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「天城家がどこまで情報を掴んでいるのかまでは、まだわかっていません。波間さんと未子ちゃんの関係を知っている人間も、ごくわずかだ。
だが、蒼玉組に出入りしていた矢島由崇は、かつて未子ちゃんがいた施設にいた人間です。その矢島由崇は殺されたかもしれない。天城家の人間に」
「……殺されたかもしれない、というのは?」
忠行が問いかけたとき、未子はドキッとした。自分が矢島の死の現場に遭遇したことを、紫藤は話すのか。
紫藤は顔色ひとつ変えずに答えた。
「蒼玉組には、施設に関わった人間が数名出入りしています。そいつらが未子ちゃんを探しているという情報を掴みました。その中の一人、矢島由崇が広島に来て、消息を絶ったということも」
……言わなかった。
未子は少しほっとしたが、それを忠行と芳江に悟られないように気を付けた。
「話を整理しましょう。水野を失脚させたい政治家についているのが、東京の蒼玉組です。水野に味方しているのは、慈盛組です。
蒼玉組は東京では強いが、広島には縁がない。未子ちゃんを探すために避ける人数もたかが知れている。本命は波間さんですから、蒼玉組は必要以上に恐れることはないでしょう。
だが、慈盛組が、未子ちゃんの情報を掴んだとしたら、やっかいなことになる」
「……その、慈盛組の影に天城家がいる、と」
忠行はため息をついた。芳江は隣に座っている未子の手を握って言った。
「未子ちゃん、学校に行くの、やめましょう。天城家の人がいるかもしれないんでしょう? 何されるかわからないわ」
「だが、広島にいる限り、天城家からは逃れられないだろうな」
忠行は険しい表情で言った。それに、紫藤が追い打ちをかける。
「波間さんが見つからない限り、未子ちゃんも狙われる可能性があります。それこそ、全国どこに行ったって」
完璧に隠れられる場所なんてない。
一同はしんと静まり返った。紫藤はアイスティーに口をつけた。氷は半ば溶けて、味を薄めている。
「で、ご提案があります」
紫藤は片手を挙げた。
「波間さんの件が落ち着くまで、俺が未子ちゃんのボディガードを務めます。こう見えて、けっこう強いんで」
こう見えて、ってどういう意味だろう。未子は首をかしげた。どこからどう見ても強面なんですけど。
「俺がいるんで、未子ちゃんには変わらず学校に通ってもらうのはどうですか」
紫藤の提案に対し、忠行と芳江はすぐにうなずくことはできない。2人とも、間に座っている未子を見た。
「未子ちゃんは、どうしたいんだい?」
忠行に訊ねられたとき、未子は忠行と芳江の心の声を聞いていた。
天城家の人間がいるような学校には、行かせられない。危険すぎる。これ以上つらい目には遭わせられない。
でも、未子ちゃんの人生だから。未子ちゃんが決めることだ。
未子は、忠行と芳江の顔を順番に見たあと、答えた。
「私は、学校に行きたい」
「……どうして、学校に行きたいの? あんな、いじめもあったのに……学校に行かなくても、誰も怒らないのに」
芳江が漏らした素直な疑問に、未子は正直に答えた。
「好きな人ができたの」
このセリフには、紫藤も少し驚いた。聞いていないぞ、そんなこと。
未子は、紫藤の心の声を聞いてハッとした。焦って両手を振る。
「やっ、あの、そういう意味じゃなくて……好きな人たちができたの。私に、学校に来てほしいって思ってくれてる人たちがいるの。私は、そんな人たちに会いたいの」
……好きな人ができた。嘘じゃない。でも、ここで松永くんのことを話すのは恥ずかしすぎる。
それに、学校に行きたい理由として、将棋部のみんなの顔が脳裏に浮かぶのは本当のことだ。
「そうか……。そんなふうに思える子たちと、会えたんだね」
忠行は頬を緩めた。
未子の気持ちを聞いても、芳江から不安は消えない。未子にもしものことがあったらと思うと、怖くて仕方がない。
けれど、めったに自己主張をしない未子が望んでいるのだ。危険も覚悟の上なのだろう。
「わかりました」
忠行は紫藤を見た。
「未子ちゃんのこと、よろしくお願いします」
忠行が頭を下げると、続いて芳江も頭を下げた。
学校に通うこと、許してくれたんだ。未子は2人に感謝した。
「じゃあ、そういうことで。未子ちゃん、そろそろ学校に行く時間じゃないの?」
「え、あっ……」
時刻は午前8時になろうとしている。
「ちっ、遅刻!」
「よっしゃ、社長出勤といきますか~」
「先生、まさか、その恰好でついてくる気……?」
「ほかにどんな格好があるの?」
きょとんとしている紫藤に、未子は少し引いた。
「せ、制服に着替えてくるから待ってて」
そう言うと、未子はリビングルームから出て行った。
未子がいなくなったところで、忠行は紫藤に訊ねた。
「それで、波間さんが持っているっていう水野の秘密については……」
「さっぱり。何にもわかりません。もう、水野と水野に近しい関係者、そして波間さんだけしか知らないんじゃないですかね」
「そうですか……。あの人も、本当に、難儀な人生だ」
「何も知らないで生きる人生のほうが、知り過ぎてしまう人生よりも楽かもしれませんね」
紫藤が言うと、忠行は「本当に」とうなずいた。
「でも、知りたがるのが、彼なんですよね」
