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温泉⑪
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久礼は博多駅に戻る途中、警察署の近くで良を降ろした。
「今回も死ねなかったな」
福岡空港の駐車場に駐車し、リクライニングシートを倒して夜明けを待つ。瞼を閉じるが、起きているのか眠っているのかわからない、頭は休まらないままである。
それでも時間は経過する。朝日がフロントガラスから差し込んできたとき、久礼は瞼を開けた。長い前髪をかきあげる。切れ長の目が、太陽を見つける。
久礼はふと、ジーンズのポケットからスマホを取り出して見た。ダイレクトメッセージが一件届いていた。
『自首する前に、伝えたくて。ゲーム仲間からコメントがあった。いつでも戻ってきて、待ってるって。クレイさんに会わないまま死んでいたら、きっと後悔していた。ありがとう』
勇者からのメッセージだった。
久礼はスマホをポケットにしまいこみ、身体を横にしたまま、レンタカーの返却時刻まで引き続き時間が流れるのを待った。
東京に戻ると、久礼は伊知郎の喫茶店に向かった。
伊知郎の店がもっとも忙しいのはモーニングタイムである。トーストとコーヒー、それにゆで卵のついたモーニングセットをワンコインで提供している。午前7時から11時まで、なじみの客と、ネットの口コミか何かでモーニングが安いと聞きつけた客でごった返す。
モーニングタイムが終わると、潮がさっと引くように客も引く。ランチも一応やっているのだが、モーニングに比べると割高感が否めない。それに、ランチタイムから営業する店が周辺にたくさんあるので、わざわざ伊知郎の店をランチのために使わないのである。
伊知郎は自分で入れたコーヒーを飲みながら、カウンターで新聞を読んでいた。入り口の鈴が鳴り、顔を上げると、昨日と同じ服装をした久礼が入ってきた。
久礼の背後には、顔を半分失った老夫婦が腕を組んで浮かんでいる。
伊知郎はため息をつきながら新聞をテーブルに置いた。
「ちょっと~~~~、優雅なお昼時に何を連れてきてんの」
久礼は背後の二人を指さして、
「都会の喫茶店に来れて嬉しいみたいだけど」
と、言った。
「ああもうっ」
伊知郎は店の奥から人型の紙を2枚持ってきて、久礼の背後にいる老夫婦にそれぞれくっつけた。すると、老夫婦は紙に吸い込まれるようにして消えた。
「あと、これ。供養しておいて」
久礼はポケットから任比山山荘の絵ハガキを取り出して、伊知郎に渡した。伊知郎は山荘を見て、
「へえ、懐かしい感じの山荘だね。探偵漫画とかに出てくる殺人現場みたい」
「うん、大量殺人事件があった山荘だよ」
思わずこけそうになる伊知郎の横を通って、久礼はカウンター席に座った。
「またひとつ、心霊スポットを失くしてきたわけ?」
「いいや。犯人の霊は、ついてこれなかったから。あのままもう、永遠にとどまり続けるのかもしれない」
久礼の表情が少し暗く見えた。伊知郎は老夫婦を収めた紙と山荘の絵ハガキを店の奥にしまってから、久礼のためにコーヒーを入れることにした。
「サンドウィッチでも食べる?」
伊知郎が聞くと、久礼はうなずいた。
「うん。ハムサンド、トーストで」
伊知郎は、近所のパン屋から仕入れている食パンを薄く切り、トースターに入れた。手際よくハムとレタス、マヨネーズを準備して、パンを焼く間に湯を沸かす。
3分ほどの間にサンドウィッチは完成し、久礼の前に置かれた。伊知郎がホットコーヒーを入れ終わるのを待ってから、久礼は両手を合わせた。
「いただきます」
