ハイ拝廃墟

eden

文字の大きさ
上 下
18 / 46

温泉⑪

しおりを挟む
 久礼は博多駅に戻る途中、警察署の近くで良を降ろした。

「今回も死ねなかったな」

 福岡空港の駐車場に駐車し、リクライニングシートを倒して夜明けを待つ。瞼を閉じるが、起きているのか眠っているのかわからない、頭は休まらないままである。

 それでも時間は経過する。朝日がフロントガラスから差し込んできたとき、久礼は瞼を開けた。長い前髪をかきあげる。切れ長の目が、太陽を見つける。

 久礼はふと、ジーンズのポケットからスマホを取り出して見た。ダイレクトメッセージが一件届いていた。


『自首する前に、伝えたくて。ゲーム仲間からコメントがあった。いつでも戻ってきて、待ってるって。クレイさんに会わないまま死んでいたら、きっと後悔していた。ありがとう』


 勇者からのメッセージだった。

 久礼はスマホをポケットにしまいこみ、身体を横にしたまま、レンタカーの返却時刻まで引き続き時間が流れるのを待った。





 東京に戻ると、久礼は伊知郎の喫茶店に向かった。

 伊知郎の店がもっとも忙しいのはモーニングタイムである。トーストとコーヒー、それにゆで卵のついたモーニングセットをワンコインで提供している。午前7時から11時まで、なじみの客と、ネットの口コミか何かでモーニングが安いと聞きつけた客でごった返す。

 モーニングタイムが終わると、潮がさっと引くように客も引く。ランチも一応やっているのだが、モーニングに比べると割高感が否めない。それに、ランチタイムから営業する店が周辺にたくさんあるので、わざわざ伊知郎の店をランチのために使わないのである。

 伊知郎は自分で入れたコーヒーを飲みながら、カウンターで新聞を読んでいた。入り口の鈴が鳴り、顔を上げると、昨日と同じ服装をした久礼が入ってきた。

 久礼の背後には、顔を半分失った老夫婦が腕を組んで浮かんでいる。

 伊知郎はため息をつきながら新聞をテーブルに置いた。

「ちょっと~~~~、優雅なお昼時に何を連れてきてんの」

 久礼は背後の二人を指さして、

「都会の喫茶店に来れて嬉しいみたいだけど」

と、言った。

「ああもうっ」

 伊知郎は店の奥から人型の紙を2枚持ってきて、久礼の背後にいる老夫婦にそれぞれくっつけた。すると、老夫婦は紙に吸い込まれるようにして消えた。

「あと、これ。供養しておいて」

 久礼はポケットから任比山にいやま山荘の絵ハガキを取り出して、伊知郎に渡した。伊知郎は山荘を見て、

「へえ、懐かしい感じの山荘だね。探偵漫画とかに出てくる殺人現場みたい」

「うん、大量殺人事件があった山荘だよ」

 思わずこけそうになる伊知郎の横を通って、久礼はカウンター席に座った。

「またひとつ、心霊スポットを失くしてきたわけ?」

「いいや。犯人の霊は、ついてこれなかったから。あのままもう、永遠にとどまり続けるのかもしれない」

 久礼の表情が少し暗く見えた。伊知郎は老夫婦を収めた紙と山荘の絵ハガキを店の奥にしまってから、久礼のためにコーヒーを入れることにした。

「サンドウィッチでも食べる?」

 伊知郎が聞くと、久礼はうなずいた。

「うん。ハムサンド、トーストで」

 伊知郎は、近所のパン屋から仕入れている食パンを薄く切り、トースターに入れた。手際よくハムとレタス、マヨネーズを準備して、パンを焼く間に湯を沸かす。

 3分ほどの間にサンドウィッチは完成し、久礼の前に置かれた。伊知郎がホットコーヒーを入れ終わるのを待ってから、久礼は両手を合わせた。

「いただきます」

 伊知郎は久礼にコーヒーを出したあと、自分のコーヒーも入れ直した。伊知郎は新聞を読み、久礼はもくもくとサンドウィッチを食べる。会話のない、穏やかな時間が流れていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2024/12/22:『くらいひ』の章を追加。2024/12/29の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/21:『ゆぶね』の章を追加。2024/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2024/12/20:『ゆきだるま』の章を追加。2024/12/27の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/19:『いぬ』の章を追加。2024/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/18:『つうち』の章を追加。2024/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/17:『のぞくがいこつ』の章を追加。2024/12/24の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/16:『じゅうさん』の章を追加。2024/12/23の朝4時頃より公開開始予定。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結済】僕の部屋

野花マリオ
ホラー
僕の部屋で起きるギャグホラー小説。 1話から8話まで移植作品ですが9話以降からはオリジナルリメイクホラー作話として展開されます。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

処理中です...