忠行は、記憶の中にある波間の笑顔に思いを馳せた。
だが、蒼玉組に出入りしていた矢島由崇は、かつて未子ちゃんがいた施設にいた人間です。その矢島由崇は殺されたかもしれない。天城家の人間に」
「……殺されたかもしれない、というのは?」
忠行が問いかけたとき、未子はドキッとした。自分が矢島の死の現場に遭遇したことを、紫藤は話すのか。
紫藤は顔色ひとつ変えずに答えた。
「蒼玉組には、施設に関わった人間が数名出入りしています。そいつらが未子ちゃんを探しているという情報を掴みました。その中の一人、矢島由崇が広島に来て、消息を絶ったということも」
……言わなかった。
未子は少しほっとしたが、それを忠行と芳江に悟られないように気を付けた。
「話を整理しましょう。水野を失脚させたい政治家についているのが、東京の蒼玉組です。水野に味方しているのは、慈盛組です。
蒼玉組は東京では強いが、広島には縁がない。未子ちゃんを探すために避ける人数もたかが知れている。本命は波間さんですから、蒼玉組は必要以上に恐れることはないでしょう。
だが、慈盛組が、未子ちゃんの情報を掴んだとしたら、やっかいなことになる」
「……その、慈盛組の影に天城家がいる、と」
忠行はため息をついた。芳江は隣に座っている未子の手を握って言った。
「未子ちゃん、学校に行くの、やめましょう。天城家の人がいるかもしれないんでしょう? 何されるかわからないわ」
「だが、広島にいる限り、天城家からは逃れられないだろうな」
忠行は険しい表情で言った。それに、紫藤が追い打ちをかける。
「波間さんが見つからない限り、未子ちゃんも狙われる可能性があります。それこそ、全国どこに行ったって」
完璧に隠れられる場所なんてない。
一同はしんと静まり返った。紫藤はアイスティーに口をつけた。氷は半ば溶けて、味を薄めている。
「で、ご提案があります」
紫藤は片手を挙げた。
「波間さんの件が落ち着くまで、俺が未子ちゃんのボディガードを務めます。こう見えて、けっこう強いんで」
こう見えて、ってどういう意味だろう。未子は首をかしげた。どこからどう見ても強面なんですけど。
「俺がいるんで、未子ちゃんには変わらず学校に通ってもらうのはどうですか」
紫藤の提案に対し、忠行と芳江はすぐにうなずくことはできない。2人とも、間に座っている未子を見た。
「未子ちゃんは、どうしたいんだい?」
忠行に訊ねられたとき、未子は忠行と芳江の心の声を聞いていた。
天城家の人間がいるような学校には、行かせられない。危険すぎる。これ以上つらい目には遭わせられない。
でも、未子ちゃんの人生だから。未子ちゃんが決めることだ。
未子は、忠行と芳江の顔を順番に見たあと、答えた。
「私は、学校に行きたい」
「……どうして、学校に行きたいの? あんな、いじめもあったのに……学校に行かなくても、誰も怒らないのに」
芳江が漏らした素直な疑問に、未子は正直に答えた。
「好きな人ができたの」
このセリフには、紫藤も少し驚いた。聞いていないぞ、そんなこと。
未子は、紫藤の心の声を聞いてハッとした。焦って両手を振る。
「やっ、あの、そういう意味じゃなくて……好きな人たちができたの。私に、学校に来てほしいって思ってくれてる人たちがいるの。私は、そんな人たちに会いたいの」
……好きな人ができた。嘘じゃない。でも、ここで松永くんのことを話すのは恥ずかしすぎる。
それに、学校に行きたい理由として、将棋部のみんなの顔が脳裏に浮かぶのは本当のことだ。
「そうか……。そんなふうに思える子たちと、会えたんだね」
忠行は頬を緩めた。
未子の気持ちを聞いても、芳江から不安は消えない。未子にもしものことがあったらと思うと、怖くて仕方がない。
けれど、めったに自己主張をしない未子が望んでいるのだ。危険も覚悟の上なのだろう。
「わかりました」
忠行は紫藤を見た。
「未子ちゃんのこと、よろしくお願いします」
忠行が頭を下げると、続いて芳江も頭を下げた。
学校に通うこと、許してくれたんだ。未子は2人に感謝した。
「じゃあ、そういうことで。未子ちゃん、そろそろ学校に行く時間じゃないの?」
「え、あっ……」
時刻は午前8時になろうとしている。
「ちっ、遅刻!」
「よっしゃ、社長出勤といきますか~」
「先生、まさか、その恰好でついてくる気……?」
「ほかにどんな格好があるの?」
きょとんとしている紫藤に、未子は少し引いた。
「せ、制服に着替えてくるから待ってて」
そう言うと、未子はリビングルームから出て行った。
未子がいなくなったところで、忠行は紫藤に訊ねた。
「それで、波間さんが持っているっていう水野の秘密については……」
「さっぱり。何にもわかりません。もう、水野と水野に近しい関係者、そして波間さんだけしか知らないんじゃないですかね」
「そうですか……。あの人も、本当に、難儀な人生だ」
「何も知らないで生きる人生のほうが、知り過ぎてしまう人生よりも楽かもしれませんね」
紫藤が言うと、忠行は「本当に」とうなずいた。
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忠行は、記憶の中にある波間の笑顔に思いを馳せた。
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