伊知郎は久礼にコーヒーを出したあと、自分のコーヒーも入れ直した。伊知郎は新聞を読み、久礼はもくもくとサンドウィッチを食べる。会話のない、穏やかな時間が流れていく。
「今回も死ねなかったな」
福岡空港の駐車場に駐車し、リクライニングシートを倒して夜明けを待つ。瞼を閉じるが、起きているのか眠っているのかわからない、頭は休まらないままである。
それでも時間は経過する。朝日がフロントガラスから差し込んできたとき、久礼は瞼を開けた。長い前髪をかきあげる。切れ長の目が、太陽を見つける。
久礼はふと、ジーンズのポケットからスマホを取り出して見た。ダイレクトメッセージが一件届いていた。
『自首する前に、伝えたくて。ゲーム仲間からコメントがあった。いつでも戻ってきて、待ってるって。クレイさんに会わないまま死んでいたら、きっと後悔していた。ありがとう』
勇者からのメッセージだった。
久礼はスマホをポケットにしまいこみ、身体を横にしたまま、レンタカーの返却時刻まで引き続き時間が流れるのを待った。
東京に戻ると、久礼は伊知郎の喫茶店に向かった。
伊知郎の店がもっとも忙しいのはモーニングタイムである。トーストとコーヒー、それにゆで卵のついたモーニングセットをワンコインで提供している。午前7時から11時まで、なじみの客と、ネットの口コミか何かでモーニングが安いと聞きつけた客でごった返す。
モーニングタイムが終わると、潮がさっと引くように客も引く。ランチも一応やっているのだが、モーニングに比べると割高感が否めない。それに、ランチタイムから営業する店が周辺にたくさんあるので、わざわざ伊知郎の店をランチのために使わないのである。
伊知郎は自分で入れたコーヒーを飲みながら、カウンターで新聞を読んでいた。入り口の鈴が鳴り、顔を上げると、昨日と同じ服装をした久礼が入ってきた。
久礼の背後には、顔を半分失った老夫婦が腕を組んで浮かんでいる。
伊知郎はため息をつきながら新聞をテーブルに置いた。
「ちょっと~~~~、優雅なお昼時に何を連れてきてんの」
久礼は背後の二人を指さして、
「都会の喫茶店に来れて嬉しいみたいだけど」
と、言った。
「ああもうっ」
伊知郎は店の奥から人型の紙を2枚持ってきて、久礼の背後にいる老夫婦にそれぞれくっつけた。すると、老夫婦は紙に吸い込まれるようにして消えた。
「あと、これ。供養しておいて」
久礼はポケットから任比山山荘の絵ハガキを取り出して、伊知郎に渡した。伊知郎は山荘を見て、
「へえ、懐かしい感じの山荘だね。探偵漫画とかに出てくる殺人現場みたい」
「うん、大量殺人事件があった山荘だよ」
思わずこけそうになる伊知郎の横を通って、久礼はカウンター席に座った。
「またひとつ、心霊スポットを失くしてきたわけ?」
「いいや。犯人の霊は、ついてこれなかったから。あのままもう、永遠にとどまり続けるのかもしれない」
久礼の表情が少し暗く見えた。伊知郎は老夫婦を収めた紙と山荘の絵ハガキを店の奥にしまってから、久礼のためにコーヒーを入れることにした。
「サンドウィッチでも食べる?」
伊知郎が聞くと、久礼はうなずいた。
「うん。ハムサンド、トーストで」
伊知郎は、近所のパン屋から仕入れている食パンを薄く切り、トースターに入れた。手際よくハムとレタス、マヨネーズを準備して、パンを焼く間に湯を沸かす。
3分ほどの間にサンドウィッチは完成し、久礼の前に置かれた。伊知郎がホットコーヒーを入れ終わるのを待ってから、久礼は両手を合わせた。
「いただきます」
伊知郎は久礼にコーヒーを出したあと、自分のコーヒーも入れ直した。伊知郎は新聞を読み、久礼はもくもくとサンドウィッチを食べる。会話のない、穏やかな時間が流れていく。
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