それ、しってるよ。

eden

文字の大きさ
上 下
46 / 103

6-2

しおりを挟む
「天城家がどこまで情報を掴んでいるのかまでは、まだわかっていません。波間さんと未子ちゃんの関係を知っている人間も、ごくわずかだ。

だが、蒼玉組に出入りしていた矢島由崇は、かつて未子ちゃんがいた施設にいた人間です。その矢島由崇は殺されたかもしれない。天城家の人間に」

「……殺されたかもしれない、というのは?」

 忠行が問いかけたとき、未子はドキッとした。自分が矢島の死の現場に遭遇したことを、紫藤は話すのか。

 紫藤は顔色ひとつ変えずに答えた。

「蒼玉組には、施設に関わった人間が数名出入りしています。そいつらが未子ちゃんを探しているという情報を掴みました。その中の一人、矢島由崇が広島に来て、消息を絶ったということも」


 ……言わなかった。

 未子は少しほっとしたが、それを忠行と芳江に悟られないように気を付けた。


「話を整理しましょう。水野を失脚させたい政治家についているのが、東京の蒼玉組です。水野に味方しているのは、慈盛組です。

蒼玉組は東京では強いが、広島には縁がない。未子ちゃんを探すために避ける人数もたかが知れている。本命は波間さんですから、蒼玉組は必要以上に恐れることはないでしょう。

