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放課後、将棋部の部室に一人で現れた千宙を見て、桑原は首をかしげた。
「あれ、未子さんは?」
「休み」
千宙がそっけなく答えると、馬屋原は、「え~~~~~っ」と大きな声を出した。
「昨日も休みだったじゃん。なんで」
昨日は、プールで濡れてしまったから。今日は。
千宙は、体育の次の時間、現代文の授業中に、ふと隣に座っている未子を見たとき、未子の頬に黒い汚れがあることに気が付いた。自分の視線を感じ取ったのか、未子はすぐさま頬を手の甲で拭って汚れを取っていた。
なんであんな汚れがついていたのか?
千宙は疑問に思ったが、未子は昼休みの時間は一人で教室の外に出てしまい、話しかけることができなかった。
ホームルームのあとに、
「ご、ごめん。体調、よくなくて……部活、休むね」
と言われたときも、視線を合わせようとしない未子に何も訊くことができなかった。
「あーあ、未子さんがいないとむさくるしいなっ」
「桑原、お前が言うな」
「そういえば部長、学祭の景品は? 未子先輩と買いに行ったんですよね」
中尾に聞かれて、千宙は「まだ」と答えた。
「ええええええ!? おまっ、未子さんと出かけたんだろ!?」
「ただのデートに行っただけ!? ふっざふざふざふざけんなよっ」
桑原と馬屋原に責められても、千宙は表情一つ変えず、窓際の席に座った。
最近はずっと、目の前に、未子が座っていた。空っぽの椅子を見て、千宙は何か、大切なものをどこかに落としてしまったような気持ちになった。
「未子先輩、部活、嫌になったわけじゃないですよね……?」
中尾がぽつりとつぶやく。こんな男ばっかりの、ひたすら将棋を指し続ける部活。
俺、女子と話すの苦手だし、なんか嫌なこと言ったかもしれない。と、桑原は思う。
女子に負けるのって悔しいから、手加減しなかったしなあ。と、馬屋原は思う。
お姉ちゃんができたみたいで嬉しかったのに。と中尾は思う。
それぞれに、未子のことを考えている。
「明日は、来てくれるといいな」
馬屋原のつぶやきは、部員全員の願いだ。
「ねえ、ちょっとやりすぎたかな」
「あいつ、先生に言わないよね」
「動画、消したほうがよくない?」
奈央、結理菜、春菜、心の4人は、完全にビビッている。プレハブ小屋に未子を閉じ込めたのを秀佳に注意されたとき、秀佳に「犯罪者」と言われたことにショックを受けたのだ。
うろたえている4人に対し、アリスは言った。
「もういいよ。消せば?」
「あ、アリス……」
アリスは席を立ち、教室から出た。
あ~~~~~~ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく! あいつら、あっさり日和りやがって。
山下が簡単に先生になんか言うかよ。プールでのことも何も言えなかったわけだし。てか、熱中症になったからって何? 死んだらどうだっていうの?
目ざわりなんだよ、あいつ。死ねばよかったんだ。
あのあと、平気な顔で授業受けやがって。教科書使えないくせに、音読当てられても普通に答えてた。教科書覚えてるって本当だったってわけ? ビクビクしてるくせに、頭良いアピールしやがって。本当にムカつく。
イライラしながら校門を出たところで、黒とピンクの柄シャツと同じ柄のミニスカートを身に着けた、派手なメイクをした少女に声をかけられた。
「アリスちゃん~」
髪の色が金色になっていたためか、一瞬わからなかったが、顔をよく見ると見覚えがあった。
「ユナ……?」
同じ中学校だった、悪い評判の玉手箱みたいな少女。両耳のピアスは増えているし、唇の端にも穴が開いている。
定時制の高校に進学したと聞いていたが、どうしてこんなところにいるのか。
「久しぶり~。相変わらず可愛いね」
ユナはにやにや笑っている。アリスは少し警戒しながら訊いた。
「なんでこんなところにいるの?」
「うん、ちょっと。人探ししてて」
「人探し?」
「アリスちゃんの学校にさあ、ミコって子いない?」
「ミコ?」
「いたら教えてほしいんだけど」
「……なんで」
「ん~、今ついてる神おじがさあ、見つけたら100万くれるって言ってんの。協力してくれたら、アリスちゃんにも5万くらいあげるよ?」
100万もらえるのに、分け前5万って。
アリスは「知らない」と答えようとして、ふと、思い出した。
「……ユナ、ミコって子を探してるって言ったよね」
「うん」
「ミコって……山下未子?」
「ん~、上の名前は知らない。なになに、ミコって名前の子、いるの?」
「……その、神おじってさ、ミコを見つけてどうするつもりなんだろ」
「わかんないけど、ヤバいかもしれないね」
ユナはいろんな不良グループとつながっている。年齢は関係ない。窃盗、薬、特殊詐欺など、ゲームセンターに行くようなノリでやってのける人間たちとかかわりを持つ。
そのユナがヤバいと言うのだ。具体的にどうなるのかなんてわからないが、自分では想像もつかないことをやってくれるかもしれない。
「で、ミコを知ってるの? アリスちゃん」
アリスは、興奮を抑えきれず、にやりと笑った。
「うん。知ってるよ」
「あれ、未子さんは?」
「休み」
千宙がそっけなく答えると、馬屋原は、「え~~~~~っ」と大きな声を出した。
「昨日も休みだったじゃん。なんで」
昨日は、プールで濡れてしまったから。今日は。
千宙は、体育の次の時間、現代文の授業中に、ふと隣に座っている未子を見たとき、未子の頬に黒い汚れがあることに気が付いた。自分の視線を感じ取ったのか、未子はすぐさま頬を手の甲で拭って汚れを取っていた。
なんであんな汚れがついていたのか?
