それ、しってるよ。

eden

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 アリスは曲作りをやめた。代わりに、別のアプリを始めた。プロフィール写真は、メイクした顔をさらに加工して、自分の理想に近い顔に仕上げた。


 夢を叶えるためならなんでもするよ。応援してくれる人募集!


 以前から気になっていた、出会い系アプリである。年齢確認などは入力するだけで、厳密な身分証明はいらない。

 学校の、悪いうわさで有名な女子、ユナが教えてくれた。

「これで、適当におじさんと会うだけで、お金もらえんの」

 いただき女子ってやつか。最初に話を聞いたときは、アリスは「ふ~ん」と受け流していた。

「このサイト、ランキング形式になっていてね、私、今人気8位なんだよっ。すごいでしょ」

 8位? たいして可愛くないのに?

 アリスは、口では「すごいね」と褒めた。だが、内心では納得いかなかった。


 みんな、見る目ないよ。

 私だったら人気1位になれる。私だったらもっと稼げる。

 半分、憂さ晴らしだった。親への反抗心、思うようにバズらないことへのいら立ち。このまま親の言うとおりに勉強に向かうのなんか、いやだ。


 アプリに登録してからその日のうちに、中年男性からの問い合わせが何十件と届いた。新規登録者は目立ちやすく、興味を持たれやすい。

 アリスは気になった男性とやりとりをして、直接会う日を決めていく。

 A男とランチ。B男と映画。C男とカフェ。D男とディナー。それぞれの男とちょっと会うだけで、お小遣いがもらえる。

 アリスはオフショルダーのカットソーにミニスカートを身に着けて、男たちと会った。自分の父親と同世代以上の男性ばかりだった。

 彼らは口々に言った。

「可愛いね」

「写真よりずっといいよ」

 アリスは、彼らに自分の夢を話した。

「私、歌い手で成功したいの。たくさんの人を、私の歌で元気にしたい。でも、親に反対されてて、レコーディングしていくにもお金がなくて……」

 そうすると、彼らは勝手に解釈を始めた。

「そうかあ。でも、諦めたらダメだよ。若いんだから」

「昔、僕も音楽の夢をあきらめたんだけど、ずっと後悔しているんだ」

「夢を叶えるために頑張ってるんだね」

 表現は違えど、彼らは一様に言った。

「アリスちゃんの夢、応援させてね」

 そうして、お金を渡してきた。

「ランチ行って1万円、映画行って5千円、カフェ行って1万円、ディナー行って3万円……」

 1日4人こなして、その日のランキングでは12位か。

 アプリのランキングは、男性からの評価によって決まる。評価が高ければ高いほど、ポイントが入る仕組みだ。

 ランキングが上がれば上がるほど、男性から声がかかりやすい。再び男性と会う可能性が高まる。すると、男性に評価されるチャンスが増える。評価が良ければランキングは上昇を続け、高い水準で安定するようになる。

 ただし、誰が、どのくらいの評価をしてくれたのか、女の子にはわからない仕組みになっている。

「もっといろいろしないと、ランキング上がらないんだ……」

 アリスはアプリにのめりこんだ。ダイエットに励み、メイクの練習をし、手に入れた金で可愛い服を買う。自分磨きに励み、男性たちには媚びを売った。

 ほとんどの中年男性は、アリスと会うだけで金を差し出した。

 アプリを利用している男性の多くは、会社などの組織内で中堅以上の立ち位置にいる。必死に仕事に食らいついて行った新卒時代や、上司や先輩に指導されながら昇進しようと立ち回った若手時代を終えて、組織内で自分なりのポジションを確保している。

 家庭がある男性も多い。中学生以上の年齢の子どもがいる場合もある。家庭も新婚生活とは程遠い、よく言えば安定している、言い換えればなんの刺激もないものとなっている。

 今さら人生が大きく変わることなんかない。会社でできることも決まっている。家庭内に居場所があろうとなかろうと、そんなものだと悟ってやり過ごしていくだけだ。

 別に、それがダメだというわけでもない。自分の生活を壊したいわけでもない。

 ただ、ちょっとお金を出せば、若くて可愛い子がいっしょに歩いてくれる。話し相手になってくれる。それだけで、癒される。

 自分がちょっとお金を出すだけで、可愛い子が喜んでくれるなら、それもいいじゃないか。

 ボランティア精神。少しの刺激がほしい。若さに触れたい。

 優越感を感じたい。

 男性たちは、精神的な満足感を得るために、アリスに会っていた。実際に、アリスと会うだけで満たされる者が多かった。

 だが、アリスは、足りないと思っていた。


「なんで……」


 ランキングが上がらないからだ。どうしても、10位以内に入れない。

 おじさんたちは喜んでた。満足していたはずなのに。お金もくれたのに。なんで10位以内に入れないの!?

 ゴールデンウィークに入る前に、アリスは学校でユナに訊ねた。

「ねえ、あのアプリ、まだやってるよね」

「アプリ~? ああ、おじさんホイホイ?」

「なんで、ユナはランキング上位に入れるの?」

「なんでって、さあ~?」

 ユナは廊下の壁にもたれかかって座ったまま、にやにや笑っている。口の端で大きな飴玉の棒の部分を揺らしながら、スマホを見ている。

「アリスちゃんも頑張ってんでしょ~」

 ユナは、とっくの昔に、アリスがアプリをやっていることに気付いていた。ユナはちらっとアリスを見上げて言った。

「まあ、私には神おじがいるから」

「神おじ?」

「そ。ランキング上位のみんな、多分神おじがついてる。神おじ引くには、それなりにやらないと。まあ、アリスちゃんにそんな勇気があればだけど」

 ユナはにやにや笑っている。

 これがどういう意味か、アリスは察した。

 何よ、おじさんとヤれってこと? そんなの無理だよ、気持ち悪すぎる。ただでさえ、つまんない話を延々と聞かされて。金だって思って見てなきゃ、見てらんないやつばっかりなのに。

 臭いし、キモいし、痩せてるかと思ったらお腹出てるし、意味わかんないくらい黒い人もいるし。歯が黄色い奴もいるし、服ダサすぎる奴もいるし。

 無理無理無理無理。できないよ。

 つまり、ランキング上位になるのも、無理……ってこと?


 そう気づくと、男性たちと会う約束が、急に面倒くさくなった。憂鬱になった。

 上に行けないなら、やる意味ないじゃん。

 昔っから、何やってもそう。最初はそれなりにうまくいく。でも、気が付いたら周りに抜かされる。自分より上にいく奴がいる。

 つまらない。ムカつく。
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