だが、慈盛組が、未子ちゃんの情報を掴んだとしたら、やっかいなことになる」


「……その、慈盛組の影に天城家がいる、と」


 忠行はため息をついた。芳江は隣に座っている未子の手を握って言った。

「未子ちゃん、学校に行くの、やめましょう。天城家の人がいるかもしれないんでしょう? 何されるかわからないわ」

「だが、広島にいる限り、天城家からは逃れられないだろうな」

 忠行は険しい表情で言った。それに、紫藤が追い打ちをかける。

「波間さんが見つからない限り、未子ちゃんも狙われる可能性があります。それこそ、全国どこに行ったって」


 完璧に隠れられる場所なんてない。


 一同はしんと静まり返った。紫藤はアイスティーに口をつけた。氷は半ば溶けて、味を薄めている。

「で、ご提案があります」

 紫藤は片手を挙げた。

「波間さんの件が落ち着くまで、俺が未子ちゃんのボディガードを務めます。こう見えて、けっこう強いんで」

 こう見えて、ってどういう意味だろう。未子は首をかしげた。どこからどう見ても強面なんですけど。

「俺がいるんで、未子ちゃんには変わらず学校に通ってもらうのはどうですか」

 紫藤の提案に対し、忠行と芳江はすぐにうなずくことはできない。2人とも、間に座っている未子を見た。

「未子ちゃんは、どうしたいんだい?」

 忠行に訊ねられたとき、未子は忠行と芳江の心の声を聞いていた。


 天城家の人間がいるような学校には、行かせられない。危険すぎる。これ以上つらい目には遭わせられない。

 でも、未子ちゃんの人生だから。未子ちゃんが決めることだ。


 未子は、忠行と芳江の顔を順番に見たあと、答えた。

「私は、学校に行きたい」

「……どうして、学校に行きたいの? あんな、いじめもあったのに……学校に行かなくても、誰も怒らないのに」

 芳江が漏らした素直な疑問に、未子は正直に答えた。


「好きな人ができたの」


 このセリフには、紫藤も少し驚いた。聞いていないぞ、そんなこと。

 未子は、紫藤の心の声を聞いてハッとした。焦って両手を振る。


「やっ、あの、そういう意味じゃなくて……好きな人たちができたの。私に、学校に来てほしいって思ってくれてる人たちがいるの。私は、そんな人たちに会いたいの」


 ……好きな人ができた。嘘じゃない。でも、ここで松永くんのことを話すのは恥ずかしすぎる。

 それに、学校に行きたい理由として、将棋部のみんなの顔が脳裏に浮かぶのは本当のことだ。


「そうか……。そんなふうに思える子たちと、会えたんだね」

 忠行は頬を緩めた。

 未子の気持ちを聞いても、芳江から不安は消えない。未子にもしものことがあったらと思うと、怖くて仕方がない。

 けれど、めったに自己主張をしない未子が望んでいるのだ。危険も覚悟の上なのだろう。

「わかりました」

 忠行は紫藤を見た。

「未子ちゃんのこと、よろしくお願いします」

 忠行が頭を下げると、続いて芳江も頭を下げた。

 学校に通うこと、許してくれたんだ。未子は2人に感謝した。

「じゃあ、そういうことで。未子ちゃん、そろそろ学校に行く時間じゃないの?」

「え、あっ……」

 時刻は午前8時になろうとしている。

「ちっ、遅刻!」

「よっしゃ、社長出勤といきますか~」

「先生、まさか、その恰好でついてくる気……?」

「ほかにどんな格好があるの?」

 きょとんとしている紫藤に、未子は少し引いた。

「せ、制服に着替えてくるから待ってて」

 そう言うと、未子はリビングルームから出て行った。


 未子がいなくなったところで、忠行は紫藤に訊ねた。

「それで、波間さんが持っているっていう水野の秘密については……」

「さっぱり。何にもわかりません。もう、水野と水野に近しい関係者、そして波間さんだけしか知らないんじゃないですかね」

「そうですか……。あの人も、本当に、難儀な人生だ」

「何も知らないで生きる人生のほうが、知り過ぎてしまう人生よりも楽かもしれませんね」

 紫藤が言うと、忠行は「本当に」とうなずいた。

「でも、知りたがるのが、彼なんですよね」

 忠行は、記憶の中にある波間の笑顔に思いを馳せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

インター・フォン

ゆずさくら
ホラー
家の外を何気なく見ているとインターフォンに誰がいて、何か細工をしているような気がした。 俺は慌てて外に出るが、誰かを見つけられなかった。気になってインターフォンを調べていくのだが、インターフォンに正体のわからない人物の映像が残り始める。

ゾバズバダドガ〜歯充烏村の呪い〜

ディメンションキャット
ホラー
主人公、加賀 拓斗とその友人である佐々木 湊が訪れたのは外の社会とは隔絶された集落「歯充烏村」だった。 二人は村長から村で過ごす上で、絶対に守らなければならない奇妙なルールを伝えられる。 「人の名前は絶対に濁点を付けて呼ばなければならない」 支離滅裂な言葉を吐き続ける老婆や鶏を使ってアートをする青年、呪いの神『ゾバズバダドガ』。異常が支配するこの村で、次々に起こる矛盾だらけの事象。狂気に満ちた村が徐々に二人を蝕み始めるが、それに気付かない二人。 二人は無事に「歯充烏村」から抜け出せるのだろうか?

信者奪還

ゆずさくら
ホラー
直人は太位無教の信者だった。しかし、あることをきっかけに聖人に目をつけられる。聖人から、ある者の獲得を迫られるが、直人はそれを拒否してしまう。教団に逆らった為に監禁された直人の運命は、ひょんなことから、あるトラック運転手に託されることになる……

おじさん

Q太郎次郎三郎
ホラー
僕の家族にはおじさんがいる。 つまり、母の弟だ。 おじさんは、働いてない。 でも、40代なのに20代にしか見えない。 怒る事も無く悲しむ事も知らないおじさんだ。 でも、僕がイジメで自殺して豹変したようだ。 ここからはおじさんの俺が日記を書く。 甥の守をイジメていた5人組を全員殺した。 スモールに出会い。 スモールカードに入れた。 しかし、主犯格はまだ生きていた。 仲間が消えて不登校になっていた。 夜中にコンビニに行く以外は。 俺は、コンビニで主犯格をバールで殺した。 俺は、逮捕されたが釈放。 何故って?最初からスモールに交渉していた。 6人分のスモールカードをくれと。 そして接近して来たサイコパス女に一億円でスモールカードを譲った。 わたしは、6人用のスモールカードを手に入れた。 例のごとく山奥に死体を埋めに行くと6人は生きていた。 そこで、わたしは自分の自称拷問部屋に6人を連れて行って後は内緒。 俺は、一億円を姉夫婦に渡すと翌日に自殺した。 甥よ、一人にはしない。

常闇之夜

バニラ
ホラー
心霊現象を信じていない冷夏。仲のいいグループが謎の失踪をする。みんなを助けるために学校の七不思議に挑む。

#この『村』を探して下さい

案内人
ホラー
 『この村を探して下さい』。これは、とある某匿名掲示板で見つけた書き込みです。全ては、ここから始まりました。  この物語は私の手によって脚色されています。読んでも発狂しません。  貴方は『■■■』の正体が見破れますか?

迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②

蒼琉璃
ホラー
 ――――今度の依頼人は幽霊?  行方不明になった高校教師の有村克明を追って、健と梨子の前に現れたのは美しい女性が描かれた絵画だった。そして15年前に島で起こった残酷な未解決事件。点と線を結ぶ時、新たな恐怖の幕開けとなる。  健と梨子、そして強力な守護霊の楓ばぁちゃんと共に心霊事件に挑む!  ※雨宮健の心霊事件簿第二弾!  ※毎回、2000〜3000前後の文字数で更新します。  ※残酷なシーンが入る場合があります。  ※Illustration Suico様(@SuiCo_0)

花の檻

蒼琉璃
ホラー
東京で連続して起きる、通称『連続種死殺人事件』は人々を恐怖のどん底に落としていた。 それが明るみになったのは、桜井鳴海の死が白昼堂々渋谷のスクランブル交差点で公開処刑されたからだ。 唯一の身内を、心身とも殺された高階葵(たかしなあおい)による、異能復讐物語。 刑事鬼頭と犯罪心理学者佐伯との攻防の末にある、葵の未来とは………。 Illustrator がんそん様 Suico様 ※ホラーミステリー大賞作品。 ※グロテスク・スプラッター要素あり。 ※シリアス。 ※ホラーミステリー。 ※犯罪描写などがありますが、それらは悪として書いています。

処理中です...