんだろ?」
「うん」
「この事故のことも、なかったことにしてくれるんだよな!?」
「ボクは、冗談は言わない」
璃星はシートベルトを外し、助手席のドアを開けて外に出た。
「バイバイ、先生」
璃星がドアを閉めると、黒い車はよろよろとバックして、元の車道に戻り、走り去っていった。
璃星は、頭から血を流して倒れている紫藤に歩み寄った。
「こんばんは。ねえ、生きてる?」
紫藤は血と砂にまみれた手で、璃星の肩を掴んだ。
「……天城……っ」
「何しとるんじゃ、やめろ!」
佐伯の取り巻きの男が走ってきて、すでに血だらけの紫藤の顔面を殴った。紫藤の身体が仰向けに転がる。
それでも、意識は飛ばない。紫藤は、璃星から目を離さない。
その男が未子の家の前を通り過ぎたとき、スラックスのポケットからスマホを取り出した。そのとき、手首に、ただのサラリーマンには似つかわしくない、高級時計をはめているのが見えた。
紫藤は違和感を覚えて、距離をとって男のあとを追跡した。
男は途中で、通りがかった黒塗りのバンに乗り込んだ。紫藤は即座にバンのナンバーを覚えた。
バンが走り去ったあと、スマホを使ってバンの持ち主を探す。ナンバープレートがわかっていれば見つけることができる、捜索する術を知っている。
「こいつか……」
紫藤はうなずいた。バンを使っているのは、慈盛組構成員、佐伯勝舞。頭脳派の極道である。取り巻きに腕っぷしの強い若者を連れている。
山下家の近くにいたってことは、未子ちゃんを狙っているのか? だが、未子ちゃんが帰ってきたら離れて行ったな……。奴らが波間さんのことをどこまで掴んでいるのかも気になるし……。
紫藤はいったん、隠れ家にしているアパートに戻ると、佐伯について調べた。佐伯の行きつけの店の目星が立つと、紫藤はアパートを出た。
慈盛組のことは調べなくちゃならん。佐伯をとっかかりにするか。
紫藤は流川通りにある、割烹料理の店の近くに張り込んだ。繁華街の建物の隙間に、気配を殺して佇む。
タバコのケースを新しく開けようとしたときに、割烹料理の店が入ったビルから、山下家の近くで見た男が出て来た。佐伯である。他に3人、体格の良い若い男を連れている。
「暴対法、厳しいんじゃないのかね」
良いもん食ってんなあ。
紫藤はたばこを吸うのをやめて、佐伯のあとを尾けた。次に佐伯は、ワインバーに入って行った。ここでも、紫藤は店の中には入らず、外で時間を潰す。
相手は頭脳派だ。外で聞こえるように波間さんの話なんかしない。わざわざこっちから姿を晒しに行くことはない。
午後22時30分を過ぎたころ。佐伯はワインバーを出て、繁華街を歩き始めた。紫藤は尾行を続けた。
佐伯はバンを持っている。だが、繁華街をどこまでも歩いて行く。歩き続ける。なんだ。どこを目指している? 何かあるのか。
繁華街を抜けると、暗い夜道が続いていく。街から少し離れれば、すぐにベッドタウンだ。その、街とベッドタウンのはざまに、人気のない空間がある。
なんだ?
紫藤に嫌な予感がよぎった。
やはり、何かある。わざわざこんなところに、意味もなく来るなんて、ありえない。
ふいに、佐伯が振り向いた。その顔には笑顔が張り付いていた。
「単純だねえ、ストーカーさん」
暗闇の中、気配は消していた。佐伯が振り向くときでさえ、佐伯の視界には入らないポジションをとっていた。
なのに、気づいている。
佐伯は、俺の尾行に気付いている。いったいいつから? どこから?
紫藤は隠れるのをやめた。堂々と佐伯の前に姿を現し、声をかけた。
「どうも、こんばんは。慈盛組の佐伯さん、ですよね?」
「どうも。ここでその名前を口にしたら死にますよー。一応警告したからね?」
佐伯はにやにや笑っている。一方の紫藤は無表情だ。
「聞きたいことがあるんですよ」
「なんでしょう」
「なんで山下家の近くにいたんですか?」
「そんな回りくどい質問しなくてもいいですよ。……っていうか、わかっているでしょう?」
「……?」
「自分が餌食だってこと」
刹那、後方から猛スピードで何かが突っ込んでくる気配を感じた。紫藤が振り向く。黒い車だ。紫藤めがけてハイビームが光る。
「うわああああああああああ!」
叫んだのは、車の運転席に乗っている男。フロントに人間の身体がぶつかる、激しい衝撃。アクセルペダルをベタ踏みしている足は固まっていて、紫藤を轢いたあとも、すぐにブレーキペダルに動かすことができなかった。
運転席に座ってる男は、頭からバケツの水を被ったように汗をかいていた。ハンドルに身体を預けるようにもたれかかり、目には涙が浮かんでいる。
助手席に座っている、水色の髪の少女は、乾いた拍手をした。
「よくできました」
運転席に座っている男――――ヒロトは、目の下にクマを作っていた。ヒロトはぎょろりと目を動かし、璃星を見た。
「これで……これで、いいんだな。黙っててくれるんだろ?」
「うん」
「この事故のことも、なかったことにしてくれるんだよな!?」
「ボクは、冗談は言わない」
璃星はシートベルトを外し、助手席のドアを開けて外に出た。
「バイバイ、先生」
璃星がドアを閉めると、黒い車はよろよろとバックして、元の車道に戻り、走り去っていった。
璃星は、頭から血を流して倒れている紫藤に歩み寄った。
「こんばんは。ねえ、生きてる?」
紫藤は血と砂にまみれた手で、璃星の肩を掴んだ。
「……天城……っ」
「何しとるんじゃ、やめろ!」
佐伯の取り巻きの男が走ってきて、すでに血だらけの紫藤の顔面を殴った。紫藤の身体が仰向けに転がる。
それでも、意識は飛ばない。紫藤は、璃星から目を離さない。
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