千宙は疑問に思ったが、未子は昼休みの時間は一人で教室の外に出てしまい、話しかけることができなかった。
ホームルームのあとに、
「ご、ごめん。体調、よくなくて……部活、休むね」
と言われたときも、視線を合わせようとしない未子に何も訊くことができなかった。
「あーあ、未子さんがいないとむさくるしいなっ」
「桑原、お前が言うな」
「そういえば部長、学祭の景品は? 未子先輩と買いに行ったんですよね」
中尾に聞かれて、千宙は「まだ」と答えた。
「ええええええ!? おまっ、未子さんと出かけたんだろ!?」
「ただのデートに行っただけ!? ふっざふざふざふざけんなよっ」
桑原と馬屋原に責められても、千宙は表情一つ変えず、窓際の席に座った。
最近はずっと、目の前に、未子が座っていた。空っぽの椅子を見て、千宙は何か、大切なものをどこかに落としてしまったような気持ちになった。
「未子先輩、部活、嫌になったわけじゃないですよね……?」
中尾がぽつりとつぶやく。こんな男ばっかりの、ひたすら将棋を指し続ける部活。
俺、女子と話すの苦手だし、なんか嫌なこと言ったかもしれない。と、桑原は思う。
女子に負けるのって悔しいから、手加減しなかったしなあ。と、馬屋原は思う。
お姉ちゃんができたみたいで嬉しかったのに。と中尾は思う。
それぞれに、未子のことを考えている。
「明日は、来てくれるといいな」
馬屋原のつぶやきは、部員全員の願いだ。
「ねえ、ちょっとやりすぎたかな」
「あいつ、先生に言わないよね」
「動画、消したほうがよくない?」
奈央、結理菜、春菜、心の4人は、完全にビビッている。プレハブ小屋に未子を閉じ込めたのを秀佳に注意されたとき、秀佳に「犯罪者」と言われたことにショックを受けたのだ。
うろたえている4人に対し、アリスは言った。
「もういいよ。消せば?」
「あ、アリス……」
アリスは席を立ち、教室から出た。
あ~~~~~~ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく! あいつら、あっさり日和りやがって。
山下が簡単に先生になんか言うかよ。プールでのことも何も言えなかったわけだし。てか、熱中症になったからって何? 死んだらどうだっていうの?
目ざわりなんだよ、あいつ。死ねばよかったんだ。
あのあと、平気な顔で授業受けやがって。教科書使えないくせに、音読当てられても普通に答えてた。教科書覚えてるって本当だったってわけ? ビクビクしてるくせに、頭良いアピールしやがって。本当にムカつく。
イライラしながら校門を出たところで、黒とピンクの柄シャツと同じ柄のミニスカートを身に着けた、派手なメイクをした少女に声をかけられた。
「アリスちゃん~」
髪の色が金色になっていたためか、一瞬わからなかったが、顔をよく見ると見覚えがあった。
「ユナ……?」
同じ中学校だった、悪い評判の玉手箱みたいな少女。両耳のピアスは増えているし、唇の端にも穴が開いている。
定時制の高校に進学したと聞いていたが、どうしてこんなところにいるのか。
「久しぶり~。相変わらず可愛いね」
ユナはにやにや笑っている。アリスは少し警戒しながら訊いた。
「なんでこんなところにいるの?」
「うん、ちょっと。人探ししてて」
「人探し?」
「アリスちゃんの学校にさあ、ミコって子いない?」
「ミコ?」
「いたら教えてほしいんだけど」
「……なんで」
「ん~、今ついてる神おじがさあ、見つけたら100万くれるって言ってんの。協力してくれたら、アリスちゃんにも5万くらいあげるよ?」
100万もらえるのに、分け前5万って。
アリスは「知らない」と答えようとして、ふと、思い出した。
「……ユナ、ミコって子を探してるって言ったよね」
「うん」
「ミコって……山下未子?」
「ん~、上の名前は知らない。なになに、ミコって名前の子、いるの?」
「……その、神おじってさ、ミコを見つけてどうするつもりなんだろ」
「わかんないけど、ヤバいかもしれないね」
ユナはいろんな不良グループとつながっている。年齢は関係ない。窃盗、薬、特殊詐欺など、ゲームセンターに行くようなノリでやってのける人間たちとかかわりを持つ。
そのユナがヤバいと言うのだ。具体的にどうなるのかなんてわからないが、自分では想像もつかないことをやってくれるかもしれない。
「で、ミコを知ってるの? アリスちゃん」
アリスは、興奮を抑えきれず、にやりと笑った。
「うん。知ってるよ」
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