それ、しってるよ。

eden

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「璃星ちゃん、久しぶりだね。急にライン来たからびっくりしたよ」

 ヒロトは笑いながら、助手席に座っている璃星に話しかけた。

「ライン教えたときには返事してくれなかったのに。どうしたの? なんかあった?」

「先生に、会いたくなって」

 璃星は、そっとヒロトの太ももに手を置いた。ヒロトは驚いたが、拒否をするわけでもなく、璃星の手に自分の左手を重ねた。

「誰にも聞かれたくない話があって。先生、2人きりで話せる場所、行ってもいいですか?」

「ええ? どこに」

「大人しか行ったらいけない場所」

 璃星が微笑む。誘っている。中学生のときは、ラインを教えても連絡してこなかったのに。急に連絡してきたのは、そういうことがしたくなったから? 

 ヒロトは、無防備な美少女を前にして、冷静に考えられなくなった。

 初めて見たときからひときわ目立っていた。凛とした顔立ち。透明感の強い美少女。沼垂中から来るなんて珍しいと思ったし、水色の髪を見て、沼垂中の生徒らしいとも思った。

 派手な見た目をしていても、知性の高さは伝わってきた。こんなレベルの高い女の子は、そういない。

 講師に対する態度は丁寧だったが、一線を引いている感じだった。他の生徒とライン交換する流れで、ラインを教えたが、はたして連絡をくれるかどうか。ましてや、プライベートで会うなんて、ないだろうな。

 そう思っていたのに。璃星から誘ってきた。断るわけない。


 ヒロトは最寄りのラブホテルの駐車場に入った。目隠しのカーテンがついているのだ、なんの建物の駐車場かくらい、璃星もわかっているはず。

「行こうか」

 ヒロトが璃星の手を握ったとき、璃星は口を開いた。

「太田真奈美、宮崎日名、樋口寧々、植田結香、中沢桃香、川端里奈……」

 次々に女子の名前を挙げられて、ヒロトは困惑した。

「……?」

「高瀬結香、同じ名前の女の子もいるなんて。先生、ちゃんと区別ついてます?」

「いったい、なんの話……」

「先生、今言った女子全員と関係ありますよね」

「関係って……ああ、みんな、塾生だけど、それが?」

「やってるよね」

「え?」

「肉体関係。もってるよね」


 璃星は薄く笑っている。ヒロトはぎょっとして、璃星の手を離した。璃星は、ヒロトの太ももに手を置いたままである。


「しかも、やってる最中を盗撮までしてる。自宅のパソコンに保管してるよね」

「なっ、何をっ、急に。知らないっ、俺は何もしていないしっ」

「今、ボクのことをホテルに連れ込もうとしてるじゃん」

「いやっ、それは、天城さんが誘ってきたからで……」

「誰もホテルに行こうなんて言ってないよ」


 璃星は冷たい視線をヒロトに向けている。何もかも見抜くような、切れ長の目。ヒロトは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


 まずい。本当に知っているのか? でも、どうして。生徒たちは、みんな俺のこと好きじゃないか。俺の立場がまずくなるようなこと、言わないはずだ。言ったらダメだってわかる、最低限の知能を持ち合わせている生徒にしか手を出していない。


 ヒロトは低い声で言った。

「証拠は? なんか証拠があって言ってんの? 天城さん、いくら学生でも、こんな言いがかりつけられたら困るよ。名誉棄損だ」

 璃星は小さなショルダーバッグのポケットからスマホを取り出し、動画を再生した。画面を見せられる前に、スマホから流れて来た声を聞いて、ヒロトは血の気が引いた。


「信じらんないよね、本当」

「何が?」

「ヒロト、塾の先生なんだよ。授業の後、生徒とこんなことしているなんて、誰も想像できないよ」

「それを言うなら、秀佳ちゃんもじゃない?」


 璃星のスマホに映っているのは、車の中でヒロトが秀佳を愛撫する姿。


「正木秀佳。先生の、第一愛人ってとこ?」

「なっ……、い、いったい、どうやって、そんなっ」

「どこで誰が見ているかわからないものですよ、先生。公園の駐車場なんて、警戒心なさすぎ」

 ヒロトは璃星からスマホを取り上げようとした。しかし、璃星はさっと手を動かして避けた。追いかけようとしたとき、まだ外していなかったシートベルトが邪魔をした。

「先生、ずっと付き合ってる彼女がいますよね。遠距離恋愛中の」

「え……?」

「大企業の重役の娘。大学がいっしょだったんでしょ? 伊藤乃愛いとうのあさん、28歳。福岡の銀行で働いてる。もうすぐ結婚しようって話も出てるんだよね」

「な、なんで、君が、乃愛のことを知っているんだ……!?」

「乃愛さんがこのこと知ったらどうなるのかな。自分の婚約者が、教え子を食いまくってる変質者って。きっとお別れだね。大企業への転職話もナシ。あ、その前に、警察に捕まるか」

 璃星はクスっと笑った。ヒロトはカッとなって、璃星の細い肩を掴んだ。

「お前っ、そんなことしたらどうなると思ってる」

 歯をむき出しにして睨みつけてくるヒロトに対し、璃星は落ち着き払っていた。

「これ、ボクの仲間にも共有してる。慈盛組って知ってる? そこの連中、あなたの情報握ってますよ」

「はあ? 慈盛組だって?」

「信じられないかな。でも、はったりだと思うんならボクを傷つけてみる? 明日の朝にはニュースになるよ。広島の塾講師、未成年者に不同意わいせつ罪ってね」


 ヒロトの手がぶるぶると震える。璃星がなぜ自分のことを知っているのかわからない。混乱。その秘密がばらされる恐怖。璃星の嘘とは思えない目つき。


「ああっ!」


 ヒロトは自分の左手を自分の右手で押さえて、背もたれに自分の身体を押し付けた。無意識に璃星に襲い掛かろうとする自分を、抑えるためだ。

「……なんだよ、どうしたいんだよ!?」

 ヒロトに訊ねられて、璃星は微笑んだ。

「やってほしいことがあるんだ」

「なんだよ」

「それは……」
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